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第三部
23.花嫁修業
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名付けに関する発言が出てきます。不快に思われる方がおりましたら、先にお詫びしておきます。<(_ _)>
*誤字脱字訂正しました*
********************************************
懐かしさのあまり見惚れていた桜の木には、見知らぬ先客がおりました。何故か枝に腰かけておられます。が、次の瞬間目の前に落ちてきました。
って、普通いきなり木から人が降ってこないよね!?
重力を感じさせない軽やかさで地面に降り立った男性は、雅な着物? を着ている、めちゃくちゃ美形な青年……。年齢は20代前半位で、表情は乏しくコミュニケーション能力はぶっちゃけ低そう……と、激しく失礼な感想を抱いてしまった。
どこか高貴さを纏うこの青年、いろいろとツッコミどころがあって謎すぎるけど、あまり深く考えない方がいいな。だってここは古紫家だし。摩訶不思議な事なんていつものことだから。
「雪花の客人か?」
涼やかな美声が男性から発せられた。クールな面持ちで見つめられて、とりあえず頷く。
「えっと、孫の麗です。はじめまして……?」
でいいんだよね? 会った事ないよね、私。子供の頃に実は会ってたって記憶がない限り、初対面のはずだ。
ふと考え込む顔をした男性は、「美夜子の娘か……」と呟き、じいっと人の顔を穴が開くほど見つめてきた。真っ黒な髪に同じく真っ黒な目。何だか心の奥まで見透かされているような、おばあちゃんと同じ気配を感じるんですが……い、居たたまれない……
一人で小さく頷いた後。やはり変わらぬ表情のまま、彼は予想外の事を言った。
「雪花の孫なら我のひ孫も同然。歓迎するぞ、麗」
「……はい?」
え、何この人。
今ひ孫とかって言わなかった? おばあちゃんのお父さんはとっくに亡くなっているはずじゃなかった!? もしかして死んだ後もこうやってこの家を守護しているとか……。え、何で青年の恰好でさ。いやいや、それよりも、「ひ孫も同然」って事は血の繋がりはないって事だよね?
頭にいっぱいの疑問符を浮かべて、どうしていいのか困惑している私に、後ろから聞き慣れた声がかけられる。
「もう麗ちゃんったら。こんな所で油を売って。って、あら? 珍しいですね。あなたがお義母様以外の人の前に現れるなんて」
「しーちゃん!」
しまった、つい桜に見惚れてて忘れてた!
咄嗟にごめんなさいと謝った私に、しーちゃんは笑顔のまま「いいのよ」と言った。
だが、「あ、やべ。これはスパルタになるわ……」と、この後待ち受けている花嫁修業の過酷さに、内心今から怖気づいたのは内緒だ。やはり鷹臣君の鬼度は母親譲りなのかもしれない。
「あの、この人はどちら様で?」
雅な衣装はどこか古風な民族衣装ぽくって、浮世離れしている。やっぱり幽霊? 幽霊なの!? もしかしてうちの先祖の霊とか?
「我は雪花の父だ」
そうきっぱり断言した男性の後に、しーちゃんはすかさず「名付けのね」と追加説明を加えた。
おお、名付け親……所謂ゴッドファーザーか。
「あ~びっくりした~。てっきりご先祖様の幽霊かと……」
いや、ちょっと待て。
おばあちゃんが生まれた時に名前を与えたのならば、少なくても80歳は超えているはず。なのにこの若さと透明感……。や、やっぱり幽霊!?
「大丈夫よ、麗ちゃん。幽霊じゃなくて、ただこの桜に宿る精霊みたいな物だと思ってくれれば」
「曖昧すぎないか、閑」
「事実ではないですか。桜木さん」
平然としているしーちゃんを見れば、害悪のある人ではないことがわかる。ってゆーか、今更だけど私初めて生で霊的な物を見たんですが!! そして木に宿る精霊なんて実在するんだ、と驚く。まあ、何でもアリのこの家じゃ、これも普通か。
「桜木さんってお名前なんですか……」
ちょっと安直すぎじゃない?
頷く彼は、視線をあげて遠くを見つめる。
「そなたの連れは夢の世界に旅立ったようだな。目覚めるまでしばらく時間がかかろう。我もそなたの花嫁修業とやらに付き合おうか」
「え?」
夢の世界って何だ。そして私に付き合うとか、そんな事をさせてしまってもいいものか、思わずしーちゃんの顔を仰いだ。
珍しく驚いた顔を見せたしーちゃんは、ふと私に微笑む。
「どんな気まぐれかはわからないけど、お願いしましょうか」
「え、え?」
拒否権を与えられないまま、私は半ば引きずられるように修業の間へ連れ込まれたのだった。
◆ ◆ ◆
「あらあら、麗ちゃん。それじゃ仏様になってしまうわよ?」
「おはしょりはしっかり整えてね。後ろも忘れずに」
「ああ、皺はちゃんとのばさないとダメよ?」
ひ、ひぃ!
やんわりと優しく言われるが、しーちゃんは妥協を許さない。スパルタ講師の一面を見せている。
内心で悲鳴をあげながら、かれこれ2時間近くは経過している。一通り着付けの仕方を実演してもらったら、今度は一人で全部やってみせろと言われた。いきなりすぎませんか、それは。
しーちゃんは初めに基礎中の基礎、着付けに使う数種類の小物の名前から覚えさせた。足袋や長襦袢から始まり、半襟、腰紐、伊達締め、前板、帯締めなどなど。その後はざっと大まかに着物の柄や帯の種類、訪問先や季節によって変わる着物の選び方を学ばさせられた。頭に全て吸収して覚える事はできないが、着物の奥深さは何となくわかった。深すぎるよ、着物……
で、ただいま体育会系並のスパルタレッスン中です。合格点がもらえるまで延々と一人で着続けている状態……これ、帯の締め方にいくまで、あと何時間かかるの。物覚えが悪い弟子ですみません……
ちなみにその間、桜木さんは部屋の隅っこでその光景を眺めていた。殿方が、長襦袢を着ているとはいえ、仮にも淑女の着替えを覗いていていい物なのか疑問だが。まあ、私は気にならないからいっか。視線はある意味プレッシャーだけど。でも、残念な子を見るようなため息はよして頂きたいですよ!
何とか人前で出られるような着付けが出来たのは、開始してから既に3時間近くが経過した頃だった。これって早いのか遅いのか……着て脱いでまた着て……を繰り返していたため、疲労困ぱいだ。着物姿のまま畳の上でぐったりとしてしまう。
「――だらしないわよ、麗ちゃん。まだお着物の畳み方が残っているわよ?」
ひぃぃいい!
もうちょっとだけ、休憩させてくださいー!!
笑顔でにっこり笑った顔は、どことなく隼人君を彷彿とさせた。やっぱりこの人はあの二人の母親なんだと、しみじみ実感したのだった。
◆ ◆ ◆
ようやく合格点をもらえた私は、そのまま着物姿でお茶を啜っている。慣れない着物姿はリラックスしていてもまだ疲れるかも。着続けていれば楽になるんだろうか。
「これで鷹臣なしでももう大丈夫ね。お疲れ様、麗ちゃん」
「あ、ありがとうございます……」
大好きな大福を口に頬張る。うう、甘い物はおいしい~! 着物を汚さないように気を付けないと。
そしていつの間にか桜木さんは畳の上で寝息を立てていた。自由すぎないか、この人は。まあ、あまり口うるさく言ってこなかったので、良しとしよう。最後には一言「いいんじゃないか」と言ってくれたし! 美形に褒められたから嬉しいわけではない、決して。
「――さて、次は茶道がいい? 華道がいい?」
「っ!? いいいいいえいえ、忙しいしーちゃんをそこまでさせてしまうのは……! 謹んでご遠慮させて頂きます~!!!」
うふふ、と微笑んだしーちゃんは、冗談を言っているのか本気なのかわからなかった。やはりこの人は侮れない……そう感じた。
ふいにしーちゃんは襖に視線を向ける。「あら、終わったのかしら」なんて呟きながら。
ちなみにこの人の能力は鷹臣君と同じ結界師だ。だから邸内での気配にももしかしたら敏感なのかもしれない。
「どうかしたの?」と尋ねた直後。襖がパーンと勢いよく開かれた。驚く私と微笑むしーちゃんは対照的な反応を示した。彼女はやはり誰がここに来るか、わかっていたようだった。
そんな私達を見て、現れた本人は珍しく余裕のない顔と勢いで、真っ直ぐに私に駆け寄ってくる。そして私は勢いよく抱きしめられた。
「ちょ、白夜!? いきなりどうし……」
ぎゅうっと抱きしめられるのは嬉しいけど、今は着物姿だからちょっと苦しい……。たった今食べた大福がリバースしないかと心配になり、手でペチペチと緩めるように促した。
力いっぱい抱きしめた後、白夜は少し落ち着いたのか、私の意図に気付いて腕の力を緩めてくれた。
一拍後、安堵するようなほっとした吐息が、私の耳元をかすめた。
「ああ、本物ですね……よかった」
「ん? 偽物なんてどこにもいないよ?」
それとも現れたのだろうか、偽物が。
一体おばあちゃん達と何の話をしていたのだろうかと不安になる。変な事は言わないって言ってくれたけど、彼は何を聞いたんだ。桜木さんは夢の世界に旅立ったって言ってたから、てっきり寝ているのだと思っていたけど。
「大丈夫? なんか疲れてるような……」
顔色を窺うと、白夜は慈しみに溢れた微笑を私に向けた。
「ええ、大丈夫です。雪花さんには幸せな未来を見せて頂きました」
「幸せな未来?」
何だそれは。私との未来を夢で垣間見たって事なのかな?
「私達の未来の家族です」と満面の笑顔で言った白夜は次の瞬間、その光景を思い出すように喋りはじめた。
「自分似の子供は正直言って愛せる自信がありまんでしたが、そんな事はありませんでした。私達の子供は皆どこかしらあなたの特徴を受け継いでいますから。目元が似ていたり色素を受け継いでいたり。ああ、あと仕草や食べ物の好み、ふとした瞬間に見せる表情など。個性的な子供たちばかりで私はなんて幸せなんでしょう」
「えっと、そうなんだ? 子供たちって一人以上生まれたんだ」
未来の家族構成に少しばかり興味がわいた私は、つい軽い気持ちで尋ねた。出来ればうちや白夜の所みたいに、男女一人ずつ欲しいよね、なんて想像を巡らせながら。
だが、そんな微笑ましい私の想像は、白夜が怒涛のように呟いた名前の羅列によってかき消される事になる。
「イチカ、フタバ、ヤヨイ、ウヅキ、メイ、ジュン、ナナセ、ハヅキ、ココノエ、ロミオ」
「ロミオ!?」
名前の繋がりは何となくわかった。生まれた順から数字やその数の月を表す名前だということは。
だが問題はその人数だ。
ちょっと待て、一体私は何人産んだんだ。そして最後のロミオって何!?
「はい、10番目の子供です。まだ出産前だったのですが、あなたはもうお腹の子にロミオと名付けて……」
「止めようよそれは! 多分マタニティハイって奴だよ!!」
いくらなんでもちょっと可哀そうすぎるだろうよ! ロミジュリでも見てついそう呼んでいたのかもしれないけれど、痛すぎる自分。シェイクスピアのロミオに憧れてしまったのか!
「ミドルネームが欲しいとあなたが言い出したのですよ。ファーストネームは普通の日本語名を名付ける予定でしたのに、私はその前に夢から覚めてしまいまして……」
その後どんな名前をつけたのか見れなかったらしい。ある意味ほっとしたような、残念なような。
だが、白夜は私を緩く抱きしめたまま満面の笑顔を見せた。
「ですから、是非ロミオの名前を考えましょうね?」
「っ!? う、産まないよ!? 10人も子供作る気ないよ!!」
「大丈夫です。多少個性的な能力を持った子供達ばかりですが、あなたは健康そのものですし。経済力も教育方面でも問題はありませんから」
「そ、そういう問題じゃないー!!」
無駄に経済力がありすぎるのも考えものだよ!! と、私はこの時初めて思った。 無理だから! そんなに子供を産むのは私の体力が……!!
いつの間に現れたのか。一部始終このやり取りを見ていたおばあちゃんが、部屋の入口でぽそりと聞き捨てならない言葉を呟いた。小さな声で、「悪化させたやもしれぬ……」と。
ちらりと首を回してみれば、視線が合ったおばあちゃんは気まずそうに目を逸らした。
って、ちょっと!? 悪化って何が! まさかこの状況がそうなのか!?
そんな空気を完全にスルーして、白夜は続ける。
「さあ、麗。まずはイチカに会いに行きましょうね」
キラキラと王子様スマイルを向けた旦那様を見て、私の頬は引きつった。
それはまだ、当分ご遠慮いたします……!!
*誤字脱字訂正しました*
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懐かしさのあまり見惚れていた桜の木には、見知らぬ先客がおりました。何故か枝に腰かけておられます。が、次の瞬間目の前に落ちてきました。
って、普通いきなり木から人が降ってこないよね!?
重力を感じさせない軽やかさで地面に降り立った男性は、雅な着物? を着ている、めちゃくちゃ美形な青年……。年齢は20代前半位で、表情は乏しくコミュニケーション能力はぶっちゃけ低そう……と、激しく失礼な感想を抱いてしまった。
どこか高貴さを纏うこの青年、いろいろとツッコミどころがあって謎すぎるけど、あまり深く考えない方がいいな。だってここは古紫家だし。摩訶不思議な事なんていつものことだから。
「雪花の客人か?」
涼やかな美声が男性から発せられた。クールな面持ちで見つめられて、とりあえず頷く。
「えっと、孫の麗です。はじめまして……?」
でいいんだよね? 会った事ないよね、私。子供の頃に実は会ってたって記憶がない限り、初対面のはずだ。
ふと考え込む顔をした男性は、「美夜子の娘か……」と呟き、じいっと人の顔を穴が開くほど見つめてきた。真っ黒な髪に同じく真っ黒な目。何だか心の奥まで見透かされているような、おばあちゃんと同じ気配を感じるんですが……い、居たたまれない……
一人で小さく頷いた後。やはり変わらぬ表情のまま、彼は予想外の事を言った。
「雪花の孫なら我のひ孫も同然。歓迎するぞ、麗」
「……はい?」
え、何この人。
今ひ孫とかって言わなかった? おばあちゃんのお父さんはとっくに亡くなっているはずじゃなかった!? もしかして死んだ後もこうやってこの家を守護しているとか……。え、何で青年の恰好でさ。いやいや、それよりも、「ひ孫も同然」って事は血の繋がりはないって事だよね?
頭にいっぱいの疑問符を浮かべて、どうしていいのか困惑している私に、後ろから聞き慣れた声がかけられる。
「もう麗ちゃんったら。こんな所で油を売って。って、あら? 珍しいですね。あなたがお義母様以外の人の前に現れるなんて」
「しーちゃん!」
しまった、つい桜に見惚れてて忘れてた!
咄嗟にごめんなさいと謝った私に、しーちゃんは笑顔のまま「いいのよ」と言った。
だが、「あ、やべ。これはスパルタになるわ……」と、この後待ち受けている花嫁修業の過酷さに、内心今から怖気づいたのは内緒だ。やはり鷹臣君の鬼度は母親譲りなのかもしれない。
「あの、この人はどちら様で?」
雅な衣装はどこか古風な民族衣装ぽくって、浮世離れしている。やっぱり幽霊? 幽霊なの!? もしかしてうちの先祖の霊とか?
「我は雪花の父だ」
そうきっぱり断言した男性の後に、しーちゃんはすかさず「名付けのね」と追加説明を加えた。
おお、名付け親……所謂ゴッドファーザーか。
「あ~びっくりした~。てっきりご先祖様の幽霊かと……」
いや、ちょっと待て。
おばあちゃんが生まれた時に名前を与えたのならば、少なくても80歳は超えているはず。なのにこの若さと透明感……。や、やっぱり幽霊!?
「大丈夫よ、麗ちゃん。幽霊じゃなくて、ただこの桜に宿る精霊みたいな物だと思ってくれれば」
「曖昧すぎないか、閑」
「事実ではないですか。桜木さん」
平然としているしーちゃんを見れば、害悪のある人ではないことがわかる。ってゆーか、今更だけど私初めて生で霊的な物を見たんですが!! そして木に宿る精霊なんて実在するんだ、と驚く。まあ、何でもアリのこの家じゃ、これも普通か。
「桜木さんってお名前なんですか……」
ちょっと安直すぎじゃない?
頷く彼は、視線をあげて遠くを見つめる。
「そなたの連れは夢の世界に旅立ったようだな。目覚めるまでしばらく時間がかかろう。我もそなたの花嫁修業とやらに付き合おうか」
「え?」
夢の世界って何だ。そして私に付き合うとか、そんな事をさせてしまってもいいものか、思わずしーちゃんの顔を仰いだ。
珍しく驚いた顔を見せたしーちゃんは、ふと私に微笑む。
「どんな気まぐれかはわからないけど、お願いしましょうか」
「え、え?」
拒否権を与えられないまま、私は半ば引きずられるように修業の間へ連れ込まれたのだった。
◆ ◆ ◆
「あらあら、麗ちゃん。それじゃ仏様になってしまうわよ?」
「おはしょりはしっかり整えてね。後ろも忘れずに」
「ああ、皺はちゃんとのばさないとダメよ?」
ひ、ひぃ!
やんわりと優しく言われるが、しーちゃんは妥協を許さない。スパルタ講師の一面を見せている。
内心で悲鳴をあげながら、かれこれ2時間近くは経過している。一通り着付けの仕方を実演してもらったら、今度は一人で全部やってみせろと言われた。いきなりすぎませんか、それは。
しーちゃんは初めに基礎中の基礎、着付けに使う数種類の小物の名前から覚えさせた。足袋や長襦袢から始まり、半襟、腰紐、伊達締め、前板、帯締めなどなど。その後はざっと大まかに着物の柄や帯の種類、訪問先や季節によって変わる着物の選び方を学ばさせられた。頭に全て吸収して覚える事はできないが、着物の奥深さは何となくわかった。深すぎるよ、着物……
で、ただいま体育会系並のスパルタレッスン中です。合格点がもらえるまで延々と一人で着続けている状態……これ、帯の締め方にいくまで、あと何時間かかるの。物覚えが悪い弟子ですみません……
ちなみにその間、桜木さんは部屋の隅っこでその光景を眺めていた。殿方が、長襦袢を着ているとはいえ、仮にも淑女の着替えを覗いていていい物なのか疑問だが。まあ、私は気にならないからいっか。視線はある意味プレッシャーだけど。でも、残念な子を見るようなため息はよして頂きたいですよ!
何とか人前で出られるような着付けが出来たのは、開始してから既に3時間近くが経過した頃だった。これって早いのか遅いのか……着て脱いでまた着て……を繰り返していたため、疲労困ぱいだ。着物姿のまま畳の上でぐったりとしてしまう。
「――だらしないわよ、麗ちゃん。まだお着物の畳み方が残っているわよ?」
ひぃぃいい!
もうちょっとだけ、休憩させてくださいー!!
笑顔でにっこり笑った顔は、どことなく隼人君を彷彿とさせた。やっぱりこの人はあの二人の母親なんだと、しみじみ実感したのだった。
◆ ◆ ◆
ようやく合格点をもらえた私は、そのまま着物姿でお茶を啜っている。慣れない着物姿はリラックスしていてもまだ疲れるかも。着続けていれば楽になるんだろうか。
「これで鷹臣なしでももう大丈夫ね。お疲れ様、麗ちゃん」
「あ、ありがとうございます……」
大好きな大福を口に頬張る。うう、甘い物はおいしい~! 着物を汚さないように気を付けないと。
そしていつの間にか桜木さんは畳の上で寝息を立てていた。自由すぎないか、この人は。まあ、あまり口うるさく言ってこなかったので、良しとしよう。最後には一言「いいんじゃないか」と言ってくれたし! 美形に褒められたから嬉しいわけではない、決して。
「――さて、次は茶道がいい? 華道がいい?」
「っ!? いいいいいえいえ、忙しいしーちゃんをそこまでさせてしまうのは……! 謹んでご遠慮させて頂きます~!!!」
うふふ、と微笑んだしーちゃんは、冗談を言っているのか本気なのかわからなかった。やはりこの人は侮れない……そう感じた。
ふいにしーちゃんは襖に視線を向ける。「あら、終わったのかしら」なんて呟きながら。
ちなみにこの人の能力は鷹臣君と同じ結界師だ。だから邸内での気配にももしかしたら敏感なのかもしれない。
「どうかしたの?」と尋ねた直後。襖がパーンと勢いよく開かれた。驚く私と微笑むしーちゃんは対照的な反応を示した。彼女はやはり誰がここに来るか、わかっていたようだった。
そんな私達を見て、現れた本人は珍しく余裕のない顔と勢いで、真っ直ぐに私に駆け寄ってくる。そして私は勢いよく抱きしめられた。
「ちょ、白夜!? いきなりどうし……」
ぎゅうっと抱きしめられるのは嬉しいけど、今は着物姿だからちょっと苦しい……。たった今食べた大福がリバースしないかと心配になり、手でペチペチと緩めるように促した。
力いっぱい抱きしめた後、白夜は少し落ち着いたのか、私の意図に気付いて腕の力を緩めてくれた。
一拍後、安堵するようなほっとした吐息が、私の耳元をかすめた。
「ああ、本物ですね……よかった」
「ん? 偽物なんてどこにもいないよ?」
それとも現れたのだろうか、偽物が。
一体おばあちゃん達と何の話をしていたのだろうかと不安になる。変な事は言わないって言ってくれたけど、彼は何を聞いたんだ。桜木さんは夢の世界に旅立ったって言ってたから、てっきり寝ているのだと思っていたけど。
「大丈夫? なんか疲れてるような……」
顔色を窺うと、白夜は慈しみに溢れた微笑を私に向けた。
「ええ、大丈夫です。雪花さんには幸せな未来を見せて頂きました」
「幸せな未来?」
何だそれは。私との未来を夢で垣間見たって事なのかな?
「私達の未来の家族です」と満面の笑顔で言った白夜は次の瞬間、その光景を思い出すように喋りはじめた。
「自分似の子供は正直言って愛せる自信がありまんでしたが、そんな事はありませんでした。私達の子供は皆どこかしらあなたの特徴を受け継いでいますから。目元が似ていたり色素を受け継いでいたり。ああ、あと仕草や食べ物の好み、ふとした瞬間に見せる表情など。個性的な子供たちばかりで私はなんて幸せなんでしょう」
「えっと、そうなんだ? 子供たちって一人以上生まれたんだ」
未来の家族構成に少しばかり興味がわいた私は、つい軽い気持ちで尋ねた。出来ればうちや白夜の所みたいに、男女一人ずつ欲しいよね、なんて想像を巡らせながら。
だが、そんな微笑ましい私の想像は、白夜が怒涛のように呟いた名前の羅列によってかき消される事になる。
「イチカ、フタバ、ヤヨイ、ウヅキ、メイ、ジュン、ナナセ、ハヅキ、ココノエ、ロミオ」
「ロミオ!?」
名前の繋がりは何となくわかった。生まれた順から数字やその数の月を表す名前だということは。
だが問題はその人数だ。
ちょっと待て、一体私は何人産んだんだ。そして最後のロミオって何!?
「はい、10番目の子供です。まだ出産前だったのですが、あなたはもうお腹の子にロミオと名付けて……」
「止めようよそれは! 多分マタニティハイって奴だよ!!」
いくらなんでもちょっと可哀そうすぎるだろうよ! ロミジュリでも見てついそう呼んでいたのかもしれないけれど、痛すぎる自分。シェイクスピアのロミオに憧れてしまったのか!
「ミドルネームが欲しいとあなたが言い出したのですよ。ファーストネームは普通の日本語名を名付ける予定でしたのに、私はその前に夢から覚めてしまいまして……」
その後どんな名前をつけたのか見れなかったらしい。ある意味ほっとしたような、残念なような。
だが、白夜は私を緩く抱きしめたまま満面の笑顔を見せた。
「ですから、是非ロミオの名前を考えましょうね?」
「っ!? う、産まないよ!? 10人も子供作る気ないよ!!」
「大丈夫です。多少個性的な能力を持った子供達ばかりですが、あなたは健康そのものですし。経済力も教育方面でも問題はありませんから」
「そ、そういう問題じゃないー!!」
無駄に経済力がありすぎるのも考えものだよ!! と、私はこの時初めて思った。 無理だから! そんなに子供を産むのは私の体力が……!!
いつの間に現れたのか。一部始終このやり取りを見ていたおばあちゃんが、部屋の入口でぽそりと聞き捨てならない言葉を呟いた。小さな声で、「悪化させたやもしれぬ……」と。
ちらりと首を回してみれば、視線が合ったおばあちゃんは気まずそうに目を逸らした。
って、ちょっと!? 悪化って何が! まさかこの状況がそうなのか!?
そんな空気を完全にスルーして、白夜は続ける。
「さあ、麗。まずはイチカに会いに行きましょうね」
キラキラと王子様スマイルを向けた旦那様を見て、私の頬は引きつった。
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