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【番外編】竜人王アルファは惑わす
⑧
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翌日。
俺は王都に来ていた。
オティリオとハンとリサと一緒だ。
港湾に浮かぶ岩山に聳える王城は、一日に二度だけ潮の満ち引きによって王都に繋がる道が出現する。
その柔らかい砂地の道を二十分ほど歩いて、王都に到着したところだ。
左右に腕を大きく広げたような風格のある建造物が最初に目に入る。
「ここが竜人国の中央機構になる霞の宮。どこの国でも一緒だろ。広いだけで退屈なところだ」
そう説明したのは、なぜか俺たちに同行している青の王。
王付きの側近や騎士もどこかに控えているはずだが、距離を取っているようで姿は確認できない。
「青の王は、俺たちの案内役を一日中するつもりですか?」
確認するように俺が訊くと、青の王は嬉しげに言う。
「今日は一日ずっと一緒にいられる。なんだマイネは俺とふたりだけがよかったのか?」
「そんなわけないだろ」
すかさずオティリオが口を挟んだ。
オティリオは青の王への礼儀をすっかり捨ててしまった。
昨日、リサの部屋から自室に戻る途中で、青の王と何があったのだとオティリオから執拗な追求を受けたけれど、上手い言い逃れもできず、最終的に走って逃げた。
だから、オティリオは俺と青の王に対して、まだ胡乱げな目を向けているのだ。
のらりくらりと王都同行を押し切られたのも、苦々しく思っていることが透けて見える。
そんなわかりやすいオティリオの態度に、青の王はまったく素知らぬふりをして歩きはじめた。
仕方がない。
俺たちは、そのあとに従う。
霞の宮の敷地を過ぎると、一直線に大通りが伸びていた。
両側に等間隔で緑豊かな木々が並び、その奥には高級そうな飲食店や色鮮やかな商店が軒を連ねている。
「王都でリュウコについて調査しようと思っているのだろう? 調べるのは結構だが、リュウコの名前は出したら駄目だからな」
王の紋章を左目に宿した青の王は、口の端に笑みを覗かせた。
「青の王こそ、僕たちの邪魔をするなよ」
「わかってるって。おとなしくしてるから、大丈夫さ。さて、どこに行きたいんだ?」
諦めたようにオティリオは返事をする。
「午前中は二手に分かれる。僕とマイネは宝石店や商店に行って、ハンとリサは薬師のいる薬屋に行く」
当然のように青の王は俺とオティリオと行動をともにすることになった。
そうなるだろうとは思った。
俺たちはハンとリサと別れて、手配してあった王族専用の竜人力車に向かった。
力車を引く竜人の護衛騎士を横目にしつつ、乗り込む。
近衛は竜化しているのに、人型と同様の大きさだ。
両耳の上のあたりから控えめに突き出した角。
中央が隆起している鼻。
飛び出たような目。
大型とは違い、愛嬌のある顔立ちだ。
全身が鱗で覆われていて、長く太い尾はドラゴンそのもの。
ところが、背中に翼がない。
「竜人の竜型って二段階あるんですね」
「ああ。大型に変化できるのはアルファだけなんだ。ベータとオメガの竜人は大型に竜化できない」
オティリオは青の王と対面する席に腰を下しながら、少し驚いて訊いた。
「それじゃあ、飛べるのもアルファだけ?」
「そう。ベータとオメガには翼がない」
ならば竜人にとってのアルファは、俺たちにとって王族にのみ現れる聖獣人と同等なのかもしれない。
滑らかに力車が動き出した。
力車から眺める王都は、異文化を感じる。
ときどき聞き慣れない言語も聞こえ、見慣れない服や食べ物も見かけた。
「竜人国の民は竜人が一番多い。王都は比較的人間と獣人も多く住んでいるが、それでも合わせて四割程度ってところだ。もともとは竜人しかいない国だったからな」
「人型の姿は人間と変わりないですね」
俺がそう言うと、青の王は首元の服をぐっと引っ張る。
そうすると、肌に張り付く鱗状が現れた。
青く光沢のある鱗は、陽光を反射して輝く。
「竜人には鱗がある」
青の王は、顎を上げて煽るような仕草で、俺とオティリオに向けた目を細めた。
嫌悪を表すかどうかを、見定めているかのような赤い目だ。
その肌感は人間にはなく、一部にのみ異質なものが混ざっているようで、俺は一瞬ぞわりとした感覚を覚える。
しかし。
「綺麗だ」
思わぬ声が聞こえた。
囁くほどの声だったが、確かにそう聞こえた。
青の王は驚いたように目を見張り、オティリオはしまったというような顔をする。
「聞かなかったことにしてくれ」
「……オティリオ殿下は」
「もういいから。服を整えろ」
オティリオが話は終わりだとばかりに顔を背けて、足を組む。
青の王は頬を緩ませた。
その後、宝石店や商店を見て回った。
その行く先々で、突如現れた竜王に王都の人たちは驚いたように足を止めて、そのあとに決まって喜色を表す。
竜王とは竜人にとって神聖な存在なのだと、改めて認識した。
青の王の軽薄な態度からは忘れがちだが、竜人国の民にとっては偉大な王なのだと。
そうして気づけば昼食時。
俺たちは力車から降りて、海岸沿いの堤防に座り込んでいた。
「はあ」
オティリオは俯いて、意気消沈としている。
ため息が出るのも当然だ。
何時間も聞き込みをした結果、購入できないものなどないと、知り得ただけだったのだから。
宝石店の店主曰く、サンゴにしても真珠にしても、他国に輸出できない品などなく、稀に高級な一品ものも存在するそうだが、入手不可能ではないそうだ。
徒労に終わり、振り出しに戻って考え直さなければならない。
俺は海側に足を投げ出して、ぶらぶらと足を揺らす。
「……全然わかりません」
「わからないなら、リュウコを作るしかないな」
青の王はにやりと笑い、オティリオが眉を顰めた。
俺は青の王とオティリオに挟まれて座り、居心地が悪い。
無意識に背中を丸めた。
「リュウコの回答を外したとしても、マイネは帰国させる」
「えぇ。マイネ帰っちゃうの?」
「マイネのうなじを見ろ」
オティリオがそう言うから、俺は青の王にうなじが見せようとする。
そこには、ルシャードとの番の証の痕があった。
青の王は一瞥して、素っ気なく答える。
「見た。綺麗な歯型だ」
「青の王だって知ってるだろ? オメガの番は生涯ただ一人だけだって」
「もちろん知ってる。でも俺は番に固執してない。番になることが、そんなに大切か? 愛情があれば番になれなくても、俺は構わないよ」
「青の王が構わなくても、マイネは駄目だ」
「駄目だと言われてもさ」
「諦めろ。ルシャード兄上には敵わない」
「マイネはどう思う?」
青の王は俺に視線を向けた。
だが、向いていない。
その視線は完全に俺を通り越して、誰かを見ている。
もしかして……。
俺が口を開こうとしたとき、背後から女の声がした。
「あら? 久しぶりに珍しい人を見たわ」
振り返ると、年嵩な女だ。
夜の空気を纏った煌びやかな独特な女だった。
年はかなり上のようだが、艶があり豊満な肉体を自慢するかのように露出の激しい服を身にまとっている。
青の王が道路側に身体を傾けて、気軽に返事をした。
「久しいな。元気そうじゃないか」
「そうでもないわよ。私が耄碌する前に客として来てちょうだい」
「気が向いたらな」
青の王がそう言うと、女は手を振って離れて行く。
「……知り合いか?」
オティリオが気まずそうに訊いた。
言いたいことはわかる。
王の知り合いに相応しくない人種だと思ったのだろう。
「ああ。そんなところだ。マイネは娼館に行ったことあるか?」
「えっ……いいえ。ないです」
「オティリオ殿下もわざわざ行く必要なさそうだよな。行ったことないだろ?」
オティリオは青の王の問いに答えずに、目線で話を促す。
青の王は、肩をすくめた。
「前王が逝去して俺の左目に王の紋章が浮かび上がったとき、俺がどこにいたと思う?」
話が一変しすぎて俺は戸惑う。
オティリオも不審そうにした。
答えられないでいると、青の王が自嘲ぎみに笑う。
「牢屋だ。汚い牢屋にぶち込まれていた。前代未聞だよな。そんな竜王はどこを探しても俺だけだ」
「どうして牢屋なんかに?」
「ふざけた客がいて、ちょっとばかし両足を折ってやったんだよ」
「客?」
「そのころの俺は、オメガ専門の娼館で店つきの護衛役をしてたんだ。そこで娼婦をしていたオメガの母親が、小さいころに病死してさ。今のはそこの女主人で、親代わりみたいなもんだ」
青の王はさらりと打ち明けた。
大型竜型にもなれる特権アルファならば、出自に関係なく騎士にでもなれただろうに、青の王が選んだのは店つきの護衛だったのか。
そんな名声や権力を望まない男が、王の紋章を受け継ぐ竜王に選ばれたなんて不思議だ。
そう思って、疑問を口にした。
「竜王はどのような仕組みで選ばれるのですか?」
「さあな謎だ。その時代に必要とされる王が選出されるらしいが、どうして俺だったのか、未だに疑問だ。俺みたいな男が一夜にして竜王なんて、笑えるだろ」
「その左目の紋章……何か力を授かったのか?」
オティリオが問いただした。
魅了の力があるのではないかと、オティリオは疑っているのだ。
青の王は短く、ふっと息を吐く。
それから左手で左目を塞いだ。
「そんなのはないが、受け継いだとき、雷に打たれたような衝撃があった。死んだかと思ったよ」
青の王が言い終わった、そのとき。
突然、遠くの山間の空に砂煙が舞い上がる。
「なんだ?」
青の王とオティリオが同時に呟いた。
上空を見上げると、そちらに向かって飛ぶ二体の大型ドラゴンが現れる。
それから新たな大型ドラゴンが追尾して飛びたった。
青の王は立ち上がる。
「王都で大型の竜化を許可されているのは騎士団のみだ。何か事故でもあったのかもしれない」
そう言いながら、すでに青の王は海に向かって飛び上がっていた。
同時に大型のドラゴンに変化する。
鎧のような滑らかな鱗で全身が覆われ、足と手の指には鋭く尖った爪が伸び、左右の耳のあたりから短い角が現れる。
長く太い凶暴そうな尻尾には棘のような突起が並び、先端は矢印のような形状をしていた。
そのすべてが、自然界にはない独特の異様さ。
巨体が舞い上がる。
一際、禍々しい炎のような紅い瞳。
大きな翼をばさりと広げて方向転換をしたら、突風が巻き起こり、俺は腕を上げて風圧に耐えた。
「ちょっと様子を見てくるから、戻るまでここで待ってろ」
大型竜型の姿から、青の王の声がした。
そして青のドラゴンが遠ざかると、徐々に風が鎮まる。
吹き飛ばされそうになりながらも青いドラゴンに目を奪われていた。
そして、ある考えが頭に浮かんでいた。
「……凄いな」
オティリオが感嘆したように呟いた。
「竜人国にしかない貴重で入手できないもの、見つけました」
空に目を向けたまま、俺は言った。
荒々しい大型ドラゴンの鱗や爪や角の質感を目の当たりにして、俺は直感したのだ。
「竜人の身体の一部」
口にしてみると、それはあまりにもしっくりと、確信めいて響いた。
俺は王都に来ていた。
オティリオとハンとリサと一緒だ。
港湾に浮かぶ岩山に聳える王城は、一日に二度だけ潮の満ち引きによって王都に繋がる道が出現する。
その柔らかい砂地の道を二十分ほど歩いて、王都に到着したところだ。
左右に腕を大きく広げたような風格のある建造物が最初に目に入る。
「ここが竜人国の中央機構になる霞の宮。どこの国でも一緒だろ。広いだけで退屈なところだ」
そう説明したのは、なぜか俺たちに同行している青の王。
王付きの側近や騎士もどこかに控えているはずだが、距離を取っているようで姿は確認できない。
「青の王は、俺たちの案内役を一日中するつもりですか?」
確認するように俺が訊くと、青の王は嬉しげに言う。
「今日は一日ずっと一緒にいられる。なんだマイネは俺とふたりだけがよかったのか?」
「そんなわけないだろ」
すかさずオティリオが口を挟んだ。
オティリオは青の王への礼儀をすっかり捨ててしまった。
昨日、リサの部屋から自室に戻る途中で、青の王と何があったのだとオティリオから執拗な追求を受けたけれど、上手い言い逃れもできず、最終的に走って逃げた。
だから、オティリオは俺と青の王に対して、まだ胡乱げな目を向けているのだ。
のらりくらりと王都同行を押し切られたのも、苦々しく思っていることが透けて見える。
そんなわかりやすいオティリオの態度に、青の王はまったく素知らぬふりをして歩きはじめた。
仕方がない。
俺たちは、そのあとに従う。
霞の宮の敷地を過ぎると、一直線に大通りが伸びていた。
両側に等間隔で緑豊かな木々が並び、その奥には高級そうな飲食店や色鮮やかな商店が軒を連ねている。
「王都でリュウコについて調査しようと思っているのだろう? 調べるのは結構だが、リュウコの名前は出したら駄目だからな」
王の紋章を左目に宿した青の王は、口の端に笑みを覗かせた。
「青の王こそ、僕たちの邪魔をするなよ」
「わかってるって。おとなしくしてるから、大丈夫さ。さて、どこに行きたいんだ?」
諦めたようにオティリオは返事をする。
「午前中は二手に分かれる。僕とマイネは宝石店や商店に行って、ハンとリサは薬師のいる薬屋に行く」
当然のように青の王は俺とオティリオと行動をともにすることになった。
そうなるだろうとは思った。
俺たちはハンとリサと別れて、手配してあった王族専用の竜人力車に向かった。
力車を引く竜人の護衛騎士を横目にしつつ、乗り込む。
近衛は竜化しているのに、人型と同様の大きさだ。
両耳の上のあたりから控えめに突き出した角。
中央が隆起している鼻。
飛び出たような目。
大型とは違い、愛嬌のある顔立ちだ。
全身が鱗で覆われていて、長く太い尾はドラゴンそのもの。
ところが、背中に翼がない。
「竜人の竜型って二段階あるんですね」
「ああ。大型に変化できるのはアルファだけなんだ。ベータとオメガの竜人は大型に竜化できない」
オティリオは青の王と対面する席に腰を下しながら、少し驚いて訊いた。
「それじゃあ、飛べるのもアルファだけ?」
「そう。ベータとオメガには翼がない」
ならば竜人にとってのアルファは、俺たちにとって王族にのみ現れる聖獣人と同等なのかもしれない。
滑らかに力車が動き出した。
力車から眺める王都は、異文化を感じる。
ときどき聞き慣れない言語も聞こえ、見慣れない服や食べ物も見かけた。
「竜人国の民は竜人が一番多い。王都は比較的人間と獣人も多く住んでいるが、それでも合わせて四割程度ってところだ。もともとは竜人しかいない国だったからな」
「人型の姿は人間と変わりないですね」
俺がそう言うと、青の王は首元の服をぐっと引っ張る。
そうすると、肌に張り付く鱗状が現れた。
青く光沢のある鱗は、陽光を反射して輝く。
「竜人には鱗がある」
青の王は、顎を上げて煽るような仕草で、俺とオティリオに向けた目を細めた。
嫌悪を表すかどうかを、見定めているかのような赤い目だ。
その肌感は人間にはなく、一部にのみ異質なものが混ざっているようで、俺は一瞬ぞわりとした感覚を覚える。
しかし。
「綺麗だ」
思わぬ声が聞こえた。
囁くほどの声だったが、確かにそう聞こえた。
青の王は驚いたように目を見張り、オティリオはしまったというような顔をする。
「聞かなかったことにしてくれ」
「……オティリオ殿下は」
「もういいから。服を整えろ」
オティリオが話は終わりだとばかりに顔を背けて、足を組む。
青の王は頬を緩ませた。
その後、宝石店や商店を見て回った。
その行く先々で、突如現れた竜王に王都の人たちは驚いたように足を止めて、そのあとに決まって喜色を表す。
竜王とは竜人にとって神聖な存在なのだと、改めて認識した。
青の王の軽薄な態度からは忘れがちだが、竜人国の民にとっては偉大な王なのだと。
そうして気づけば昼食時。
俺たちは力車から降りて、海岸沿いの堤防に座り込んでいた。
「はあ」
オティリオは俯いて、意気消沈としている。
ため息が出るのも当然だ。
何時間も聞き込みをした結果、購入できないものなどないと、知り得ただけだったのだから。
宝石店の店主曰く、サンゴにしても真珠にしても、他国に輸出できない品などなく、稀に高級な一品ものも存在するそうだが、入手不可能ではないそうだ。
徒労に終わり、振り出しに戻って考え直さなければならない。
俺は海側に足を投げ出して、ぶらぶらと足を揺らす。
「……全然わかりません」
「わからないなら、リュウコを作るしかないな」
青の王はにやりと笑い、オティリオが眉を顰めた。
俺は青の王とオティリオに挟まれて座り、居心地が悪い。
無意識に背中を丸めた。
「リュウコの回答を外したとしても、マイネは帰国させる」
「えぇ。マイネ帰っちゃうの?」
「マイネのうなじを見ろ」
オティリオがそう言うから、俺は青の王にうなじが見せようとする。
そこには、ルシャードとの番の証の痕があった。
青の王は一瞥して、素っ気なく答える。
「見た。綺麗な歯型だ」
「青の王だって知ってるだろ? オメガの番は生涯ただ一人だけだって」
「もちろん知ってる。でも俺は番に固執してない。番になることが、そんなに大切か? 愛情があれば番になれなくても、俺は構わないよ」
「青の王が構わなくても、マイネは駄目だ」
「駄目だと言われてもさ」
「諦めろ。ルシャード兄上には敵わない」
「マイネはどう思う?」
青の王は俺に視線を向けた。
だが、向いていない。
その視線は完全に俺を通り越して、誰かを見ている。
もしかして……。
俺が口を開こうとしたとき、背後から女の声がした。
「あら? 久しぶりに珍しい人を見たわ」
振り返ると、年嵩な女だ。
夜の空気を纏った煌びやかな独特な女だった。
年はかなり上のようだが、艶があり豊満な肉体を自慢するかのように露出の激しい服を身にまとっている。
青の王が道路側に身体を傾けて、気軽に返事をした。
「久しいな。元気そうじゃないか」
「そうでもないわよ。私が耄碌する前に客として来てちょうだい」
「気が向いたらな」
青の王がそう言うと、女は手を振って離れて行く。
「……知り合いか?」
オティリオが気まずそうに訊いた。
言いたいことはわかる。
王の知り合いに相応しくない人種だと思ったのだろう。
「ああ。そんなところだ。マイネは娼館に行ったことあるか?」
「えっ……いいえ。ないです」
「オティリオ殿下もわざわざ行く必要なさそうだよな。行ったことないだろ?」
オティリオは青の王の問いに答えずに、目線で話を促す。
青の王は、肩をすくめた。
「前王が逝去して俺の左目に王の紋章が浮かび上がったとき、俺がどこにいたと思う?」
話が一変しすぎて俺は戸惑う。
オティリオも不審そうにした。
答えられないでいると、青の王が自嘲ぎみに笑う。
「牢屋だ。汚い牢屋にぶち込まれていた。前代未聞だよな。そんな竜王はどこを探しても俺だけだ」
「どうして牢屋なんかに?」
「ふざけた客がいて、ちょっとばかし両足を折ってやったんだよ」
「客?」
「そのころの俺は、オメガ専門の娼館で店つきの護衛役をしてたんだ。そこで娼婦をしていたオメガの母親が、小さいころに病死してさ。今のはそこの女主人で、親代わりみたいなもんだ」
青の王はさらりと打ち明けた。
大型竜型にもなれる特権アルファならば、出自に関係なく騎士にでもなれただろうに、青の王が選んだのは店つきの護衛だったのか。
そんな名声や権力を望まない男が、王の紋章を受け継ぐ竜王に選ばれたなんて不思議だ。
そう思って、疑問を口にした。
「竜王はどのような仕組みで選ばれるのですか?」
「さあな謎だ。その時代に必要とされる王が選出されるらしいが、どうして俺だったのか、未だに疑問だ。俺みたいな男が一夜にして竜王なんて、笑えるだろ」
「その左目の紋章……何か力を授かったのか?」
オティリオが問いただした。
魅了の力があるのではないかと、オティリオは疑っているのだ。
青の王は短く、ふっと息を吐く。
それから左手で左目を塞いだ。
「そんなのはないが、受け継いだとき、雷に打たれたような衝撃があった。死んだかと思ったよ」
青の王が言い終わった、そのとき。
突然、遠くの山間の空に砂煙が舞い上がる。
「なんだ?」
青の王とオティリオが同時に呟いた。
上空を見上げると、そちらに向かって飛ぶ二体の大型ドラゴンが現れる。
それから新たな大型ドラゴンが追尾して飛びたった。
青の王は立ち上がる。
「王都で大型の竜化を許可されているのは騎士団のみだ。何か事故でもあったのかもしれない」
そう言いながら、すでに青の王は海に向かって飛び上がっていた。
同時に大型のドラゴンに変化する。
鎧のような滑らかな鱗で全身が覆われ、足と手の指には鋭く尖った爪が伸び、左右の耳のあたりから短い角が現れる。
長く太い凶暴そうな尻尾には棘のような突起が並び、先端は矢印のような形状をしていた。
そのすべてが、自然界にはない独特の異様さ。
巨体が舞い上がる。
一際、禍々しい炎のような紅い瞳。
大きな翼をばさりと広げて方向転換をしたら、突風が巻き起こり、俺は腕を上げて風圧に耐えた。
「ちょっと様子を見てくるから、戻るまでここで待ってろ」
大型竜型の姿から、青の王の声がした。
そして青のドラゴンが遠ざかると、徐々に風が鎮まる。
吹き飛ばされそうになりながらも青いドラゴンに目を奪われていた。
そして、ある考えが頭に浮かんでいた。
「……凄いな」
オティリオが感嘆したように呟いた。
「竜人国にしかない貴重で入手できないもの、見つけました」
空に目を向けたまま、俺は言った。
荒々しい大型ドラゴンの鱗や爪や角の質感を目の当たりにして、俺は直感したのだ。
「竜人の身体の一部」
口にしてみると、それはあまりにもしっくりと、確信めいて響いた。
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