【完結】聖獣人アルファは事務官オメガに溺れる

犬白グミ

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【番外編】竜人王アルファは惑わす

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「ディアーク王の即位式典だろ?」

 オティリオは、平然と答えた。
 しかし、何か引っかかっているようだ。

「式典も晩餐会も終わったあとのことだ。あの日、どれだけ酔っていたか覚えてるか?」

 青の王がそう告げると、思い出そうとする仕草をしたオティリオは、わずかに顔を引きつらせる。

「確かにその日は酔い潰れて……気づいたら朝になっていた。目覚めると聖ノ宮の客室で寝ていて、どうしてそこで寝ていたのか記憶にない」

 オティリオは戸惑っているように見えた。
 その不安そうな表情から、本当に記憶が欠如していることが窺える。

 落胆したように、青の王が深いため息をついた。

「やはり忘れているのか……」 

 その左目が、揺らめく。
 炎のような紅い瞳に潜む、王の証である稲妻が蠢いた。

 俺は一瞬気圧されて息を止める。

「あの夜のことをオティリオ殿下が忘れてしまっても、俺は覚えてる。あれは甘い夜だった」

 青の王がうっすらと微笑みを浮かべた。
 甘い表情といえなくもないが、なんとも芝居がかった薄気味悪い表情だ。

 オティリオは、苦々しげに返す。
「……俺が忘れてるからと言って大嘘をつくな」

「記憶がないのが残念で仕方がない。あのときも俺の鱗を見て、綺麗だと褒めてくれたじゃないか」
「嘘だ!」

 オティリオは青の王の発言を止めるかのように叫んだ。
 だが、諭すように反論される。

「嘘じゃない。俺はオティリオ殿下と違って嘘をつかない。嘘つきはオティリオ殿下のほうだろ? なあ、マイネもそう思うだろ?」

「え?」

 不意に、話の矛先が蚊帳の外にいた俺に向けられて、言葉に詰まった。
 意味がわからない。
 そう思ったが。

 つぎの言葉を聞いて、嘘つきの意味がわかった。
 
「マイネはオティリオ殿下の嘘のせいで、傷心して川に流されたんじゃなかったのか?」

 ――どうして、それを?

 オティリオがついた嘘。
 それは、ルシャードと隣国の王女がもうすぐ結婚するという嘘だ。

 記憶が蘇って、胸元で揺れる金色の石と金色の髪が入った布袋をそっと握る。

 オティリオは動揺した。
「……なぜ知っている?」

「なぜって、あの日、オティリオ殿下から聞いたからに決まってるだろ。庭園の茂みに隠れるように蹲っているのを見つけて、気分が悪いのかと思って抱き起こした。そしたら突然泣き出したんだよ、あんたは」

 オティリオは「そんなはず……」と呟いた。
 詳細を聞いても、オティリオの記憶は都合よく蘇らないようだ。

 俺は口を噤んで、青の王の続きを待つ。

「胸の中に溜まっていたものを、ずっと吐き出したかったんだろうな。自身の嘘のせいで、マイネを死なせてしまった、自殺してしまった、と懺悔するみたいに咽び泣きはじめたのだから」

 俺とアプト領で再会したときも、オティリオは泣いていたな。
 許そうとは思わなかったけど。

「本当に……僕がその話をしたのか?」
 
 オティリオは信じられないと言いたそうに、手のひらで口を塞ぐ。
 本当に塞ぎたいのは、三年前の口だろう。

 オティリオは、まったく接点のない、どんな人物かも知らない遠くの他国の王に、発作的に誰にも言えずにいた罪の告白をしたのか。
 
 どんなに記憶にないとオティリオが訴えたところで、青の王の言葉に偽りがないと証明されたようなものだ。
 そうでなければ、知り得ようがないことを、青の王が知っているのだから。
 
「オティリオ殿下は覚えてないらしいが、縋りついて号泣するあんたを、俺は三年間忘れずに過ごした。可愛かったぞ。俺の理性が弾け飛ぶぐらいの威力があった」

 青の王がそう言うと、オティリオは肩を震わせた。
「…………何もなかったよな?」

「安心しろ。俺は酔い潰れた相手を襲ったりしない。一晩中、抱きしめていた……それだけだよ」 

 否定する青の王だが、なんだか含みがあって怖い。

「一晩中?」
 オティリオが呟く。

「仕方ないだろ。オティリオ殿下が俺を離してくれなかったのだから。流石に他国の王弟に手を出したらいけないと思って、俺は離れようとしたんだからな。それなのに、どんどん密着してきたのはそっちのほうだ」

 甘い夜という表現が合っているかどうかはわからないが、青の王とオティリオはふたりで一夜を過ごしたらしい。

 オティリオは羞恥で頬を赤く染めた。

「だから…………こんな嫌がらせを俺にして遊んでるのか?」
「嫌がらせでもないし、遊んでもない」

「じゃあ、なんだよ? なんで今更そんな三年も前のことを蒸し返すんだ? 三年の間に青の王が俺に連絡を寄越したことなんて一度もなかったよね?」
「俺からの連絡がほしかったってことか?」
「違う。そういう意味じゃない」

 オティリオは、眉間に皺を寄せると、青の王が弾んだような声で言う。

「これからはカグヤと呼んでくれ」
「カグヤ?」

 オティリオが壊れたおもちゃのように繰り返した。

「俺の名前だ」

 俺は、やはり退室しようと思った。
 気配を消して、席から立ち去ろう。

 しかし気づかれたようで、目を伏せながらオティリオも席を立ってしまう。

「……僕も一旦部屋に戻る」
 敢えて青の王を無視して、オティリオは扉に向かった。

「ああ、そうだ。オティリオ殿下の部屋を移動させないといけないな。俺と寝室は一緒でもいいか?」
「いいわけないだろ」

 青の王の声に、オティリオは振り返って語気を強めて言い捨てる。
 そうして、俺を追い越して足早に執務室を出ていった。

 その背中を追うように青の王が呟く。
「逃がさないよ」






 俺が何よりも優先しなければならないのは、リュウコをアンゼル国に早急に持ち帰ることだ。

 賭けに負けたオティリオをこのまま残して、帰ってもいいのだろうか。
 そう思ったが、予定通り、すぐに帰路の準備をはじめた。

 夕方には、桟橋に停泊していたジョージ号に最後の荷物を運び終える。

 もうすぐ太陽が沈みそうな空に、ふたりの大型竜型が旋回していた。
 大切なリュウコを無事に運ばないといけないため、青の王の好意で、竜人国の近衛騎士がアンゼル国まで護衛してくれることになったのだ。

 桟橋まで降りて来た青の王の頬を見て、俺は驚いて訊く。
「その顔どうしたんですか?」

 赤く腫れていたからだ。

「オティリオ殿下に殴られた」
「え? どうして?」

 俺は少し驚いた。

「抱き寄せたら拒否されて殴られた」
「……本当にそれだけですか?」

 オティリオは相当怒らせない限り、暴力を振るったりしないはずだ。
 それだけとは考えにくい。

「……無理やりキスしようと……だって、三年前を思い出してくれるかなって思ったんだよ」

 俺は三年前の王宮でも口づけを交わしたのか、と思ったが訊かずに話を進めた。

「……それで、オティリオ殿下は今どちらに? そろそろ出航なんですけど」

 見送りに現れたのが、青の王ひとりだけなんておかしい。
 あっけらかんと青の王が言い放つ。

「マイネたちと一緒に帰国しそうな勢いで立腹してたから、閉じ込めて来た」
 
 それを聞いた俺は、アンゼル国を出国するときのオティリオの軽口を思い出して、乾いた笑いを漏らした。
 確か、オティリオは俺がルシャードに閉じ込められているのではないかと揶揄していたのだ。

 俺は短く息を吐いたあと、疑問に思っていることを口にする。

「……俺の部屋のベランダにいたのは、もしかしてオティリオ殿下の部屋と俺の部屋を間違えたからですか?」 
「ああ……ごめん。本当はオティリオ殿下の部屋にこっそり侵入しようとしていた。内緒にしておいてくれ」

 あのときは、部屋を間違えたと言う青の王に対し、なんて下手くそな言い訳なんだと思ったが、実際に部屋は間違えていたのだ。
 オティリオの部屋は、俺の部屋の真上だった。

「……青の王は賭けなんて持ち出さずに、素直に気持ちを伝えたほうがよかったと思いますよ」
「えぇ……だって……すっかり俺のこと忘れてたんだぞ。少しばかり意地悪をしたくなった俺の気持ちも汲んでくれよ」

「それでも、です」
「マイネはいいよな。何年も強烈に忘れられずに、泣くほどに思われててさ。嫉妬してしまう」

 俺は呆れた。

 オティリオが記憶をなくすほど酔ったのも、青の王に泣きついたのも、俺のおかげだとも言える。
 むしろ感謝してほしいぐらいだ。

 オティリオが俺を忘れなかったのは、自身の犯した罪を忘れられなかっただけで、そこにあるのは罪悪感だけだ。
 心は伴ってない。
 そして今でもオティリオの心の奥底に後悔は残っていると感じていた。

 青の王は続けて言う。
「それにあの状況で俺の気持ちを伝えたら、リュウコの代わりにオティリオ殿下をくれって脅してるみたいで、どうしても嫌だった……」

 大胆な青の王らしからぬ発言だ。
 繊細な心も持っているようで安心する。
 
「大きなお世話かもしれませんが、オティリオ殿下には何も伝わってないと思います」
「これからじっくり伝えて、俺のことを好きにさせてみせるさ。次にマイネと会うときは俺たちの婚姻式だな」

 青の王は想像したのか、口元を緩めた。
 わかりやすく、オティリオのことが好きなのだと確認できる。
 しかし、青の王の行動はオティリオに好かれようとしているようには、まったく見えないから、拗れてしまうのだ。

 そう思っていると、背後から近づく足音が聞こえた。
 振り返る。
 王城に続く階段を駆け降りてくるオティリオだ。

「どうやって抜け出した? あ、クオン宰相か?」

 青の王がはっとしたように言い、急いで桟橋まで辿りついたオティリオは息を整えながら、そんな青の王を睨みつけた。

「はあ……間に合わないかと思っただろ」
「駄目だからな。帰ったら」

 青の王がオティリオの手首を掴もうとすると、煩わしげに叩き落とされる。

「わかってるから、黙ってろ。マイネ、これをディアーク王と銀ノ宮の家令に渡してくれ」

 それは手紙だった。
 受け取ると、オティリオは俺を抱きしめながら続ける。

「気をつけて帰れ。そして必ずアンゼル国の獣人たちを救って」

 背後で青の王が嫉妬の眼差しを向けているような気がした。

「はい。必ず。オティリオ殿下もお元気で」

「最後の別れみたいに言うなよ。どうせ僕もすぐ帰る。青の王がこの遊びに飽きたらさっさと帰国するから、待ってて」
「……あぁ、はい」

 やはり、オティリオには何も伝わってない。






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