エシュロン ~ テロと戦う盗聴者

國上 絢女

文字の大きさ
4 / 10

第参話 覚悟

しおりを挟む
 窓から見えるレドームは、深い闇と相俟って、不気味な様相を醸し出していた。

 俺は足早に寮へと通じる階段を通り抜け、廊下を曲がる。
遂に見えてきた緊急会議室に、俺は小さな安心感を覚えた。

 これから起こり得ることを考えれば、この景色、この空気感も案外いいのかもしれない。

 俺は湊の心構えができていることを祈り、ノブに手をかける。

 解放された空気の流れを感じ、一番に目に入ってきたのは、照明の明るい光ではなく、湊の表情だった。
 さっきまでの悲観的な顔つきから、闘志に満ち溢れたものに、大変貌を遂げていた。
ただ、いつもの湊は全てにおいて前向きな方なので本来の性を現したともとれるのだが……

 そんなことより、目の前の問題はあの事実をどうやって伝えるか、ということだ。

ストレートに
「『日本の ”9 11” だ』と、『実行犯と乗り物の目処はついた。ジャックウェアの改ざんを急げ!』
というメールを傍受したんだが」
という風に伝えていいものなのか・・・

ここは少し遠回しに、
「多分、テロが起きる。心構えを頼む」
と言うべきか・・・

しかし、内容を伝えないのは、後々不味いだろう。

そうなると、内容の一部のみを伝えるか。
「『日本の ”9 11” だ』というメールと、それに類する情報をキャッチしたんだ」

いや、これではだめだ。
湊なら確実に
「それに類する情報って何なんだ!」
という風に、追及してくることだろう。

 そうなれば、結果は前者と同じ、
いや、それ以上に酷いものになるかもしれない。

 故に、この案は却下だ。

「はぁ~」
やはり、正直にすべてを話すことが、今、考えられる最善の方法だろう。
俺は拳を握りしめ、息を吸う。

「湊、正じ……」

 しかし、その声が湊へと届くことはなかった。
その代わり、俺の耳にあの聞き慣れた声が飛び込んできた。

「絢、どんな情報を掴んだんだ!
さっき言ってた情報と、初めの情報に関係があるのか?」

怒涛の勢いで湊が迫ってくる。
さっきまでの雰囲気からは全く想像できない程に、意欲的だ。
(この心境の変化、何がきっかけなんだろう。
さっきまでの湊は、”テロとは絶対に関わりたくない” っていう姿勢を明確に表現していたのに・・・)

「落ち着けって。
その様子じゃあ、事件に立ち向かう決心をしたっていうことで、いいんだな?」
「ああ、俺は既に意を決めたさ。
”俺はこの事件を阻止して、航空自衛隊に戻る!
そして、絶対に、ブルーインパルスで空を舞う!” ってな!」

「そうだったのか・・・」
(湊は既に、覚悟を決めていたんだな。
そんなことを聞かされたら、もう、隠し事なんてできないよな)

「湊、これはあくまで俺の見解に過ぎないんだが、”99,9%の確率でテロ事件が発生する”」
「本当、なんだよな・・・」
「ああ、二つのメールを見て確信した。
まず最初のはメールが
『日本の ”9・11” だ』っていうものなんだ。
お前も”9・11”は知ってるよな?」
「中学の授業で習った程度なら。
「同時多発テロ」や「9・11テロ」とも呼ばれ、航空機が使用された史上最大規模のテロ事件だろ?」

「ああ、そうだ。俺もこのメールを見た時、アメリカの9・11みたいに”航空機が関係してくるかも” って思ったよ」
湊は、俺の言いたいことが何なのか、分かっているかのように頷いている。

「そして、次のメールが問題なんだ。
『実行犯と乗り物の目処はついた。ジャックウェアの改ざんを急げ!』
こんな風に書いてあったんだよ」

「でもこれだけでは、何を指し示しているか分からないだろ?」

(ここまでの話で、湊に、凡そのことを推察されたと思っていたんだが。
まあ、次のキーワードで理解してくれればいいんだけど・・・)
「鈍いなぁ。ジャックウェアと航空機、この二つが問題なんだよ」

「そうか! ジャックウェアは、自動運転を乗っ取るウイルス。そして航空機ならオートパイロットがある。
この二つのキーワードを組み合わせて考えると、犯人は航空機を乗っ取り、衝突させようとしているのか!
・・・って、本当にヤバイんじゃないのか?」

 俺の言いたいことに気付いた湊は、右手で頭を掻いた。

「やっと、事の重大さに気付いたか。
さっき話したように、二つのメールには高い確率で関連性がある。
そしてまた、このメールの着信先にも問題があるんだ」

「それってどういうことだ?」

「まずメールの送り先から。
宛先は鈴木 哲也、大手IT企業の社長だ。
そしてもう一つ、このメールの送り先が鈴木 哲也の個人のアドレスではなく、幹部社員共有アドレスだったってことなんだ」

「それって、まさか・・・」

「そうだ。俺も考えたくはないんだが、この事件、組織的、企業ぐるみの犯罪行為という可能性が浮上してきたんだ。
もし仮に、そうだったとするならば、犯人奴らは本気だ。
だからこそ、俺は全力でこの事件に挑む!
頼む、湊。力を貸してくれ!」

「分かったよ!
この事件、俺はお前に全てを懸ける」

「湊、ありがとう。そして、頼んだぞ」

「ああ、引き受けた。
後、提案なんだが、この事を月倉話さないか?
コンピューターウイルスなら、あいつの専門分野だろ?
だから、早く事件を解決する為に、あいつに協力して貰いたいんだ。
お前、あいつのことだけは、信頼してたよな?」

「ああ、俺も同じことを考えていた。
ただし、俺が直接話して頼んでみようと思う。
元々、この事件に最初に首を突っ込んだのは俺だ。
だからこそ、これぐらいの事はやらせてくれ!」

「分かったよ。
ただ、気負いすぎて一人で抱え込もうとするんじゃないぞ。
今回の事件、俺もお前に協力するって決めたんだ。
俺の気持ちを、無碍にするな」

「あと、これが俺の連絡先な。
万が一の時は、この番号か、裏に書いてある本部に連絡しろよ」

 そう言いながら、湊は名刺を渡してきた。

(ついつい、再会の感傷に浸ってて、すっかり忘れていた。
それにしても、この名刺のデザインの炎と航空機って、湊のイメージには合わないよな)

「湊、名刺のデザイン、SATで共通なのか?
お前が炎の名刺って、流石にノーマークだったぞ」

「そうか?
案外この名刺、気に入ってるんだけどな」

「そう言えば、俺の名刺も渡してなかったよな」

 がっかりした反応を期待し、興味津々の湊に名刺を渡す。

「あれ? 意外と普通だな。
もっと幾何学模様の入っている物を想像してたのに」

「それは良かった。
そんなことより、早く月倉のアドレス教えろよ」

「分かったから。
これが月倉のアドレスだ」

「サンキュー」

「それと、このアドレスは絶対に他には漏らすなよ。
そうじゃないと、俺が社会的に駄目になるから・・・」

 何故か、微かに湊が震えていた。
 何か嫌なことを思い出してしまったのだろう。

「分かった。
じゃあ、明日までに連絡を取っておくよ」

「頼んだよ、
くれぐれも、着信拒否されないように気を付けろ」

「善処するさ」
(でも、真雪そんなことするような奴じゃぁないだろ)

 そんな他愛もないことを話しながら、俺はドアに手をかけた。
この扉、木目が消えかけていて、ややくすんだ色をしている。それ故、夜に見ると余計に年季が入っているように見えるのだ。

 一歩、外に出たところで、僅かに雨の匂いを感じた。

 ふと、視線を落とすと、足もとのアスファルトが少しずつ雨の灰色に変りつつある。
俺と湊は足取りを早め、少しでも水気を遮ろうとコートの襟元を手で押えた。しかし風は強く、雨が弱まる気配はない。どう対処したところで、この雨からは逃れられないことを悟った。
 共に過ごした時間が長い為なのか、ただ気が合う為なのかは分からないが、掛け声をかけたかのように俺達はほぼ同時に駐車場へ向かって走りだした。

 細かい雨が、段々と服に染みてくる。

 そんな中、湊がボソッと一言、言い放った。
「天気予報、晴れって言ってたじゃん」

 しかし、返事など求めていない湊の独り言は、雨風に遮られ、俺にはほとんど届かない。
何事もなかったかのように、俺達は車まで走る。

車に着くと別れの言葉も早々に、湊は車に乗り込んだ。
「それじゃあ、次は同窓会なんかで会えることを期待するよ」

「俺も、そうなるように祈っておくさ」

そう話した後、湊の車は夜の闇へと消えていった。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...