追放された私は北国の王に拾われる

紅蘭

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入国

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ガラガラという音を聞きながらぼうっとする。馬車は進む。イェンスによるともうすぐ国境を越えるらしい。

あくびを噛み殺すと、それに気付いたギドが「夜更かしするからだぜ」とからかうように言ってきた。無視してエーリッヒ様を見る。


「ファルラニアとユルンの間には関所などありませんよね?ユルン側は何故作らないのですか?」


ファルラニア側は一々作っていたらキリがないから、だそうだ。ユルンとの国境の関所は大きな道にしか作っていない。

関係が怪しい国との国境はしっかりと対策をしているらしいが、私の専門外のことなので詳しくは知らない。


「必要ないからだ」


エーリッヒ様は短く言った。その「必要ない」に込められた意味は分からない。


「どう言う意味だ?」


ギドの問いにエーリッヒ様は「知らないのか?」と眉を上げ、また短く答えた。


「今に分かる」


窓から外を見ていたリヒャルトが言った。


「……霧が出ているようですがこの中を進むのですか?」

「ああ」

「一度止まって晴れるのを待った方がいいのでは?」


普通ならそうする。霧の中に何が潜んでいるか分からないから。しかしエーリッヒ様は首を横に振った。


「あの霧は晴れぬ」


え?と思った時には霧の中にいた。すぐに窓の外が真っ白になり、何も見えなくなった。


「ギド、ここまで来たから言うが、私個人で動かせる金はそう多くはない」

「あ?」


エーリッヒ様の唐突な言葉にギドは聞き返す。


「具体的に言うと、お前に渡せる金額は月に……」


その金額はギドの期待には答えられなかったらしい。確かにそう多いものではない。


「はあ!?少ねえよ!!」

「私の自由になる金はそのくらいだ」

「あんた王様だろ!」

「王だからと言って国の金を勝手に使えるわけではない」


もっともな言い分だ。だがギドは憤慨した。


「……っ!詐欺だろそれ!!」

「私は『私の自由になる金の範囲内なら問題ない』と言った。嘘はついていないし、詳しい金額を確認しなかったのはお前だ」

「ふざけんな!すぐに止めろ!」


今にも殴りかかりそうな雰囲気でギドは叫んだ。馬車が止まった。


「そんな端金で雇われるほど俺は安くねぇ。ここでおさらばだ」


それだけ言うとギドは馬車を降りて歩いて行った。再び静かになる。エーリッヒ様は「ここで少し待つ」と言った。

待つとは何を?どうして今になってギドにお金の話をしたのか。ぐるぐると考える。

エーリッヒ様は「ここまで来たから」と言った。その言葉から、ここは今までと違うということが分かる。では何が違うのか。……霧が立ち込めている。

少し考えて閃いた。魔石はユルンの輸出品。国内での消費が多くても不思議ではない。つまり大規模魔法も可能だということだ。

数分だった。たった数分で馬車の扉が開いた。そこに立っているギドが舌打ちをする。


「どういうことだ?」


心底不服そうなその表情。そんな顔をするほどの時間は経っていないだろう、と思う。


「どのくらい彷徨った?」

「小一時間ってとこだろうな」


エーリッヒ様が全て分かっているとでも言いたそうな顔で「そうか」と頷く。この霧の中は時間すら歪んでいるのか。この魔法はどんな魔法陣なのだろう。頭の中で描いていく。ギドとエーリッヒ様の会話は聞き流す。

ファルラニアではこの規模の魔法は使えなかった。理由は単純。魔力が大量に必要になるから。試行錯誤して頭の中で一つの魔法陣ができた。後でエーリッヒ様に答え合わせをしよう。そう思った時だった。エーリッヒ様と目が合った。

気が付けばギドは元通り座っていて、馬車は動いている。話はいつの間にか終わっていた。

……えっと、どうなったのだろう。

少し集中しすぎてしまったようだ。エーリッヒ様は口を開く。


「簡単に言うと、ユルンはこの霧で侵入者を拒んでいる。許可がなければユルンへ入ろうとしても入ることはできない。逆もまた然り。ユルンから出ようとしても出ることではできない」


大体予想通り。一つ分からないことがある。


「ギドはどうして戻って来たの?」


ギドを見ると、機嫌が悪そうな顔で、「その話はもうしただろ」と言われた。聞いていなかったとは言えない。


「ギドはユルンへ行く運命だからだ。しかし私と一緒でなければ入国の許可もない。だからこの霧の中を彷徨ったのだ」

「ちっ……意味分かんねえ」


これは私が今馬車を降りても同じことが起こるのだろうか。少しだけそう思ったが、試しても無意味だ。どうせ私はユルンへ行くしかない。

そう思った時だった。急に眩暈がした。そして次に襲って来るのは吐き気。


「リーゼロッテ様……?」


手で口元を抑える。何故急に、と考える。寝不足か、ストレスか。心当たりはたくさんあるが、どれも違うような気がする。いつもの体調不良と違う。


「……少し吐き気がするだけ。大丈夫よ」


マリーにそれだけ言うが、本当はあまり大丈夫ではなかった。視界が回る。胃がひっくり返りそう。そしてあちこちから視線を感じた。

マリーやエーリッヒ様達だけじゃない。上からも下からも前からも後ろからも、四方八方からの視線。そこには誰もいないのに。気持ち悪い。

あたたかな手が背中をさすった。マリーだった。ゆっくりと優しくさすられ、少し楽になった気がした。


「……今国境を超えたところだが」


エーリッヒ様は何か考えるように黙り込んだ。次に出た言葉はよく意味が分からなかった。


「ファルラニアには神はいるのか」

「神……?」


リヒャルトが怪訝そうに呟いた。


「教会はありますが……」


マリーが控えめに答える。神というのは目に見えない。いるのかいないのかなど分からない。エーリッヒ様は再び考え込む。


「……リーゼロッテ、あなたはファルラニアで祝福を受けたことはあるか?」


教会へ行くほど両親は信心深くなかった。声を出すと嘔吐してしまいそうで首を横に振ると、エーリッヒ様は「そうか」とだけ言った。

神とは、祝福とは、色々と聞きたいことはある。だけどそれどころではなかった。吐き気と眩暈、そしてあちこちから感じる視線。

目を閉じて深く呼吸をしてもそれは良くならなかった。


「姉さん……」


リヒャルトの心配そうな声にどうにか「大丈夫よ」と答える。エーリッヒ様はこの症状に心当たりがあるのだろうか。視線を向けると目が合った。


「少し行けば教会がある。そこで祝福を受けると少しは良くなるだろう」


教会。祝福。さっきも聞いたその言葉を呟いてみたが、意味を考える気は全くおきなかった。とにかく今は辛い。私は悪いと思いながらもリヒャルトにもたれて目を瞑った。
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