追放された私は北国の王に拾われる

紅蘭

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嵐の夜

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ふた月が経った。状況は何も変わっていない。雪は溶けていないしファルラニアからの連絡は何もないし、攻めても来ていない。そして魔石の採掘量は減る一方。

私は私の推測をエーリッヒ様に何も伝えていない。エーリッヒ様もそれに関して何も言わない。

皆で食事を食べることは当たり前になり、ハンナの病気は快方へと向かっている。マリーとハンナは姉妹、あるいは親子のよう。

雪が溶けるまでは何も変わらない。それだけが心の支えだった。


夜、礼拝堂で一人、神の像を見上げる。やはりここに来ると体調が悪くなる。その理由も見当が付いている。私がユルンに来て半年が経とうとしている。そろそろかもしれない。

神の像は本物とは似ても似つかない。本物はもっと綺麗で、神秘的で、無機質だ。こんな人間のような表情はしない。


「リーゼロッテ」


低い声に振り向くと、エーリッヒ様が立っていた。


「気配を消して近付くのはやめてください」


ふふっと笑うと、エーリッヒ様は「すまない」と頬を緩めた。近くに立つと見上げなければ顔を見れない。


「ここは苦手なのだろう?顔色が悪い」

「倒れるほどではないので大丈夫ですよ」


そう言ったが、エーリッヒ様は私の右手をそっと引いた。礼拝堂から一歩出ると息が楽になった。

ユルンに来た時と比べると心も体も正常になった。夜になったら眠くなるし、悪夢を見ることも減った。食事の時間にはお腹が空き、味も分かる。人と会うことも怖くない。


「……例年通りだと、もうすぐ雪が溶ける」


ええ、と出た声はとても小さかった。雪が溶ける。それはこの生活が終わるということ。出さなければならない答えはとうに出ている。他に選択肢はないのだ。

手を引かれてゆっくりと階段を登る。エーリッヒ様の部屋に入ると、当たり前のようにベッドに横になった。このふた月の間、ここで寝たことも少なくない。自分のベッドで寝るのとエーリッヒ様のベッドで寝るのは半々くらいだった。

雨だろうか。窓からバラバラ、カラカラという音が聞こえる。

ユルンで雨は初めてだ。これが雪が溶ける、ということだろうか。雪が溶けたら私は、エーリッヒ様はどうなるのだろう。何を選べるのだろう。何を選ぶのだろう。

目を閉じる。エーリッヒ様の香りに包まれ、ふわふわとした心地よさを感じる。エーリッヒ様が隣に寝そべる気配がして、ベッドが揺れた。目を閉じたまま手だけで探す。暖かくてゴツゴツした大きな手。握ると、そっと握り返された。


ものすごい音で眠りから覚めた。まだ真夜中だろう。外が光っている。ゴロゴロ、ドーン!という音が聞こえる。


「な、なんですか……!」


もしかしてファルラニアが攻めて来たのだろうか。雪はまだ溶けていない。ファルラニア側が溶けていてもユルンに入れば動けなくなるはずだ。それは考えられない。

エーリッヒ様も起き上がるのが見えた。その時、一瞬だけ光が室内を照らした。すぐに爆発音のようなものが聞こえ、微かな衝撃を感じた。

ば、爆発……?それにしては外が暗い。時折閃光が走るだけだ。


「雷だ」


戸惑う私とは違い、エーリッヒ様はいつもの落ち着きを崩さず言った。


「か、かみなり……?」


なにそれ。襲撃とは違うの?また大きな音にビクッとなる。一瞬の光でエーリッヒ様の訝しげな顔が見えた。


「雷を知らないのか?」

「な、なんですか?知りません」


大きな音が苦手なわけではない。光も怖くない。だけどなぜだろう。これは怖い。体が震える。聞いたこともないような風の音が空気を裂く。


「雲の中で電気が発生して起こる放電現象だ。ファルラニアではないのか?」


バリバリと空気が震える。震える手をぎゅっと握りしめて恐怖を堪えた。


「あ、ありません……ユルンでは珍しくないのですか?」

「そう多いものではないが……」


エーリッヒ様の声が雷の音でかき消された。小さな悲鳴が口からこぼれた。


「雪解けの前には必ず嵐が来る。これがそうだろう」


どうしてエーリッヒ様はこんなに落ち着いているの?私もユルンで生まれ育っていたら怖くないの?


「……怖がらなくて良い。外にいなければ問題ない。音と光だけだ」


それを聞いたからと言って、はいそうですか、と震えが止まるわけではなく……


「きゃっ……!」


なんだか恥ずかしくて情けなくて、うううー、と呻くと右手が引っ張られた。前へ倒れ込むようになり、少し焦ったが衝撃はなかった。温かな何かに包まれている。抱きしめられているのだと気が付いたのは少し後だ。


「大丈夫だ。目を閉じて耳を塞いでいなさい。朝にはおさまる」


耳に吐息があたった。顔が熱くなり、心臓がバクバクなる。言われた通り目を閉じて耳を塞いだが、聞こえてしまうんじゃないかと思うくらい、心臓がうるさかった。


気がつけば朝だった。いつの間にか寝てしまったらしい。窓から光が差し込んでいて、夜のあれが嘘だったんじゃないかと思うほどに静かだった。
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