池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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ざっと計算すると一人四、五体倒せばいい。しかしそんな簡単な問題ではなかった。敵は次々増える。私たちは魔力の切れた人、怪我をした人から後退する。計算など何の役にも立たない。


「ねえ、エレナ、あそこにフロレンツがいる気がするんだけど」


戦いながらクリスが言ったのに反応して、私は反射的に振り向いた。

しまった……!

後ろからの攻撃が避けられなくてお守りが発動してしまう。全部で七個持っていて、そのうちの二つをカイに渡した。今使ったので三つ目だ。残りはあと二つしかない。

それよりフロレンツだ。さっと周りに視線を向けると、確かにフロレンツがいた。土属性の魔法で必死に戦っているのが見える。

全然気が付かなかった。見えていなかった。フロレンツがここに残っていたなんて。


「すみません、限界です!」


二年生の男子生徒がそう声をかけてくる。もう魔力が残っていないのだろう。


「ええ、退いてちょうだい。ついでにあそこの子も一緒に連れて行ってくれるかしら」

「はいっ!」


男子生徒がフロレンツの方へ走る。フロレンツはもうとっくに魔力の限界をむかえているのが分かった。ふらふらとしていて今にも倒れてしまいそうだ。しかし残った魔力を全て使う気なのだろう、フロレンツはそこに立っていた。

男子生徒が半ば無理やりフロレンツを抱えて退いていく。一瞬だけあったフロレンツの目は泣きそうだった。


「それにしても、キリがないわね」

「早く大元を探さないとだけど……」


もうここに残っているのは私とクリスしかいない。ユリウス殿下がどこかにいるのは分かっている。だけど探す余裕なんてない。全ての敵が私達二人に向かってくるのだ。クリスの魔力ももう残り少ないだろう。どこかから見えない攻撃が飛んできてお守りが発動する。


「クリス、お守りの残りは?」


攻撃が緩んだ隙にそう聞くとクリスはへへ、と笑った。


「もうないよ」

「それは奇遇ね。わたくしも今ので最後よ」


魔力の余裕はある。しかし体力がそろそろ限界だ。


『ユリウス殿下、隠れてないで出てきてくださいませ』


いつも以上に魔力を込めてみたが、やはりだめだ。これは別の空間に籠っているとしか思えない。だけど別の空間にいたらユリウス殿下にも状況が把握しきれないと思うんだけど……。

すぐに攻撃が飛んできて避ける。悠長に探している時間なんてない。というか風の獣がすっごい面倒なんだけど!

攻撃が飛んできた方向に適当に攻撃してみるが当たった感じは全くない。見えないなんてほんっとうにどうしようもないじゃん!


「エレナ、兄様これから来るって! あと十分くらい!」

「十分ね……」


正直ヨハンが来たところでどうにかなるとは思えないけど、それでも来てくれるならありがたい。嬉しい報告にほっとして気が緩んだ。目の前に青い獣がいた。


「やば……っ!」


体をひねってよけ、すぐに体勢を整えるが、今度は別の気配がする。だから見えないんだって!!


「右斜め前よ!」


どこからか聞こえた声に反応して、右斜め前に風魔法を飛ばす。見えなかったけど、手ごたえがあった。


「次は真上!」


また手ごたえ。私は振り向いて声の主を見た。


「どうしてここにいるのです!?」

「どうだっていいでしょ! 目の前よ!」


ベアトリクスは私の問いには答えず、ただ敵の場所を教えてくれる。


「見えるの!?」

「ええ」


意味が分からない。私にはどう頑張ったって見えないんだけど。魔力強化も一瞬試してみたけど分かんなかったし。よく分かんないけどベアトリクスにこんな設定あったなんて知らないんだけど!

クリスがすぐさま私から離れてベアトリクスの方へと走る。ちょっと嫌そうな顔をしているが、しっかり守ってくれるようだ。私は安心して目の前の敵とベアトリクスの声に集中した。

数分もしない内に敵の数がガクンと減った。余裕ができた私はベアトリクスに近付く。


「どこか変な場所があるのは分かりませんか?」


目に見えない風の獣が見えるのなら、と思ってダメもとで聞いてみたが、ベアトリクスは迷うことなく一点を指さした。


「あっちの方向。三十メートル先よ」


すぐにそちらに走る。


「クリス、悪いけどちょっと頼むわ!」

「うん!」


希望が見えた。ベアトリクスを信じるならこの辺りにユリウス殿下が……!

ふっと空気が変わった。先ほどまでの嫌な空気が綺麗さっぱりなくなった。後ろを振り返ってみてもクリスの姿は見えない。代わりにユリウス殿下が立っていた。

乱れた呼吸を整えて、じっと見ると、ユリウス殿下はほっとしたように笑った。


「無事だったんだね、よかった」

「え……?」


その声からは心の底から私の無事を安堵しているのが分かった。私は一瞬意味が分からなくて固まる。


「ユリウス殿下の仕業ではないのですか?」


てっきりユリウス殿下の仕業だとしか思っていなかったけど、確かに証拠はない。いやでも私を眠らせたのは確かにユリウス殿下だったし……他にこんなことができる人がいるとは思えない。

戸惑いながらもそう聞くと、ユリウス殿下はけろっとした顔で言った。


「いいや、僕の仕業だよ」


悪いともなんとも思っていないその表情。ものすごい怒りが私の中を駆け巡った。
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