池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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ベアトリクスの嫌がらせ

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ようやく部屋に着き、椅子へと腰かける。その正面に座っているのはベアトリクス。どうしてこんな当たり前のような顔をしてここにいるのだろうか。

椅子はテーブルには二脚しか置いていない。だって私とクリスの二人の部屋なんだもん。椅子を取られてしまったクリスは自分の勉強机の方からせっせと椅子を運んでいる。


「ごめんなさい、クリス」


さっさと座ってしまったことに対して謝る。せめて椅子を運んであげようと魔法でその椅子を浮かせると、クリスは「ありがとう」と笑った。怒っている様子はないけど、なんでここにいるんだと言いたそうな顔だ。

うん、私も言いたい。けどとりあえず三人分のお茶を魔法で入れる。自分の椅子を少し寄せてクリスのスペースを確保して。

お茶を一口飲んで、ふう、と息を吐く。本当ならベッドにダイブしたかったんだけど、ベアトリクスがいるのでそんなことできない。

本当になんでここにいるんだ。自分の部屋の方が家具のランクも高いだろうし、落ち着くんじゃないかと思うんだけど……。

ベアトリクスへと視線を向けると、目が合った。ベアトリクスはカップに口を付ける。


「よく平気な顔をしてここにいられますね、ベアトリクス様」


とうとうクリスが我慢の限界を迎えたようだ。言葉に棘がある。


「あなたがエレナにしたことは忘れていませんよ」


ベアトリクスは持っていたカップを置いた。怒るかと思われたが……え!?

ベアトリクスは深く頭を下げた。思わぬ状況に驚きで固まる。クリスも同じ状態だ。


「これまでのことは謝るわ。ごめんなさい」

「え、いえ、あの、頭を上げてくださいませ。別に怒ってはおりませんのよ?」


確かに忘れることはできないけど、だからと言って仕返しをしようとも、謝ってほしいとも思ってはいない。ベアトリクスはそういう風に育てられただけだし。


「あなたにちまちま嫌がらせをしたことも、殴ってしまったことも、今は申し訳なく思っているわ」

「ちょっと待ってください!」


声を上げたのはクリスだった。とても怒っているように見える。


「全然ちまちましていなかったではありませんか! 何度刺客が送られてきたと思っているんです!? エレナでなければ死んでいたレベルですよ!?」


こんなに怒るクリスは珍しい。当事者は私だと言うのに、クリスの方が怒っているなんて不思議。優しい子だ。

しかしクリスの言葉にベアトリクスは首を横に振った。


「刺客なんて送ったことはないわ。わたくしはエレナが憎いとは思っていたけど、命を狙ったことはない」


……はい?

その言葉が良く理解できなくて、クリスと顔を合わせて首を傾げる。ベアトリクスは刺客を送ったことはない? 私の命を狙ったことはない?

…………はい?

じゃあ入学前に、お城の行き帰りに定期的に送られてきていたあの刺客は誰の?

え? 前にヨハンが確認してくれた時にクラッセン公爵家の刺客だと思うって言っていたけど、違うの?


「わたくしがしたのは……」


よく理解していない私たちを見て、ベアトリクスは自分のちまちました嫌がらせを上げ始めた。


「お城に着かないように馬車に細工をしたり」


ああ、そういえばそんなこともあった。すぐに原因が分かって対処できたけど。


「殿下の前で恥をかけばいいと思って、お茶の中にこっそりしびれ薬を入れたり」


うん、それも覚えてる。お茶を飲んだとたん体に違和感があったんだよね。光魔法ですぐに直せたけど。そっか、見慣れないメイドさんだと思ったらベアトリクスの手先だったのか。


「魔法省の扉を開きづらくさせたり」


それは知らない。魔法省の人が気が付いてどうにかしたのかもしれない。


「その程度のものばかりだわ」

「……本当にちまちました嫌がらせですわね」


思った以上にくだらないいたずらばかりで他に言葉が出てこない。引きつる頬で笑うと、ベアトリクスはムッとした顔をした。馬鹿にされたと思ったのだろうか。


「とてもくだらないと今なら思いますわ。だけどあの時のわたくしはあれが正しいのだと思っていたの」


ベアトリクスは続ける。はは、と苦笑いしているクリスを無視して。


「いずれわたくしは殿下の妃となって国を支えるのだと、そう言われて育ってきたわ。お父様の言葉を疑ったことなどなかった。『女は少しくらい礼儀がない方が可愛い。お前は絶対に殿下の妃になるのだから、気にせずにアタックしなさい』と」


……それが原因か。ベアトリクスの父親が本気で言った言葉なのかは分からないけど、まあ小さい頃からそう言われて育ったらそう信じるよね。子供だし。


「ベアトリクス様は殿下のことがお好きなのですか?」


そう聞くと、ベアトリクスは目を丸くし、そして視線をさまよわせた。答えづらい質問だっただろうか。ベアトリクスが言いたくないなら別に聞かなくてもいい。そう言おうと口を開くと、先にベアトリクスが言った。


「好きだとかそんなことは考えたことがないわ。殿下の婚約者になると、わたくしはそう信じていただけ」


そうか、それなら気にすることはない。ベアトリクスが本当にカイのことを好きならちょっと考えるけど、違うなら問題はない。カイにはリリーとくっついてもらおう。

後の問題は悪役令嬢であるベアトリクスの穴を誰が埋めるか。つまりはライバル役だけど……まあいなくてもいっか。平和にハッピーエンドを迎えられるなら万々歳だ!
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