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殿下の怒り
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「この婚約は陛下が決めたことですわ。おっしゃりたいことがあるなら陛下へどうぞ。わたくしに嫌味を言われたってどうしようもありませんもの」
大丈夫、陛下は優しいからきっと聞くだけはしてくれるよ。にっこりと笑うと夫妻は顔を真っ赤にさせた。
あー、怒った。怒らせるつもりはなかったんだけど……難しい。
真っ赤な顔でわなわなと震える二人を見ていると、隣から「余計なことは言わないように」と小さな声で言われた。
だってムカついたんだもん。ユリウス殿下を見上げて笑っておく。
そんな私たち二人が仲睦まじく見えたのか、公爵夫妻は更に怒った様子。ここで怒りに任せて暴言でも吐かれたらたまらない。クラッセン公爵家の処分はまだできないのだ。ベアトリクスが結婚するまでは。
相手が何か言う前にどうにかしないと。そう思った時だった。
「下がれ」
大きな声だった。温度の低い、きっぱりとした。
……初めて聞いたかも。
殺気を人に向けているところは知っている。心無い言葉も聞いている。だけどこんなに心を映した声は知らない。私の知っているユリウス殿下はいつも笑顔を浮かべていて何を考えているか分からない。怒っている時も。
「この娘は私が望んで今ここにいる。お前らにとやかく言われる筋合いはない。こうして婚約が発表された今、この子は準皇族だ。そのような口を利いていいと思っているのか?」
威厳を感じさせる声。こうして聞くと陛下に似ている気もした。こっそり顔を見上げる。その顔はいつもの笑顔など欠片も浮かべていなかった。
「すぐに下がれ。今回だけは忘れてやる」
……これは皇族の顔なのか本気で怒っている顔なのか。そのどちらもなんだろうなと思う。
さっきまで顔を真っ赤にしていた公爵夫妻はユリウス殿下の言葉に、今度は真っ青な顔をして慌てて頭を下げて離れて行った。
今は他人事だからこうしていられるけど、私だってこの顔と声を向けられたら怖くて動けないかもしれない。……そういえば私をさらっただけで命を奪う人だったな。
それにしてもこんな騒ぎを起こして大丈夫なんだろうか。そう思って周りを見渡すと、他の人が見ているのは私達ではなくクラッセン公爵夫妻の方だった。
そうか、悪いのは私達じゃなくてあっちだ。納得すると同時に気が付く。ポツポツ顔色が悪い人がいることに。それはさっきまで私に嫌味を言っていた人たちだった。
そこであの大きな声は怒っているからではなく、会場中の人に言うためだったのだと気が付いた。もしかしたらずっと怒っていたのかもしれない。
まあ確かに身分は大切だ。私達の婚約について文句を言うことはつまり、ユリウス殿下や陛下への文句と言うことだ。皇族のユリウス殿下には怒る権利がある。
いや、違うな。怒る義務があるのか。
しかしああも本気で怒らなくてもいいのに。ため息を吐いて私は再び笑顔を浮かべた。
パーティーは長く続く。いくら自分たちの婚約発表のパーティーだとしてもそう長く付き合っていられない。私たちはほどほどのところで切り上げてユリウス殿下の部屋でくつろいでいた。
いやー、それにしても意外と私たちを祝福してくれた人は多かったな。クラッセン公爵夫妻のあの一件以降、私に嫌味を言ってくる人はいなかった。もちろん心から祝福してくれていないことが分かる人はいたけど。しかしそれも侯爵家の一部までだった。
伯爵家以降はそもそも殿下の婚約者になどなれると思っていない家だ。光属性をもっている私が婚約することが当たり前だと言う声が多く聞こえた。
特に魔法学校の生徒を持つ親に多かったような気がする。同じ学年ならまだしも、全校生徒の名前を憶えているわけではないので気がする程度だけど。
「ところで、結婚はいつにしようか」
お茶を飲んでいると、正面に座るユリウス殿下もお茶を一口飲んでそう言った。使用人たちはもう下がっているので部屋の中は二人だけ。
「どうぞ、ご都合のいいように。面倒な儀式などはすっ飛ばして書類上の結婚で構いませんわ」
他に聞く人がいないのをいいことに、先にそう言っておく。皇族の結婚と言うのは面倒くさそう。
私の言葉にユリウス殿下が目を丸くして笑った。
「君はやっぱり変わっているね。あちらの世界ではそうだったの?」
「いいえ、ドレスを着て式をしたり、人をたくさん呼んでパーティーをする方もおられました。わたくしはそのどちらも興味がないだけですわ」
ドレスなど着ようと思えば日常的に着れる生活の中で改めてウェディングドレスと着たいとも思わない。書類にサインして終わるならそれがいい。
「君がそう言うなら父上と相談してみるよ。だけど最低限は我慢してもらえるかな?」
「ええ、必要でしたら」
そう頷いた時、ノックの音が聞こえた。ユリウス殿下は一瞬だけ嫌な顔をして「どうぞ」と言った。扉が開く。
「失礼します」
顔を出したのはクリスだった。ああ、だからユリウス殿下が嫌な顔をしたのか。
ドレスにお化粧で超令嬢モードのクリスはユリウス殿下の方を全く見ず、私の方へ来る。
「クリス、どうしたの?」
「どうしたの? じゃないでしょ。なんで殿下と二人っきりなの!」
なんで? 何でって言われたって……
「一応婚約者ですもの」
別に二人きりでも問題ない関係性だ。クリスの怒る理由が分からない。
首を傾げると私の手をクリスは勢いよく引っ張った。
大丈夫、陛下は優しいからきっと聞くだけはしてくれるよ。にっこりと笑うと夫妻は顔を真っ赤にさせた。
あー、怒った。怒らせるつもりはなかったんだけど……難しい。
真っ赤な顔でわなわなと震える二人を見ていると、隣から「余計なことは言わないように」と小さな声で言われた。
だってムカついたんだもん。ユリウス殿下を見上げて笑っておく。
そんな私たち二人が仲睦まじく見えたのか、公爵夫妻は更に怒った様子。ここで怒りに任せて暴言でも吐かれたらたまらない。クラッセン公爵家の処分はまだできないのだ。ベアトリクスが結婚するまでは。
相手が何か言う前にどうにかしないと。そう思った時だった。
「下がれ」
大きな声だった。温度の低い、きっぱりとした。
……初めて聞いたかも。
殺気を人に向けているところは知っている。心無い言葉も聞いている。だけどこんなに心を映した声は知らない。私の知っているユリウス殿下はいつも笑顔を浮かべていて何を考えているか分からない。怒っている時も。
「この娘は私が望んで今ここにいる。お前らにとやかく言われる筋合いはない。こうして婚約が発表された今、この子は準皇族だ。そのような口を利いていいと思っているのか?」
威厳を感じさせる声。こうして聞くと陛下に似ている気もした。こっそり顔を見上げる。その顔はいつもの笑顔など欠片も浮かべていなかった。
「すぐに下がれ。今回だけは忘れてやる」
……これは皇族の顔なのか本気で怒っている顔なのか。そのどちらもなんだろうなと思う。
さっきまで顔を真っ赤にしていた公爵夫妻はユリウス殿下の言葉に、今度は真っ青な顔をして慌てて頭を下げて離れて行った。
今は他人事だからこうしていられるけど、私だってこの顔と声を向けられたら怖くて動けないかもしれない。……そういえば私をさらっただけで命を奪う人だったな。
それにしてもこんな騒ぎを起こして大丈夫なんだろうか。そう思って周りを見渡すと、他の人が見ているのは私達ではなくクラッセン公爵夫妻の方だった。
そうか、悪いのは私達じゃなくてあっちだ。納得すると同時に気が付く。ポツポツ顔色が悪い人がいることに。それはさっきまで私に嫌味を言っていた人たちだった。
そこであの大きな声は怒っているからではなく、会場中の人に言うためだったのだと気が付いた。もしかしたらずっと怒っていたのかもしれない。
まあ確かに身分は大切だ。私達の婚約について文句を言うことはつまり、ユリウス殿下や陛下への文句と言うことだ。皇族のユリウス殿下には怒る権利がある。
いや、違うな。怒る義務があるのか。
しかしああも本気で怒らなくてもいいのに。ため息を吐いて私は再び笑顔を浮かべた。
パーティーは長く続く。いくら自分たちの婚約発表のパーティーだとしてもそう長く付き合っていられない。私たちはほどほどのところで切り上げてユリウス殿下の部屋でくつろいでいた。
いやー、それにしても意外と私たちを祝福してくれた人は多かったな。クラッセン公爵夫妻のあの一件以降、私に嫌味を言ってくる人はいなかった。もちろん心から祝福してくれていないことが分かる人はいたけど。しかしそれも侯爵家の一部までだった。
伯爵家以降はそもそも殿下の婚約者になどなれると思っていない家だ。光属性をもっている私が婚約することが当たり前だと言う声が多く聞こえた。
特に魔法学校の生徒を持つ親に多かったような気がする。同じ学年ならまだしも、全校生徒の名前を憶えているわけではないので気がする程度だけど。
「ところで、結婚はいつにしようか」
お茶を飲んでいると、正面に座るユリウス殿下もお茶を一口飲んでそう言った。使用人たちはもう下がっているので部屋の中は二人だけ。
「どうぞ、ご都合のいいように。面倒な儀式などはすっ飛ばして書類上の結婚で構いませんわ」
他に聞く人がいないのをいいことに、先にそう言っておく。皇族の結婚と言うのは面倒くさそう。
私の言葉にユリウス殿下が目を丸くして笑った。
「君はやっぱり変わっているね。あちらの世界ではそうだったの?」
「いいえ、ドレスを着て式をしたり、人をたくさん呼んでパーティーをする方もおられました。わたくしはそのどちらも興味がないだけですわ」
ドレスなど着ようと思えば日常的に着れる生活の中で改めてウェディングドレスと着たいとも思わない。書類にサインして終わるならそれがいい。
「君がそう言うなら父上と相談してみるよ。だけど最低限は我慢してもらえるかな?」
「ええ、必要でしたら」
そう頷いた時、ノックの音が聞こえた。ユリウス殿下は一瞬だけ嫌な顔をして「どうぞ」と言った。扉が開く。
「失礼します」
顔を出したのはクリスだった。ああ、だからユリウス殿下が嫌な顔をしたのか。
ドレスにお化粧で超令嬢モードのクリスはユリウス殿下の方を全く見ず、私の方へ来る。
「クリス、どうしたの?」
「どうしたの? じゃないでしょ。なんで殿下と二人っきりなの!」
なんで? 何でって言われたって……
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首を傾げると私の手をクリスは勢いよく引っ張った。
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