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中学生編side蓮
1.始まり
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俺、晴人、遥の3人が生まれ育ったのは、都内まで電車で一本とアクセスが良く、落ち着いた雰囲気の地域だ。
かつて富裕層の邸宅が並び建ち、余所者を拒む傾向にあったそこでは、進む高齢化に頭を悩ませていた。
そこで、一部の反対を押し切って若年層の受け入れを始めたのが今から約30年前。
資産と暇を持て余した老人達に『成金』などと揶揄されながらも住みついた金のある若い家族達は、案外すんなりと街に溶け込んだ。
子供の声が戻ってきた公園や町内の行事が地域に活気を生み、『昔はこうだったわよねぇ』なんて先住民の郷愁を誘ったらしい。
その若年層の一部だった俺達の母親は、同時期に妊娠して同じ産婦人科に通院する事になる。
俺の母、陽子は元女優で現在はアパレルブランドの経営者。
夫は総合病院の院長(当時)で6歳の長男有り。
晴の母、美香さんは救命救急のエース看護師でバリバリの仕事人間。
夫は世界的に人気の絵本作家で、自宅はその絵本に出てくる家がモチーフになっている。
遥の母、文香さんは元プロのピアノ奏者。
現在はピアノ講師として近隣の子供から年寄りまで幅広く教えている。
夫は商社の部長で海外赴任が多い。
経歴はおろか、性格もバラバラ(上から『強烈』『快活』『天然』)な3人が意気投合したのにはフランスの存在があった。
陽子はフランスで女優をしていたし、美香さんは夫がフランス人とのハーフ、文香さんはピアノでフランス留学経験があったそうだ。
そんな縁で親しくなった俺たちの母親は、父親達を巻き込んで一つの強固なコミュニティーを作り上げる。
『子供達は全員で育てよう』
そんな、今どき田舎でも珍しいスローガンの元に産まれ落ちて来た俺達は、本当に兄弟同然に育った。
生まれた順で言うと俺が最初で、次が遥、最後が晴。
幼児期の生まれた早さの差はかなり顕著だと思うが、とりわけ俺と晴の差は凄かった。
俺の成長が著しく早く、晴はかなりのマイペース。
遥も早い方だったせいか、晴は俺達の真似をしようとして、それが出来ずにしょっちゅう泣いていた。
遥はそんな晴の面倒を見るような素振りが多く、大人びた言動が目立つ子供。
そして、俺はと言うと…他人に興味が無く、全く発語しない状態だった。
喋れないんじゃなくて、喋らない。
俺は1歳辺りからの記憶をしっかり持っているが、喋らなかったのは単純に『必要ない』と思っていたからだ。
3歳の時には小学校低学年向けの本は難なく読めるようになっていたから、知識は周りの人間からではなくても吸収できた。
本さえあれば特に他に欲しい物はなかったし、おもちゃで遊びたいと思った事もない。
何事にも関心が薄く、当時の俺は自分の親が3組の男女のうちの誰なのかすら知ろうとしなかった。
翔に関しては存在自体認知してなかったし、四六時中一緒だった遥に関しても『歳の近い子供』レベル。
その癖、緊急時を想定して『観察』はしていた。
例えば、自分が外出先で一人迷ってしまった時。
幼児である自分は誘拐されるか保護されるかのどちらかだ。
対誘拐の場合は何も喋らず泣いたふりをしていればいい。
保護された場合は、迎えに来るであろう人物の特徴を話せばいいだけだ。
喋るのは面倒だが、こう言った場合は仕方ない。
『保護者の一人は切藤陽子。身長168センチ、細身で黒髪に巻き毛。女優経験が有り、ググれば画像が出てくる。車はベンツのSクラスセダンでナンバーは…』
これだけの情報があればすぐに見つかるだろう。
スマホの番号は暗記済みだが、陽子の職業柄どこかで悪用される可能性もあるから言わない方がいいな。
そんな知恵が回る程だったし、興味が無いものに対してでも、一度見れば脳に記憶できる。
それは写真のように鮮明で、頭の中にスマホの『アルバム』機能が入ってるようなもの。
後に『瞬間記憶』と呼称される能力だと知る事になるその力が、俺には生まれつき備わっていた。
本を読めば内容が丸々記憶されるから、どんどん吸収できたし理解できた。
そして、これは恐らく特殊なのだが、必要ない記憶は消す事もできる。
しかも完全に抹消するんじゃなく、謂わば『ゴミ箱』のようなタスクがあってそこに置いておける。
万が一必要になった場合はそこから引っ張り出せばいい。
要は頭の中に最新のPCが搭載されてるようなものだ。
大人になったら嫌でも多少の会話は必要になるだろうが、今は省エネでいよう。
家の中には子供向けの本から経営学の本、医学書まで揃っているから退屈はしない筈だ。
そんな風に思っていたのを覚えている。
ただ、何故か晴にだけは少し興味を持っていた。
『ないてる』『うるさい』『じゃま』
初めはその3語に集約されるだけの存在だったが、あまりにもそれが続くため単語が増えた。
『またないてる』
『うるさいからだまらせたい』
『じゃまだからどいてほしい』
他人に対して『こうしてほしい』と言う思いが出てきたのは初めてで。
ただ、だからと言って話し掛けたり、構ったりする訳でもなく過ごしていたある日。
俺はフランスに連れていかれた。
そこで待っていたのは『晴の祖父』だ。
どうも彼は心理カウンセラーらしい。
恐らく、全く喋らない自分を心配した保護者の誰かの発案で会う事になったんだろう。
面倒くさいな。
そう思ったから、何か話しかけられたりしても何も答えなかった。
ただ、面白そうな本をくれたのでそれはしっかり読む。
食事は与えられれば食べるし、喉が渇けば大人の誰かにコップを渡せばいい。
着替えや歯磨きなんかも全て自分でできる。
話さないだけで日常に関しては問題なくーーなんなら小学生程度には器用にこなせる俺に対して、晴の祖父がどんな判定を下すのか。
その日の夜は話し合いの為か大人達が階下に集まり、俺は一緒に来仏していた晴と2階の部屋に寝かされていた。
話さなくて事足りると思っているのは今も変わらないが、このまま黙っているとそれはそれで面倒そうだなーーー。
溜息を吐いて暗い室内でコロリと横を向いた時、隣で眠る晴の寝顔が目に入った。
スヤスヤとあまりにも無防備なその姿に、無意識に伸ばした指でその丸い頬を突く。
うっすらと目を開けたその瞳の色が、自分とは違う事に驚いた。
そう言えば、保護者の中に目の色が違う男がいるな。
恐らく、萱島憲人が晴の父親なんだろう。
「れん?」
ふいに名前を呼ばれてハッとした。
目を覚ましたらしい晴が、真っ直ぐにこっちを見ている。
「れん、さびしいの?」
一瞬意味が分からずポカンとして、理解した。
コイツは、親と離れるだけでピィピィ泣く自分と俺が同じだと思ってるらしい。
能天気だな、こっちは今後の大人達への対処を考えてるって言うのに。
関わらないように目を閉じて寝たふりを決め込む。
無視してれば飽きてすぐ寝るだろう。
子供って言うのはそういうーーーは???
ゴソゴソと音がして、腕の中に暖かさを感じた。
思わず目を開けると、布団に入り込んできた晴が俺を見上げている。
「れん、だいじょーぶだよ。」
ギュッと抱きつかれて、背中をトントンと叩かれた。
あやされているーー泣くだけしかできない子供に。
衝撃で呆然とするなんて初めての経験だ。
晴はそんな俺にはお構い無しで続けた。
「ぜんぶ、だいじょーぶ。おはなしイヤならしなくていいよ。」
その言葉に息を呑んだ。
コイツ、親達の会話を理解してる?
いや、それは違う気がする。
じゃあ、どうしてーーー。
「れんとおはなししてみたいけどね。」
クフクフ笑いながら言う顔から目が離せない。
だけど、晴の瞼は重力に逆らうのを諦めたようだ。
コトンと眠りについたその顔を、俺はまだ凝視したままだった。
何故か、目を閉じるのが勿体ないと思って。
「はる」
俺が初めて意志を持って発したのは、後に恋人になる相手の名前だった。
●●●
凄い幼児がいたもんだぜ。
住んでる地域の背景とかにもフォーカスしてるのが蓮視点。晴は気にした事ないです笑
かつて富裕層の邸宅が並び建ち、余所者を拒む傾向にあったそこでは、進む高齢化に頭を悩ませていた。
そこで、一部の反対を押し切って若年層の受け入れを始めたのが今から約30年前。
資産と暇を持て余した老人達に『成金』などと揶揄されながらも住みついた金のある若い家族達は、案外すんなりと街に溶け込んだ。
子供の声が戻ってきた公園や町内の行事が地域に活気を生み、『昔はこうだったわよねぇ』なんて先住民の郷愁を誘ったらしい。
その若年層の一部だった俺達の母親は、同時期に妊娠して同じ産婦人科に通院する事になる。
俺の母、陽子は元女優で現在はアパレルブランドの経営者。
夫は総合病院の院長(当時)で6歳の長男有り。
晴の母、美香さんは救命救急のエース看護師でバリバリの仕事人間。
夫は世界的に人気の絵本作家で、自宅はその絵本に出てくる家がモチーフになっている。
遥の母、文香さんは元プロのピアノ奏者。
現在はピアノ講師として近隣の子供から年寄りまで幅広く教えている。
夫は商社の部長で海外赴任が多い。
経歴はおろか、性格もバラバラ(上から『強烈』『快活』『天然』)な3人が意気投合したのにはフランスの存在があった。
陽子はフランスで女優をしていたし、美香さんは夫がフランス人とのハーフ、文香さんはピアノでフランス留学経験があったそうだ。
そんな縁で親しくなった俺たちの母親は、父親達を巻き込んで一つの強固なコミュニティーを作り上げる。
『子供達は全員で育てよう』
そんな、今どき田舎でも珍しいスローガンの元に産まれ落ちて来た俺達は、本当に兄弟同然に育った。
生まれた順で言うと俺が最初で、次が遥、最後が晴。
幼児期の生まれた早さの差はかなり顕著だと思うが、とりわけ俺と晴の差は凄かった。
俺の成長が著しく早く、晴はかなりのマイペース。
遥も早い方だったせいか、晴は俺達の真似をしようとして、それが出来ずにしょっちゅう泣いていた。
遥はそんな晴の面倒を見るような素振りが多く、大人びた言動が目立つ子供。
そして、俺はと言うと…他人に興味が無く、全く発語しない状態だった。
喋れないんじゃなくて、喋らない。
俺は1歳辺りからの記憶をしっかり持っているが、喋らなかったのは単純に『必要ない』と思っていたからだ。
3歳の時には小学校低学年向けの本は難なく読めるようになっていたから、知識は周りの人間からではなくても吸収できた。
本さえあれば特に他に欲しい物はなかったし、おもちゃで遊びたいと思った事もない。
何事にも関心が薄く、当時の俺は自分の親が3組の男女のうちの誰なのかすら知ろうとしなかった。
翔に関しては存在自体認知してなかったし、四六時中一緒だった遥に関しても『歳の近い子供』レベル。
その癖、緊急時を想定して『観察』はしていた。
例えば、自分が外出先で一人迷ってしまった時。
幼児である自分は誘拐されるか保護されるかのどちらかだ。
対誘拐の場合は何も喋らず泣いたふりをしていればいい。
保護された場合は、迎えに来るであろう人物の特徴を話せばいいだけだ。
喋るのは面倒だが、こう言った場合は仕方ない。
『保護者の一人は切藤陽子。身長168センチ、細身で黒髪に巻き毛。女優経験が有り、ググれば画像が出てくる。車はベンツのSクラスセダンでナンバーは…』
これだけの情報があればすぐに見つかるだろう。
スマホの番号は暗記済みだが、陽子の職業柄どこかで悪用される可能性もあるから言わない方がいいな。
そんな知恵が回る程だったし、興味が無いものに対してでも、一度見れば脳に記憶できる。
それは写真のように鮮明で、頭の中にスマホの『アルバム』機能が入ってるようなもの。
後に『瞬間記憶』と呼称される能力だと知る事になるその力が、俺には生まれつき備わっていた。
本を読めば内容が丸々記憶されるから、どんどん吸収できたし理解できた。
そして、これは恐らく特殊なのだが、必要ない記憶は消す事もできる。
しかも完全に抹消するんじゃなく、謂わば『ゴミ箱』のようなタスクがあってそこに置いておける。
万が一必要になった場合はそこから引っ張り出せばいい。
要は頭の中に最新のPCが搭載されてるようなものだ。
大人になったら嫌でも多少の会話は必要になるだろうが、今は省エネでいよう。
家の中には子供向けの本から経営学の本、医学書まで揃っているから退屈はしない筈だ。
そんな風に思っていたのを覚えている。
ただ、何故か晴にだけは少し興味を持っていた。
『ないてる』『うるさい』『じゃま』
初めはその3語に集約されるだけの存在だったが、あまりにもそれが続くため単語が増えた。
『またないてる』
『うるさいからだまらせたい』
『じゃまだからどいてほしい』
他人に対して『こうしてほしい』と言う思いが出てきたのは初めてで。
ただ、だからと言って話し掛けたり、構ったりする訳でもなく過ごしていたある日。
俺はフランスに連れていかれた。
そこで待っていたのは『晴の祖父』だ。
どうも彼は心理カウンセラーらしい。
恐らく、全く喋らない自分を心配した保護者の誰かの発案で会う事になったんだろう。
面倒くさいな。
そう思ったから、何か話しかけられたりしても何も答えなかった。
ただ、面白そうな本をくれたのでそれはしっかり読む。
食事は与えられれば食べるし、喉が渇けば大人の誰かにコップを渡せばいい。
着替えや歯磨きなんかも全て自分でできる。
話さないだけで日常に関しては問題なくーーなんなら小学生程度には器用にこなせる俺に対して、晴の祖父がどんな判定を下すのか。
その日の夜は話し合いの為か大人達が階下に集まり、俺は一緒に来仏していた晴と2階の部屋に寝かされていた。
話さなくて事足りると思っているのは今も変わらないが、このまま黙っているとそれはそれで面倒そうだなーーー。
溜息を吐いて暗い室内でコロリと横を向いた時、隣で眠る晴の寝顔が目に入った。
スヤスヤとあまりにも無防備なその姿に、無意識に伸ばした指でその丸い頬を突く。
うっすらと目を開けたその瞳の色が、自分とは違う事に驚いた。
そう言えば、保護者の中に目の色が違う男がいるな。
恐らく、萱島憲人が晴の父親なんだろう。
「れん?」
ふいに名前を呼ばれてハッとした。
目を覚ましたらしい晴が、真っ直ぐにこっちを見ている。
「れん、さびしいの?」
一瞬意味が分からずポカンとして、理解した。
コイツは、親と離れるだけでピィピィ泣く自分と俺が同じだと思ってるらしい。
能天気だな、こっちは今後の大人達への対処を考えてるって言うのに。
関わらないように目を閉じて寝たふりを決め込む。
無視してれば飽きてすぐ寝るだろう。
子供って言うのはそういうーーーは???
ゴソゴソと音がして、腕の中に暖かさを感じた。
思わず目を開けると、布団に入り込んできた晴が俺を見上げている。
「れん、だいじょーぶだよ。」
ギュッと抱きつかれて、背中をトントンと叩かれた。
あやされているーー泣くだけしかできない子供に。
衝撃で呆然とするなんて初めての経験だ。
晴はそんな俺にはお構い無しで続けた。
「ぜんぶ、だいじょーぶ。おはなしイヤならしなくていいよ。」
その言葉に息を呑んだ。
コイツ、親達の会話を理解してる?
いや、それは違う気がする。
じゃあ、どうしてーーー。
「れんとおはなししてみたいけどね。」
クフクフ笑いながら言う顔から目が離せない。
だけど、晴の瞼は重力に逆らうのを諦めたようだ。
コトンと眠りについたその顔を、俺はまだ凝視したままだった。
何故か、目を閉じるのが勿体ないと思って。
「はる」
俺が初めて意志を持って発したのは、後に恋人になる相手の名前だった。
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