【番外編更新中】桜の記憶 幼馴染は俺の事が好きらしい。…2番目に。

あさひてまり

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中学生編side蓮

2.感情

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ボルドーのネイルがペンを持ち、紙の上を滑る。

その綴られた数字に違和感を覚えた。



フランスから帰国して1週間。

『晴の祖父』が俺をどう診断したのか分からないが、今の所の生活は特に変わりない。


ーーーいや、変わった事は一つあるな。


初めて晴の名前を呼んだあの日から、自然と晴を目で追うようになった。

大抵泣いてるか笑ってるかだから、観察した所で特に意味も無いのに。

そうやって見ていると、気付いたブルーグレーの瞳が輝く。

「れん!」

そう呼ばれると、俺は『蓮』なんだなとしっくりくるようになった。

自分で言ってて意味が分からないが…。

要は、今までは『人を識別する記号』くらいにしか認識して無かった『名前』に対する考えが変わった。

笑ったり泣いたり忙しそうな、ブルーグレーの瞳を持つ小さな『晴』

それと同じように、俺も何らかの特徴をもって『蓮』として存在している訳だ。

晴の目に俺はどんな風に見えてるんだろうーーー。

決して話し掛けはしないが、そんな事が気になったのも晴を目で追う理由の一つかもしれない。

本だけでは得られない知識もこの世にはあるようだ。

そう思って、帰国後から俺は周囲の人間の観察を強化し始めた。

その結果判明したのは、保護者の一人だと思っていた切藤陽子が、どうも俺の母親らしいって事実。


そして、その母親がさっきからスマホで誰かと話しながら数字を走り書きしてる訳なんだが…。

計算違うな。

百万単位の数字を7回足して、そこに8%を掛けいるが、十の位は3じゃなくて4になる筈だ。

話しながらとは言え、紙に書けば見ただけで正しい答えなんか分かるだろうに。

何でだ?

疑問が生まれたが、まぁいいやといつもの無関心が顔を出してきて一旦そこを離れた。

暫く本を眺めて…

ふと、晴ならどうするだろうと思った。

間違いを指摘する?

いや、アイツが計算なんて出来る訳がない。

恐らく、『気付かずに関係無い事を話し掛ける。』

これが正解だろう。

うん、我ながらいい推理だ。

そう思ったら、確かめたくなった。

同じ行動を取れば、晴から俺がどう見えるのか知るヒントになるかもしれない。

陽子の元に戻ると、丁度電話は終わっていた。

ブラックコーヒーを片手に紙を見つめる横顔は真剣だ。

でも、計算は直ってない。

それが気になって、関係ない事を話し掛けるはずが、実際に出た言葉はこうだった。

「これ、けいさんちがう。」

側に寄って言うと、振り返った陽子が目を見開く。

「……え?」

「ここまちがって……る?」

語尾が疑問系になったのは、ギュッと抱き締められたからだ。

どうした、泣くほど重要な計算だったのか。

女神象によく似たその顔をぼんやりと眺める。

「拓哉!来て!翔!!」

大声を出した陽子の元に、夫が駆けつけて来た。

コイツも俺と良く似てるよな。

つまりは父親だ。

そして、もう1人は小学生くらいの子供。

ーーーこんな奴いたか?

「蓮が喋ったの…これ、計算が違うって!」

ハラハラと涙を流す陽子の様子を見て焦っていた2人が、ピタリと止まった。

「まさか…蓮はまだ3歳…まぁ来週には誕生日だけど…それでもやっと4歳だよ、陽子さん。」

「分かってる…でも、本当なんだもの。」

「僕、計算ドリル持ってるよ!蓮にやらせてみようよ!」

何やら興奮してる謎の子供の発案で、俺はテストされる事になった。

だけど、小学生向けの問題は簡単すぎて答える気にならない。

「うーん…まぐれだったのかなぁ?
僕、今数学の勉強してたんだけどこれならどう?」

そう言いながら示されたのは、解いたばかりで丸つけされていない問題。

さっきよりずっと複雑でーーでも、数秒で答えを導き出す。

「ここ、6。こっちは合ってる。これは263」

「えっ!?マジ!?」

慌てる子供が急いで他の冊子と見比べる。

「……合ってる…」

その後いくつも数式を見せられたが、考える程でもないレベルの問題だった。

「ぜ…全部合ってる…」

何故か驚愕する父親に、陽子が言う。

「蓮、理解してるんだわ。グランパの言う通りだった…。」

後で知ったが、グランパとは晴の祖父の事だ。

フランスで何かしら俺に関する助言をしてたんだろう。

「と、とにかく憲人君達に報告しよう!」


15分後、やって来たのは晴とその父親だった。

盛り上がる大人達を眺めながら考える。

晴がするだろうと思って起こした行動が、騒がれて面倒臭い事になったけど…。

チラリと横を見ると、俺の横にはちょこんと座る晴の姿。

まぁ、悪くないかもしれないな。

「れん、はるにもおはなしして?」

少し唇を尖らせる晴に見つめられて、思わず声が溢れた。

「はる。」

名前だけを呼ばれてキョトンとする本人。

「はる。」

それでも、俺が言葉にして1番心地いいのはこれだ。

すると、晴が納得したように笑った。

「れん。」

「はる。」

お互いの名前を呼ぶだけ。

それだけなのに、何故か安心する。

「れん、はるのおなまえしってたの?」

「うん。」

「ふぅん。もっかいよんで?」

「はる。」

「ふふっ、たーのしいねぇ!」

細められたブルーグレイが綺麗だと思った。


ニコニコ上機嫌になった晴とのこのやり取りは、大人達の視界には入っていなかった。







それから、俺は周りに要求する事が増えた。

「このほんがほしい」「えいごのテレビがみたい」

口に出せば、今までサッサと諦めてた事が簡単に叶う。

相手が何を言ってるかは興味が無いから聞いてないが、俺の要求が通るならそれだけでいい。


今にして思うとそれは酷く傲慢で、喋るようになったからこそ浮き彫りになった問題だった。

自分以外の考えには興味を持てない。

このまま成長したらヤバイと親が焦った気持ちは良く分かる。



だからこそ、再び現れたんだろう。

「晴!蓮!久しぶりだなぁ!」

もう時期5歳になろうかと言うある日、晴の祖父が来日した。

フランスの時と同じように、彼は俺に質問したり話し掛けたりする。

だけどそれはスルーだ。興味ない。

「そのほん、ちょーだい。」

代わりに、自分の要求はする。

フランス語で書かれた児童書(本来は翔の為の土産だったらしい)を奪うように読み出した俺を見て、両親は首を横に振った。

何か言われた気もするが、どうでもいい。

晴の祖父も何か言っていたが、同上。


そんな風に、俺の両親が望んだ成果を得られないまま晴の祖父が帰国する事になった。

晴は朝からベッタリ祖父に甘えていて、俺の方を見る気配すらない。

何だか面白くなくて、ジッと晴を観察していた。

「ジジ、だっこして」

強請る晴に蕩けるような笑みを浮かべる晴の祖父。

そう言えば、俺の両親も遥の両親も晴と話す時あんな顔をする。

それは、晴が何か強請る時が多い気がする。


やっぱり面白くない。

親達の態度が、じゃない。

晴が何か強請る対象に、俺が入ってない事が面白くない。

あったとしても、せいぜい名前を呼んで欲しいと言われた程度だ。


俺が子供だから?


祖父に抱き上げられて大泣きし出した晴の背中を見詰める。

「帰っちゃダメ」と言ってるから、別れの時が近いんだろう。

晴は祖父と離れたくないらしいが、それも気に入らない。

もし俺と離れる事になったら、晴は泣くだろうか。

今よりも、もっと激しく泣いて欲しい。

誰と離れるのよりも嫌がって欲しい。

祖父より、母親より、父親より。


ふと視線を感じて顔を上げると、晴の祖父が俺を見ていた。

去り際に陽子に何か耳打ちすると、手を振ってゲートの向こうに消えて行く。


グズグズと泣く晴を見ながら、心に強い思いが湧き起こった。



俺を、1番にしろーーーー。


●●●





















翔、ずっと認知されてなくて笑う。

蓮の晴に対する執着がうっすら垣間見えるようになって参りました。
心の中で話す時は流暢なのに、言葉に出すと舌っ足らずな所が蓮の唯一の可愛さポイントです。笑

side晴人『昔話』の辺りがこのお話しになります。











































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