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中学生編side蓮
15.『元通り』
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ゴリゴリに精神を削られた修学旅行から数日。
俺は、放課後の校舎の階段を登っている。
封鎖された屋上へと続くこの階段に近寄る人間はいないため、内密の話をするのにはうってつけだ。
「遅い!今日英会話教室だから早く来てって言ったじゃない!」
踊り場で俺を待ち受けていた遥が、長い黒髪をサッと後ろに払う。
「あぁ?呼び出したのはそっちだろが。」
「偉そうにしないでくれる?修旅での恩、もう忘れたの?」
散々遥に説教された件を思い出して顔を顰める。
いや、まぁ女子に手を上げようとしたのは100%俺が悪いんだが。
言い訳になるが…俺はどうでもいい同級生を『その辺の石ころ』ぐらいに思っていたから、最初は正直、遥がそこまで怒る理由が分からなかった。
勿論、今では納得も反省しているし、晴に知られなくて本当に良かったと思う。
この数ヶ月で、自分に欠落している部分がーー主に対人面でーー存在する事を知った。
「で、用って何だよ。」
「…っと、そうだった。」
また説教モードに入りそうな遥だったが、思い直したように鞄から何か取り出した。
それは、会社名のブルーが世界的に認知されているジュエリーブランドの巾着。
掌サイズのそれには、ロゴが刻まれている。
「何だこれ…って…オイ!」
その中身を見て、俺は思わず声を上げた。
「お前なぁ…。」
「いいでしょ?諦めるとは一言も言ってないもの。」
それは『桜守り』だった。
「少なくとも留学するまではね。想うのは私の自由だもん。」
「あのなぁ…」「そりゃ、ずっと持っててくれたら嬉しいけど…いらなければ捨ててもいいし…!」
「…あー…分かった。」
いつになく必死な様子に根負けして受け取ると、遥は笑顔になった。
「ありがとう。それから、夏祭りの事も忘れないでね。」
「へいへい。」
毎年晴も含めた3人で行く、近所の割と規模のデカイ夏祭り。
『思い出作り』を希望する遥は行く気満々だが、晴は…。
「…お前、明日家来る?」
暗くなる気持ちを払拭するように遥に聞くと、これまた遥は嬉しそうに頷いた。
マジで好きなんだなーー。
「あ、そうだ!私ね、試してみたい事があってーーー。」
少し言い辛そうな遥に先を促すと、それは予想外なものだった。
「いや待て…」「でも、必要でしょ?ほらーー」
まさか、この時の俺達を見られていたなんてーー。
もしも、走り去るブルーグレーが涙に曇るのに気付けていたら…。
この時の俺は、ずっと先の未来で深く後悔する事をまだ知らなかった。
家に帰ると玄関にスニーカーが並んでいた。
片方は友人の結婚式の関係で写真を探しに来ると聞いている翔のだろう。
もう片方は…まさかな。
家に晴が居る訳がーーー
「は?」
「イェーイ!スペシャルゲストの晴人くんでーす!!」
「ど、どーもー…。」
あったわ。
気まずそうなその様子から、翔に捕まって連れて来られた事が推察できる。
困惑しつつも俺の内心は歓喜で一杯だった。
翔、グッジョブ。
だがしかし、である。
「そこで何してんだよ。」
その翔に向けて思わず低い声が出たのは許して欲しい。
ラグに座った晴を背後から抱き抱えてんのは何な訳?
「だって一緒にピザ選びたいじゃーん?
昔は良くこーやって絵本読んでやったよな。」
何の抵抗も無くそれを受け入れている晴にも頭を抱える。
そして、『いい匂いが』とか言いながら晴の髪に鼻を埋めようとする翔の頭を思いっきり引っ叩いた。
あ?暴力?
変態にはむしろ推奨だろ。
一瞬浮かんだ遥の顔にそう言った時、スマホに着信があった翔が部屋を出て行った。
2人きりになったリビングで3ヶ月ぶりにじっくり見る晴は、顔のラインが少しシャープになっている。
これは1キロ落ちたな…ただでさえ細いのに心配だ。
「……お前さ。」
言いたい事は色々あった。
言うべき事も、聞きたい事も。
だけど、久しぶりに真っ直ぐ瞳を向けられていると何も出てこなくて。
「あんま翔とベタベタすんじゃねぇ。」
思わず出たのが嫉妬とか、終わってんな俺。
「蓮、ごめん。」
だから、晴の謝罪の言葉に訝しげな顔をしてしまったと思う。
「ずっと無視してごめん。
ほら、俺もちょっと混乱してて…。
でも、俺はこれからも蓮とは仲良くやっていきたいんだよ!俺達、幼馴染だろ?」
それは、俺の気持ちを分かったうえで幼馴染としか見れないって事か?
「だから、あのことは全部忘れる!!
蓮も忘れろ!!」
お前は、あのキスを無かった事にしたいんだな。
だけど、俺はーー
「晴…。俺は…」「そうしよう!!な⁉︎」
キッパリと遮るように言われて理解した。
全て無かった事にして今まで通り『幼馴染』として接する…そうしなければ側にいる事すらできないんだと。
ズキンと胸が痛んだ。
だけど、また何ヶ月も…いや、下手したら一生晴と距離ができるのは耐えられない。
それに、晴と話す事もできなかったこの3ヶ月で『幼馴染でもいいから』と願ったのは俺自身だ。
むしろ、晴が俺を拒絶しなかっただけマシだとも言える。
てか、一度振られたくらいで諦められるなら、こんなに何年も好きじゃないっての。
だったら、気持ちを押し込めてでも側にいられる方がずっといいに決まってる。
元々、長期戦なのは覚悟の上だったんだから。
「てかさ、蓮はピザどれがいい⁉︎
翔君の奢りらしいから好きなの頼もうぜ!」
まだ少しぎこちないながらも笑顔を向けてくる晴が少し憎らしくて、苦しい程に愛しい。
お前さ、それに俺がどれだけ弱いか知ってるか?
多分、一生気付かないんだろうなーー。
それから数日。
『元通り』に戻った俺達は、今まで通り過ごしている。
遥に一連の流れを話して、また3人で話す事も増えた。
少し気になったのは、晴が偶に俺と遥をジッと見ている事だ。
『何?』と聞くと『何でもない!』と慌てたように返って来る。
不思議に思っていたが、ふいに気付いた。
俺と遥の会話が以前より格段に増えている。
事の経緯を知らない晴からしたら『この2人、何で急に喋るようになったんだ?』って感じなんだろう。
だけど、説明する訳にもいかない。
晴に聞かれたら何かしら理由を付けようと思っていたが、特に何も言われなかった。
まぁ晴的にも俺達が仲悪いよりはいいだろうしな。
俺も遥も、そんな風に思っていた。
そのまま夏休みに入って、晴は中学最後の大会の為に部活に明け暮れている。
何回か遊びに誘って断られたが、まぁ理由がそれなら仕方ない。
因みにサッカー部の3年はもう引退してるから俺は暇を持て余している。
あぁ、早くバイトできるようになりてぇな。
『悔しかったら自分で稼げ』と翔に言われた去年のクリスマスを俺は忘れていない。
あの野郎、マジで晴と2人でパークインしやがったからな。
楽しみする晴を見ると変に妨害もできず(本当は翔の強火ファンにリークして現地に押しかけさせるつもりだった。)悔しい思いをした。
俺だって自分で稼いだ金で晴に何か買ったり、喜ぶ所に連れて行きたい。
晴な、俺と過ごすのが1番楽しいと思って欲しい。
だから、高等部では部活に入らずバイトに勤む所存だ。
そんな事を考えていると、遥からLAINが来た。
『向かうね!』
今日は例の夏祭りで、そろそろ始まる時間だ。
窮屈な浴衣で立ち上がり、休憩室から店の方に声をかける。
「みゅー、ありがとな。行って来る。」
すると、美優にカットされていた常連らしき客が目を剥いた。
「え!?物っ凄いイケメン!!芸能人!?」
「友達の弟で一般人ですよ~!」
カラカラ笑って美優は続ける。
「ほら、今日夏祭りじゃないですか。浴衣の着付けを頼まれてたんです。
蓮、車に気を付けて行っておいで!」
「子供じゃねえっつの。」
呆れながら美容院を出た。
小学生時代に翔と良く遊んでいた美優は、俺が幼児だった頃から知っている。
『みゆう』と発音できず『みゅー』と呼んでいたのがそのまま愛称になり、今に至る程長い付き合いだ。
遥に『浴衣で来て欲しい』と言われた俺が美優を頼ると、客がいない時間にパパッと着付けて髪のセットまでしてくれた。
流石は、翔が一目置く有能ぶりだ。
待ち合わせ場所にはもう遥が待っていた。
浴衣を着て髪をアップにしている姿は、相当人目を惹いている。
「蓮!浴衣似合うじゃん!」
俺に気付いた遥がそう言うと、ジッと見つめてくる。
「…お前もな。」
どうやら正解だったらしく、遥が笑った。
「あ、晴は部活だから来れないって。さっきLAIN来たの。」
途端に俺の周りの温度が下がる。
何でコイツに連絡して俺には無いんだよ。
それにお前、態と黙ってただろ。
ジロリと遥を睨むが、そんな俺から視線を逸らした遥は、素知らぬ顔で浴衣を引っ張る。
「ほら、行こ!日本のお祭り楽しんどかなきゃ!」
そう言われて、渋々その後に続いた。
「あれ?晴?」
祭りを回って暫くした時、遥が驚いた声を上げた。
そこには、制服に竹刀を担いだ晴の姿。
部活が早く終わったんだろうか。
「来るなら連絡くれればよかったのに!」
そう言う遥に全面的に同意だ。
だけど、一緒に回れるかもと気分が浮上する俺とは対象的に晴は浮かない顔をしている。
「どうした?」
心配になって頭に手を置いて聞くと、晴は一瞬何とも言えない顔で俺を見た。
そして、すぐに否定する。
「別に、何でもない。」
『何でもない』かーー。
ここ最近、晴は頻繁にこの言葉を使うようになった。
俺と遥が話しているのを見ていた時も、こう言っていたし。
以前には、こんな事は無かった筈だ。
俺に言えない事が、晴の中で増えている。
それは急速な不安をもたらした。
晴の考えている事は全部知りたいし、何かあるなら言って欲しい。
それとも…俺じゃない誰かに相談しているんだろうかーー。
「晴人~お待たせ!あっちでリンゴ飴売ってたから買ってきたぜ!」
俺の心情と裏腹の呑気な声がしたのは、そんな時だった。
●●●
side晴人中学生編の5話~8話辺りの話です。
『桜守り』受け取ってるし、蓮何考えてんの⁉︎遥とのキスもどうなった⁉︎って感じですが、それは解決編で!笑
蓮視点でも美優が登場しました!
他人無頓着野郎の蓮が、美優を今もみゅーって呼び続けてるの、何気にお気に入り。笑
俺は、放課後の校舎の階段を登っている。
封鎖された屋上へと続くこの階段に近寄る人間はいないため、内密の話をするのにはうってつけだ。
「遅い!今日英会話教室だから早く来てって言ったじゃない!」
踊り場で俺を待ち受けていた遥が、長い黒髪をサッと後ろに払う。
「あぁ?呼び出したのはそっちだろが。」
「偉そうにしないでくれる?修旅での恩、もう忘れたの?」
散々遥に説教された件を思い出して顔を顰める。
いや、まぁ女子に手を上げようとしたのは100%俺が悪いんだが。
言い訳になるが…俺はどうでもいい同級生を『その辺の石ころ』ぐらいに思っていたから、最初は正直、遥がそこまで怒る理由が分からなかった。
勿論、今では納得も反省しているし、晴に知られなくて本当に良かったと思う。
この数ヶ月で、自分に欠落している部分がーー主に対人面でーー存在する事を知った。
「で、用って何だよ。」
「…っと、そうだった。」
また説教モードに入りそうな遥だったが、思い直したように鞄から何か取り出した。
それは、会社名のブルーが世界的に認知されているジュエリーブランドの巾着。
掌サイズのそれには、ロゴが刻まれている。
「何だこれ…って…オイ!」
その中身を見て、俺は思わず声を上げた。
「お前なぁ…。」
「いいでしょ?諦めるとは一言も言ってないもの。」
それは『桜守り』だった。
「少なくとも留学するまではね。想うのは私の自由だもん。」
「あのなぁ…」「そりゃ、ずっと持っててくれたら嬉しいけど…いらなければ捨ててもいいし…!」
「…あー…分かった。」
いつになく必死な様子に根負けして受け取ると、遥は笑顔になった。
「ありがとう。それから、夏祭りの事も忘れないでね。」
「へいへい。」
毎年晴も含めた3人で行く、近所の割と規模のデカイ夏祭り。
『思い出作り』を希望する遥は行く気満々だが、晴は…。
「…お前、明日家来る?」
暗くなる気持ちを払拭するように遥に聞くと、これまた遥は嬉しそうに頷いた。
マジで好きなんだなーー。
「あ、そうだ!私ね、試してみたい事があってーーー。」
少し言い辛そうな遥に先を促すと、それは予想外なものだった。
「いや待て…」「でも、必要でしょ?ほらーー」
まさか、この時の俺達を見られていたなんてーー。
もしも、走り去るブルーグレーが涙に曇るのに気付けていたら…。
この時の俺は、ずっと先の未来で深く後悔する事をまだ知らなかった。
家に帰ると玄関にスニーカーが並んでいた。
片方は友人の結婚式の関係で写真を探しに来ると聞いている翔のだろう。
もう片方は…まさかな。
家に晴が居る訳がーーー
「は?」
「イェーイ!スペシャルゲストの晴人くんでーす!!」
「ど、どーもー…。」
あったわ。
気まずそうなその様子から、翔に捕まって連れて来られた事が推察できる。
困惑しつつも俺の内心は歓喜で一杯だった。
翔、グッジョブ。
だがしかし、である。
「そこで何してんだよ。」
その翔に向けて思わず低い声が出たのは許して欲しい。
ラグに座った晴を背後から抱き抱えてんのは何な訳?
「だって一緒にピザ選びたいじゃーん?
昔は良くこーやって絵本読んでやったよな。」
何の抵抗も無くそれを受け入れている晴にも頭を抱える。
そして、『いい匂いが』とか言いながら晴の髪に鼻を埋めようとする翔の頭を思いっきり引っ叩いた。
あ?暴力?
変態にはむしろ推奨だろ。
一瞬浮かんだ遥の顔にそう言った時、スマホに着信があった翔が部屋を出て行った。
2人きりになったリビングで3ヶ月ぶりにじっくり見る晴は、顔のラインが少しシャープになっている。
これは1キロ落ちたな…ただでさえ細いのに心配だ。
「……お前さ。」
言いたい事は色々あった。
言うべき事も、聞きたい事も。
だけど、久しぶりに真っ直ぐ瞳を向けられていると何も出てこなくて。
「あんま翔とベタベタすんじゃねぇ。」
思わず出たのが嫉妬とか、終わってんな俺。
「蓮、ごめん。」
だから、晴の謝罪の言葉に訝しげな顔をしてしまったと思う。
「ずっと無視してごめん。
ほら、俺もちょっと混乱してて…。
でも、俺はこれからも蓮とは仲良くやっていきたいんだよ!俺達、幼馴染だろ?」
それは、俺の気持ちを分かったうえで幼馴染としか見れないって事か?
「だから、あのことは全部忘れる!!
蓮も忘れろ!!」
お前は、あのキスを無かった事にしたいんだな。
だけど、俺はーー
「晴…。俺は…」「そうしよう!!な⁉︎」
キッパリと遮るように言われて理解した。
全て無かった事にして今まで通り『幼馴染』として接する…そうしなければ側にいる事すらできないんだと。
ズキンと胸が痛んだ。
だけど、また何ヶ月も…いや、下手したら一生晴と距離ができるのは耐えられない。
それに、晴と話す事もできなかったこの3ヶ月で『幼馴染でもいいから』と願ったのは俺自身だ。
むしろ、晴が俺を拒絶しなかっただけマシだとも言える。
てか、一度振られたくらいで諦められるなら、こんなに何年も好きじゃないっての。
だったら、気持ちを押し込めてでも側にいられる方がずっといいに決まってる。
元々、長期戦なのは覚悟の上だったんだから。
「てかさ、蓮はピザどれがいい⁉︎
翔君の奢りらしいから好きなの頼もうぜ!」
まだ少しぎこちないながらも笑顔を向けてくる晴が少し憎らしくて、苦しい程に愛しい。
お前さ、それに俺がどれだけ弱いか知ってるか?
多分、一生気付かないんだろうなーー。
それから数日。
『元通り』に戻った俺達は、今まで通り過ごしている。
遥に一連の流れを話して、また3人で話す事も増えた。
少し気になったのは、晴が偶に俺と遥をジッと見ている事だ。
『何?』と聞くと『何でもない!』と慌てたように返って来る。
不思議に思っていたが、ふいに気付いた。
俺と遥の会話が以前より格段に増えている。
事の経緯を知らない晴からしたら『この2人、何で急に喋るようになったんだ?』って感じなんだろう。
だけど、説明する訳にもいかない。
晴に聞かれたら何かしら理由を付けようと思っていたが、特に何も言われなかった。
まぁ晴的にも俺達が仲悪いよりはいいだろうしな。
俺も遥も、そんな風に思っていた。
そのまま夏休みに入って、晴は中学最後の大会の為に部活に明け暮れている。
何回か遊びに誘って断られたが、まぁ理由がそれなら仕方ない。
因みにサッカー部の3年はもう引退してるから俺は暇を持て余している。
あぁ、早くバイトできるようになりてぇな。
『悔しかったら自分で稼げ』と翔に言われた去年のクリスマスを俺は忘れていない。
あの野郎、マジで晴と2人でパークインしやがったからな。
楽しみする晴を見ると変に妨害もできず(本当は翔の強火ファンにリークして現地に押しかけさせるつもりだった。)悔しい思いをした。
俺だって自分で稼いだ金で晴に何か買ったり、喜ぶ所に連れて行きたい。
晴な、俺と過ごすのが1番楽しいと思って欲しい。
だから、高等部では部活に入らずバイトに勤む所存だ。
そんな事を考えていると、遥からLAINが来た。
『向かうね!』
今日は例の夏祭りで、そろそろ始まる時間だ。
窮屈な浴衣で立ち上がり、休憩室から店の方に声をかける。
「みゅー、ありがとな。行って来る。」
すると、美優にカットされていた常連らしき客が目を剥いた。
「え!?物っ凄いイケメン!!芸能人!?」
「友達の弟で一般人ですよ~!」
カラカラ笑って美優は続ける。
「ほら、今日夏祭りじゃないですか。浴衣の着付けを頼まれてたんです。
蓮、車に気を付けて行っておいで!」
「子供じゃねえっつの。」
呆れながら美容院を出た。
小学生時代に翔と良く遊んでいた美優は、俺が幼児だった頃から知っている。
『みゆう』と発音できず『みゅー』と呼んでいたのがそのまま愛称になり、今に至る程長い付き合いだ。
遥に『浴衣で来て欲しい』と言われた俺が美優を頼ると、客がいない時間にパパッと着付けて髪のセットまでしてくれた。
流石は、翔が一目置く有能ぶりだ。
待ち合わせ場所にはもう遥が待っていた。
浴衣を着て髪をアップにしている姿は、相当人目を惹いている。
「蓮!浴衣似合うじゃん!」
俺に気付いた遥がそう言うと、ジッと見つめてくる。
「…お前もな。」
どうやら正解だったらしく、遥が笑った。
「あ、晴は部活だから来れないって。さっきLAIN来たの。」
途端に俺の周りの温度が下がる。
何でコイツに連絡して俺には無いんだよ。
それにお前、態と黙ってただろ。
ジロリと遥を睨むが、そんな俺から視線を逸らした遥は、素知らぬ顔で浴衣を引っ張る。
「ほら、行こ!日本のお祭り楽しんどかなきゃ!」
そう言われて、渋々その後に続いた。
「あれ?晴?」
祭りを回って暫くした時、遥が驚いた声を上げた。
そこには、制服に竹刀を担いだ晴の姿。
部活が早く終わったんだろうか。
「来るなら連絡くれればよかったのに!」
そう言う遥に全面的に同意だ。
だけど、一緒に回れるかもと気分が浮上する俺とは対象的に晴は浮かない顔をしている。
「どうした?」
心配になって頭に手を置いて聞くと、晴は一瞬何とも言えない顔で俺を見た。
そして、すぐに否定する。
「別に、何でもない。」
『何でもない』かーー。
ここ最近、晴は頻繁にこの言葉を使うようになった。
俺と遥が話しているのを見ていた時も、こう言っていたし。
以前には、こんな事は無かった筈だ。
俺に言えない事が、晴の中で増えている。
それは急速な不安をもたらした。
晴の考えている事は全部知りたいし、何かあるなら言って欲しい。
それとも…俺じゃない誰かに相談しているんだろうかーー。
「晴人~お待たせ!あっちでリンゴ飴売ってたから買ってきたぜ!」
俺の心情と裏腹の呑気な声がしたのは、そんな時だった。
●●●
side晴人中学生編の5話~8話辺りの話です。
『桜守り』受け取ってるし、蓮何考えてんの⁉︎遥とのキスもどうなった⁉︎って感じですが、それは解決編で!笑
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