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中学生編side蓮
16.届かない
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そこにいたのは、晴と同じく竹刀を担いだ中野啓太だった。
剣道部の主将兼部長で、真面目な模範生。
快活な性格から『誰からも好かれる』存在らしいが、俺はその限りではない。
晴に自分のジャージを着せただけでなく、剰え礼まで受け取っていた。
ふざけんな、軽々しく晴から物貰ってんじゃねぇ。
まぁ、その後俺だって晴に奢ってもらったけどな?
しかも俺のは『愛がこもった』やつらしいから、投げ渡されてたお前とは重みが違うんだよ。
心の中でマウントを取って精神衛生を保っていたが、その後も晴の口からコイツの名前が度々出るようになった。
『いい奴』『気が合う』
褒めるばかりの言葉。
それで、2人で夏祭りだと?
しかも、いつから名前呼びしてんだよ。
夏休み前まで苗字で呼び合ってただろお前ら。
晴は友人は結構いるが、そのどれも特別親しい仲と言う訳では無い。
俺が牽制していたのもあるし、晴自身も俺と遥以外とそこまで深く関わろうとしなかったからだ。
それは多分、小学生の頃のトラウマから来るものだろう。
親しくなれば、どうしたってクウォーターだと明かす事になるから。
だけど、中野と話す晴は今までと違う。
リラックスしていて、相手を信頼しているのが見て分かる。
コイツになら、自分の過去の傷も話すんだろうか。
『何でもない』と言って、俺には言わない事も、コイツには話すのかーー?
胸がザワザワして、ろくに会話を聞いていなかった。
「…じぁね、遥。蓮も…。」
気が付いた時には、晴は俺達に背を向けて中野を追おうとしている。
その手に握られているのは、リンゴ飴。
晴の好物だが、買ったのが中野だと思うと絶対に食わせたくない。
「晴。」
名前を呼んで、その手を引き寄せるとリンゴ飴に唇を寄せた。
晴に俺の事を印象付けるように、舌で舐める。
「もうこれ、俺のな。」
『俺の』を強調して中野を牽制する。
唇の端を上げて笑った俺に、晴の耳が赤く染まった。
オイ待て、その反応…
お前もしかして、俺の顔結構好きだったりすんのか?
これはいい発見だ。
側にいすぎて気付かなかったが、無駄に整ったこの顔が晴の気を引くのに役立つならガンガン使って行こう。
「いいよな、中野?」
晴に近付く気なら、それ相応の覚悟を持てよ?
その意味を込めて威圧する。
それは陰から俺を盗撮しようとしていたモブ女達にも影響し、「ヒッ」と短い悲鳴が上がった。
「えっ、や、まぁいいけど。」
一方、中野は目を泳がせたものの逃げたりはしない。
チッ、厄介な奴。
「オイ!俺にくれたんだろ!」
そう言う晴は好物を取られたのが悔しいのかムッとしていて、俺と中野の攻防には気付いていないらしい。
自分の事になると鈍すぎるその様子がなんとも晴らしくて、俺は毒気を抜かれた。
不機嫌な晴を宥めようとして…
さっきの仕返しのように手を引き寄せられる。
本人は何も意識せず、ただリンゴ飴を舐めて齧っただけだろうがーー
上目遣いで見つめられながらのそれは、視覚の暴力だった。
俺が舐めたのと同じ所をピンクの舌が這い、薄い唇がそこを食む。
一度だけ触れたその唇の柔らかさと舌の甘さが、俺の脳裏に甦る。
「ふふん、俺の食い掛けにしてやったからな!
ざまぁみろ!」
一矢報いたと気を良くしたのか、悪役みたいな台詞を残してその場を去っていく背中を呆然と見詰めた。
あれが、無意識…?
ふざけんな、エロ過ぎだろ…
「…蓮、ティッシュいる?」
「あ?」
一部始終を見ていた遥の声には含みがあった。
「鼻血出すかなと思って。」
「漫画じゃねんだよ…。」
そう返したものの、レベル的にはそれくらいの破壊力だった。
仕掛けたはずが、いつもとのギャップに戸惑い動揺させられたのは完全に俺の方。
恋愛なんて惚れた方の負けだ。
俺は多分、一生晴には敵わないーー。
それが嬉しくもあり…
少し、悔しくもあった。
竹刀を構えた晴が、真剣な顔で前を見据える。
その凛とした横顔が綺麗で目が離せない。
すると、晴が俺に気付いて目を丸くした。
「明日試合だろ。ここだと思って。」
晴が試合の前日、必ずこの神社に寄るのは知っている。
数ヶ月前にここでキスした事は意識しないようにして、少し晴に近付いた。
「珍しいな、緊張してんじゃん。」
「…え?」
自覚が無かったのか驚く晴だが、普段と僅かに表情が違う。
やはり、最後の大会は特別なものなんだろう。
弱ったように眉を下げた晴の頭をかき回して、笑ってみせた。
「大丈夫だ。」
お前ならきっとやれるから。
「ありがと、蓮。」
思いが伝わったのか、晴が笑顔を返して来た。
更にその助けになればいいと、俺はポケットからある物を取り出す。
それは、京都で手に入れた御守り。
タイミングが測れず俺が持ち続けていたが、今なら違和感なく渡せるだろう。
「やる。」
柄にも無く緊張して、少しぶっきらぼうな言い方になってしまったが、晴は驚きながらも受け取ってくれた。
「名前は忘れたけど、すげぇ効果あるらしい。
ただし…。」
「ただし…?」
「肌身離さず持ってないと禍が降りかかる。」
や、嘘。
そんな危ねぇ物お前に持たせる訳ないだろが。
俺が、肌身離さず持っていて欲しいだけ。
「な⁉︎怖いわ!無理無理!やっぱいらない!」
本気にして慌てる晴をあしらいながら、飾り紐を首にかける。
制服のシャツの中に入れてしまえば、小さなそれは見えなくなった。
「これあれば明日も悔いなくできるから。」
本来は霊泉家に特化した魔除けみたいなもんだが、大丈夫だろ。
何より俺の大切なものだから、守ってやってくれよ。
そう念じながら、そっとそれを押さえた。
それを見て、ビビっていた晴も観念したらしい。
晴が身に付ける物をーーそれも、肌身離さず持ち歩くと言う確約付きで渡せた事に、俺は酷く満足した。
「ありがと、蓮。」
そう言って見上げて来る晴に、またもや不埒な気持ちをが湧き上がった。
そろりと手を伸ばすが、流石に反省している。
驚いたのかギュッと目を瞑った晴の可愛さに惑わされそうになりながらも、俺は邪な気持ちを捻じ伏せた。
「葉っぱ着いてた。」
「あ、ドモ…。」
代わりに、前髪についていた葉っぱを取ってやると、晴は安心したように力を抜いた。
やっぱ突然触れようとすると怖がられるな…自業自得だけど。
再び過去の自分を呪うがどうしようもない。
「あ、ありがとな蓮!明日頑張るわ!」
元気な晴の声に少し救われた気持ちになって、蝉時雨の中を一緒に帰った。
茹だるような夏の暑さの中、この時間がずっと続けばいいのにと…そう思いながら。
翌日の夜、俺は萱島家で晴の帰りを待っていた。
結果としてうちの学校の剣道部は4回戦敗退だったが、晴は無敗。
普段ののんびりした様子とは違う鋭い動きは目を見張るものがあったし…面を外したその瑞々しさたるや…。
透明感の塊みたいなその姿を、すれ違う他校の野郎共がチラチラ見ていた事に本人は気付いていない。
そして、その視線よりも腹立たしかったのが観戦席にいたうちの学校の写真部。
あのメガネには、釘を刺しておいた方がいいな。
晴の写真は一枚残らず消させる。
また掲示でもされたら目も当てらんねぇわ。
そんな事を考えていると、打ち上げから晴が帰って来た。
俺が試合を観に行っていた事を早々に憲人さんにバラされて少し焦る。
昨日会ったくせに本人に伝えないでコッソリ観に行くって、キモくね?
だけど、それは杞憂だったようだ。
「蓮ー!!ありがとな!!」
晴が抱きついて来たから。
しかも、甘えるみたいに俺の肩に頭を擦り付けて。
…お前、俺がお前の事好きだって分かってんだよな?
その上で『幼馴染でいたい』って言って来たんだよな?
…この仕打ちは鬼だろ。
それとも何だ、幼馴染として一緒にいるんだからこれ位平気だろって事か?
そんなに簡単に俺が吹っ切れたとでも?
「帰る。」
それだけ言って席を立った。
無神経な晴が少し憎らしくて、それでも抱きしめ返したくて。
だけど、俺がそれをしてしまえば『幼馴染』の距離は保てない。
きっと、好きな気持ちが溢れて本人に伝わってしまうからーー。
お前は、それを望んでないんだろーー?
蒸し暑い外に出て溜息を吐くと、後ろから晴の声がした。
「本気で帰んの?もうちょっといいじゃん。」
いやいや、お前にバレないように逃げてんのに追いかけて来てどうすんだよ。
それと、その上目遣いやめろって。
クソ可愛いから。
「ッ……‼︎あー、もう!お前、御守りは?」
確認する事で堪えようとする。
俺が与えた物を晴が身に付けていると思えば、行き場のないこの衝動を緩和できる気がした。
なのにーーー。
「御守り?着けてるよ?」
そう言って、制服のシャツの胸元をガバッと広げられたから堪らない。
「バッーー!!こんなとこで見せんな!!」
モロに見てしまった白い肌と鎖骨に目眩がして、すぐ様シャツを第一ボタンまで締める。
酷く喉が乾いたような感覚を必死に押さえつけた。
「…はぁ。マジ無理お前疲れる…。」
「何だよその言い方…。」
俺の情緒を乱しまくる事への不満だったが、晴を傷付けてしまったらしい。
「怒んなよ。そう言う意味で言ったんじゃねーから。」
内心焦る俺を見て、晴が『まったくもう』みたいな顔をする。
「俺以外にそういう事言うなよ?俺は蓮の表情とか仕草で本気でそんなつもり無いんだって分かるけどさ。」
それは、自分は特別だと錯覚してしまいそうな言葉。
そうだな、お前はいつだって俺の乏しい表情から考えを読み取ってくれる。
言葉が足りない俺を、子供の頃から理解して寄り添ってくれたのは、晴。
だからーー
「俺はお前にだけ伝わればそれでいい。」
その頬に手を添えて、真っ直ぐに目を見て伝える。
けれど、一瞬見つめた合った瞳は戸惑ったように下を向いた。
「そ、そう言えば遥って…その…いつから留学するんだっけ?」
あからさまに話題を変えた事が、晴の答えなんだろう。
ハッキリ拒絶してしまえば、俺達は『幼馴染』ですらいられなくなるから。
それ以上踏み込んで、晴が俺から離れていく事が怖くて、なんて事ないかのように遥を見送る話題に乗る。
痛む胸に気づかないふりをしている自分に、苦く笑った。
●●●
side晴人中学編8~11話辺りの話です。
蓮がマウント取ってたのは2話のジュースの話。
side蓮中学生編、あと数話で完結します!
高校生編の前半はさらにアレなんで…ごめん蓮、先に謝っとくわ。笑
剣道部の主将兼部長で、真面目な模範生。
快活な性格から『誰からも好かれる』存在らしいが、俺はその限りではない。
晴に自分のジャージを着せただけでなく、剰え礼まで受け取っていた。
ふざけんな、軽々しく晴から物貰ってんじゃねぇ。
まぁ、その後俺だって晴に奢ってもらったけどな?
しかも俺のは『愛がこもった』やつらしいから、投げ渡されてたお前とは重みが違うんだよ。
心の中でマウントを取って精神衛生を保っていたが、その後も晴の口からコイツの名前が度々出るようになった。
『いい奴』『気が合う』
褒めるばかりの言葉。
それで、2人で夏祭りだと?
しかも、いつから名前呼びしてんだよ。
夏休み前まで苗字で呼び合ってただろお前ら。
晴は友人は結構いるが、そのどれも特別親しい仲と言う訳では無い。
俺が牽制していたのもあるし、晴自身も俺と遥以外とそこまで深く関わろうとしなかったからだ。
それは多分、小学生の頃のトラウマから来るものだろう。
親しくなれば、どうしたってクウォーターだと明かす事になるから。
だけど、中野と話す晴は今までと違う。
リラックスしていて、相手を信頼しているのが見て分かる。
コイツになら、自分の過去の傷も話すんだろうか。
『何でもない』と言って、俺には言わない事も、コイツには話すのかーー?
胸がザワザワして、ろくに会話を聞いていなかった。
「…じぁね、遥。蓮も…。」
気が付いた時には、晴は俺達に背を向けて中野を追おうとしている。
その手に握られているのは、リンゴ飴。
晴の好物だが、買ったのが中野だと思うと絶対に食わせたくない。
「晴。」
名前を呼んで、その手を引き寄せるとリンゴ飴に唇を寄せた。
晴に俺の事を印象付けるように、舌で舐める。
「もうこれ、俺のな。」
『俺の』を強調して中野を牽制する。
唇の端を上げて笑った俺に、晴の耳が赤く染まった。
オイ待て、その反応…
お前もしかして、俺の顔結構好きだったりすんのか?
これはいい発見だ。
側にいすぎて気付かなかったが、無駄に整ったこの顔が晴の気を引くのに役立つならガンガン使って行こう。
「いいよな、中野?」
晴に近付く気なら、それ相応の覚悟を持てよ?
その意味を込めて威圧する。
それは陰から俺を盗撮しようとしていたモブ女達にも影響し、「ヒッ」と短い悲鳴が上がった。
「えっ、や、まぁいいけど。」
一方、中野は目を泳がせたものの逃げたりはしない。
チッ、厄介な奴。
「オイ!俺にくれたんだろ!」
そう言う晴は好物を取られたのが悔しいのかムッとしていて、俺と中野の攻防には気付いていないらしい。
自分の事になると鈍すぎるその様子がなんとも晴らしくて、俺は毒気を抜かれた。
不機嫌な晴を宥めようとして…
さっきの仕返しのように手を引き寄せられる。
本人は何も意識せず、ただリンゴ飴を舐めて齧っただけだろうがーー
上目遣いで見つめられながらのそれは、視覚の暴力だった。
俺が舐めたのと同じ所をピンクの舌が這い、薄い唇がそこを食む。
一度だけ触れたその唇の柔らかさと舌の甘さが、俺の脳裏に甦る。
「ふふん、俺の食い掛けにしてやったからな!
ざまぁみろ!」
一矢報いたと気を良くしたのか、悪役みたいな台詞を残してその場を去っていく背中を呆然と見詰めた。
あれが、無意識…?
ふざけんな、エロ過ぎだろ…
「…蓮、ティッシュいる?」
「あ?」
一部始終を見ていた遥の声には含みがあった。
「鼻血出すかなと思って。」
「漫画じゃねんだよ…。」
そう返したものの、レベル的にはそれくらいの破壊力だった。
仕掛けたはずが、いつもとのギャップに戸惑い動揺させられたのは完全に俺の方。
恋愛なんて惚れた方の負けだ。
俺は多分、一生晴には敵わないーー。
それが嬉しくもあり…
少し、悔しくもあった。
竹刀を構えた晴が、真剣な顔で前を見据える。
その凛とした横顔が綺麗で目が離せない。
すると、晴が俺に気付いて目を丸くした。
「明日試合だろ。ここだと思って。」
晴が試合の前日、必ずこの神社に寄るのは知っている。
数ヶ月前にここでキスした事は意識しないようにして、少し晴に近付いた。
「珍しいな、緊張してんじゃん。」
「…え?」
自覚が無かったのか驚く晴だが、普段と僅かに表情が違う。
やはり、最後の大会は特別なものなんだろう。
弱ったように眉を下げた晴の頭をかき回して、笑ってみせた。
「大丈夫だ。」
お前ならきっとやれるから。
「ありがと、蓮。」
思いが伝わったのか、晴が笑顔を返して来た。
更にその助けになればいいと、俺はポケットからある物を取り出す。
それは、京都で手に入れた御守り。
タイミングが測れず俺が持ち続けていたが、今なら違和感なく渡せるだろう。
「やる。」
柄にも無く緊張して、少しぶっきらぼうな言い方になってしまったが、晴は驚きながらも受け取ってくれた。
「名前は忘れたけど、すげぇ効果あるらしい。
ただし…。」
「ただし…?」
「肌身離さず持ってないと禍が降りかかる。」
や、嘘。
そんな危ねぇ物お前に持たせる訳ないだろが。
俺が、肌身離さず持っていて欲しいだけ。
「な⁉︎怖いわ!無理無理!やっぱいらない!」
本気にして慌てる晴をあしらいながら、飾り紐を首にかける。
制服のシャツの中に入れてしまえば、小さなそれは見えなくなった。
「これあれば明日も悔いなくできるから。」
本来は霊泉家に特化した魔除けみたいなもんだが、大丈夫だろ。
何より俺の大切なものだから、守ってやってくれよ。
そう念じながら、そっとそれを押さえた。
それを見て、ビビっていた晴も観念したらしい。
晴が身に付ける物をーーそれも、肌身離さず持ち歩くと言う確約付きで渡せた事に、俺は酷く満足した。
「ありがと、蓮。」
そう言って見上げて来る晴に、またもや不埒な気持ちをが湧き上がった。
そろりと手を伸ばすが、流石に反省している。
驚いたのかギュッと目を瞑った晴の可愛さに惑わされそうになりながらも、俺は邪な気持ちを捻じ伏せた。
「葉っぱ着いてた。」
「あ、ドモ…。」
代わりに、前髪についていた葉っぱを取ってやると、晴は安心したように力を抜いた。
やっぱ突然触れようとすると怖がられるな…自業自得だけど。
再び過去の自分を呪うがどうしようもない。
「あ、ありがとな蓮!明日頑張るわ!」
元気な晴の声に少し救われた気持ちになって、蝉時雨の中を一緒に帰った。
茹だるような夏の暑さの中、この時間がずっと続けばいいのにと…そう思いながら。
翌日の夜、俺は萱島家で晴の帰りを待っていた。
結果としてうちの学校の剣道部は4回戦敗退だったが、晴は無敗。
普段ののんびりした様子とは違う鋭い動きは目を見張るものがあったし…面を外したその瑞々しさたるや…。
透明感の塊みたいなその姿を、すれ違う他校の野郎共がチラチラ見ていた事に本人は気付いていない。
そして、その視線よりも腹立たしかったのが観戦席にいたうちの学校の写真部。
あのメガネには、釘を刺しておいた方がいいな。
晴の写真は一枚残らず消させる。
また掲示でもされたら目も当てらんねぇわ。
そんな事を考えていると、打ち上げから晴が帰って来た。
俺が試合を観に行っていた事を早々に憲人さんにバラされて少し焦る。
昨日会ったくせに本人に伝えないでコッソリ観に行くって、キモくね?
だけど、それは杞憂だったようだ。
「蓮ー!!ありがとな!!」
晴が抱きついて来たから。
しかも、甘えるみたいに俺の肩に頭を擦り付けて。
…お前、俺がお前の事好きだって分かってんだよな?
その上で『幼馴染でいたい』って言って来たんだよな?
…この仕打ちは鬼だろ。
それとも何だ、幼馴染として一緒にいるんだからこれ位平気だろって事か?
そんなに簡単に俺が吹っ切れたとでも?
「帰る。」
それだけ言って席を立った。
無神経な晴が少し憎らしくて、それでも抱きしめ返したくて。
だけど、俺がそれをしてしまえば『幼馴染』の距離は保てない。
きっと、好きな気持ちが溢れて本人に伝わってしまうからーー。
お前は、それを望んでないんだろーー?
蒸し暑い外に出て溜息を吐くと、後ろから晴の声がした。
「本気で帰んの?もうちょっといいじゃん。」
いやいや、お前にバレないように逃げてんのに追いかけて来てどうすんだよ。
それと、その上目遣いやめろって。
クソ可愛いから。
「ッ……‼︎あー、もう!お前、御守りは?」
確認する事で堪えようとする。
俺が与えた物を晴が身に付けていると思えば、行き場のないこの衝動を緩和できる気がした。
なのにーーー。
「御守り?着けてるよ?」
そう言って、制服のシャツの胸元をガバッと広げられたから堪らない。
「バッーー!!こんなとこで見せんな!!」
モロに見てしまった白い肌と鎖骨に目眩がして、すぐ様シャツを第一ボタンまで締める。
酷く喉が乾いたような感覚を必死に押さえつけた。
「…はぁ。マジ無理お前疲れる…。」
「何だよその言い方…。」
俺の情緒を乱しまくる事への不満だったが、晴を傷付けてしまったらしい。
「怒んなよ。そう言う意味で言ったんじゃねーから。」
内心焦る俺を見て、晴が『まったくもう』みたいな顔をする。
「俺以外にそういう事言うなよ?俺は蓮の表情とか仕草で本気でそんなつもり無いんだって分かるけどさ。」
それは、自分は特別だと錯覚してしまいそうな言葉。
そうだな、お前はいつだって俺の乏しい表情から考えを読み取ってくれる。
言葉が足りない俺を、子供の頃から理解して寄り添ってくれたのは、晴。
だからーー
「俺はお前にだけ伝わればそれでいい。」
その頬に手を添えて、真っ直ぐに目を見て伝える。
けれど、一瞬見つめた合った瞳は戸惑ったように下を向いた。
「そ、そう言えば遥って…その…いつから留学するんだっけ?」
あからさまに話題を変えた事が、晴の答えなんだろう。
ハッキリ拒絶してしまえば、俺達は『幼馴染』ですらいられなくなるから。
それ以上踏み込んで、晴が俺から離れていく事が怖くて、なんて事ないかのように遥を見送る話題に乗る。
痛む胸に気づかないふりをしている自分に、苦く笑った。
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