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解決編
1.
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(side晴人)
目が覚めると、知らない天井が見えた。
…そっか、昨日はここに泊まったんだっけ。
窓から入って来る朝陽は穏やかで、俺の心とはまるで正反対だ。
いっそ異世界転生だったら良かったのに。
二度と元の世界には戻れないってやつ。
そしたら、あの事だってーー。
昨日の光景…蓮が遥を抱き締めていた姿を思い出して胃がぐらっと揺れる。
蓮の鞄から『桜守り』を見つけてしまった時から、薄々分かってたんだ。
蓮はずっと遥の事が好きだったんだって。
それは、遥も一緒で。
遥と別れた蓮が俺の事を好きになってくれたのは、嘘じゃないと思う。
いつも傍で支えてくれて、暖かく抱き締めてくれて。
蓮といる時はいつも笑顔でいられた。
俺が誰かと話してるとヤキモチやいたり、その独占欲が嬉しくて。
言葉じゃない想いの伝え方も、蓮が教えてくれた。
数え切れない程愛される喜びも、全部ーー。
間違いなく、蓮は俺を大切にしてくれてた。
ただーー、
それが、1番じゃなかったってだけ。
過去に戻って、中学生の自分に教えてあげたい。
『蓮は俺の事が好きらしいよ…2番目に』って。
そしたら、こんな辛い思いしなくて済んだのに。
蓮は遥の事が好きなのに、遠恋だからって諦めたんだろうか。
だけど遥を見送りに行った時、2人にそんな悲壮感は感じられなかった気がする。
それとも、俺が鈍くて気付かなかっただけ?
本当は、身を斬られるように辛かったの?
「あ…。」
ふいに思い出したのは、空港での蓮と遥の遣り取り。
『蓮、約束守んなさいよ。』
確か遥かはそう言ってて。
蓮が何て答えたかは忘れちゃったけど、その『約束』って何だろう。
もしかして、次に再会する時にお互いの事好きだったら、また付き合う的なやつだったのかな。
そうだとしたら…蓮が俺に冷たくなったのも納得がいく。
だって、俺とは別れなきゃいけない。
蓮の1番は遥なんだから。
遥もアメリカで彼氏ができたって伊藤から聞いたけど、長続きしなかったのは蓮が1番だったからで。
あれ、じゃあさ。
離れ離れになった恋人が、ずっとお互いを忘れられなくて…
約束通り、再会して変わらない想いを確かめて合ったって事だよね。
ーーそれって、ハッピーエンドなのでは?
小説とか漫画で、皆んなが好きなやつ。
その間にできる恋人は、所謂『当て馬』ってやつだ。
どう頑張っても報われなくて、
『やっぱり俺は〇〇には敵わなかったね。君の幸せを願ってるよ。』
とか言って、未練を隠して退場するあの役。
それが、俺なんだーー。
なぁんだ。
「ハハッ…邪魔なの、俺じゃん…。」
ヒーローとヒロインの間には決して割って入れない脇役。
分かってたじゃん。
俺は、主人公になれる蓮や遥とは違うって。
一度は釣り合ってないって思い知って、離れた事だってあったし。
だけど、それを蓮が否定してくれたから。
俺が必要だって言ってくれたから。
付き合うようになってからも劣等感が無くなった訳じゃなかったけど、気にしないようにしてきた。
そのままの俺でいようって思えた。
なのに、結局はこうやって思い知る事になるんだな。
遥は美人で優しくて完璧で、誰もを惹きつけるキラキラした女の子だもん。
蓮が、俺みたいな凡人より遥を選ぶなんて当然で。
だから。
だからさ。
見つめてくる優しい目も。
『好き』って囁く甘い声も。
揶揄ってくる時の、ちょっと意地悪な顔だって。
もう、俺のものじゃないんだね。
「寒い…。」
春の陽射しが降り注いでるのに、震えが止まらない。
だけど、手を伸ばして求めちゃいけないんだ。
全てから護るように抱き締めてくれるあの温もりはもう、遥のものだからーー。
「ふっ…うっ…」
嗚咽と共に視界がぼやけた。
膝を抱えて暗闇を見つめると、思い出が頭の中を駆け巡る。
仲直りした日の事、告白された日の事、修学旅行、恋人になってからの日々、やり直し夏祭りと、同棲の約束。
記憶の中で幸せそうに笑う蓮の姿に胸が軋む。
同棲してからだって、それは続いててーー。
…あれ?
大学生になって暫くした頃から、記憶の中の蓮の表情が少し違う気がする。
『今にして思えば』ってだけかもしれないけど…どうも違和感が拭えない。
そう言えば、少しずつ何かがズレていく様な感覚があったような…。
もしかして俺は、どこかで間違ったんだろうか。
蓮に対して、やっぱり遥の方がいいと思うような事をしてしまった?
どこかで、蓮の1番になれるきっかけを失くしたんじゃないだろうか…。
そんな考えに縋りたいだけかもしれない。
俺はまだ、蓮と別れる事を受け入れられてないから。
割れたマグカップも、一緒に撮った写真も全て捨てて来た筈なのに。
もう終わりだと、マンションを出てきた筈なのに。
未練タラタラで情けないし、理由が分かった所でもう希望も無いって分かってるけど。
それでも、記憶を遡ってしまう。
俺が蓮の鞄から『桜守り』を見つけたのは、大学1年のGWの事だった。
その数時間前に偶然会った伊藤の言葉で、遥の初恋が蓮だって知って。
だから、蓮も遥を忘れてないんだってショックを受けた。
そして…蓮に何も聞かず、問い詰める事もせず。
真実が明らかになるのを恐れて、何もなかったかのように過ごしていた。
蓮もいつもと変わらない様子だったから、俺の態度に問題は無かった筈だ。
…て事は、その後?
確か、バイトの話しで少し揉めたりしたな。
目を閉じて、その日からの記憶を辿っていく。
===
===
===
「なぁ、ガチでバイトすんの?」
リビングのソファでくつろぐ俺を背後から抱き込んで蓮が聞いてくる。
「するよ。母さんと約束してるし、俺もバイトしてみたかったし。」
この遣り取り、もう10回はしてると思うんだけど。
『そのマンションにいたら金銭感覚おかしくなるから!バイトして労働の大変さを知っておきなさい!』
全てが高級品で揃えられたこの豪華すぎるマンションを見た時の母さんの言葉に、俺は大きく頷いた。
だけど、蓮はそれが気に入らないらしい。
「仕送りも俺の稼ぎもあるし、そんなんしなくても生活できんだろ。」
いやいや、親と恋人に頼りっきりとかダメ人間すぎるでしょ。
「大学卒業まで限定のセレブ生活だから、慣れないようにしないと。」
金銭感覚バグッて『この給料じゃ就職する気になりません』なんて勘違い野郎になったら困るじゃん。
「卒業してからもこの水準で生活させてやるって。」
抱き込む腕の力を強くした蓮が、鼻先を俺の髪に突っ込みながら言う。
「コラ!嗅ぐなって言ってんだろ!」
ペシっとその頭を叩くと、背後で不満を漏らす声がした。
戯れるような蓮とは逆に、俺の心臓はドクドクと激しく音を立てている。
蓮の態度にーーじゃない。
それはもう慣れた、暇さえあれば吸われてるし。
そうじゃなくて、未来を約束するような蓮の言葉に。
今の口ぶりだと、卒業してからも俺と一緒に住むみたいに聞こえる。
それって…遥の事はいいの?
蓮と遥をつなぐ『桜守り』を見つけのは、つい1ヶ月前の事。
だけど、この先も俺と一緒にいてくれるって思っていいんだろうか。
それは、俺を選んでくれるって事…だよね?
「ありえねぇわ。」
「…えっ?」
心臓が止まりそうになって、背中を冷たい汗が流れる。
それは無いって…つまり…
「居酒屋はありえねぇ。酔った客とか絡んで来たら困んだろ。」
蓮が指差す先には、俺のスマホ画面。
あ、適当にスクロールしてたらバイト情報の居酒屋の所で止まってた。
蓮はそれを、俺が興味があって見てると思ったらしい。
「あっ、うん!ちょっと見てただけ!」
慌てて他の求人を探すふりをする。
…ビッッックリしたぁ。
タイミングがあれすぎて、無意識に口に出してたのかと思って焦った。
ひっそり安堵の溜息を漏らす。
蓮が背後にいるお陰で顔を見られなくて良かった。
見られてたら絶対気付かれて…問いただされてた筈。
そしたら…遥の話しをしなきゃならない。
本当は、ハッキリさせた方がいいのは分かってる。
だけど、それを知るのがどうしても怖い。
「あ、ファミレスとかいいかも。大学から近いし!」
だから、態と明るい声を出した。
蓮は『美香さんが言うなら仕方ねぇけど…』とかブツブツ不満を漏らしながらも、場所を自分のスマホで調べたりしてる。
「22時過ぎたら迎えに行くから。」
「いやいや、この家駅から直結じゃん!迎えも何もないって!」
なんて会話に、過保護だなと思いつつも嬉しくなってしまう。
蓮は間違いなく、俺を大事にしてくれてる。
だからきっと大丈夫、あの事はもう忘れよう。
そう、自分に言い聞かせた。
結局、バイトはファミレスに決まった。
授業終わりに週3日の勤務。
土日は蓮に断固反対されたから、平日のみ。
家と大学の中間にあるから便利だし、店長を除く全員が女性のパートさんだから面倒見が良い。
『綺麗な子ねぇ、ジェンダーレスってやつね!』
なんてお世辞もいただいて、滑り出しは順調だ。
因みに蓮は高校時代のバイトは辞めて、今は家で稼いでる。
株とか運用とか、聞けば詳しく教えてくれるんだけど…俺にはチンプンカンプンの世界。
どうやらサラリーマンの年収並みには儲けてるらしいんだけど…サラリーマンの年収って幾らくらいなんだろ。
まぁとにかく、家時間が長いからってかなり家事をやってくれてる。
ただ、料理はあまり好きじゃないみたい。
反対に俺は、蓮の誕生日に作って以来ハマってるから料理担当だ。
土日に作り置きを量産したりもしてるんだけど…
「晴、先にこっち。」
「ちょっ、ここじゃダメ…あっ…ンッ…」
みたいな展開も、その…チョイチョイあったりしまして。
心に引っかかるほんの少しの戸惑いは、蓮に与えられる快楽の前では無意味だ。
そればかりか、情熱的に愛されると酷く安心する。
蓮は俺を見てくれてるって、感じられるから。
夏休みに会った啓太とサッキーには『過保護が加速してないか?』やら『蓮!晴人君にベタベタしすぎ!』やら言われて。
自分だけじゃなくて、周りからもそう見えてる事に安堵していた。
ほら、やっぱり大丈夫じゃん。
そんな風に、俺の心にも平穏が戻り始めた頃。
「ねぇ、君が蓮のルームシェアの相手?」
とびきり綺麗な女性に話し掛けられたのは、迎えに行った蓮の大学。
鮮やかに色付いた、イチョウの木の下での事だった。
●●●
遥と蓮の約束の様子についてはside晴人中学編13話をご覧ください。
大学1年生の春~夏はこんな感じだったようです。
あ、描写はありませんが晴は友達ちゃんとできてますよ!『萱』と呼ばれてます。新鮮。
書いてる部分が現実の季節と合致すると何だか嬉しい笑
目が覚めると、知らない天井が見えた。
…そっか、昨日はここに泊まったんだっけ。
窓から入って来る朝陽は穏やかで、俺の心とはまるで正反対だ。
いっそ異世界転生だったら良かったのに。
二度と元の世界には戻れないってやつ。
そしたら、あの事だってーー。
昨日の光景…蓮が遥を抱き締めていた姿を思い出して胃がぐらっと揺れる。
蓮の鞄から『桜守り』を見つけてしまった時から、薄々分かってたんだ。
蓮はずっと遥の事が好きだったんだって。
それは、遥も一緒で。
遥と別れた蓮が俺の事を好きになってくれたのは、嘘じゃないと思う。
いつも傍で支えてくれて、暖かく抱き締めてくれて。
蓮といる時はいつも笑顔でいられた。
俺が誰かと話してるとヤキモチやいたり、その独占欲が嬉しくて。
言葉じゃない想いの伝え方も、蓮が教えてくれた。
数え切れない程愛される喜びも、全部ーー。
間違いなく、蓮は俺を大切にしてくれてた。
ただーー、
それが、1番じゃなかったってだけ。
過去に戻って、中学生の自分に教えてあげたい。
『蓮は俺の事が好きらしいよ…2番目に』って。
そしたら、こんな辛い思いしなくて済んだのに。
蓮は遥の事が好きなのに、遠恋だからって諦めたんだろうか。
だけど遥を見送りに行った時、2人にそんな悲壮感は感じられなかった気がする。
それとも、俺が鈍くて気付かなかっただけ?
本当は、身を斬られるように辛かったの?
「あ…。」
ふいに思い出したのは、空港での蓮と遥の遣り取り。
『蓮、約束守んなさいよ。』
確か遥かはそう言ってて。
蓮が何て答えたかは忘れちゃったけど、その『約束』って何だろう。
もしかして、次に再会する時にお互いの事好きだったら、また付き合う的なやつだったのかな。
そうだとしたら…蓮が俺に冷たくなったのも納得がいく。
だって、俺とは別れなきゃいけない。
蓮の1番は遥なんだから。
遥もアメリカで彼氏ができたって伊藤から聞いたけど、長続きしなかったのは蓮が1番だったからで。
あれ、じゃあさ。
離れ離れになった恋人が、ずっとお互いを忘れられなくて…
約束通り、再会して変わらない想いを確かめて合ったって事だよね。
ーーそれって、ハッピーエンドなのでは?
小説とか漫画で、皆んなが好きなやつ。
その間にできる恋人は、所謂『当て馬』ってやつだ。
どう頑張っても報われなくて、
『やっぱり俺は〇〇には敵わなかったね。君の幸せを願ってるよ。』
とか言って、未練を隠して退場するあの役。
それが、俺なんだーー。
なぁんだ。
「ハハッ…邪魔なの、俺じゃん…。」
ヒーローとヒロインの間には決して割って入れない脇役。
分かってたじゃん。
俺は、主人公になれる蓮や遥とは違うって。
一度は釣り合ってないって思い知って、離れた事だってあったし。
だけど、それを蓮が否定してくれたから。
俺が必要だって言ってくれたから。
付き合うようになってからも劣等感が無くなった訳じゃなかったけど、気にしないようにしてきた。
そのままの俺でいようって思えた。
なのに、結局はこうやって思い知る事になるんだな。
遥は美人で優しくて完璧で、誰もを惹きつけるキラキラした女の子だもん。
蓮が、俺みたいな凡人より遥を選ぶなんて当然で。
だから。
だからさ。
見つめてくる優しい目も。
『好き』って囁く甘い声も。
揶揄ってくる時の、ちょっと意地悪な顔だって。
もう、俺のものじゃないんだね。
「寒い…。」
春の陽射しが降り注いでるのに、震えが止まらない。
だけど、手を伸ばして求めちゃいけないんだ。
全てから護るように抱き締めてくれるあの温もりはもう、遥のものだからーー。
「ふっ…うっ…」
嗚咽と共に視界がぼやけた。
膝を抱えて暗闇を見つめると、思い出が頭の中を駆け巡る。
仲直りした日の事、告白された日の事、修学旅行、恋人になってからの日々、やり直し夏祭りと、同棲の約束。
記憶の中で幸せそうに笑う蓮の姿に胸が軋む。
同棲してからだって、それは続いててーー。
…あれ?
大学生になって暫くした頃から、記憶の中の蓮の表情が少し違う気がする。
『今にして思えば』ってだけかもしれないけど…どうも違和感が拭えない。
そう言えば、少しずつ何かがズレていく様な感覚があったような…。
もしかして俺は、どこかで間違ったんだろうか。
蓮に対して、やっぱり遥の方がいいと思うような事をしてしまった?
どこかで、蓮の1番になれるきっかけを失くしたんじゃないだろうか…。
そんな考えに縋りたいだけかもしれない。
俺はまだ、蓮と別れる事を受け入れられてないから。
割れたマグカップも、一緒に撮った写真も全て捨てて来た筈なのに。
もう終わりだと、マンションを出てきた筈なのに。
未練タラタラで情けないし、理由が分かった所でもう希望も無いって分かってるけど。
それでも、記憶を遡ってしまう。
俺が蓮の鞄から『桜守り』を見つけたのは、大学1年のGWの事だった。
その数時間前に偶然会った伊藤の言葉で、遥の初恋が蓮だって知って。
だから、蓮も遥を忘れてないんだってショックを受けた。
そして…蓮に何も聞かず、問い詰める事もせず。
真実が明らかになるのを恐れて、何もなかったかのように過ごしていた。
蓮もいつもと変わらない様子だったから、俺の態度に問題は無かった筈だ。
…て事は、その後?
確か、バイトの話しで少し揉めたりしたな。
目を閉じて、その日からの記憶を辿っていく。
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「なぁ、ガチでバイトすんの?」
リビングのソファでくつろぐ俺を背後から抱き込んで蓮が聞いてくる。
「するよ。母さんと約束してるし、俺もバイトしてみたかったし。」
この遣り取り、もう10回はしてると思うんだけど。
『そのマンションにいたら金銭感覚おかしくなるから!バイトして労働の大変さを知っておきなさい!』
全てが高級品で揃えられたこの豪華すぎるマンションを見た時の母さんの言葉に、俺は大きく頷いた。
だけど、蓮はそれが気に入らないらしい。
「仕送りも俺の稼ぎもあるし、そんなんしなくても生活できんだろ。」
いやいや、親と恋人に頼りっきりとかダメ人間すぎるでしょ。
「大学卒業まで限定のセレブ生活だから、慣れないようにしないと。」
金銭感覚バグッて『この給料じゃ就職する気になりません』なんて勘違い野郎になったら困るじゃん。
「卒業してからもこの水準で生活させてやるって。」
抱き込む腕の力を強くした蓮が、鼻先を俺の髪に突っ込みながら言う。
「コラ!嗅ぐなって言ってんだろ!」
ペシっとその頭を叩くと、背後で不満を漏らす声がした。
戯れるような蓮とは逆に、俺の心臓はドクドクと激しく音を立てている。
蓮の態度にーーじゃない。
それはもう慣れた、暇さえあれば吸われてるし。
そうじゃなくて、未来を約束するような蓮の言葉に。
今の口ぶりだと、卒業してからも俺と一緒に住むみたいに聞こえる。
それって…遥の事はいいの?
蓮と遥をつなぐ『桜守り』を見つけのは、つい1ヶ月前の事。
だけど、この先も俺と一緒にいてくれるって思っていいんだろうか。
それは、俺を選んでくれるって事…だよね?
「ありえねぇわ。」
「…えっ?」
心臓が止まりそうになって、背中を冷たい汗が流れる。
それは無いって…つまり…
「居酒屋はありえねぇ。酔った客とか絡んで来たら困んだろ。」
蓮が指差す先には、俺のスマホ画面。
あ、適当にスクロールしてたらバイト情報の居酒屋の所で止まってた。
蓮はそれを、俺が興味があって見てると思ったらしい。
「あっ、うん!ちょっと見てただけ!」
慌てて他の求人を探すふりをする。
…ビッッックリしたぁ。
タイミングがあれすぎて、無意識に口に出してたのかと思って焦った。
ひっそり安堵の溜息を漏らす。
蓮が背後にいるお陰で顔を見られなくて良かった。
見られてたら絶対気付かれて…問いただされてた筈。
そしたら…遥の話しをしなきゃならない。
本当は、ハッキリさせた方がいいのは分かってる。
だけど、それを知るのがどうしても怖い。
「あ、ファミレスとかいいかも。大学から近いし!」
だから、態と明るい声を出した。
蓮は『美香さんが言うなら仕方ねぇけど…』とかブツブツ不満を漏らしながらも、場所を自分のスマホで調べたりしてる。
「22時過ぎたら迎えに行くから。」
「いやいや、この家駅から直結じゃん!迎えも何もないって!」
なんて会話に、過保護だなと思いつつも嬉しくなってしまう。
蓮は間違いなく、俺を大事にしてくれてる。
だからきっと大丈夫、あの事はもう忘れよう。
そう、自分に言い聞かせた。
結局、バイトはファミレスに決まった。
授業終わりに週3日の勤務。
土日は蓮に断固反対されたから、平日のみ。
家と大学の中間にあるから便利だし、店長を除く全員が女性のパートさんだから面倒見が良い。
『綺麗な子ねぇ、ジェンダーレスってやつね!』
なんてお世辞もいただいて、滑り出しは順調だ。
因みに蓮は高校時代のバイトは辞めて、今は家で稼いでる。
株とか運用とか、聞けば詳しく教えてくれるんだけど…俺にはチンプンカンプンの世界。
どうやらサラリーマンの年収並みには儲けてるらしいんだけど…サラリーマンの年収って幾らくらいなんだろ。
まぁとにかく、家時間が長いからってかなり家事をやってくれてる。
ただ、料理はあまり好きじゃないみたい。
反対に俺は、蓮の誕生日に作って以来ハマってるから料理担当だ。
土日に作り置きを量産したりもしてるんだけど…
「晴、先にこっち。」
「ちょっ、ここじゃダメ…あっ…ンッ…」
みたいな展開も、その…チョイチョイあったりしまして。
心に引っかかるほんの少しの戸惑いは、蓮に与えられる快楽の前では無意味だ。
そればかりか、情熱的に愛されると酷く安心する。
蓮は俺を見てくれてるって、感じられるから。
夏休みに会った啓太とサッキーには『過保護が加速してないか?』やら『蓮!晴人君にベタベタしすぎ!』やら言われて。
自分だけじゃなくて、周りからもそう見えてる事に安堵していた。
ほら、やっぱり大丈夫じゃん。
そんな風に、俺の心にも平穏が戻り始めた頃。
「ねぇ、君が蓮のルームシェアの相手?」
とびきり綺麗な女性に話し掛けられたのは、迎えに行った蓮の大学。
鮮やかに色付いた、イチョウの木の下での事だった。
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