上 下
38 / 64
序章 狩人の孫

第36話 魔術兵の悲劇

しおりを挟む
「時代が悪かったんじゃ……当時、魔術師という存在は人々から恐れられておった」
「恐れられていた?どうして?」
「さっきの話を覚えておるか?ヒトノ王国では戦争を終わらせるために魔術兵を生み出した。結果的には魔術兵のお陰で戦争は勝利に終わったが、人々の間で魔法を使える人間はだと認識されるようになった」
「戦争の……道具?」


村長は深刻そうな表情を浮かべ、戦争が行われていた時代では魔術師がどれほど恐れられていたのかを明かす。


「魔術兵の活躍でヒトノ王国は平和を取り戻した。だが、魔術兵はあまりにも。当時の戦争は魔術兵が参加する前は王国側が圧倒的に不利だったが、魔術兵が戦線に送り込まれた途端に戦局は一変した。奪われていた領地を全て取り返し、圧倒的な魔法の力で敵を殲滅した」
「すげぇっ……やっぱり魔法使いは強いんだな!!」
「う、うん……」


話を聞いていたゴーマンは興奮するが、魔術師であるレノとしては複雑だった。自分と同じく魔法を扱える人間が兵士として戦争に出向き、大勢の敵を殺したと聞かされてあまりいい気分はしない。

今までは意識してこなかったが、レノが磨いた魔法の力をもしも人間相手に使用すれば取り返しのつかない事態に陥る。今までは動物や魔物を相手にしか魔法を使ったことはなかったが、もしも人間に魔法を使ったら簡単に殺してしまう。そう考えると酷く恐ろしく感じた。


(そうだ。この魔法ちからは簡単に人を殺すことだってできるんだ。だから爺ちゃんは俺が魔術師になること反対したんだ。俺が魔法で人を傷つけることを恐れて……)


レノは村長の話を聞いてアルが自分に魔法を教えることを躊躇した理由を知る。かつてアルは戦場で多くの人間の命を奪い、そのことを後悔していたからこそ自分の孫を同じような思いをさせたくなかった。だが、最終的にはレノの熱意に負けて魔法を教えてくれた。


「他国との戦争は魔術兵のお陰で勝利に終わったが、戦争が終わった途端に魔術兵は危険な存在として認識された。戦争が起きている間は魔術兵が活躍する度に人々は彼等を褒め称えたが、戦争が終結すると今度は逆に魔術兵を恐れ始めた」
「な、なんでだよ!!戦争を終わらせてくれた英雄だろ!?」
「うむ、確かにその通りじゃが……魔術兵の扱う魔法は大勢の人間を簡単に殺すができる。そんな存在を野放しにしておいてたら何を仕出かすか分からない。もしも魔術兵の中に悪しき考えを抱く者が現れた場合、取り返しのつかない事態を引き起こすかもしれない」
「そんな……」


戦争中は魔術兵は圧倒的な力で敵を打ち倒すことから英雄として崇められていた。だが、戦争が終われば彼等のように強大な力を持つ存在を人々は恐れ、魔術兵を作り上げた国も扱いに困る始末だった。


「今なら酷い話だと思うが、当時の儂も魔術兵が恐ろしい存在だ聞かされて怖かった。だが、アルと出会ってから考えを改めた。皆が恐れる熊を魔法の力で倒してくれたアルは儂にとっては誰よりも格好いい英雄だった」
「それで父ちゃんはアル爺さんに気を遣ってたのか……」
「お主も似たような物じゃろう?昔はあんなにレノを嫌っておった癖に」
「うっ……ごめんよ、意地悪して悪かったよ」
「まあまあ、俺はもう気にしてないよ」


村長の指摘にゴーマンはばつが悪そうな表情を浮かべて謝罪するが、レノが気になったのは魔術兵がその後どうなったのかだった。


「爺ちゃん以外の魔術兵の人たちはどうなったんですか?」
「儂も詳しくは知らんが、アルによれば戦争で大きな活躍した者は貴族として迎え入れられたそうじゃ。だが、その他の者はアルのように仕事を辞めて王都から離れたと聞いておる」
「そうなんですか……」


過去に国から戦争の道具として利用された経験もあったからこそアルは魔術師であることを隠し、孫であるレノにも同じ道を辿ってほしくないからこそ魔術師になることを反対したのだと判明する。しかし、レノが魔法を覚えていなければ今頃は村の人間は魔物に殺されていた。

既に他の人間に魔法を使う姿を見られた以上は隠し通すことはできず、レノは今後は魔術師として認識される。兵士が会いたがっていたというので後で話を聞くことにする――




――その日の夜に村長の屋敷に兵士の一人が戻ってきた。その兵士は亡くなったカマセイの代わりに警備隊長の役目を担い、改めて村を救ってくれたレノに感謝した。


「君のお陰で我々は助かった。この恩は一生忘れない」
「いえ、気にしないでください……それで俺に用事というのは?」
「うむ、君の正体は……魔術師だな?」
「……魔法は使えます」


兵士がレノが魔術師であるかどうかを確かめると、村長の話を思い出したレノは身構える。しかし、意外なことに兵士は感心した様子だった。


「驚いたな、まさか君程の年齢の子供であれほどの魔法が扱えるとは……」
「え?」
「イチノにも火属性の魔法を扱う魔術師が居た。名前はエンカというのだが、私はその方とは同期だったんだ」


エンカは警備兵の副隊長でレノが倒したホブゴブリンに殺された魔術師である。年齢は40代でイチノ地方では有名な魔術師だったらしい。


「エンカ様は15才の頃に適性の儀式を受けて魔術師の才能があることが判明した。そして王都の魔法学園で訓練を受けて18才で魔術師の証を得たと聞いている」
「適性の儀式?それに魔法学園って……」
「どうやら君は知らないようだが、現在の王国では魔術師の才能を持つ人間は王都の魔法学園で教育を受けることが義務付けられているんだ」
「え!?」


兵士の話によるとヒトノ王国では一定の年齢に達した人間は特別な儀式を受けるらしく、その儀式で魔術師の才能を持つ人間が発見された場合は王都に送り込まれて魔法学園なる場所で訓練を受けることが義務付けられていた。

アルが魔術師になる際も国に召集されて訓練を受けていた話は聞かされたが、今の時代でも魔術師を育成する風習が残っており、現在は魔法学園と呼ばれる施設で魔法の才能を持つ子供達を集めて教育を行っていることが判明する。


「数十年前に我が国には魔術兵と呼ばれた魔術師が存在した。彼等のお陰でヒトノ王国は他国との戦争を乗り越えることができたが、戦争終結後に魔術兵は冷遇されて大臣の中には彼等が悪事に手を染める前に始末するように国王に申し立てた者までいるらしい」
「そんな……」
「だが、新しい国王が魔術兵の扱いを不憫に思って彼等のために魔法学園を創設した。魔術兵は若手の魔術師の育成のための人材として重用し、そのお陰で優秀な魔術師が増えた。魔術師が増えれば他国への牽制となり、この国は長らく平和が訪れた」
「え!?」


村長の話では魔術兵は国から冷遇されたと聞いていたが、国王の案で彼等は新しい魔術師を育てるための指導者となり、現在も魔法学園で若手の魔術師の教育を行われていた。


(あれ?魔術兵は嫌われてるのかと思ったけど、若手の魔術師の指導を任されるぐらい信用されてたんだ。でも、爺ちゃんがそれを知っていたなら魔術師になることに反対するとは思えないけど……)


魔術兵の扱いが改善されたことをアルが知っていたのならばレノが魔術師になることを反対した理由が分からず、もしかしたらだがアルはこの事実を知らなかった可能性も高い。

レノが暮らしているナイ村は辺境の地に存在し、王都の情勢は殆ど入ってこない。だからアルは魔術兵が今の時代でも冷遇されていたと勘違いし、自分と同じ扱いを受けないようにレノに秘匿させていたが、その彼の考えはもしかしたら杞憂かもしれなかった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

CLOVER-Genuine

恋愛 / 完結 24h.ポイント:134pt お気に入り:417

異世界で合法ロリ娼婦始めました。聖女スカウトはお断りします。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:773pt お気に入り:123

車いすの少女が異世界に行ったら大変な事になりました

AYU
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,022pt お気に入り:50

だって、コンプレックスなんですっ!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:269pt お気に入り:852

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:276pt お気に入り:2,418

処理中です...