最弱職外伝 〈貧弱の勇者は異世界で生き抗う〉

カタナヅキ

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エルフ王国

空間魔法の移動法 〈暗視・気配感知〉

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――時刻は夜を迎え、ナオは自室でベッドに横になっていた。今日は訓練で気絶するような事態はなかったが、様々な武器を使用させられて疲れ果てていた。下手に複数の武道を習っていたことが仇となり、ナオがどの武器に相応しいのかを確かめるため、様々な武器を試されてしまう。

結局、殆どの武器は現在のナオの筋力では扱いきれない事が判明し、弓矢を扱おうにも弦を引ききる事が出来ず、斧や鉄槌のような重量が大きい武器は使う事も出来ず、結局は最初に扱っていた剣に落ち着く。本来、暗殺者の職業は潜入や隠密に優れた職業なので戦闘方面は苦手なのは仕方がない事なのだが、勇者として召喚されたナオならば何か隠されている能力があるのではないか期待されていた。


「勝手にそんな期待をされても迷惑だよ……」


ナオはベッドの上で溜息を吐き出し、訓練の最中に見学に訪れた兵士や大臣の顔を見て不快感を抱く。彼等はナオが何か失敗する度に嘲笑し、リンに訓練を受けている最中も気に入らなそうな視線を向けてくる。ここまで来るとナオも彼等が自分を勇者として敬っていない事には気づいており、だからこそ悔しさを抱く。


「くそっ……まあ、馬鹿にされても仕方ないか」


だが、彼等に怒りを抱いた所で仕方がなく、実際に現在のナオは「勇者」と呼ばれるのに相応しい能力は持ち合わせていない。全て能力値が未だに一桁なのは問題であり、複数のスキルを覚えることは出来たが、それでも今の彼は子供以下の能力値しか持ち合わせていない。


「だけど僕の予想が正しければ……そろそろいいかな」


ナオは窓の外が月の光を指している事に気付き、身体を起き上げて意識を集中させる。そして身体を起き上げ、彼は着替えを纏めた物をベッドの上に置き、毛布で覆う。その後、机の上に立てかけられている蝋燭に視線を向け、火を消す。まだ寝るには早い時間帯だが、仮に部屋の外から誰かが入ってきてもナオがベッドの上で眠っているように見えるだろう。


「これでよし……上手く行けよ」


掌を前に差し出してナオは意識を集中させ、空間魔法を発動させて1メートル程の黒渦を作り出す。それを確認したナオは自分の目の前に現れた黒渦に手を伸ばし、掌の先に何かが触れた感触が広がる。


「よし……成功したな」


ナオは覚悟を決めて黒渦の中に顔を突っ込むと、彼の視界には暗闇で覆われてはいるが訓練場の空間が広がっており、壁に並べられている木造人形に隠れる形でナオの「黒渦」が壁際に浮かんでいた。



――早朝に訪れた時、ナオは全く使われている様子がない木造人形を発見し、その後ろの壁際に空間魔法を発動させて小規模の「黒渦」を設置していたのだ。ナオが発動する際に生み出せる黒渦の射程距離は10メートルが限界だったが、レベルが上昇した事で性能も上がったのか、あるいは一度設置した黒渦の場合は射程距離外に移動しようとナオの意思で消失させなければ永久に残るのか、ともかく彼は朝に残した訓練場の黒渦を利用して使用禁止の時間帯に訓練場に戻る。


「よっこいしょっと……狭いな」


木造人形の背中に隠れるように黒渦を設置して痛め、抜け出すのに苦労はしたが無事に移動に成功する。事前にボールペンを利用して空間魔法の移動法は確かめてはいたが、それでも自分が黒渦に入り込むときは緊張し、無事に自分の部屋から訓練室に移動した事にナオは安心する。だが、重要なのはここからであり、彼は周囲を見渡して明かりになるような物を探す。


「こう暗いと何も見えないな……スマートフォンがあればライトで照らせるのに……おっ?」
『技能スキル「暗視」を習得しました』


訓練室は既に人がいないので証明は消されていたが、ナオが困った風に周囲を見渡していると新しいスキルを習得した画面が表示され、視界の光景が一変する。先程は薄暗くて殆ど周囲の光景を把握出来なかったが、スキルを習得した瞬間に暗視スコープを取り付けたように周囲の光景を確認できるようになった。


「なんで急にこんな……ああ、そういえば職業に向いたスキルなら覚えやすいと言ってたな」


暗視というスキル名の時点で確かに暗殺者向けのスキルだと判断し、あまり気にせずにナオは訓練場に飛び出す。人が誰もいない暗黒空間に不安を覚えないでもないが、ナオは当初の予定を果たすために空間魔法を発動させ、夕食に出されたシチューが入った皿を取り出す。


「よし、ここでいいか」


異空間に収納した物体は時間の概念を受けないので取り出したシチューは未だに覚めておらず、美味しそうな匂いを漂わせる。その直後、周囲から聴覚強化の技能スキルを発動せずとも聞こえる程の物音が鳴り響く。


「お出ましだな……いや、多くない?」
『チュイイッ……!!』


壁に並べられている木造人形の足元から複数の鳴き声が響き渡り、暗闇の中で無数の赤色の光が灯る。それを確認したナオは冷や汗を流し、姿を現した「緑鼠」に対して両手で硬貨を握りしめながら身構える。


「餌に釣られて出てきたな。だけど、そう簡単に食えると思うなよ」


言葉とは裏腹に両手を構えながらナオは後ろに後ずさり、十分な距離を取る。あまりに大きな音を立てると訓練室の外にいる人間に気付かれる心配もあるが、訓練室は広大なので騒ぎ過ぎなければ気付かれる恐れはないだろう。


「チュイイッ!!」
「そこっ!!」
「ヂュイッ!?」


真っ先に更に近づこうとした緑鼠に対してナオは硬貨を弾き、的確に命中させて怯ませる。やはり一撃で絶命までには追い込めなかったが、レベルが上昇した事と熟練度が上昇している事で「指弾」の威力も上昇しており、硬貨を受けた緑鼠がふらつく。


「もう一発!!」
「ヂュウッ……!?」
「チュイッ!?」
「チュルルッ……」


硬貨をもう一度受けた緑鼠が吹き飛び、苦しみ悶えながら倒れこむと、やがて動かなくなる。その光景を確認した他の緑鼠は動揺するが、それでも皿から漂うシチューの匂いに逆らえないのか今度は3体の緑鼠が接近してきた。


「連射!!」
『ヂュイイッ……!?』


今度は複数の鼠に対してナオは硬貨を次々と撃ち込み、的確に迎撃する。それを確認した他の緑鼠達も動き出し、意地でも餌を得るために一斉に襲い掛かる。


『チュイイイイッ!!』
「くそ、やってやる!!」


硬貨の続く限りナオは鼠を相手に撃ち続けた――
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