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3巻

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 バルトロス王国のかげ暗躍あんやくしていた、旧帝国エンパイア最強の魔物使い・吸血鬼ヴァンパイアゲイン。その強敵を、不遇職のレイトが倒してから一か月経った。
 あれから冒険者ランクが上がったレイトは、穏やかな日常を送っている。
 ちょっとした環境の変化があった。
 これまで寝泊まりしていた冒険者ギルドの宿舎しゅくしゃを離れ、一軒家で暮らすようになったのだ。ランクが上がって報酬の多い依頼を受けられるので、月々銀貨一枚くらいなら家賃が払えるようになったのである。
 たしかに高いが、建物の広さを考えれば良心的とも言える家賃だった。
 とはいえ長く人が住んでいなかったので、建物の老朽化は激しい。家の中を歩くだけで、床が抜けるような有様だった。
 ちなみに今は、レイトの錬金術師の力などで修復したので住めるようになっている。


「ふああっ……朝か」

 レイトの朝は、朝食を用意することから始まる。
 お金を節約するため自炊じすいしているのだ。ウルは肉を中心とした料理、レイトは好き嫌いがないので余り物などを適当に食べる。

「今日は久しぶりに魚でも焼くかな。この前、市場で買ってきたし。あ、そうだ! そろそろ庭のオレンの実が熟したかも」

 そう言うとレイトは、庭に視線を向ける。庭には、オレンジのような実をつけた、オレンの木があった。
 レイトは家から出てオレンの木に向かい、その途中で白狼種はくろうしゅのウルに声をかける。

「ウル、おはよう」
「……クォオッ!!」

 犬小屋で眠っていたウルは目を覚まして大きな欠伸あくびをしたものの、そのまますぐに眠ってしまった。
 レイトはウルの頭を軽くなでると、彼を寝かしたまま、庭のオレンの実を採って厨房に向かっていった。


 その後、ウルはすぐに起きてくれ、レイトとウルはあっという間に食事を終えた。
 食後は日課として、冒険者ギルドで依頼を受けることにしている。基本的には一日に一度、依頼を受けていた。
 だが、今日は冒険者ギルドには行かずに、ファス村にやって来た。
 ファス村は、レイトがバルトロス王国の王女ナオと初めて会った廃村だ。ゴブリンの群れに襲われて以来、誰も住んでいない。
 依頼をこなさないときは、レイトはこのファス村の復興作業をしていた。
 というのも、彼はナオにこの村の住民だと偽っており、たった一人の生き残りとして復興作業をすることになっているのだ。ちなみに、そうするように助言したのは、この世界の管理者であるアイリスだ。
 レイトはアイリスに交信し、愚痴ぐちるように告げる。

『なんで、誰も住んでないのに、こんなことしてるんだろう』
『まあまあ、そう言わずに頑張ってくださいよ。今日は村の周囲からやっちゃいましょうか。レイトさんの能力なら、魔物が入ってこないようにすることも簡単じゃないですか』
『そりゃ、そうだけどさ……』

 ファス村を復興させることで、後々レイトに大きなえきが生まれるらしい。アイリスからそう説得されたレイトは、半信半疑ながらも地道に作業を進めていく。
 ひとまず彼は「土塊どかい」の魔法を使い、大きな堀と土壁を村の周囲に生み出した。
 続けて、村の建物に取りかかることにしたが、建物はそれほど被害を受けていなかったので、損傷の激しい家畜小屋を修繕していく。
 スキルだけで修理できない細かいところは、木材を切って大工のようなことをする。作業をしつつ、彼はふと浮かんだ疑問を口にする。

「……これ、絶対に冒険者の仕事じゃないよな」
『そうですね。だけどあとで絶対に役立ちますから、頑張ってください』
「はあ、分かったよ」

 アイリスの返答にため息をつきつつ、作業にせいを出すレイト。
 ちなみに、ウルも手伝ってくれている。彼は魔物がファス村に近づかないようにと周囲を見張りながら、食用の魔物まで狩ってくれているのだ。
 魔物が現れたとき、ウル単独でいけそうなら彼だけで討伐する。もしものときはレイトを呼ぶことになっていたが、ウルが手に負えない魔物なんて滅多にいない。
 家畜小屋の修復が一段落したところで、レイトは呟く。

「ふうっ、小屋はこれくらいでいいだろ。あとは、荒らされた畑をどうするかだな」
『農作物は全部、ゴブリンに奪われましたからね。それに、地面の栄養もだいぶなくなっています。サンドワームを捕まえて飼育するのはどうですか?』
「サンドワームか……ナオ姫が立ち寄れなくなりそうだな」

 アイリスの言う通り巨大ミミズのサンドワームを放てば、土はたがやされてよみがえるだろう。しかしそうなれば、魔物嫌いのナオ姫が村に近づけなくなってしまう。
 そんな心配をしつつ、復興作業にいそしんでいると――


「ウォオオンッ!!」


 突然、ウルの鳴き声が聞こえてきた。
 レイトは作業を中断し、急いでウルのもとに向かう。
 ウルは村の出入り口にいて、村の外を睨みつけるように見ていた。

「どうした?」
「クゥ~ンッ……」

 ウルに合わせて、レイトも視線を移す。
 村に近づいてきていたのは、馬車の一団だった。商団なのだろうか、複数の馬車がすごい勢いで飛ばしている。

「なんだ?」
「ウォンッ!!」

 あきらかに様子がおかしい、そう思ったレイトは「遠視えんし」と「観察眼かんさつがん」のスキルを発動させて、馬車の様子を探る。
 彼の視界に映ったのは、予想外の光景だった。

「なんだありゃ!?」

 馬車の後ろにマンモスのような巨大魔獣がいて、馬車を追いかけていた。
 このままでは馬車が危ない。それに、せっかく直した村まで壊されてしまう――レイトは慌てて交信する。

『アイリス、どういう状況だあれ!?』
『やっと来ましたね、レイトさん、なんとしても馬車の人達を助けてください!!』
『はあっ!?』

 どうやらアイリスは、この事態を予測済みだったらしい。レイトは、アイリスからの突然のお願いに戸惑いながらも従うことにした。
 レイトは両手を地面に添え、補助魔法の「魔力強化」を発動。続いて、「土塊」を発動する準備に入る。
 直後、先頭を走る馬車が勢いよく村に入ってくる。
 馬車から声が上がる。

「お、おい、何をしている!? 早く逃げろっ!!」
「死んじゃうよ~!?」

 レイトは、馬車から聞こえる叫び声を無視して、その体勢のまま彼らに指示する。

「いいから早く入って!!」

 すべての馬車が村に入ったのを見届けると、レイトは迫りくるマンモスのような魔獣に視線を向けた。
 そして、一気に魔法を発動させる。

「『土塊』!!」
「パォオオオオオオオオオッ!?」

 魔獣は、レイトが作り出した大きな穴の中に沈んでいった。巨体ということもあり、ものすごい勢いで沈んでいく。
 ほぼ一瞬にして、身体の半分が大地に呑み込まれた。
 ところが、地面に埋もれた状態でも、魔獣は止まらない。土砂をはね上げながら、突進してくる。

「バオオオオオオッ!!」
「嘘っ!?」

 レイトは戸惑いつつ、魔獣に向けて両手をかざして魔法を発動させる。

「それなら、『氷刃弾ひょうじんだん』!! 『火炎弾かえんだん』!!」


「だめだ、そいつに魔法は……」

 レイトの背後で、馬車に乗っていた何者かが声を上げたが、それをさえぎるように氷の刃と火炎の砲弾が轟音ごうおんを立てて放たれる。
 しかし、魔法が魔獣に衝突した瞬間――それらは霧散むさんしてしまった。
 魔獣は何事もなかったかのように、地面を掻き分けて前進しようとしている。呆然とするレイトに、アイリスが助言してくる。

『そいつはマモウと呼ばれる魔獣です。獣人ビースト族の領土にしか生息していないはずなのですが……それはともかく、マモウの毛皮には魔法のたぐいは効果が薄いんですよ!』
『は!? そんなこと言われてもどうしろと!?』
『マモウの弱点は眉間みけんです。眉間が一番毛皮が薄くて攻撃が通りやすいんです』
『なるほど。いつも適切なアドバイスをありがとう』
『いえいえ』

 アイリスと交信を終えたレイトは、背中の大剣――退魔刀たいまとうを引き抜く。
 そして「重力剣じゅうりょくけん」を発動させ、刀身に紅色の魔力をはしらせた。さらに、補助魔法の「筋力強化」を発動して身体能力を上昇させると、そのまま一気に駆け出す。

「はああっ!!」
「ウォンッ!!」

跳躍ちょうやく」のスキルを発動して飛び出したレイトに、ウルが続く。
 地面から抜け出そうとするマモウに、突撃するレイトとウル。レイトはマモウのひたいに大剣の切っ先を向けつつ、ウルに声をかける。

「ウル!!」

 ウルの牙がマモウの額に傷をつけた。

「ガアアッ!!」
「パオオッ!?」

 それが目印めじるしとなり、レイトは迷わずに大剣を向ける。そして「刺突しとつ」と「撃剣げきけん」を組み合わせた、最近覚えた新たな複合戦技ふくごうせんぎを発動させる。

「『刺衝突ししょうとつ』っ!!」
「パギャアアアアアアッ!?」

 マモウの額に大剣が突き刺さった。大剣は毛皮を貫通し、頭部に深く刺さっていく。きっとマモウの脳にまで達しているだろう。

「お、おおっ……!!」
「すご~いっ!?」

 その光景を見ていた馬車の中にいる者達から歓声が上がる。
 レイトは、マモウが動かなくなっているのを確認して大剣を引き抜く。そして安堵あんどの息を吐くと、大剣を背中に戻した。
 ウルがレイトに駆け寄ってくる。

「ウォンッ!!」
「よしよし、よくやったぞ」
「ペロペロ」
「うぷぷ、顔を舐めるな」

 ウルを褒めてやり、レイトは仕留めたマモウに視線を向ける。そして、あとでマモウを解体しようと考えつつ振り返ると――
 馬車の中にいた者達がレイトに駆け寄ってくる。

「き、君、大丈夫か?」
「よ、よく、こんな化け物を……」
「すっごく格好良かったよ~」

 彼らは、金髪ととがった耳が特徴の森人エルフ族だった。
 森人エルフ族達は口々にレイトをたたえるが、一人だけ警戒を解かず、腰の武器に手を伸ばしてレイトを睨みつける青年がいた。
 青年がレイトに向かって告げる。

「助けてくれたことには礼を言う。だが、なぜ人間が白狼種を従えている? お前、魔物使いなのか?」
「え? いや、この子は俺の家族です」
「ウォンッ!!」

 レイトとウルが返答すると、青年はさらに表情をゆがめた。
 緊迫した空気が流れたその瞬間、レイトと同世代くらいの森人エルフ族の女の子が駆けてきて、勢いよくウルに飛びつく。

「うわ~、すごく可愛いね~」

 女の子はそのままウルを抱き寄せ、その毛並みをなで回している。そして、年齢のわりに豊かな胸に、ウルの顔を押し当てた。

「よしよし……」
「フガフガッ……!?」

 大きな胸に押し潰され、苦しそうにするウル。
 レイトは、女の子に向かって申し訳なさそうに言う。

「あ、あの、うちの子が困ってるんですけど……」

 すると、周囲の森人エルフ族達も慌て出した。

「ひ、姫様!! そのようなけがらわしい魔獣に触れてはなりません!!」
「え~、大丈夫だよ?」
「……姫?」

 レイトが聞こえてきた「姫」という言葉に首をかしげていると、先ほどレイトに因縁いんねんをつけてきた青年が声を荒らげる。

「おい、人間よ!! いつまで姫様の前で突っ立っている!! 早くひざまずけ!!」
ひざまずけって」

 レイトと青年の間に再び緊張が走る。
 一方、姫と呼ばれた少女は、ウルをでるのに夢中になっていた。

「本当に可愛いな~。この子欲しい」
「ウォンッ……」
「あ、あの、うちの子が困ってるんですけど……」

 レイトがさっき言ったばかりの台詞を少女に向かって口にすると、森人エルフ族の青年がさらにキレ出した。

「おい、聞こえなかったのか!! 姫様に早くひざまずけと言っているんだ!!」

 周囲にいた年長の森人エルフ族達が、青年を止めにかかる。

「まあまあ、落ち着いてください、ライコフ様。彼は、我々の命の恩人なんですから」

 周りが慌ただしくなったことで、少女も異変に気づいたらしい。ようやくウルを解放した。
 そして、レイトに向かって頭を下げる。

「あ、ごめんね!! 私、可愛い生き物を見るとどうしても暴走しちゃって……さっきは助けてくれてありがとう!!」
「はあ……」
「クゥ~ンッ」

 ぐったりした様子のウルが、レイトのもとにのろのろとやって来る。
 ほかの森人エルフ族達も少女に合わせて、レイトに頭を下げた。

「助かりました、人間の方よ。あなたのおかげです。我々はともかく、姫様の命をお助けいただき、ありがとうございます」

 レイトは困惑しつつも、疑問に思ったことを尋ねる。

「でも、いったい何があったんですか?」
「それは……」

 困惑して口ごもる森人エルフ族を遮り、ライコフが怒鳴る。

「ちっ、いい加減に立場をわきまえろ、人間がっ!! 我々はヨツバ王国の使者だぞ!!」
「……ヨツバ王国?」

 急に怒鳴られたことはさておき、「ヨツバ王国」というのは、レイトが初めて耳にする国名だった。さっそく彼はアイリスに確認する。

『ヨツバ王国はアトラス大森林の中にある国で、森人エルフ族の国家として認識されています。このバルトロス王国から相当離れた所にありますね。彼の言う通り、彼らはヨツバ王国から派遣された使者で、女の子はお姫様で間違いありません。王都に行く前に冒険都市ルノに立ち寄り、間もなく開催される予定の狩猟祭しゅりょうさいに参加しようとしていたみたいですね』

 とにかく彼らが使者で、目の前の少女が姫というのはたしからしい。
 ちなみに狩猟祭というのは、冒険都市で行われる魔物狩りの祭典で、冒険者達がその腕を競い合うイベントである。
 ライコフの言いなりになるのはしゃくさわるものの、姫に対して礼儀を見せるため、レイトがひざまずこうとしたところ――
 少女がレイトに急接近してくる。

「ねえねえ、もしかして人間の魔物使いさんなの? 私、こんなに綺麗きれいな毛並みのおおかみ、初めて見たよ~。大切に育ててるんだね!!」
「うわっ……」
「ひ、姫様、いけません!! そのような汚れた男に触れるなど……」

 驚くライコフを無視して少女は、レイトの腕に抱きついた。レイトはあまり女の子と関わったことがないので動揺してしまう。
 慌てたライコフが二人を引きがそうとするが、ウルが前にいて近づけない。

邪魔じゃまだ!! 狼がっ!!」

 ライコフがそう怒鳴ってウルの頭を叩いた瞬間、ウルは反射的に牙をく。

「ウォンッ!!」
「うわっ!?」

 怯えた表情を浮かべ、尻もちをつくライコフ。
 周囲の森人エルフ族がライコフのもとに駆け寄るが、恥をかかされたことで頭に血が上ったライコフは、寄ってきた森人エルフ族達を突き飛ばす。
 ライコフはイライラしたまま立ち上がり、腰に差していた剣を引き抜く。

「この魔獣がっ!!」
「あ、だめっ!?」

 ウルをかばうようにその間に入ったのは、少女だった。

「ウォンッ!?」
「姫様!?」

 森人エルフ族は悲鳴を上げ、ライコフも下ろした剣を止めようとしたが――その前に、レイトがライコフの腹に蹴りを放つ。

「おらぁっ!!」
「がふぅっ!?」

 ライコフが派手に吹っ飛ばされていく。

「ラ、ライコフ様ぁっ!?」

 森人エルフ族達が右往左往うおうさおうしながら、ライコフのもとに駆け寄る。
 ライコフは、腹を押さえたまま地面に横たわっていた。少女はその光景を見て、何が起きたのか理解できずにポカンとしている。
 ウルは少女のもとを離れ、レイトの所へ移動する。

「クゥ~ンッ」
「よしよし……頭を叩かれて痛かったんだな」

 レイトがウルの頭をなでていると、ライコフが剣を支えにして立ち上がり、怒声を上げる。

「き、貴様……よくもこの僕に手を出したな!! 殺してやる!!」
「落ち着いてください、ライコフ様」
「そうです、それに、さっきあなたの剣をあの少年が止めなければ、姫様は傷を負っていたかもしれません。あなたは、自分の婚約者を傷つけていたのかもしれないんですぞ」
「黙れ! 汚らわしい人間ごときがっ!! この僕に歯向かったんだぞ!! 殺してやる!!」

 周囲の森人エルフ族達の制止も聞かず、興奮したライコフが、剣を振り上げようとすると――

「もうやめてっ!!」

 少女は我慢できずに声を上げた。
 そうして彼女は前に出ると、ライコフに対して威厳いげんを持って告げる。

「今のはライコフ君が悪いよ!! だからこの人にちゃんと謝って!! これは命令だよ!?」
「うぐっ!?」

 さらに、周囲の森人エルフ族達も続く。

「ライコフ様!! 姫様のお言葉に逆らう気ですか?」
「く、くそぉっ……!!」

 ライコフは剣を手放したものの、憎々にくにくしげにレイトを睨みつける。しかし、ほかの森人エルフ族に促され、屈辱くつじょくの表情を浮かべながら頭を下げた。
 少女がレイトに頭を下げる。

「ごめんなさい!! ライコフ君が乱暴なことしちゃって」
「いや、別にそこまで謝らなくても……ウルも許してあげるよね?」
「ウォンッ!!」
「本当にごめんね。あ、そういえば自己紹介がまだだったよね? 私はティナだよ!!」

 少女はそう言うと、にっこりと笑みを浮かべた。
 ライコフはその間中、レイトを睨み続けていたが、レイトはそれを気にすることなく、ティナに話しかける。

「ティナ王女
「えっ!? ふ、普通に、ティナでいいよ?」
「じゃあ、王女様ということで……それで、王女様はどうしてここに?」

 レイトがそう尋ねると、森人エルフ族の男が割って入ってくる。

「それは、私が説明しましょう。実は我々は――」

 彼から、森人エルフ族の王族がこの場にいる経緯を簡単に説明される。それは、先ほどアイリスが教えてくれたことそのままで、冒険都市ルノに向かう途中でマモウに襲撃されたとのことだった。
 説明を聞いている間、レイトはふと彼らの馬車に視線を向ける。馬車には、森人エルフ族の象徴である大樹の紋様もんようが刻まれていた。大量の木箱が積まれていたが、どうやらそれらはバルトロス王国への贈り物らしい。
 森人エルフ族の男が説明を終えると、彼がティナに向かって言う。

「姫様、そろそろ冒険都市に向かいましょう。狩猟祭の開催日までは大人しくするという約束ですぞ」
「う、うん……じゃあね、ワンちゃん」
「ウォンッ!!」
「ワンちゃんは嫌なようなので、ウルと呼んでください」

 レイトがウルの気持ちを代弁してあげると、ティナは申し訳なさそうにする。

「そうなの? ごめんね、ウルちゃん……また会えるかな?」
「俺もウルも冒険者ギルドの『黒虎くろとら』に所属しています。ウルに会いたくなったら、ギルドに訪ねてきてください」
「本当に!? 約束だよ、絶対に遊びに行くからね!!」

 ティナはそう言うと、笑みを浮かべた。
 その後、ティナはほかの森人エルフ族とともに馬車に乗って去っていった。ティナは何度も手を振っていたが、ライコフは最後までレイトを睨みつけていた。


 その後、レイトはマモウの死骸しがいと向き合う。
 久しぶりに彼は、素材回収を行うことにした。

「さすがにこれだけ大きいと、全部の素材は剥ぎ取って持ち帰れないよな。だけど、毛皮は何かに使えそうだからな。ウルも手伝ってよ」
「ウォンッ!!」

 巨体のマモウを、彼らだけで運び出すのは不可能だ。ひとまず欲しい分だけ回収し、残りは冒険者ギルドにたくすことにした。
 レイトはマモウの肉を手に取って呟く。

「こいつは食べられそうだな。まさか、マンモスの肉が食べられる日が来るとは思わなかったよ。まあ、マンモスじゃないけどね。余分に切り取った分は、ほかの村にも送ろうかな」
「ウォンッ!!」
「それにしても、なんでマモウがこの地方に来たんだろう。獣人ビースト族の領土にしか生息していないのなら、誰かが連れきたのかな」

 レイトがそう呟くと、アイリスが反応する。


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