種族統合 ~宝玉編~

カタナヅキ

文字の大きさ
上 下
664 / 1,095
英雄編

聖剣の限界

しおりを挟む
「ううっ……痛いです」
「お前に涙目で見つめられたところで何とも思わない」
「酷いっ!!」


レノは渾身の鉄拳をアイリィの頭部に叩き込み、彼女の頭に漫画のように膨れ上がったタンコブが生まれる。この目の前の科学者(マッドサイエンティスト)が余計な事を仕出かさなければそもそも「魔族侵攻大戦」すらも引き起こさなかった可能性すらあった。


「けど、私のお蔭であの馬鹿女は勘違いして未だに封印の解除には膨大な魔力が必要だと思い込んでいるんですよ?それにどちらにしろ、あの女はお姉さまの身体を復活させるためにも相当量の魔力を必要としていましたから、結局のところは魔力を掻き集める行動は起こしていたはずです」
「それはそうだけど……今の問題はリーリスがこの事実に気づいたらどうする?」


実際、前回の闘人都市の襲撃の際にリーリスが地下深くに眠っているシェルターを掘り起こしていた場合、流石に異変に気付くはずだ。1000年以上もの間を苦労して収集した魔力が必要ない事を悟り、怒り狂って掻き集めた膨大な魔力を利用して暴走する可能性もあった。


「大丈夫ですよ。あのシェルターはそう簡単に掘り起こせない様に全盛期だった頃の私が色々な封印を施したんですよ?いくらリーリスがお姉さまの肉体に憑依したとしても、封印を解除するのには時間が掛かります」
「……まあ、それはいいとして結局、事情を知らないあいつらはこれからもずっと魔力を収集させる儀式を続けるんじゃないの?そうなると、一体どれだけの被害が生まれると思ってるんだ?」
「うっ……そこを突かれると痛いですね」
「鳳凰学園では数百人の生徒が魔力枯渇で死にかけた……混乱を引き起こすために腐敗竜やバジリスクを呼び出したし……最初の剣乱武闘でもミキが犠牲になった……そして今度はフェンリルを復活させようとしている」
「しょ、しょうがないじゃないですか!!私だってこんな事態に陥るなんて考えてもいませんでしたよ!!でも一応は謝っておきます。ごめんなさい!!」


机に額をぶつけるぐらいにアイリィが頭を下げ、その光景にレノは深い溜息を吐く。何だか、今までに起きた全ての不運な物事が彼女の迂闊な行動によって引き起こされたのではないかと思ったが、言われてみれば彼女もリーリスによって肉体を奪われた被害者なのだ。一方的に責められる立場とは限らない。


「……本当に封印は解けないのか?」
「少なくとも、今のリーリスでもシェルターを回収するのは難しいはずです。それに建造物の素材はカラドボルグの全力攻撃すらも跳ね返しましたから、そう簡単には中身は奪われないと思いますが……1つだけ大きな懸念があります」
「ああ……なるほど」


彼女の言いたいことが分かり、レノは頭を抑える。「漆番目」の宝玉が封印されている世界で最も硬度の高い特殊合金で覆われているシェルターであろうと、あるダークエルフが所持している世界最強の槍であれば、空間ごと消滅させる事でシェルターを破壊出来る。


「……ホムラならシェルターを破壊出来るんだな」
「正確に言えば、彼女が所持している魔槍(ゲイ・ボルグ)です。そう簡単には奪われないと思いますけど、あの女が何らかの方法でホムラさんから槍を取り戻したらやばいです。冗談抜きで世界は終わりです」
「どちらにしろ、ホムラを倒さない限りは聖痕も手に入らないしね……というか、気になってたんだけど、どうしてあの槍が地下迷宮の第三階層に封じられていたんだよ?」


今までの話から察するにリーリスが随分と地下迷宮の三階層の生物達を恐れている事は分かったが、どうしてわざわざ強力な武器である「魔槍(ゲイ・ボルグ)」をわざわざあんな場所に封印したのか。


「ああ……あれを封印したのはリーリスじゃなくて私ですよ。あの女が巨人族の宝玉を破壊した時に大爆発に巻き込まれて、しばらくの間は活動できない状態に陥りました。その後にも色々あったようですけど、あいつが私の身体からお姉さまの身体に乗り移った時、その隙を付いて私は生霊と化して抜け出したんですよ。その時に色々とありまして、私はどさくさに紛れてゲイ・ボルグも序に盗み出しました」
「宝玉を破壊……」


以前に学園に通っていた頃にクズキの歴史の授業で聞いたことがあり、巨人族は嘗ては魔法を扱える事が出来たのだが、魔王の手によって魔法の力の源である宝玉を破壊され、それ以降は一切の魔法を発現出来なくなった。


「あの馬鹿女、無闇に宝玉を破壊したせいで宝玉の大爆発に巻き込まれて危うく死にかけたんですよ?しかも、センチュリオンと魔人族をほったらかしにして、自分だけは安全な場所に隠れて、身体の再生のために活性化の時期を狙って数百年の間も眠ろうとしたんですよ。そのお蔭で私もあいつの肉体から抜け出して、側近のデュラハンに憑依して、腹いせに魔槍も持ち逃げしたんです。その時に偶然に聖痕も世界中に散らばっちゃったんで、あいつは後できっと発狂してましたよ」
「色々と凄いな……というか、それなら魔槍でその時に止めをさせばいいじゃん」
「いや、一応はあれも特別な武器ですからね?聖剣のように認められた人間以外には扱えない仕組みなんですよ。ホムラさんは何故か使いこなしてますけど、まあ、あの人の場合は規格外なんで……」
「何故か納得」


となると、今後はリーリスがホムラと接触する前に彼女との決着をつけねばならない。しかし、成長した今のレノでもホムラに勝てる保証はない。相手は世界最強のダークエルフであり、さらに言えばどんな存在も消滅させる魔槍を装備している。レノもエクスカリバーを所持してはいるが、それでも分が悪い。



――だが、何時までも逃げているわけにはいかない。レノは決心したように頬を開き、いい加減に長い因縁に決着をつけるために勝負を挑むことを決意する。



「話が随分と長引きましたけど、これが私が今までに隠していた情報の全てです。これ以上の事は本当に何も知りませんし、尋ねられても答えられるかは分かりません」
「リーリスの弱点とかは知らないの?」
「……そうですね。あの女も元々は悪霊、いえ霊魂に近い存在ですから、もしかしたら聖属性の攻撃が弱点かも知れません」
「あいつの親類だと思われるスライムや分身は教会側の人間に憑りついているんですけど」


レノの脳裏に聖導教会でセンリや教皇に乗り移った黒色のスライムや、聖属性の力を宿しているはずのナナがリーリスの分身に乗り移られていたことを思い出すが、彼女は首を振る。


「リーリスはあくまでも霊魂に近い存在というだけで、実際に死んでいるわけじゃありませんからね。悪霊なら聖属性の力で浄化できますけど、どちらかというと意思を持ったガス状の生物という想像(イメージ)が近いですし、憑依するだけならどんな人間だろうと乗り移れますよ」
「それじゃあ手の打ちようがないじゃん……」
「そうでもありませんよ。あの女、いえ生物が他の人間に乗り移る際は隙だらけです。誰かの身体に乗り移る前に聖属性の攻撃を加えれば一撃で死んでしまいます。誰かに憑依しなければ雑魚同然ですから」
「そうなの?」


言われてみれば先ほどの話ではリーリスも地下迷宮の地下3階層の生物であり、元々は力の弱い魔物であり、誰かのお零れが無ければ生きていけないほどにか弱い存在だと言っていた。そう考えると少しだけ気が楽になる。


「ですけど、今のあいつが憑依しているのは歴史上でも間違いなく、最強の英雄であるお姉さまの肉体です。例え、私が全盛期の力を取り戻しても勝てる保証はありませんよ」
「うえっ……」


ホムラだけでも手一杯にも関わらず、この上にリーリスとの戦闘対策も考えねばならない事にレノは顔を顰め、こんな時にクズキやムミョウのような頼りになる人間が傍にいない事が残念でならない。このような事態になるなら放浪島の施設でベータに頼み込んで強力な武器でも拝借しておくべきかと考えたが、そんな物があるのならば彼女も施設内に侵入したあの化け物を当の昔に駆逐しているはずであり、そう上手くはいかない。


「はあっ……せめて、カラドボルグが使えればなぁ……」
「あ~……その事なんですけどね」


少し言いにくそうにアイリィは頭を搔きながら深いため息を吐くと、


「実は……私のカラドボルグもそろそろ限界を迎えそうです」
「限界?」
「ぶっちゃければ、今までに酷使しすぎたせいで剣その物が痛んで、修復不可能な状態にまで陥ってます。ここ数年で何度も使用出来たのが不思議なくらいです」
「……どういう事?」



――アイリィによれば、彼女の造りだしたカラドボルグは1000年という時を迎えた事で限界に近付いており、あと何度も使用しないうちに刀身が砕けて修復は不可能らしい。しかも、同じ物を造り上げようとしても必要な鉱石や素材が現代の時代では既に入手できず、複製する事も不可能だという。



つまり、カラドボルグはあと数回使用すれば粉々に砕け散り、さらに前回のレノが成し遂げた巨大隕石を破壊するほどの威力は望めない。最悪の場合、あれほどの威力を無理に引き出した場合、数回とは言わずに一度目で限界を迎える可能性が大。



「……俺のせいなのか?」
「違います。元々、この剣自体が寿命を迎えようとしてるんですよ。だから、そんなに悲しい顔をしないで下さい」


気付けばレノはまるで子供が涙を我慢しているような表情を浮かべており、今までに色々とあったが、カラドボルグのお蔭で彼は何度も窮地を脱し、生き残る事が出来たのだ。そんな、命の恩人にも等しい聖剣が終わりを迎えるという話に衝撃を隠す事は出来なかった。




※一応はフォローするならば、アイリィが「宝玉」に関する資料を差し替えていなかった場合、リーリスはすぐにも地下深くの封印を解き放ち、長い時を掛けてシェルターを破壊する方法を見出し、自分の目的を達成していました。

彼女が宝玉の力で旧世界の時代まで遡った場合、歴史の改変によって現在の時間軸は無かったことにされてしまうため、世界は消失してしまいます。そう考えたとしたらアイリィがやったおふざけも決して無意味ではありません。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:362pt お気に入り:8,127

シモウサへようこそ!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:92pt お気に入り:335

冷遇ですか?違います、厚遇すぎる程に義妹と婚約者に溺愛されてます!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:866pt お気に入り:8,885

新宿アイル

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:138

処理中です...