種族統合 ~宝玉編~

カタナヅキ

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魔王大戦編

非常な決断

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「……やはり、僕は彼女の事を信用できない。従うように見せかけて、本当は逃げ出す算段じゃないのか?」
「なんだと?」
「はいはい、喧嘩しないで下さいね~」


アルトの言葉にホムラが凍てつくような鋭い視線を向けてくるが、アイリィは2人を宥めながら一枚の羊皮紙を取り出し、契約書らしき文章が書きこまれている。


「ホムラさんにはこの契約書に署名してもらいます。そうすれば彼女が逃げ出したり、あるいは裏切ろうとした場合は心臓が砕け散る術式が発動する仕組みです」
「怖っ」
「アイリィ様……貴女は本当に英雄だったのですか……?」


センリが疑惑の視線を向けてくるが、アイリィは素知らぬ顔で羊皮紙をアルトに手渡して内容を確認させる。この羊皮紙も魔道具の類であり、名前を書き込んだ者を怨痕のように縛りつける制約が発動する。ちなみに先代の国王が六種族同盟のために用意した契約書と同じ素材である。

このような書面に書き込まれた内容を順守させる魔道具は滅多に存在せず、一度名前を書き込んでしまえば反故は不可能であり、契約書の内容を果たさなければならない。どちらかというと死霊使いなどの裏稼業の人間が多用する魔道具であり、ホムラであろうと逆らう事は出来ないが。


「……この最後の文章に「アイリィ様の奴隷として過ごします」という文章は必要なんですか?」
「おい」
「ちっ……余計な事に気が付きますね」


全員がアイリィに白けた視線を向け、彼女は面倒気に消しゴムを取りだして羊皮紙の最後の文章だけを消し、(署名する前は内容変更も可能)、もう一度アルトとセンリに確認させ、2人は考え込む。


「……出来れば王国と聖導教会には今後一切手出しをしないという内容も追記してくれませんか?それならば僕たちも信じられるのですが……」
「それは難しいですね。こういった書類の魔道具はあんまりにも複雑な内容を書き込むと、効果が薄れてしまうんですよ。だから、基本的には三つのお願い事を書き込むのが無難です」



――書面の内容は「フェンリルの討伐」次に「何が起ころうと逃走しない」最後に「何が起きようと決して裏切らない」の単純な三つの内容しか書き込まれておらず、しかも文章には「33日間のみ有効」という期間限定の内容まで書き込まれている。



「この33日間という文は必要なのですか?」
「期間限定にする事で魔道具の拘束力を強めているんです。仮に生涯従えという内容の場合、かなり拘束力が弱まって、違反した場合でもせいぜい少し苦痛を与えるだけで死には至りませんね」
「制約と契約か……」
「こらこらっ」


どこぞの漫画で見覚えのある法則だが、逆にアルト達の間ではこの契約書の信憑性が上がり、都合よく相手の言う事だけを聞かせる内容よりは胡散臭くはない。


「だが、この内容だと彼女がフェンリルを討伐した後に僕らに復讐のために動いた場合は?」
「その時は自力で何とかしてくださいよ。貴女には頼りになる女騎士がいるじゃないですか」
「リノンか」
「貴方ですよ貴方」


アイリィは素手惚けるレノの頬に指を突き付け、確かに世界でもホムラに対抗できる力を持っているのはレノだけだろうだが、それでも易々と彼女を許すわけにはいかない。


「……おい」


不意にホムラが声を挙げ、彼女は鎖と手錠で拘束されているにも関わらず、いつも通りの不遜な態度で足を組み、アルトに向けてある提案を告げる。


「そんなに不安なら、私と取引をしろ」
「取引……だと?」
「貴女という人は……自分の立場を分かっているのですか?」


拘束されている状態にも関わらず、何時までも偉そうな態度を取り続けるホムラにセンリが睨み付けると、


「ふんっ」


バキィイイッ!!


あろう事か、ホムラは身体を拘束する鎖を力ずくで破壊し、その場に無数の鎖の欠片が飛び散る。誰もがその光景に驚愕し、一方で飛び散った鎖の欠片に激突したポチ子とコトミが「わうっ!?」「うにゃっ?」と声を挙げて目を覚ますが、二発目の欠片が額に激突し、またもや気絶してしまう。


「なっ……!?」
「馬鹿なっ!?」
「ちょ、それ特殊合金で造られてるんですよ!?」
「うわぁっ……」


ホムラは手錠を掛けられたまま、身体に張り付けられた無数の吸魔石を引き剥がし、そのまま地面に転がす。すぐにアイリィは彼女の身体に取り付けた吸魔石が全て機能していない事を悟り、馬鹿げた話だが、魔力を吸収し過ぎて吸魔石の方が壊れてしまったのだ。


「ちっ……こいつは壊れないか」
「流石にそれを壊したらもう人とは認めませんよ……」


流石のホムラもミスリルで製造された手錠の破壊は不可能らしく、それでも両手以外の部分は解放されたことになり、センリは杖を構え、レノも戦闘態勢に入ろうとするが、


「安心しろ。今はお前たちに危害を加えるつもりはない」


そのまま彼女は椅子に座り込み、机の上に放置された羊皮紙を掴み取り、二つ目と三つ目の文面を確認すると、


「この部分の内容は消せ。私は逃げないし、裏切るつもりはない。一度約束したことは必ず守る」
「本当でしょうね……」
「おい、動きにくいから離れろ」


彼女はレノの隣にしがみ付くアイリィに羊皮紙を突き付け、机の上に置かれたペンを掴み、


「その代わりにそこの男に約束させろ。私をあの島に送り込むと」
「何?」
「あの男だけは私が殺す……全てが終わった後にあの島に私を送るのなら、契約書に署名してやる。何なら、今後はお前たちに手を出さない事も約束する」
「どういう心変わりですか?それに貴女、独自の移動手段を持ってるんじゃないんですか?」


以前にアイリィがレノとカラドボルグの回収の際にホムラは放浪島に訪れており、彼女の話では地上と放浪島に繋がる転移魔方陣の居場所を知っているはずだが、彼女は首を振る。


「私が知っている場所は既に転移魔方陣が破壊されていた。恐らく、あの女の仕業だろう。今の私はあの島に渡る術はない」
「嘘は言っていないようですね……」
「だが……幾ら何でも殺人を行うと宣言する人間を送り込むわけには……」


アルトとしては別に放浪島に存在する老人との面識はないが、それでも堂々として殺害宣言を行うホムラを放浪島に送り込むのは躊躇する。いくら世界の命運が掛かっていると言っても、人の命を天秤に掛けるような選択など避けたいが、


「別にそんなに深く考え込む必要は無いんじゃないんですか?1人の囚人を犠牲にすれば数百万人の人間の命が保証されるんですよ?」
「アイリィ様、そう言う言い方は……!!」
「綺麗事だけで生き残れる世の中じゃないですよ。人の上に立つというのは、時には非常の判断を下さないといけない時もあるんです」


まるで体験したかのようなアイリィの口ぶりにアルトは黙り込み、決断を迫れられる。仮に彼が物語の主人公だとしたら、きっと三つ目の選択肢を見つけ出して最良の結果を生み出すのだろうが、生憎とこの世界は現実であり、1人の命を犠牲にすれば確実に強大な戦力が入手できる。


「しかし……!!」


自分の判断で確実に1人の人間の命が失われることにアルトは葛藤し、助けを求めるように周囲に視線を向けようとするが、すぐに思い直す。最終的な判断を下すのは結局は彼であり、他の者を巻き込んで責任転嫁を押し付けるような真似をしたくはない。


「早くしろ。私の気が変わる前に」
「どっちの立場が上なのか分かりませんね……」


本来ならば捉われているホムラが不利な状況のはずだが、場の流れは完全に彼女が支配しており、アルトは意を決したように顔を上げ、


「……分かった。君がフェンリルの討伐に成功した場合のみ、あの島に送り届ける事を約束しよう」


国王として初めての非常な決断を下した。
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