種族統合 ~宝玉編~

カタナヅキ

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魔王大戦編

魔王対策会議

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予想よりも早くフェンリルが出現し、さらには1万を超える魔物と魔人族の大軍が闘人都市に向かっている情報に対し、王国軍は緊急対策会議を行う。城塞都市の王城「ホワイト・ベル」の第一会議室には王国全土から集められた将軍や重臣が集まり、その中には大将軍のテラノ、レミア、カノンの姿にテンペスト騎士団の団長ジャンヌ、さらには聖導教会から派遣された聖天魔導士センリの姿も見られる。当然、雷光の英雄と呼ばれるレノも参加しており、何人かが彼に視線を向けてくる。


「では……まずは事の経緯から教えて貰おうか」


アルトは目の前に広がるこの国を支える重要な人材を前にすると、少し緊張気味な彼に対して隣にはソフィアの姿に変装(体型を変化させ、髪の毛の色も染めた)したアイリィも立っており、事情を知らない者はアイリィの変装に気付かず、レノとソフィアが同一人物だとは知られることはない。

この会議に彼女がわざわざ変装してまで参加したのは、流石に一民間人として過ごしているアイリィが王国の存亡の危機に関わる会議に出席できる訳が無く、仕方なくアルトの専属騎士という役職を入手したソフィアに化けて参加したのだった。

本来ならばこの席には獣王やダンゾウ、レフィーアも参加するべきなのだろうが、彼等は彼等で自国の領土を守る必要があり、支援は拒まないが正面から魔人族との衝突は避けたい。相手は間違いなく六種族の中でも最強を誇る戦力であり、幾らバルトロス王国が大陸の中では一番の規模を誇る大国と言えど、油断はできない。


「……今から4時間ほど前、国王が聖導教会に赴いていた頃にフェンリル出現地域に見張りを行わせていたテイル将軍から連絡が届いたのが始まりですな。唐突に平原地帯に巨大な魔方陣が浮かび上がり、地中から謎の巨狼が姿を現したと報告が届き、こちらが今現在の映像です」
「これは……」
「……眠っているのか?」


会議室の中央には巨大なミラークリスタルが設置されており、鏡を想像させる魔水晶から映像が流し込まれる。そこには巨大な巨狼が平原に存在し、巨体は身動き一つ行わず、瞼を閉じたまま全く動かない。


「魔方陣から出現したと思ったら、以後は何の反応も起こさずに立ち尽くしたままです。接近した兵士によると寝息らしき様な音を立てているという報告がありますが……」
「生きているのかこれは……」
「このままの状態で封印術を施せばよいのではないのか?」
「しかし……」
「結論を急がないでくれ。もう1つの問題はどうなっている?」


フェンリルの議論が始まるのをアルトは制止し、もう一方の問題を尋ねる。こちらの方が優先度が高く、会議室のミラークリスタルの映像が切り替わる。


「……こちらが隠密部隊による魔人族と魔物の進行状況です」
「これは……」
「なんという悪夢だ……」


撮影している映像は崖の上から撮影されているのか、緑が全くない岩石地帯が映し出され、無数の魔物と魔人族の姿が映し出される。その数はミラークリスタルの映像では全体が捉えきれず、中には地下迷宮のキング・ゴーレム級の大きさの個体もちらほら確認される。

その行列の一番先頭には先の闘人都市で撃破したはずの魔人王の姿があり、外見は瓜二つだが鎧から見える瞳の色は青く、首なしの黒馬に乗りながら移動している。その速度は大軍として動いているため遅いが、それでも2日後には闘人都市に到着すると予想されている。


「ああ……何故、次から次へと我々だけにこんな事が起きるのだ!!」
「魔人王は闘人都市で死んだのではないのですか国王!?」
「そもそも、ハーフエルフなどを専属騎士に抜擢するなど何を考えて……!!」
「たわけ共がぁっ!!今はそんな事どうでも良いわ!!」


騒ぎ出そうとした文官たちをテラノが一括し、彼の気迫に全員が黙り込む。今為すべき事はこの魔人族の大軍とフェンリルの対応であり、言い争っている暇などない。


「……どうしますか国王?やはり、他の種族から援軍を求めるしか……」
「そ、そうですぞ!!こういう時のための四種族同盟ではないのですか!?」
「既に書簡は送っているが……あまり期待は出来ない。敵の動きが早すぎる」


獣王が健在の獣人族からは援軍は期待できるが、巨人族に関してはダンゾウが回復の兆しが見えず、代理の者が応対したがあまり協力は期待出来ない。レフィーアに至ってはソフィアの専属騎士の昇格の件を黙っていたことが気に喰わないのか返事がない。

バルトロス王国の軍事力は間違いなく大陸一ではあるが、1万を超える魔人族と魔物を相手にするなど歴史上始めてであり、判断を誤れば大敗は免れない。現時点で闘人都市に動かせる兵士の数は10万人であり、数の上ではこちらが圧倒的に思えるが、相手はゴーレムやオーガなどの厄介な魔物を従えており、幾ら人数を揃えようが不安を隠せない。

そして事前に計っていたように一時期は収まっていたはずの魔物の活性化が再度発生し、今までは30人の勇者達に任せていた国境から連絡が届き、早急に鎮圧のための兵士を送らなければならない。恐らくは他の種族の間でも同じような案件が勃発しており、それも相まって彼等は援軍を送れない節もある。


「魔人族の正確な数は3000名、魔物の総数は7000を超えると考えると……こちらとしては戦力を出し惜しみしている暇はないな」
「やれやれ……儂が出向くしかないようですな」
「テラノ大将軍……しかし、前線を離れた貴方が……」
「ふぉっふぉっふぉっ……安心して下され。歳を取ったとはいえ、まだまだ若い者には負けん」


テラノはアルトに対して口元に笑みを浮かべるが、その瞳は笑っておらず、力こぶを作る。老齢からは考えられぬ太い両腕を見せつけ、アルトは失言だったと謝罪する。


「1万の大軍か……なら、俺も将軍に着いて行こうかな」
「おおっ……雷光の英雄殿が一緒とは心強い」
「じゃあ、私はフェンリルの方に行きましょうかね」


レノが将軍に同行する事に会議室の将軍たちに喜色が浮かんだ途端、ソフィアに化けたアイリィの発言に驚きを隠せない。


「その、ソフィア殿と言ったか?貴殿はあの怪物を相手に何をするきだ?」
「ぶっ殺すに決まってるじゃ……失礼、討伐します」


口調も合わせろとばかりにレノに睨まれてアイリィは言葉を正し、その発言に会議室の皆が疑惑の視線を向けてくる。レノとソフィアが同一人物であることを知っているのは、この場にはジャンヌ達を除けばテラノしか存在せず、殆どの者が唐突に現れた謎のハーフエルフの女性を信用できない。


「失礼ながら其方は英雄殿の姉と聞いておるが、本当に大言壮語できるほどの実力を持っているでのしょうな?兄君の噂は良く耳にしますが、貴女に関しては何の情報も出回っておりませんが……」
「多分、原初の英雄ぐらいは強いと思うよ?」
「なんで疑問形なんですか」


大臣の質問にレノが答えると、それでも彼女に注がれる疑惑の視線は拭わず、仕方がないとばかりにテラノが重い腰を上げ、


「ソフィア殿……其方の力を試す事も兼ねて、儂と腕相撲を行おうではないか?」
「テラノ大将軍の腕相撲……!?」
「不味い……あの女、死ぬぞ」


会議室の将軍の多くが顔を青くし、体験した事があるのか彼らは揃って利き腕を抑え、レミアとカノンは首を傾げる。どうやら男の将軍だけが対象であり、アルトも何故かぷるぷると震えている。


「腕相撲って……お爺さん大丈夫なの?」
「ふぉっふぉっ……そう言えば英雄殿とはまだやっていませんでしたな。よろしい、ならば英雄殿から始めようか」
「え?なにこの雰囲気?どうして腕相撲する流れになってるの?」
「レノ……諦めてくれ。大丈夫だ。この場にはセンリさんもいるから治療に関しては心配いらない」
「あの……何が起きるんですか?」


センリも何が起きるのか知らないのか、首を傾げているとテラノは上着を脱ぎ棄て、高齢の老人とは思えない筋肉で覆われた上半身が露わになる。老人マッチョを間近で疲労され、何人かがその場を後退ると、


ドォンッ!!


「さあ……力比べと行こうかのう!!」
「おおうっ……」


自分の机の前で右腕を差し出すテラノに対し、レノはどうしたものかと周囲に視線を向けるが、全員が哀れみの視線を向けるだけで止めるつもりはないらしい。


「どうしてこうなったでござる……」
「何故、拙者の語尾を真似したでござる……?」
「……いたのか、カゲちゃん」
「コトミ、それは俺の台詞だ」


天井には何時の間にかカゲマルが立っており、レノは皆の視線を浴びながらも右腕を構え、テラノにがっしりと掴まれる。老人とは思えぬ握力であり、握り潰しに掛かっている。


「それでは始めますよ~力を抜いて下さい」
「うむ」
「なんでお前が仕切ってるんだよ……」


ソフィアに変装したアイリィが審判役のつもりなのか組み合った腕を確認し、そもそもお前のせいでこうなったんだぞと言わんばかりに睨み付けるが、それを華麗に無視して腕相撲が始まる。


「では……ファイッ!!」
「ぬおおっ!!」
「うわっ!?」


ビキィイイッ……!!


テラノの筋肉が肥大化し、そのままレノの右腕を一気に机に向けて押し寄せる。種族的にはダークエルフの家系であるレノが有利なはずなのだが、人間とは思えぬほどの膂力に彼もすぐに気を引き締め、


「ぬんっ!!」
「むうっ!?」
「馬鹿な!!押し返しただと!?」
「あの状況から……有り得ん!!」


そのまま逆にテラノの右腕を追い詰め、あと少しで甲が机に触れようとした時、


「うぉおおおっ!!」
「肉体強化!?」


テラノの右腕に血管が浮き上がり、一気に押し返される。すぐにレノも同様に肉体強化を施し、2人は全くの互角だった。


ギギィイイイッ……!!


2人の腕力に机の方が悲鳴を上げ始め、誰もが固唾を飲んで見守る。そして、先に均衡を破ったのはテラノであり、徐々に彼が押し返す。


「やるな小僧……ここまで粘ったのは先王様と息子だけだ!!」
「そりゃどうも……!!」
「おおっ……!!」
「レノさん頑張って!!」
「れ、レミアさん……一応はテラノ様を応援した方が……」


少しずつ押し返され、眼の前の老人がオーガか何かに見えてきたころ、レノは少しだけ大人げないなと思いながらも、


「二重・肉体強化……!!」
「ぬうっ!?」


ビキィイイイッ……!!


一気に魔力を右腕に送り込み、最大限にまで身体能力を強化させてテラノの腕を押し返し、彼も負けじと踏ん張る。


「小癪な……舐めるなよ若造!!」
「おぉおおっ!!」


メキメキィッ……!!


机に罅が入り、レノが若干押していると、


バキィィイインッ!!


「おわっ!?」
「ぬおっ!?」


机の一部が崩壊してしまい、2人は腕を組んだまま倒れこむ。余りの勢いに煙が舞い上がり、一体どちらが勝ったのかと視線を向けると、


「ば、馬鹿な……!!」
「あたたたっ……あれ?」


そこにはテラノの右手を落ちた表紙に地面に押し付けた状態のレノの姿があり、会議室の誰もがその光景に驚愕の声を挙げ、拍手が沸き起こる。


「あの……会議はどうなったんですか?」


だが、センリの冷静な一言に誰もが黙り込み、とりあえずは机の残骸を片付け、会議を続行する。
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