種族統合 ~宝玉編~

カタナヅキ

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真章 〈終末の使者編〉

閑話 〈黒猫酒場の日常〉

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港町アリーゼにてリバイアサンと魚人の襲撃から2日が経過し、既に大陸全土に大雨期の影響が起きていた。全ての地域に滝の様な大雨が降り注ぎ、平原地帯では幾つもの雨水の川が生み出されていた。各種族の主要都市では結界石を使用してドーム状の結界を発動させ、復興中の闘人都市も同様に結界が張り巡らされていた。

先の剣乱武闘のロスト・ナンバーズの襲撃によって半壊した都市ではあったが、大分復興も進み、既に半分近くの建物は修繕されていた。あと三カ月から半年以内に完全な復興が見込まれ、都市も間もなく本格的に再開するだろう。しかし、この大雨のせいで外部からの物資の輸入が絶たれてしまい、大雨期を迎えるまでは本格的な復興作業は中断される。


「――たくっ……こんな時に鬱陶しい雨だねぇっ」


現在は閉店中の黒猫酒場の主であるバルは窓から映る雨雲に溜息を吐き、結界で都市を覆っているとは言っても完全には雨を防ぎ切れる訳ではなく、都市にも少量の雨が降っている。流石に都市全体を覆うほどの規模だと結界にも限界があり、雨量を大幅に減らす程度の機能しか働かない。

黒猫酒場は修理は終えているが、元々かなり古い建物のため、この際に改装を行って以前よりも随分と立派に改築された。ちなみに資金源はレノからの支援であり、大将軍にテンペスト騎士団の副団長という2つの役職を持つ彼は現在は相当に荒稼ぎしており、毎月のように酒場に大漁の仕送りを送ってくれる。

バル本人は断っていたが、レノから今まで世話になった分は支払うと強く申し込まれ、有り難く店の改装代に利用させてもらう。店の工事が終了し、本格的に開こうとした瞬間に大雨期が訪れ、外部の物資の補給が絶たれてしまったので店も開けられない(酒類や食料品が入手できないため)。ちなみに半壊した状態の都市でも多くの店が開いており、普段よりも低価格の値段で販売を行っている。復興を行う者達のためにも黒猫酒場は差し入れを送っている。


「この時期は本当に嫌な気分だよ……せめてもの救いは水不足で悩まされることがないくらいだね」
「さっき、都市の外から来た人を見てきたっすけど、凄いずぶ濡れで川にでも落ちたのかと思ったっす」
「こんな時期じゃあ商売も上がったりだな」


酒場には売り子のカリナと女部下、それと昼間から酒を飲むダイアの姿があり、彼はこの闘人都市に住み込みで冒険者稼業と炭鉱の仕事を兼業して暮らしている。盗賊時代よりも真っ当な仕事に就き、それなりに収入もあるらしいので知らない中でもない彼だけは酒場に入れている。

一時期はライオネルと組んで冒険者稼業を行っていたが、急遽として彼が魔人族の代表の代理に選ばれてからは共に行動する時間は少なくなったが、それでも2人とも冒険者を止めた訳ではなく、レノのようなS級冒険者を目指して活動している。

バルは彼の前にワインを置き、自分も向い側に座り込む。レノのお蔭で大分金銭にも余裕が生まれ、しばらくの間は営業しなくても済むのが幸いだが、外の景色を見て再び溜息を吐く。昔から雨の日にはいい思い出が無く、グラスに注いだ酒を一気に飲む。


「姉御~いくら店が開いてないからって、朝から飲み過ぎっすよ~」
「うっさいねぇ……飲んでなけりゃやってられないよ」
「そうそう……こんな雨の中じゃ何も出来ねえよ」
「それもそっすね」


カリナも掃除を中断して椅子に座り込む。彼女達はバルに魔王討伐大戦の時に逃げるように告げたのだが、結局は元の鞘に収まり、現在も彼女の部下として働いている。だが、カリナは将来は酒場を離れて冒険者ギルドを造りたいという夢があり、現在は酒場で働く一方でバルル(商人)の元に通い、金銭を稼ぐために下働きを行いながら商業の事を学んでいる。


「今日はあっちの仕事はいいのかい?」
「バルルのおっさんはこの都市にいないっすよ。何でも、学園都市の方で足止めを喰らっているかも知れないっす」
「そうかい……あいつもおっさんなんて呼ばれる年になったんだねぇ」
「いえ、私達の兄貴はあくまでもレノの兄貴だけなんで、いくら姉御の下で働いていたからと言ってバルルのおっさんを兄貴とは言えないっす」
「「そうそう」」


カリナの言葉に他の女部下達も同意し、どれだけレノが慕われているのかとバルは呆れる。今では世界で最も有名なハーフエルフであり、実質的に魔王を討伐した人物として彼の名前は大陸中に知れ渡り、バルは昔は自分の下で盗賊をやっていた彼の子供時代が懐かしく思えてくる。


「そう言えばレノの奴からは連絡はないのかい?」
「兄貴も忙しいのか、帰ってくることも少なくなったっすね。でも、転移魔方陣を使えるんだから毎日帰って着たらいいのに」
「あんたとあいつじゃ立場が違うんだよ」
「はっ、その通りだな……あんなガキが、英雄とはな……よく殺されなかった俺」


バルの言葉にダイアが自嘲気味に呟き、彼は2度ほどレノと渡り合い、どちらも敗北している。今思えば随分と無謀な事をしていたのだと思い知らされ、忘れるために酒を飲む。バルも彼に習ってワインを持ち上げ、そのまま飲み干そうとした時に扉が開かれる。


「……閉店の割には随分と騒がしいな」
「うげっ⁉」
「あ、ホムラの姐さん。いらっしゃいっす」


出入口から現れたの人物にダイアは大口を開き、バルも面倒そうに頭を搔く。レノの姉であるホムラは魔槍を肩に乗せて閉店中の店内に入り込み、雨で濡れたマントをカリナに預けて座り込む。


「飯、後は上等な酒を用意しろ」
「本当に偉そうな奴だねぇっ‼ 用意してやりなカリナ‼」
「喧嘩腰の割には律儀に従うんすね」


ホムラが椅子に座り込み、バルに向けて金貨1枚を弾く。彼女はそれを受け取り、仕方なくカリナに指示を与え、取りあえずは酒場の中でも上等な葡萄酒を用意する。


「飯の方は作るのに時間が掛かりそうっす」
「問題ない」


当たり前のように手刀でワインの口を切断し、そのままグラスに注ぐ。その光景にバルは鼻を鳴らし、ダイアが怯えた様に一言も発さずに縮こまる。彼女は最近、この酒場の常連であり、どうやら放浪島から逃げ出した老人がこの都市に隠れているという情報を掴んで滞在しているという。



「……で、あの爺さんは見つかったのかい?」
「……まだだ。この店に訪れていないのか?」
「あんな人使いの荒いジジイは出禁だよ。あたしの所に何度来たって、あの爺さんは来ないよ」
「それは分からん」



因縁のあるホムラにバルは表面上は冷静に対応するが、未だにハナムラ侯爵家で起きた事は忘れていない。結果的に彼女が騒動を起こしたことでバルは愛する部下達と真面な別れの言葉も行えず、それに殺されかけた事も忘れていない。

しかし、相手がレノの姉であり、さらに直接的には部下達を殺したのはハナムラ侯爵家の兵士たちだと知らされ、一応は納得したがどうしても彼女を好きになれない。最も、相手も好かれる気はないのか気にした風も無く、バルに視線すら向けない。

そんな彼女の態度が余計に癪に障るが、ここで争ったところで失った者は取り戻せず、勝ち目の存在しない戦をしないのがバルの信条である。彼女は苛立ちながらも酒を喰らい、こんな時にレノがいればホムラなど怖くもないのだが、他人の威を借りる女として見下されそうなのでそれはそれで我慢できない。


「ちっ……酒が切れたね。カリナ‼」
「今、料理中なんで自分で取ってくださいっす‼」
「仕方ないねぇ……あんた、さっきから静かだね」
「へ⁉ い、いや……」
「怯え過ぎだろ……そろそろ仕事の時間じゃないのかい?」
「そ、そうだな‼ それじゃあ、俺はここで‼」


慌てて代金を支払って酒場から出ていくダイアにバルは呆れた視線を向け、そこまでホムラが恐ろしいのかと同情する。それなりの実力を持つはずなのにレノとホムラによって自分が強者だという誇りを粉々に破壊された彼が少し哀れに思える。


「おい、私の分も持ってこい」
「だから、本当に偉そうだねあんたは‼」


そう言いながらもバルはホムラの分の葡萄酒も用意する辺り、自分もこの女を心の底では恐れている事を自覚し、溜息を吐く。
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