緑の魔法と香りの使い手

兎希メグ/megu

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14章:楽しい? 王都観光です

169.ベルの揚げパンって何ですか!

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 温室は素晴らしい所だった。
 ロボット……じゃない、ゴーレムが管理している人造の南国風景は、ガラスパネルを通して降り注いでくるたっぷりの陽光を受けて旺盛に生い茂っている。
「うわあ……まるで本物の南国みたい」
「でしょう? ここは王都自慢の観光地なんです。この温室は王室管理のものなのですが、言い伝えによればかの魔法王が、広大な大地を離れた人々の無聊の慰めに、地上各地の植物を採取してこの地に植え直し、その土地の気候に似せた環境をガラス箱の中に作り上げた……とされています」
 にこにこと案内役の詩人さんがそんな説明を加えてくれる。
「へえ……魔法王って本当に凄いんですねぇ」

 これは、あれだ。
 前世で言えばバナナワニ園的な……。
 植わった植物を痛めないよう、木の杭に似せかけた鉄杭と、古びたロープっぽい外観の樹脂製の綱が通路と植物達を遮っていて、何なら通路の案内看板まである。
 うーん、完全な観光用温室だなぁ。いや、おそらくテイマーが手なづけてるんだろう南国の鳥っぽい鮮やかな色の鳥達が囀ってたり、ヤシの葉で天井を作ったような南国風の休憩用の四阿があったりと、大変に凝ってるものではあるんですが。
 ふっと現実に引き戻される時って、あるよね。
 
 それはそれとして、南国風の暖かな空気の中のんびり散策するのは楽しかった。
 ぽちも久々の私とのお出かけで興奮してるみたいで、始終尻尾を振りまくってて。うん、ごめんね。新しい料理とかの事になると夢中になっちゃって……。
 なでなでと頭を撫でると、もっと撫でてって頭を擦り寄せてくるぽちは、大きくなっても可愛いです。
 
 積極的に果樹も植えてるようで、南国フルーツっぽいものが収穫時期を迎えてて、それを造園係のゴーレムがマニピュレーターを伸ばし摘み取っていたり。
 そんな中をのんびりと二十分ぐらい掛けて歩いて、出口には摘みたてフルーツの生搾りジュースやフルーツセットが買える販売所があって。
 私の中で、この観光園が完全に前世とシンクロした瞬間だった。
 いやまあ、お金稼がないとこの場所継続できないからだっていうのは分かるんですけどね。
 
 収穫はそんな訳で南国フルーツと、今日巡った夏の庭と呼ばれる場所以外にも温室はあるらしくって、そっちで作ってるイチゴって感じ。
 イチゴが手に入ったら、あれだね。
「ふふふ……ジャムパンが作れるねっ」
 作るなら、あえてゼラチンっぽいあのお安いジャムを目指したいところだなぁ、ふふふ。
 コッペパンで小倉バターサンド……じゃなくて、白あんかウグイスあんのバターサンドも作れるかも。
 うん、夢が広がるなぁ。
 惣菜パンもいいけど、菓子パンもいいと思うんだよね。あ、ジャムパンときたらクリームパンも作らないと……。
 
「折角観光に来たと言うのに、また新しい食べ物の構想ですか? ベルさんは全く……少しは私の事を気に掛けて頂きませんと、今後の計画が……」
 詩人さんが何かぶつぶつ言ってたけど、私の頭の中は菓子パンで一杯だから知らない。
 
 
 
 ということで、次の日からはジャム作りとパン作りに精を出した。
 あ、残りの間は観光をメインにする事にしたから、大体レシピの監修だけして後はトリュスちゃんとそのお父さんに任せてるんだけど。
 
 今日はパンがいい感じにできたからっていうんで試食に来たんだ。
 トリュスちゃんのお家は二階が自宅、一階がお店という造り。売り場の後ろにある厨房には大きな魔道具のオーブンがあって、そこで沢山の試作パンが焼けるいいにおいがしてる。

 うーん、ジャムがあのやすいゼラチンっぽいやつじゃなくて高級感あふれる粒感のあるやつだけど、やっぱりおじさんの作るパンは美味しいな。
 私は作業台に適当な椅子を持ってきて、もぐもぐとジャムパンを頬張る。
 
 いやあしかし、昨日はちょっと失敗だったんだよねぇ。市場に行ってみたんだけど、地上で見た素材ばっかりで、珍しいものが何もなくて。
 そう言えば、お空の荘園産の食べ物って貴族様のお口にしか入らないぐらいの高級品、だっけ? まあ、見たことあるものばっかりでも当然って事で……。
 うーん、がっかり。
 ココアとか新しい食材が見つかればなぁって思ったけど、そう簡単にはいかないねぇ。
 まあ、賑やかな市場を眺めたり不足してたものを買ったりしたから、別にいいんだけど。
 
 なんて、昨日のことを思い出してると。
「……で、だ。そろそろ後追いの奴が出て来そうだから、ベルちゃんのレシピを登録した訳だが」
「えっと、レシピの登録、ですか?」
 口の中のものを地上からもって来たタンポポコーヒーで流し込んで、私はおじさんの言葉に首を傾げた。
 
「ああ。あの噴水広場は人気の場所だろ。なにか流行ると二番手がすぐに現れるんだ。それを警戒して、若手が新しい料理を出すのを出し渋るとそれはそれで料理ギルドとしては困る」
「ふんふん」
「で、新作の保護を互助会も考えてな。レシピ登録されたものを屋台や店で出す時は、レシピ登録者に利用料を払わせるって事になったのさ。まあ、今回は当然、ベルちゃんがレシピの考案者って事になるんだが」
「えっ? トリュスちゃんとおじさんが完成させたんだし、おじさん達のものにして良かったんじゃないですか」
「いやぁ、そりゃあない。俺はベルちゃんの言った通りに作っただけだ。それを俺のモノには出来ないよ」
「そうそう! ベルさんがそもそもわたしやお父さんに新作料理のことを教えてくれなければ、煮込みを入れたパンなんて出来なかったんですよ。ベルさんがもらうべきです」
 同じく作業台で試食してた女の子の高い声が聞こえる。苦いものは苦手なのか、タンポポコーヒーをミルクコーヒーにして飲んでたトリュスちゃんがうんうんと頷いてた。
 うーん、そうかなぁ。私一人じゃ揚げパンとか成功しなかったし、それこそ共同で登録とか、そんな感じでいけないものなのだろうか。
「まあまあ、うちが元祖って言えるだけでも儲けものさ。その上、今度は菓子パン? てのも作らせてくれるんだろう? これだけで向こう何年かは食えるってもんだからね」
 そう言って、コーヒーを飲むとにっかと笑うおじさん。
 
「揚げたパンに何かを入れる料理、って形でレシピを登録したから、二番手狙いで姑息に中身を変えてもレシピ代は払わなきゃならないんだ。へっへっへ、そう簡単には真似させないからな」
「わぁ、お父さんかしこーい」
 パチパチと拍手する娘さんに、お父さんは鼻高々だ。
 
 家族で仲良くって何よりです。
 
「で、レシピの登録名は『ベルの揚げパン』 だ!」
「ゴホッ!」

 あ、危うくコーヒー吹き出すところだった。
「な、何で名前を……」
「いやあ、折角だから看板にこう、ベルちゃんとぽちの絵を描いてさ、高ランク冒険者にして天才料理少女の新作だよーってやったらもっと売れそうだろう?」
「や、やめて下さい。そういうの望んでないんで!」
 何で皆、私をそうやって売り出そうとするかなぁ! 詩人さんに続き今度はパン屋さんまで!
「ええー。ぽちちゃんとベルさんの看板、絶対可愛いのに~」
 可愛くがっかりしてもダメですよ、トリュスちゃん!
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