編み物魔女は、狼に恋する。〜編み物好きOLがスパダリ狼さんに夢と現実で食べられる話。

兎希メグ/megu

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三章 現実、月曜日。冷たい場所に閉じ込められました。

三話 現実、月曜日。それは幸せな目覚めで。(2)

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「チッ、聞こえてんだよ」
 板張りの事務所から社長の舌打ちが聞こえた。
 それでもおばちゃんに言い返さないのは、一言えば十は言い返される事を理解しているからだろう。

「あらあら、社長ったら。聞かせてんのよ、こっちも! もー、何でああ五月蠅うるさいのかしらねぇあの人。売店の方にも響いてるんじゃない? お客さんが来たらどうするつもりかしら。うちの評判、最近ほんっとに悪いのよー。何だったかしら、ぶ、ぶらっ、く?」
「ブラック企業ってあれね。うちの姪にも心配されてるわ~」
 さっとタイムカードを押し、ロッカーに私物を仕舞い、割烹着と三角巾を纏うパートのおばちゃん達。
 彼女らは、頑固親父の怒声にも慣れているのか、話している内容はハードなのに全くもってさっぱりしたものだ。

 勤めて二年以上だが、伊都などあの怒声に竦み上がるのに。

「伊都ちゃん、あのジジイに何か言われたらおばちゃん達に言いなさいね? ガツンと言ってやるから!」
「おはようございます……あは、そうさせて貰います」
 我ながら無理に笑っているなあ、と伊都は感じながらも、彼女らに合わせて声に出して笑っておく。これも処世術というものだ。

 自らもタイムカードを押して、私物をロッカーに放り込むと、怒声の止んだ事務所へと向かおうと踵を返したところで。
 ウフフ、と、妙に浮かれた笑い声が聞こえた。

「でも、伊都ちゃんも今日は体調悪くても無理して来ちゃうわよねぇ?」
「あの『いけめん』 さんが来ちゃうんだものね」
「伊都ちゃん、最近ちょっといい感じっておばさん聞いたわよぉ」
 ウフフ、と笑うのはパートのおばさん達だ。
 しかも何故か、三人に増えている。

「な、何で……」
 それを知っているのか、と伊都が慌てると。

「瀬田さんていっつも朝早く来ちゃうじゃない? 彼女がねぇ、工場で電話が鳴ってるからって取ったら、例のカレから時間変更のお・知・ら・せってことで」
 瀬田さん。それは古参のパートさんの名前だ。
「伊都ちゃんの机にメモ置いてあるんじゃないの? あたし、ウワサの彼が見れるって朝からワクワクしてんのよぉ」
「ああ、あなたまだ見てなかったんだっけ? 本当に『いけめん』 さんなのよぉ」
 きゃっきゃとはしゃぐパートさん達の様子は、どこぞの女子高校生のようだ。
「ねぇ、彼が来たら工場にも連絡してね?」
「あたし達、『いけめん』 さんとの恋、応援してるからっ!」

「あ、は、はは……」
 伊都の愛想笑いがひきつる。これだから、今日が憂鬱ゆううつだったのだ。

 伊都の母親程の歳のおばさん達は、いつも元気で明るく娘のように可愛がってくれるから大変感謝しているのだが、どうにもお節介が過ぎるところがある。

(サキさんが一年前、お婿さん見つけてきた時にも凄かったものねぇ……)

 彼女らは、娘同然のサキが片づいたところで、もう一人の娘同然な伊都も『いけめん』 さんこと白銀とくっつけようと思っているらしい。

「伊都ちゃん、そっちの方はさっぱりだったから本当におばちゃん達ほっとしてるのよ」
「こないだ、広告だかなんだかのお話で来た時に、ピンと来ちゃったのよねぇ」
「灰谷君なんてどうかなって思ってたけど、最近あの子も社長の腰巾着で、伊都ちゃん目の敵にしてるからねぇ……とてもお勧め出来ないし」

 灰谷、という名を聞いて伊都はびくっと体を竦ませる。
 体格のいい、声の大きい工場長は、正直苦手な部類だ。
(よ、良かった……。灰谷さんをお勧めされても、私絶対無理だもの……)
 常にビクビク機嫌を伺って過ごす相手と恋仲になど、まず無理な話ではないか。

「そ、そんな。灰谷さんが迷惑ですよ、私なんて……」
「あー、全くそうだな。もう仕事も始まってんのにサボッてるようなだらしのねぇ女なんて、俺ぁゴメンだわ」
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