28 / 220
三章 現実、月曜日。冷たい場所に閉じ込められました。
三話 現実、月曜日。それは幸せな目覚めで。(2)
しおりを挟む
「チッ、聞こえてんだよ」
板張りの事務所から社長の舌打ちが聞こえた。
それでもおばちゃんに言い返さないのは、一言えば十は言い返される事を理解しているからだろう。
「あらあら、社長ったら。聞かせてんのよ、こっちも! もー、何でああ五月蠅いのかしらねぇあの人。売店の方にも響いてるんじゃない? お客さんが来たらどうするつもりかしら。うちの評判、最近ほんっとに悪いのよー。何だったかしら、ぶ、ぶらっ、く?」
「ブラック企業ってあれね。うちの姪にも心配されてるわ~」
さっとタイムカードを押し、ロッカーに私物を仕舞い、割烹着と三角巾を纏うパートのおばちゃん達。
彼女らは、頑固親父の怒声にも慣れているのか、話している内容はハードなのに全くもってさっぱりしたものだ。
勤めて二年以上だが、伊都などあの怒声に竦み上がるのに。
「伊都ちゃん、あのジジイに何か言われたらおばちゃん達に言いなさいね? ガツンと言ってやるから!」
「おはようございます……あは、そうさせて貰います」
我ながら無理に笑っているなあ、と伊都は感じながらも、彼女らに合わせて声に出して笑っておく。これも処世術というものだ。
自らもタイムカードを押して、私物をロッカーに放り込むと、怒声の止んだ事務所へと向かおうと踵を返したところで。
ウフフ、と、妙に浮かれた笑い声が聞こえた。
「でも、伊都ちゃんも今日は体調悪くても無理して来ちゃうわよねぇ?」
「あの『いけめん』 さんが来ちゃうんだものね」
「伊都ちゃん、最近ちょっといい感じっておばさん聞いたわよぉ」
ウフフ、と笑うのはパートのおばさん達だ。
しかも何故か、三人に増えている。
「な、何で……」
それを知っているのか、と伊都が慌てると。
「瀬田さんていっつも朝早く来ちゃうじゃない? 彼女がねぇ、工場で電話が鳴ってるからって取ったら、例のカレから時間変更のお・知・ら・せってことで」
瀬田さん。それは古参のパートさんの名前だ。
「伊都ちゃんの机にメモ置いてあるんじゃないの? あたし、ウワサの彼が見れるって朝からワクワクしてんのよぉ」
「ああ、あなたまだ見てなかったんだっけ? 本当に『いけめん』 さんなのよぉ」
きゃっきゃとはしゃぐパートさん達の様子は、どこぞの女子高校生のようだ。
「ねぇ、彼が来たら工場にも連絡してね?」
「あたし達、『いけめん』 さんとの恋、応援してるからっ!」
「あ、は、はは……」
伊都の愛想笑いがひきつる。これだから、今日が憂鬱だったのだ。
伊都の母親程の歳のおばさん達は、いつも元気で明るく娘のように可愛がってくれるから大変感謝しているのだが、どうにもお節介が過ぎるところがある。
(サキさんが一年前、お婿さん見つけてきた時にも凄かったものねぇ……)
彼女らは、娘同然のサキが片づいたところで、もう一人の娘同然な伊都も『いけめん』 さんこと白銀とくっつけようと思っているらしい。
「伊都ちゃん、そっちの方はさっぱりだったから本当におばちゃん達ほっとしてるのよ」
「こないだ、広告だかなんだかのお話で来た時に、ピンと来ちゃったのよねぇ」
「灰谷君なんてどうかなって思ってたけど、最近あの子も社長の腰巾着で、伊都ちゃん目の敵にしてるからねぇ……とてもお勧め出来ないし」
灰谷、という名を聞いて伊都はびくっと体を竦ませる。
体格のいい、声の大きい工場長は、正直苦手な部類だ。
(よ、良かった……。灰谷さんをお勧めされても、私絶対無理だもの……)
常にビクビク機嫌を伺って過ごす相手と恋仲になど、まず無理な話ではないか。
「そ、そんな。灰谷さんが迷惑ですよ、私なんて……」
「あー、全くそうだな。もう仕事も始まってんのにサボッてるようなだらしのねぇ女なんて、俺ぁゴメンだわ」
板張りの事務所から社長の舌打ちが聞こえた。
それでもおばちゃんに言い返さないのは、一言えば十は言い返される事を理解しているからだろう。
「あらあら、社長ったら。聞かせてんのよ、こっちも! もー、何でああ五月蠅いのかしらねぇあの人。売店の方にも響いてるんじゃない? お客さんが来たらどうするつもりかしら。うちの評判、最近ほんっとに悪いのよー。何だったかしら、ぶ、ぶらっ、く?」
「ブラック企業ってあれね。うちの姪にも心配されてるわ~」
さっとタイムカードを押し、ロッカーに私物を仕舞い、割烹着と三角巾を纏うパートのおばちゃん達。
彼女らは、頑固親父の怒声にも慣れているのか、話している内容はハードなのに全くもってさっぱりしたものだ。
勤めて二年以上だが、伊都などあの怒声に竦み上がるのに。
「伊都ちゃん、あのジジイに何か言われたらおばちゃん達に言いなさいね? ガツンと言ってやるから!」
「おはようございます……あは、そうさせて貰います」
我ながら無理に笑っているなあ、と伊都は感じながらも、彼女らに合わせて声に出して笑っておく。これも処世術というものだ。
自らもタイムカードを押して、私物をロッカーに放り込むと、怒声の止んだ事務所へと向かおうと踵を返したところで。
ウフフ、と、妙に浮かれた笑い声が聞こえた。
「でも、伊都ちゃんも今日は体調悪くても無理して来ちゃうわよねぇ?」
「あの『いけめん』 さんが来ちゃうんだものね」
「伊都ちゃん、最近ちょっといい感じっておばさん聞いたわよぉ」
ウフフ、と笑うのはパートのおばさん達だ。
しかも何故か、三人に増えている。
「な、何で……」
それを知っているのか、と伊都が慌てると。
「瀬田さんていっつも朝早く来ちゃうじゃない? 彼女がねぇ、工場で電話が鳴ってるからって取ったら、例のカレから時間変更のお・知・ら・せってことで」
瀬田さん。それは古参のパートさんの名前だ。
「伊都ちゃんの机にメモ置いてあるんじゃないの? あたし、ウワサの彼が見れるって朝からワクワクしてんのよぉ」
「ああ、あなたまだ見てなかったんだっけ? 本当に『いけめん』 さんなのよぉ」
きゃっきゃとはしゃぐパートさん達の様子は、どこぞの女子高校生のようだ。
「ねぇ、彼が来たら工場にも連絡してね?」
「あたし達、『いけめん』 さんとの恋、応援してるからっ!」
「あ、は、はは……」
伊都の愛想笑いがひきつる。これだから、今日が憂鬱だったのだ。
伊都の母親程の歳のおばさん達は、いつも元気で明るく娘のように可愛がってくれるから大変感謝しているのだが、どうにもお節介が過ぎるところがある。
(サキさんが一年前、お婿さん見つけてきた時にも凄かったものねぇ……)
彼女らは、娘同然のサキが片づいたところで、もう一人の娘同然な伊都も『いけめん』 さんこと白銀とくっつけようと思っているらしい。
「伊都ちゃん、そっちの方はさっぱりだったから本当におばちゃん達ほっとしてるのよ」
「こないだ、広告だかなんだかのお話で来た時に、ピンと来ちゃったのよねぇ」
「灰谷君なんてどうかなって思ってたけど、最近あの子も社長の腰巾着で、伊都ちゃん目の敵にしてるからねぇ……とてもお勧め出来ないし」
灰谷、という名を聞いて伊都はびくっと体を竦ませる。
体格のいい、声の大きい工場長は、正直苦手な部類だ。
(よ、良かった……。灰谷さんをお勧めされても、私絶対無理だもの……)
常にビクビク機嫌を伺って過ごす相手と恋仲になど、まず無理な話ではないか。
「そ、そんな。灰谷さんが迷惑ですよ、私なんて……」
「あー、全くそうだな。もう仕事も始まってんのにサボッてるようなだらしのねぇ女なんて、俺ぁゴメンだわ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる