抱きたい。抱かれたい。

Lopeared

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ルーシーとディノッゾ

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「むぉっ! ここにもっ、もうないよね……?」

 姿見の鏡と手鏡を使って一昨日セトが乙女の柔肌につけた乱暴な口づけの痕を白粉を叩いて隠そうとしているルーシー。
デコルテが大きく開いたドレスなので胸や首筋あたりの痕跡が目立つ。

 彼女の横に立って見えにくい首筋の後ろなどを見てやるセト。
申し訳なさそうな面持ちだ。

「言いつけを守らなかった私が悪いの……だから、そんな顔しないで……」

 鏡に映ったセトに向かって話す。
お互い面と向かって顔を合わさない。

 まっすぐ腰まで伸びた黄金の美しい髪。
サファイア色の瞳に化粧して艶を出した唇。
男の手のひらでも全部はつかめないであろう大きな胸に、コルセットで整えられた細い腰。
美の女神が居るなら嫉妬するであろう美しいルーシーに不覚にもセトは見とれていた。

「馬子にも衣装って言いたいんでしょう~」
「……そ、そうだな」

 『見とれた』と言えずつまらない返事を返す不器用な男。

「少しそのままで……」

 そう告げるとルーシーの部屋を離れて自室に向かいベッド横のチェストから小さな黒いベルベットの袋を取り出してくる。

「動かないで」

 セトの足音に振り返ろうとしたルーシーに声をかけ動きを静止させると袋から取り出した紅玉のイヤリングを彼女の耳に付けていく。
その所作が、耳に触れる彼の体温がルーシーの鼓動を高めてしまう。

「ほら、見て。紅玉の光が白い肌に赤みをさす」
「この耳飾りは……」
「成人のお祝いだよ」

 薬草つみに日頃森や山に、家に戻れば調剤で粉まみれのセトとルーシーは流行を気にしない。
装飾品も邪魔だからと身に付けないのでお互いの誕生日プレゼント選びに頭を悩ます始末。
ルーシーにいたっては『胸さえ入ればなんだって良い』と年頃の娘には珍しくオシャレに頓着なので、ドレスやハイヒールは祭りだからと自分で用意できても装飾品までは頭がまわっていないだろうとセトは機転をきかせて用意していた。

「あ、ありがとう……」

 鏡ごしに目があい思わず視線を下に落とすルーシー。

「顔あげて、良く見せて」

 おずおずと振り返り、顔をあげる彼女。
見つめあう二人。

『ダメだ……好きすぎるよ……!』
 
 背伸びしてセトを引き寄せようとした刹那、勢い良くドアベルが鳴り響いた。

『あとちょっとでキスできたのにっ! 覚えてなさいディノ! 火傷の薬に辛子練り込んでやる!』

 邪魔された怒りなのか、セトと口づけしようとした興奮なのかわからないが鼻息荒くしてルーシーはディノの待つ店内にヒール音を鳴らして向かう。
彼女の部屋に残されたセトは姿見で自分の表情や赤みを見てから前髪をくしゃっと掴んでから小さなため息をついた。

『何て顔してんだよ……』



「ちょっ、まじちょっ、優しくしてっルーシー! あっん、そこは、くぅ~」
「ちょっと変な声出さないでよっ!」

 幼なじみのディノッゾの火傷した足に軟膏を塗ってから包帯で巻いてやるルーシー。

「お熱いね~、お二人さん! 今からも二人で盛り上がるのかい?」

 手当てする二人を尻目に茂みに消えて行く成人男女。
儀式を終えた男女が酒を飲みかわしては暗闇に消えていく。
年に一度、街をあげての繁殖システム。

「あ、あん、最高~もっとついて~!」

 茂みに消えて行った女の行為の声に赤面するルーシーとディノ。

「場所変えようか……」
「そう……ね」

 祭り会場まわりには近隣の住人が小銭を稼ごうと自作の酒や奇妙な媚薬、女性が好みそうな甘いお菓子など店が数点並ぶ。
何が入ってるか分からなそうな酒は恐いので、目の前で絞ってくれる果実ジュースの店に二人は腰かけて注文した。

「あ、イヤリングが取れかかってるぞ」

 ディノがルーシーのイヤリングを付け直そうと髪を耳にかけると首筋に赤い痕が見えた。
 
「何かここ赤いぞ」

 首筋の後ろをツンと付かれると慌ててその箇所を押さえるルーシーは赤面した。

「まさか……、俺の儀式中に誰かと! 俺、セトさんに『お嬢さんは無事に届けます』って言っちゃったのにぃっ! バカルーシー! 淫乱娘!」
「ちっ違う! これは家で」
「家……で?」

 赤面を増すルーシー。

「おい……マジかよ……『俺のセトさん』と……」
「『俺の』じゃないから!」

 祭りのパートナーは結婚相手になる可能性が高い。
その相手に何故ルーシーは『ディノッゾ』を選んだのか。

 ディノッゾは男色家で、セトの事が好きなのだ……。
街は昔ながらの宗教が根強く、ディノの両親も信仰に熱い。
その宗教が男色を禁止しているのでディノは誰かを愛しても口にする事は無かった。
五体満足、仕事熱心で容姿だって悪くない。
だが浮かれた話一つない、まったく無いと怪しまれるのが世の常……秘密をどう隠そうと悩んでいた時に声をかけて来たのはルーシーだった。

『貴方、セトが好きなのね? 私もよ』

 ルーシーの生い立ち、ディノへの偏見の無さ、何より好きな人の話ができる……恋敵だが一番の親友になるのに時間はかからなかった。
祭りもディノの体裁は守れるし、ルーシーも男が居れば悪い輩が寄らない……二人にとっては好都合。

「で……どこまでヤったんだい?」
「キスとおっぱい……だけです……はい」
「くそっ、あの人もおっぱい好きなのかーっ! 俺にもおっぱい欲しい! くそこのデカ乳めっ!」

 ルーシーの盛り上がる乳を鷲掴むディノ。
その額を叩くルーシー。

「でもね……途中で止めちゃって……娘だって念押されて……、あまつさえあんたと結婚しろって言われたわ」
「それな……俺もお袋に。『既成事実』つくって来い……だって、敬虔な信仰家の言葉じゃないよなぁ」

 はぁ~、二人から漏れる重いため息。
親は揃いも揃って二人を応援している。

「俺は結婚してやっても良いぞ? 妻の実家だから気兼ねなく通えるようになるし!」
「結婚してなくてもほぼ毎日来てるじゃない……それでセトが勘違いして」

 顔を見合せて二人してまたため息。

「よぉ、お二人さん祭りなのに暗いねぇ! これ買ったもののあまっちまってお嬢さん良ければどうぞ!」

 果実ジュースの店主が差し出したのは小振りなリンゴ飴だった。

「ありがとうございます」

 甘い香りのリンゴ飴。
さぁさぁ食べて、と急かすので一口頬張るルーシー。
店主がディノに向かって一瞬片目を瞑って目配せする。


 ーーその意味を知るのは店を出て数分後であった。

 
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