転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。

星乃シキ

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04.長い一日

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 微妙な空気が流れているので、この場にいるのがとてもいたたまれない。
 
 これまで日本で過ごしてきたディーンにとって友達が欲しいって気持ちも分からなくもないし、それだけでなく異世界に来て初めて日本って事を知ってる俺と話したい気持ちも分かるが···王族の婚約者として、簡単に俺と友達になりましょうって二つ返事をするわけにもいかず……。
 
 そもそも王族の人って友達って概念があるのかすら疑問。同じような身分なら気安く話すのもわけないと思うが、そもそも王族って第一王妃の子供とか側室の子供とか王位継承権なんやらで泥沼のイメージだし、兄弟は兄弟だろうし、側近だって要は部下だし……第二王子殿下にとっては友達なんてお伽話みたいなものでは?

 重たい空気を切ったのはディーンだった。

 「ごめんなさい。言い過ぎました……」
 
 はっとした第二王子殿下も口を開いた。

 「いや、こちらの事情ばかりを押し付けてしまっているのだろう……すまない」
 
 確かに異世界から来たディーンの心の内を第二王子殿下はきちんと考えてくれているようだった。

 下手に口を出すのはやめとこうとお口をチャックしていた俺は空気に耐える為にその空気を頬に溜めてしまっていたようで、うっかり口から空気が飛び出してしまった。「ぶっ」とした音だった。
 
 ディーンと第二王子殿下が同時にこちらを向いた。
 
「ごっごめんなさいね……失礼のないように口を閉じてたんですけど……息するの忘れてしまって……決して笑ったわけではないんです」
 
 口を押さえて必死に言い訳をする。
 
 まずい、動揺しすぎて貴族らしからぬ言葉を使ってしまった気がする……。今更だけど。
 
 嫌な汗がダラダラ出てきて、まだ謝罪と言い訳を続けた方がいいのか思案していると「ぶふっ」と俺が出した音より大きなブフッという音が聞こえてきた。
 
 音の方を見るとディーンがお腹と口を押さえて下を向いて震えている。
 第二王子殿下が慌ててディーンに声をかけた。

 「聖女!具合でも悪いのか?大丈夫か!?」

 「……くっ……くふふふふ……ふっ」

 これは……笑ってるかも?とよぎった瞬間、ディーンは「もうダメ!アハハハハハハ!」と両手でお腹を抱えて大笑いし出した。

 「聖女?」
 第二王子殿下は目をまん丸くして呆然とディーンを見ている。
 周りもディーンが笑っている姿に気付き驚いた顔をしているようだった。
 さっき殺伐としていた三人が集まっていて、あの時泣いていた聖女がこんな大笑いしてたら不思議に思うだろうな。
 笑いながら聖女も周りの様子が目に入ったようだった。

 「あー……もう、レイ様おかしい……ぶっふ」
 
 まだ続くか。
 人の顔を見て必死で耐えようとしていて「もう……本当にその顔……やめてください」とまで言い放った。
 
 その顔ってどんな顔……と言おうとして俺はまた口を閉じて下手なこと言わないようにしていた事に気付く。

 「また噴き出しちゃいますよ」

 「だから笑ったのではなくて息をしようとしたら音が鳴っちゃったんです」

 「あっ、もしかして咳してた時も噴き出したんですか?」

 「あれは……」
 
 あれは確かに噴き出してました、と言っていいものなのか。いや、ノーコメントです。

 「だからなんで頬が膨らむんですか?」
 
 ディーンの肩は一向に震えが収まらなかった。

 それをポカンとした様子で見ていた第二王子殿下に、ようやく落ち着いたディーンが話しかけた。

 「第二王子殿下、やっぱりレイ様とお友達になります」
 
 さっきの控え目な訴え方とは違い、今度ははっきりと第二王子殿下の目を見て告げていた。

 「本当はなりますって言い方はちょっと違います。僕の中ではレイ様はもうお友達です。……それに先程レイ様のこと口外しないようにしましたが、ここにいた人達の中にはレイ様を奇異な目で見る人もいるでしょう。そういった不穏な空気はすぐに広まり、よからぬ噂が立つこともあるかもしれません。僕とレイ様の仲が良かったら元の噂の信憑性も低くなるでしょうし、これは僕と第二王子殿下の償いにもなります」

 「償い……それを言われると弱いな」
 
 ディーンが第二王子殿下の手を握り、もう片方の手を俺の方へと差し出してくる。

 「レイ様と友達になる事を償いの為なんて利用する言い方をしてごめんなさい。僕はレイ様と友達になりたいです。僕と友達になってください」
 
 まっすぐ向けられた目に差し出された手。俺の方が戸惑ってしまった。

 “友達”

 じわっと胸の奥で何かが広がる感覚がした。

 ディーンの手を恐る恐る取りに行くと、触れた瞬間にぎゅっと握られる。

 「あの……不束者ですが何卒よろしくお願い致します」

 精一杯の挨拶文を述べてみたけれど、ディーンはまた体を震わせて「もう笑わせないでください」と破顔した。


 「ご歓談中失礼します。兄上、迎えの馬車が来ましたよ」
 俺以外を見る目がギラッとしている弟が現れた。

 「弟さんも今日は本当に大変失礼なことをしてしまい、すみませんでした」
 
 すぐさまディーンが頭を下げてきた。

 「俺は経緯はどうあれ、きちんと対応したあなたの事恨んだり怒ったりしていません。しっかり兄上にも謝っていただきましたし」
 
 第二王子殿下の方を一瞥すると「経緯を反省しなければならないのは別の人ですから」とフンと鼻を鳴らした。
 
 おいおい不敬とかってちょん切られたらどうするんだ!

 「それに……さっき兄上に乱暴した事、俺は許してません。この期に及んで更に兄上の腕を乱暴に触れてましたよね。聖女様がすぐに対応してくださらなかったら決闘申し込んでいたところです」
 
 この弟は王族とか身分とか関係ないところにいるのだろうか。淡々と伝えながら目の奥がギラギラと燃えて見えて、俺まで震えてしまう。
 
 そんな目線に第二王子殿下は怯むことなく真正面から視線を受け止めている。

 「君の兄上を突き飛ばしてしまったことは謝る。だがさっきのは別の件だ。私の婚約者に気安く触れていたからな」
 
 見えないはずの火花が両者の間に見える。ディーンも焦りだして「あの、それは僕のせいで」とアタフタと二人の間に入る。
 
 それを見て俺も止めなければと我に返った。
「その話は終わった事だから蒸し返すなよ!」

 場を取り直すべく、一応紹介を始めてみる。

 「あっえーと、改めまして弟のルーファス・リヴニール・リベラシオンです。うちの公爵領の騎士団でもあります」
 
 ディーンがまじまじとルーファスを見上げた。

 「騎士団?弟さんって事は年下ですよね。学生と兼任だと大変じゃないですか?」

 「俺は家に教師を呼んで学んでます。空いた時間に稽古や騎士団の事をやりたいので」

 「そうなんですね。確かにとても、鍛えられた体ですね」
 
 俺とルーファスの体格の差を凝視して「レイ様にとても親近感を感じます」と呟いた。
 
 第二王子殿下もルーファス程ではないものの上背がある。俺とディーンの体格は俺の方が少しばかり背が高い位で、そんなに変わらないから言わんとしていることは分からんでもない。が、背が高くてがっちり逞しい体は男の憧れだ。改めてルーファスを上から下まで視線でなぞる。

 「どうせなら……こういう身体が良かったな」
 
 思わず口からついて出た。
 
 ディーンは俺の言葉に複雑そうな顔をしている。

 「兄上……どうぞ」
 
 照れた顔で両手を広げるルーファス。

 「何をどうぞするんだよ!」

 「冗談ではないんですが……そろそろ兄上の体調が心配ですので」
 
 言われると確かに今日は使う予定のなかった頭をたくさん使って人と話して、衝撃の告白を知り体がしんどい。
 
 ふーと溜め息をついた俺にディーンが慌てて謝ってくる。

 「ごめんなさい、大変な目に遭わせてしまったのに長々と……今日はゆっくり休んでください。今度ゆっくりお話してくださいね」

 「公爵邸に詫びの書状はすぐに送る。あまり二人だけにはしたくないが……聖女の友達として、これからよろしく頼む」
 
 第二王子殿下がまさか “頼む” と言うと思わなかったので面食らってしまって思わず返事をするのも忘れてしまった。

 「では、兄上参りましょう」
 
 ルーファスの誘導に我に返って二人に挨拶をする俺を見て「背負いましょうか?」と真面目な顔で言ってきたので秒で断った。

 ルーファスと移動していると馬車乗り場の手前で立っている人物がこちらを見ていることに気付いた。妙にずっと見られているので、さっきの断罪事件での野次馬か?と思い、見返してみると見覚えのある人物。だけど名前が分からない。そりゃそうだ、名前知らなかった。さっきの見物君だ。
 
 思い出した時に「あ」と声に出ていたので、その声に反応して見物君が頭を下げて、俺の方へとやってきた。 

 「先ほどは、ありがとうございました」
 
 顔を見てすぐにお礼を伝えると驚いた顔を一瞬して硬い表情になった。

 「私は何もしておりません」

 「おかしいと思っても声を上げることはなかなか難しいことだと思います。でも第二王子殿下に対して自分の意見をきちんと述べていて俺はそれに助けられましたよ」

 「……いえ、あれは当たり前のことです。ですが私は、噂を鵜呑みしてあなたの事をそういった先入観を持ってあの場を静観していました。本当は第二王子殿下の事をとやかく言える立場ではありませんでした。本当に申し訳ありませんでした。きちんとその事をあなたに謝りたいと思って待っていました」
 
 深々と頭を下げてくる様子は彼の真面目な性格が伝わってくる。

 「それでも、すぐに図書室の管理人の方や司書の方も呼んでくださいました。おかげで犯人扱いではなくなりましたから俺はあなたに感謝しています」

 「聖女様の後押しがなければ、きっと何の役にも立っていなかったことでしょう」
 
 まだ頭を下げたまま、なかなか頑固。
 あー言えばこー言うな、この人。
 そういえばとふと思い出す。

 「あの、虫が入っていた箱に驚いてつい抱きついてしまってご迷惑お掛けしました」
 
 横にいるルーファスがギョッとした顔を向けてきた。 

 「兄上が抱きついた……」

 ようやく見物君の顔が上がった。

 「え?あっいいえ……凄い悲鳴でしたので相当、苦手なんですね」

 「え?そんな悲鳴あげましたっけ?」

 「え!?」
 
 虫が苦手すぎての咄嗟の行動は正直細かくは覚えていない。見物君を巻き込んだ覚えしかない。

 「上げておられましたよ。2回も。きゃーって」
 
 真面目に答えんな。

  きゃーって?え?嘘、そんな軟弱な悲鳴あげてた!?

 「……上げてません……」

 「え!?」
 
 あの場にいた人たちに聞かれてたと思うと顔から火が出る。あまりの恥ずかしさに顔を覆う。
 ちょっと希望的観測を込めて聞いてみた。

 「抱きついたから近くにいたから小さい声が聞こえたんですよね?」

 「いえ、とても大きな悲鳴でした」
 
 真面目君はフォローしない。レスポンス早いね。
 
 俺がずっと顔を覆っているのでルーファスが心配した声をかけてきた。チラッとルーファスを見ると憧れの体格で羨ましいとも思うけど、もしこの体格だったとしても虫が苦手なのは変わらないだろうなと思うと更に落ち込む。

 「恥ずかしい……」ポロリと口から出た。

 「あにっうえ!」
 
 あいうえ?発声?

 「っそんな涙目で顔赤くして上目遣いとか!ダメです!やめてください!」

  顔を覆っていた手はルーファスを見た時に指を折っていたから、無意識にぶりっ子ポーズをとっていることに注意されて気付く。
 
 この期に及んでなんて女々しいポーズをとってんだ俺は!上目遣いはお前の背が高いからだろうが!
 
 見物君は俺から目をそらす為か横を向いて咳をしている。心なしか顔が赤く見える。
 
 公爵家としてあるまじき!見物君が焦って目を背けなければならないほど……弟にまで注意されて、公爵家嫡男として今まで沈黙を貫いてきたのに穴をください。

 「俺って本当に情けないな……」

 「兄上は情けなくないです!」

 「ルーファスは弟の贔屓目ってやつなんじゃないか?」
 
 こんな情けない兄を慕ってくれるのは、とても有り難いことだよな。元々仲が良くて良い関係を築いていたんだろうな。何もしてない俺はなんか横取りしてる気分だけど。

 「あの、私も情けないとは思いません。第二王子殿下に責められていても、臆することなく冷静に話しておられましたし」
 
 真面目な見物君がフォローするほどの……と、ややショックを受ける。
 女々しい悲鳴を上げて情けないポーズの俺が冷静とか言ってくれてありがとう。しばらく引きずりそう……。

 「あなたはとても素敵だと思います。噂話でなく私はもっとあなたのことを知りたいです」
 
 追いフォローまでありがとう。
 
 「遅ればせながら、私はトマス・アレクサンダーと申します。男爵家です。以後お見知りおきをどうぞよろしくお願い致します」
 
 見物君改めトマスが俺の手を取った。よくある絵本のイラストで王子がお姫様の手を取るポーズ。

 貴族って……すごい。様になる。いや、トマスの真面目な性格と相違ない見た目も伴って様になってるんだろうな……俺がやったらお遊戯会になりそう。
 
 思わず見とれるほどの紳士の振る舞いに慌てて自分も挨拶をしなきゃと我に返る。

 「俺は」

 「兄上、そろそろ……馬車を待たせています」
 
 おまえ、人の言葉を遮りやがって
 半眼でルーファスを見たものの、ルーファスの目線はトマスの方に向いていた。

 「お帰りの前にお時間いただき、申し訳ありませんでした。レイ様」
 
 挨拶を返しそこねたが、トマスは俺の名前を知っていた。噂を聞いていたと言ってたし、図書室の人を呼んでくれてるから、当然といえば当然だった。ルーファスが遮って名乗り返さなくて正解だったのかも。 “存じてますが” って顔されたら、それにどんな返しをすればいいか考えるのも怖い。ルーファス、グッジョブ。

 「こちらこそ、わざわざ気を遣っていただいてありがとうございました」
 
 無難に返して切り上げようとするも、手はまだトマスにとられたまま……
 あれ……?これって俺から手を下げるのがマナー?
 タイミングを逃した本日二度目。
 
 トマスの様子でタイミングを計れるかもしれないと手から顔に視線を移すと、バッチリと目が合い微笑まれてしまった。

 硬い表情ばかり見てたので普通に笑えるんだなと初めて見るトマスの笑顔にタイミングを計りそこねた。
 これは笑顔を返すべきか?どれ位の?満面の笑みはおかしいだろ。思考の渦は深くなるばかり……。

 「兄上、こちらへ」
 
 トマスに取られていた手をルーファスが取り、手は自然とルーファスの方へ切り離された。
 
 ルーファス!ファインプレー!なんて子だ!
 思考の渦から解放されて心の中で拍手喝采。

 「弟さんというより、ボディガードみたいですね。レイ様よくお休みになってください。それでは、また学園で……」
 
 きれいなお辞儀でトマスは見送ってくれた。

 どっと疲れた俺は馬車の中ですぐに眠りこけてしまった。帰ったら両親に説明とかしなきゃいけないだろうに、瞼は重く閉じたままだった。
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