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09.結局誰が何を決めるって?(後編)
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俺はあまり執務室に来ることがないから少しばかり落ち着かない。ルーファスはしょっちゅう来ていると思うし、慣れていることが見て分かる。
ルーファスが俺の隣に座り、父が向かいのソファーに腰を下ろした。
「早速だが、レイはアレクサンダー男爵家とは知り合いか?」
「父上、アレクサンダー男爵家がどうしました?」
こめかみがピクリと動いたルーファスが、俺が答えるより先に答える。心なしかルーファスからピリッとした空気を感じる。
「書面が届いてな……レイはトマス・アレクサンダーを知っているか?」
「はい、知り合ったのは最近ですが……知ってます」
父上に今日のことを報告する前にトマスの名前が先に出されて驚いた。知っているか知っていないか聞かれると外見と名前は一致するぐらいの認識だから、知っている事にしていいのか少し迷った。
「父上、書面は何が書かれていたんですか?」
ルーファスが話に切り込んでいく。
「うむ……。レイの婚約相手として所望する内容だ。急な話で驚かせたくないから無礼を承知で先にレイに希望してる事を伝えたと記されていた。正式な婚約の申し入れではなく、あくまで打診という形だ」
俺にとってはどっちにしたって急な話なんだけども。
一つため息をついてから父が俺の顔を見た。
「男爵子息から、その話は聞いたのか?」
「……はい、今日トマス様から考えて欲しいと言われて父上に報告しようと思ってました」
もしや怒られるのでは?と心臓が落ち着かない。最近は心臓を酷使していることも落ち着かない。
一応、トマスが俺に言ってきたことを父にも説明する。
その間に執事がお茶を持ってきてくれた。説明をし終わっても父は顎に手を当てながら黙っている為、微妙な空気感から目線をどこにやればいいか迷いカップの湯気が上がる様子を目で追いかける。
お茶に手を付ける空気じゃないよね?今手つけても熱いだろうし。
ルーファスはどうしてるんだろうとチラリと見てみると、ばっちりと目が合った。俺の目線に気付いて目が合ったのではなく、その前から見られていたようだった。
なんか、公爵家嫡男としての報告の仕方に粗相でもあったかな。それとも、まだ何か言わなきゃいけない事とかあるのかな。父待ちじゃダメか?
俺の心の声のそわそわと落ち着かない様子が外に出ていたようでルーファスがフッと頬を緩め、頭を撫でた。
やっぱり兄弟逆では?年齢詐称してない?いや俺より下に詐称したってデメリットしかないだろ。圧倒的にルーファスが兄の方が公爵家にとって都合が良いだろうし。
「兼ねてから気にはなっていた……レイの婚約については」
ようやく父が口を開いた。俺もルーファスも父に視線を戻す。
「ただお前は貴族付き合いが苦手で付き合いもない。焦ることではないと様子を見ていたが……第二王子殿下と聖女様を巻き込んだ今回の一件で婚約の事を考えざるを得ない状況になったと」
「父上!まさかトマスとの婚約を進めるつもりですか!?そもそも巻き込まれたのは兄上の方だと父上も仰っていたではないですか!」
一気に不穏な空気になって俺は身が縮こまる。
「分かっている。そういった見方をする者も少なからずいるという事だ。何もやっていなくても悪くなくても失脚させるには十分な材料になる事もある。そんな事はさせないが」
「……だからと言って、トマスと婚約させるんですか?俺は反対です」
「しかし、レイは他の貴族と付き合いはないし知り合いならば少しはレイも気が楽に付き合えるのではないかと思うんだが……私が選んだ相手で良いと言うのであれば、という条件付きではあるが、この話を断ることも考えている」
父が俺の顔をじっと見て返答を待っている。
二人で話が進んでいるようなので空気になってやり取りを観戦していたが、自分に視線が向けられ戸惑ってしまう。確かに俺の話をしてはいたんだけど……。そもそもトマスでさえ付き合いがあったわけじゃなくて、事件の日と今日の図書室の二回しか会話はしていない。
「えっと……トマス様は……事件の日に初めて会話したので、知っているかと言われるとそうでもなくて……」
「事件の日に?」
事件のことは知っているもののトマスに関しては父も知らなかったようで、あの日にトマスが第二王子殿下に助言をしてくれた事と図書室の管理人さんと司書さんをすぐに呼んでくれて、潔白の証明に協力してくれていた事を説明する。
「なるほど。そういった経緯か」
父の目が見開き、眉間にシワを寄せ悩んでいた時とは変わった。
「王家相手でも臆せず意見を言える者は、私の立場から見ても評価に値する。男爵家である点は気掛かりだが、あの場であの判断ができたのは軽く見られるものではない」
一気にトマスの印象が好青年に変わったようだった。
その様子にルーファスは尚も眉間にシワを寄せて意見する。
「それだけで信用するのですか?ただ公爵家に近寄りたいだけでは?」
「不意の行動こそ人柄が出るだろう」
顎を触っていた手は腕組みに変わり、父の中では答えが出たのか目を閉じて「うん」と納得し始めた。目を開くと今度は手を膝の上に置き俺に視線を向ける。
「レイが良ければ話をすすめようと思うが」
俺、男だけど?
最近何回か思ってるな、これ。
でも男同士の婚姻関係が常識の世界なのかもしれない。自分がいた世界は少しずつ多様性の時代になってはいたみたいだけど、どうだったのだろう?実際狭い世界でしか生きてこなかった俺には男同士がしっくりこないと思ってしまうのは俺の経験が乏しすぎるせいかもしれない。
良いか悪いかと聞かれても、何が良いか分からない。
結局、沈黙する術しか俺は持ち合わせていなかった。
俺の様子を困惑顔で見ていたルーファスが父に向き直し口を開いた。
「父上、兄上が困っています。事を急に進められても混乱するだけです」
「……ああ、そうだな。レイはまだアレクサンダー男爵子息と懇意の仲ではなかったようだな」
軽く父がため息を吐いたので、がっかりさせてしまったのかもしれない。
「ごめんなさい……父上、迷惑を掛けてしまって……」
「ああ、違うんだよ。レイ、迷惑とかではないんだ。あんな風にお前が巻き込まれないようにしたいと思っただけなんだ。……ルーファス、分かったから睨まないでくれ」
手を上げて視線から隠れるようにルーファスの顔を隠した父の言葉に、ルーファスを見ると、父を睨んでる姿ではなく俺に微笑みかけていた。
一瞬で表情を変えるんか。凄いなルーファス。
「そうだな。後継者のこともあるし……アレクサンダー男爵子息が言っているように婚約者候補としてどうだろうか」
父がお茶に手を付けて一口飲んでから俺を見る。返事を促している目線ではなく優しい目つきだった。
「確かに答えを出すのを急かしすぎてしまった。今すぐに決めずにレイ自身がアレクサンダー男爵子息を見て決めればいい。しかし、婚約を考えている事を周知してもらう事は今のお前には必要だ。向こうから申し出ているなら、そのまま周囲の目の盾となってもらえばいい。そしてお前が良ければ例の薬が承認されれば大々的に婚約として進めていけばいいだろう」
盾となってもらう?例の薬って不穏な言葉は何?なんだかんだ父上はトマス様のことめちゃくちゃ推してない?俺のことを考えてくれて俺自身が選べばいいって言っておきながら、もうトマス様と結婚で良くない?って雰囲気を感じるんだけど。ここは “はい” の雰囲気になっちゃってる気がする。父上の中で完結しちゃった気がする。
そんな雰囲気をぶち壊してくれるのが
「父上、兄上が決めればいいと言いながらトマスとの結婚を視野に入れてるじゃないですか。自分の願望出さないでください。一人で早急に進めてますよ」
ルーファスですよね。
なんかもう凄いとしか言いようがない。
父上は大きなため息をついた。
「お前は本当に手厳しいな。レイが決めていいと言ったのは本心だ。私の考えが出てしまうのは、それが公爵としての性分だ。大目に見てくれ」
確かに、こんな何も知らなくて何もできない、記憶が戻らない息子に、ここまで意志を大事にして選択させてくれるのは父上の優しさなんだろう。
そこは忘れちゃいけないと思った。
だが、しかし気になることはある。
聞くか聞かないか迷っているうちにルーファスが父上の方へ身を乗り出した。
「父上、トマスが婚約者候補になるなら俺も婚約者候補になります」
はい?
なんて?
気になることが増えてしまった。
「ルーファスがトマス様の婚約者候補になるの?」
あまりの驚きに今回ばかりはすぐに聞いてしまう。
だけどルーファスの顔が露骨に嫌そうな表情になっていた。
「違います!トマスの婚約者候補になんてなりません!」
え?じゃあ誰?と言おうとすると盛大なため息が聞こえてきた。
父上は今日、何回ため息をついているんだろう。
「いつか言われるんじゃないかと思っていたが……ついに来たか……」
なになに?何が来たの?
俺の混乱とは裏腹にルーファスの真剣な顔が父の方へ向けられる。
「俺は本気です」
本気と書いてマジと読むって前の身体の母さんが言っていて、若い看護師さんに「え?死語ですよそれ」って言われてショック受けてたな。
あまりに分からないところで話が進んでいるから頭の中は違うことを考え始めていた。
「お前達は兄弟だぞ」
父がまた、ため息をついて眉間をもみ始める。
「義理のです」
「私は本当の息子としてお前を想っているし、本当の兄弟だと思っている」
なんて?
脳内が別次元に行っていたので、二人の話にさらに混乱した。とりあえず整理する為にお茶を流し込む。お茶はすっかり冷めていた。執事がお茶を入れ直しますと声を掛けてきて、お茶が口に入っているのに返事をしようとして盛大にむせてしまった。
「兄上!大丈夫ですか!?」
執事がナプキンを渡してくれて、すぐに背中をさすりに来てくれたルーファス。
さすが優しい弟。……義理のです。
先ほどのルーファスのセリフが木霊した。
「ぎっゲホッゲホッりぐふっ、って?ゲホッ」
全然言えてない。
「兄上、落ち着いてから話してください」
ずっと優しくさすってくれていた。俺の喉と鼻が落ち着くまで。喉もきついけど鼻も辛い。
ようやく落ち着いたところで、ルーファスにお礼を言いさっきのセリフをもう一度伝える。
鼻はちょっとまだ心配だからナプキンで押さえておく。
「義理って?」
「……俺は養子ですので兄上と俺は義理の兄弟なんです」
衝撃の事実。今の今まで本当の兄弟だと思っていた。確かに俺とルーファスの体格や顔付きは似てないけど、体格は父上が大きいからそんなものだと思っていた。考えてみれば髪色は父上も母上も俺も金色だったけど、ルーファスはカフェオレのような茶色だった。でも両親の色が出なくても祖父母とか隔世遺伝とかあるから気にも留めてなかった。
ただ俺にとってはそれが?って感じだ。
前の身体の記憶しかない自分にとっては、この身体の両親であっても、ここで目覚めてから数年かけてこの身体の今の両親として認識してきたところがあるから。
「そうだったんだ。ごめん、俺覚えてなくて……でも義理とかそんなの重要?ルーファスは俺が記憶なくしてからも傍に居てくれて助けてくれて、兄として不甲斐なくても慕ってくれて、俺はルーファスが大好きだよ」
「兄上」
嬉しそうな顔をして大きな身体で抱きしめられる。こうしてハグをしてくるところは兄として甘えられているようで弟らしく見えて可愛く思える。
ただナプキンで鼻を押さえていたので思いの外強いハグで手とナプキンが鼻と口の方に食い込み息がしづらくなってしまった。苦しくなってきて離れるように身動きを取ろうとしてもびくともしない。
「兄上っ好きです」
「ん゙ん゙ーーーっ」
「おいルーファス!レイが苦しがってるぞ!」
父上の言葉でようやく解放されて大きく息を吸えた。
「兄上、すみません。大丈夫ですか?」
「ん……さっき……なんて言って……た?」
ハァハァと息が切れてるので言葉が途切れ途切れになる。俺の問いにルーファスは「すみません」ともう一度謝り顔をそらされてしまった。
それで?それが?気になることは何一つとして気になるままなんだけど。
「息子のそんな姿を見せられる父はどう反応したら良いんだ。マリナス、気分を落ち着かせるお茶を淹れてくれ」
「かしこまりました」
父は片手で目を覆って天を仰いでいた。執事は特に反応することなくお茶を淹れに行く。執務室にいる執事はロボットみたいだ。
「父上、俺を兄上の婚約者候補にしてください。兄上に俺かトマスかどちらか……どちらも選ばない事になっても受け入れます」
いつの間にかルーファスは姿勢を正して父に真剣な顔で向き合っていた。
俺?の?婚約者候補?ルーファスが?
新しいお茶が淹れられ三人の前に置かれる。お茶は先ほどのお茶と違って清涼感のあるハーブの香りが広がっている。執事ってお茶の処方できる人じゃないとなれないのかな。父は静かに口を付けた。
一息ついたのか、ため息だったのか分からないが、カップを置くとゆっくり顔を上げてルーファスを見据える。
「あくまで決めるのはレイ自身。お前も私も肝に銘じておこう」
「はい」
父の言葉に落ち着いた様子で返事をすると俺の方へ身体を向け、膝の上にあった俺の手に手を重ねてきた。
「兄上、よろしくお願いします!」
「………………うん?」
眉を寄せて気合を入れている弟。複雑な顔で腕組みをして俺を見ている父。気になることは気になったままの俺。
結局、二人で納得して話し進んじゃった気がするんだけど……なんか疲れたし、もう今日は寝ようかな。
ルーファスが俺の隣に座り、父が向かいのソファーに腰を下ろした。
「早速だが、レイはアレクサンダー男爵家とは知り合いか?」
「父上、アレクサンダー男爵家がどうしました?」
こめかみがピクリと動いたルーファスが、俺が答えるより先に答える。心なしかルーファスからピリッとした空気を感じる。
「書面が届いてな……レイはトマス・アレクサンダーを知っているか?」
「はい、知り合ったのは最近ですが……知ってます」
父上に今日のことを報告する前にトマスの名前が先に出されて驚いた。知っているか知っていないか聞かれると外見と名前は一致するぐらいの認識だから、知っている事にしていいのか少し迷った。
「父上、書面は何が書かれていたんですか?」
ルーファスが話に切り込んでいく。
「うむ……。レイの婚約相手として所望する内容だ。急な話で驚かせたくないから無礼を承知で先にレイに希望してる事を伝えたと記されていた。正式な婚約の申し入れではなく、あくまで打診という形だ」
俺にとってはどっちにしたって急な話なんだけども。
一つため息をついてから父が俺の顔を見た。
「男爵子息から、その話は聞いたのか?」
「……はい、今日トマス様から考えて欲しいと言われて父上に報告しようと思ってました」
もしや怒られるのでは?と心臓が落ち着かない。最近は心臓を酷使していることも落ち着かない。
一応、トマスが俺に言ってきたことを父にも説明する。
その間に執事がお茶を持ってきてくれた。説明をし終わっても父は顎に手を当てながら黙っている為、微妙な空気感から目線をどこにやればいいか迷いカップの湯気が上がる様子を目で追いかける。
お茶に手を付ける空気じゃないよね?今手つけても熱いだろうし。
ルーファスはどうしてるんだろうとチラリと見てみると、ばっちりと目が合った。俺の目線に気付いて目が合ったのではなく、その前から見られていたようだった。
なんか、公爵家嫡男としての報告の仕方に粗相でもあったかな。それとも、まだ何か言わなきゃいけない事とかあるのかな。父待ちじゃダメか?
俺の心の声のそわそわと落ち着かない様子が外に出ていたようでルーファスがフッと頬を緩め、頭を撫でた。
やっぱり兄弟逆では?年齢詐称してない?いや俺より下に詐称したってデメリットしかないだろ。圧倒的にルーファスが兄の方が公爵家にとって都合が良いだろうし。
「兼ねてから気にはなっていた……レイの婚約については」
ようやく父が口を開いた。俺もルーファスも父に視線を戻す。
「ただお前は貴族付き合いが苦手で付き合いもない。焦ることではないと様子を見ていたが……第二王子殿下と聖女様を巻き込んだ今回の一件で婚約の事を考えざるを得ない状況になったと」
「父上!まさかトマスとの婚約を進めるつもりですか!?そもそも巻き込まれたのは兄上の方だと父上も仰っていたではないですか!」
一気に不穏な空気になって俺は身が縮こまる。
「分かっている。そういった見方をする者も少なからずいるという事だ。何もやっていなくても悪くなくても失脚させるには十分な材料になる事もある。そんな事はさせないが」
「……だからと言って、トマスと婚約させるんですか?俺は反対です」
「しかし、レイは他の貴族と付き合いはないし知り合いならば少しはレイも気が楽に付き合えるのではないかと思うんだが……私が選んだ相手で良いと言うのであれば、という条件付きではあるが、この話を断ることも考えている」
父が俺の顔をじっと見て返答を待っている。
二人で話が進んでいるようなので空気になってやり取りを観戦していたが、自分に視線が向けられ戸惑ってしまう。確かに俺の話をしてはいたんだけど……。そもそもトマスでさえ付き合いがあったわけじゃなくて、事件の日と今日の図書室の二回しか会話はしていない。
「えっと……トマス様は……事件の日に初めて会話したので、知っているかと言われるとそうでもなくて……」
「事件の日に?」
事件のことは知っているもののトマスに関しては父も知らなかったようで、あの日にトマスが第二王子殿下に助言をしてくれた事と図書室の管理人さんと司書さんをすぐに呼んでくれて、潔白の証明に協力してくれていた事を説明する。
「なるほど。そういった経緯か」
父の目が見開き、眉間にシワを寄せ悩んでいた時とは変わった。
「王家相手でも臆せず意見を言える者は、私の立場から見ても評価に値する。男爵家である点は気掛かりだが、あの場であの判断ができたのは軽く見られるものではない」
一気にトマスの印象が好青年に変わったようだった。
その様子にルーファスは尚も眉間にシワを寄せて意見する。
「それだけで信用するのですか?ただ公爵家に近寄りたいだけでは?」
「不意の行動こそ人柄が出るだろう」
顎を触っていた手は腕組みに変わり、父の中では答えが出たのか目を閉じて「うん」と納得し始めた。目を開くと今度は手を膝の上に置き俺に視線を向ける。
「レイが良ければ話をすすめようと思うが」
俺、男だけど?
最近何回か思ってるな、これ。
でも男同士の婚姻関係が常識の世界なのかもしれない。自分がいた世界は少しずつ多様性の時代になってはいたみたいだけど、どうだったのだろう?実際狭い世界でしか生きてこなかった俺には男同士がしっくりこないと思ってしまうのは俺の経験が乏しすぎるせいかもしれない。
良いか悪いかと聞かれても、何が良いか分からない。
結局、沈黙する術しか俺は持ち合わせていなかった。
俺の様子を困惑顔で見ていたルーファスが父に向き直し口を開いた。
「父上、兄上が困っています。事を急に進められても混乱するだけです」
「……ああ、そうだな。レイはまだアレクサンダー男爵子息と懇意の仲ではなかったようだな」
軽く父がため息を吐いたので、がっかりさせてしまったのかもしれない。
「ごめんなさい……父上、迷惑を掛けてしまって……」
「ああ、違うんだよ。レイ、迷惑とかではないんだ。あんな風にお前が巻き込まれないようにしたいと思っただけなんだ。……ルーファス、分かったから睨まないでくれ」
手を上げて視線から隠れるようにルーファスの顔を隠した父の言葉に、ルーファスを見ると、父を睨んでる姿ではなく俺に微笑みかけていた。
一瞬で表情を変えるんか。凄いなルーファス。
「そうだな。後継者のこともあるし……アレクサンダー男爵子息が言っているように婚約者候補としてどうだろうか」
父がお茶に手を付けて一口飲んでから俺を見る。返事を促している目線ではなく優しい目つきだった。
「確かに答えを出すのを急かしすぎてしまった。今すぐに決めずにレイ自身がアレクサンダー男爵子息を見て決めればいい。しかし、婚約を考えている事を周知してもらう事は今のお前には必要だ。向こうから申し出ているなら、そのまま周囲の目の盾となってもらえばいい。そしてお前が良ければ例の薬が承認されれば大々的に婚約として進めていけばいいだろう」
盾となってもらう?例の薬って不穏な言葉は何?なんだかんだ父上はトマス様のことめちゃくちゃ推してない?俺のことを考えてくれて俺自身が選べばいいって言っておきながら、もうトマス様と結婚で良くない?って雰囲気を感じるんだけど。ここは “はい” の雰囲気になっちゃってる気がする。父上の中で完結しちゃった気がする。
そんな雰囲気をぶち壊してくれるのが
「父上、兄上が決めればいいと言いながらトマスとの結婚を視野に入れてるじゃないですか。自分の願望出さないでください。一人で早急に進めてますよ」
ルーファスですよね。
なんかもう凄いとしか言いようがない。
父上は大きなため息をついた。
「お前は本当に手厳しいな。レイが決めていいと言ったのは本心だ。私の考えが出てしまうのは、それが公爵としての性分だ。大目に見てくれ」
確かに、こんな何も知らなくて何もできない、記憶が戻らない息子に、ここまで意志を大事にして選択させてくれるのは父上の優しさなんだろう。
そこは忘れちゃいけないと思った。
だが、しかし気になることはある。
聞くか聞かないか迷っているうちにルーファスが父上の方へ身を乗り出した。
「父上、トマスが婚約者候補になるなら俺も婚約者候補になります」
はい?
なんて?
気になることが増えてしまった。
「ルーファスがトマス様の婚約者候補になるの?」
あまりの驚きに今回ばかりはすぐに聞いてしまう。
だけどルーファスの顔が露骨に嫌そうな表情になっていた。
「違います!トマスの婚約者候補になんてなりません!」
え?じゃあ誰?と言おうとすると盛大なため息が聞こえてきた。
父上は今日、何回ため息をついているんだろう。
「いつか言われるんじゃないかと思っていたが……ついに来たか……」
なになに?何が来たの?
俺の混乱とは裏腹にルーファスの真剣な顔が父の方へ向けられる。
「俺は本気です」
本気と書いてマジと読むって前の身体の母さんが言っていて、若い看護師さんに「え?死語ですよそれ」って言われてショック受けてたな。
あまりに分からないところで話が進んでいるから頭の中は違うことを考え始めていた。
「お前達は兄弟だぞ」
父がまた、ため息をついて眉間をもみ始める。
「義理のです」
「私は本当の息子としてお前を想っているし、本当の兄弟だと思っている」
なんて?
脳内が別次元に行っていたので、二人の話にさらに混乱した。とりあえず整理する為にお茶を流し込む。お茶はすっかり冷めていた。執事がお茶を入れ直しますと声を掛けてきて、お茶が口に入っているのに返事をしようとして盛大にむせてしまった。
「兄上!大丈夫ですか!?」
執事がナプキンを渡してくれて、すぐに背中をさすりに来てくれたルーファス。
さすが優しい弟。……義理のです。
先ほどのルーファスのセリフが木霊した。
「ぎっゲホッゲホッりぐふっ、って?ゲホッ」
全然言えてない。
「兄上、落ち着いてから話してください」
ずっと優しくさすってくれていた。俺の喉と鼻が落ち着くまで。喉もきついけど鼻も辛い。
ようやく落ち着いたところで、ルーファスにお礼を言いさっきのセリフをもう一度伝える。
鼻はちょっとまだ心配だからナプキンで押さえておく。
「義理って?」
「……俺は養子ですので兄上と俺は義理の兄弟なんです」
衝撃の事実。今の今まで本当の兄弟だと思っていた。確かに俺とルーファスの体格や顔付きは似てないけど、体格は父上が大きいからそんなものだと思っていた。考えてみれば髪色は父上も母上も俺も金色だったけど、ルーファスはカフェオレのような茶色だった。でも両親の色が出なくても祖父母とか隔世遺伝とかあるから気にも留めてなかった。
ただ俺にとってはそれが?って感じだ。
前の身体の記憶しかない自分にとっては、この身体の両親であっても、ここで目覚めてから数年かけてこの身体の今の両親として認識してきたところがあるから。
「そうだったんだ。ごめん、俺覚えてなくて……でも義理とかそんなの重要?ルーファスは俺が記憶なくしてからも傍に居てくれて助けてくれて、兄として不甲斐なくても慕ってくれて、俺はルーファスが大好きだよ」
「兄上」
嬉しそうな顔をして大きな身体で抱きしめられる。こうしてハグをしてくるところは兄として甘えられているようで弟らしく見えて可愛く思える。
ただナプキンで鼻を押さえていたので思いの外強いハグで手とナプキンが鼻と口の方に食い込み息がしづらくなってしまった。苦しくなってきて離れるように身動きを取ろうとしてもびくともしない。
「兄上っ好きです」
「ん゙ん゙ーーーっ」
「おいルーファス!レイが苦しがってるぞ!」
父上の言葉でようやく解放されて大きく息を吸えた。
「兄上、すみません。大丈夫ですか?」
「ん……さっき……なんて言って……た?」
ハァハァと息が切れてるので言葉が途切れ途切れになる。俺の問いにルーファスは「すみません」ともう一度謝り顔をそらされてしまった。
それで?それが?気になることは何一つとして気になるままなんだけど。
「息子のそんな姿を見せられる父はどう反応したら良いんだ。マリナス、気分を落ち着かせるお茶を淹れてくれ」
「かしこまりました」
父は片手で目を覆って天を仰いでいた。執事は特に反応することなくお茶を淹れに行く。執務室にいる執事はロボットみたいだ。
「父上、俺を兄上の婚約者候補にしてください。兄上に俺かトマスかどちらか……どちらも選ばない事になっても受け入れます」
いつの間にかルーファスは姿勢を正して父に真剣な顔で向き合っていた。
俺?の?婚約者候補?ルーファスが?
新しいお茶が淹れられ三人の前に置かれる。お茶は先ほどのお茶と違って清涼感のあるハーブの香りが広がっている。執事ってお茶の処方できる人じゃないとなれないのかな。父は静かに口を付けた。
一息ついたのか、ため息だったのか分からないが、カップを置くとゆっくり顔を上げてルーファスを見据える。
「あくまで決めるのはレイ自身。お前も私も肝に銘じておこう」
「はい」
父の言葉に落ち着いた様子で返事をすると俺の方へ身体を向け、膝の上にあった俺の手に手を重ねてきた。
「兄上、よろしくお願いします!」
「………………うん?」
眉を寄せて気合を入れている弟。複雑な顔で腕組みをして俺を見ている父。気になることは気になったままの俺。
結局、二人で納得して話し進んじゃった気がするんだけど……なんか疲れたし、もう今日は寝ようかな。
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ルナとは関わらないことを選び、学園生活を謳歌していたサンだったが、次第に人嫌いだと言われていたルナが何故かサンにだけ構ってくるようになりーーー?
魔術の天才だが、受け以外に興味がない攻めと魔術の才能は無いが、人たらしな受けのお話。
※お話の展開上、一度人が死ぬ描写が含まれます。
※ハッピーエンドです。
※基本的に2日に一回のペースで更新予定です。
今連載中の作品が完結したら更新ペースを見直す予定ではありますが、気長に付き合っていただけますと嬉しいです。
【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?
キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。
知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。
今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど——
「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」
幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。
しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。
これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。
全8話。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
【8話完結】いじめられっ子だった僕が、覚醒したら騎士団長に求愛されました
キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。
けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。
そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。
なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」
それが、すべての始まりだった。
あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。
僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。
だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。
過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。
これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。
全8話。
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