転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。

星乃シキ

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19.目は口ほどに

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 「体調は良さそうですね」

 リアン先生が淹れてくれたお茶を啜っていると、向かいに座った先生が同じくお茶を啜りながら、朗らかな顔で爽やかに言った。

 「はい、その節はありがとうございました」

 「いいえ、それが私の仕事ですから」
 
 『爽やか』という文字が浮かびそうなほど甘い顔だ。朝から眩しい。
 
 いつもより早めに学校に着いた俺は救護室に行きリアン先生にお礼を言いに訪れた。
 ルーファスは「教室に一人残していくより安心です」と軽いハグをしてまた屋敷へと戻っていった。

 なんか過保護に拍車がかかってる気がするんだが……。

 「それもそうなんですが……俺が学校に復帰した時にリアン先生がしばらく付いていてくれましたよね。この間は自分の事で手一杯で気付かず……あの時もありがとうございました」
 
 あの夜にベッドに入って唐突にリアン先生ってあの時の保健医では?と思い出した。
 あるよね、寝入りばなに思い出すやつ。

 「いえ、あの時も大したことはしていませんよ。私もずっと気になっていました。私の方から出向くことはできませんから、順調に学校生活を送れているようで安心しました」
 
 順調……かどうかはさておき。
 
 「何も記憶がない中で事情を知る人もいなかったので本当に助かりました」

 カチャと少しの音を立てて机にカップを置き、リアン先生は神妙に声を潜めた。
 
 「あの……記憶のほうはまだ?」

 「はい。戻ってません」
 
 元からないんだけどね。

 「……そうですか……心細い中よく頑張りましたね」
 
 慈愛の目が俺に向く。
 
 この間も見たなこの表情。
 
 なんとなく、リアン先生の目は前世の記憶を思い起こさせる。特に最期の発作が起きるまでの数年はこの目付きを俺に向けられることが多かったように思う。きっとその目をした人たちは俺がもうすぐいなくなると知っていた人たちだったんだろう。
 ざわりと胸のあたりに妙な感覚がした。

 「どうしました?」

 「えっと……何でもありません」
 
 一瞬だったので自分でも分からず、胸の感覚はすぐに飲み込んだお茶に流されていった。

 「実はずっと気になっていたんです」

 「何がですか?」

 「……あなたに “頑張ってください” と声をかけたことを」

 「それが何か?普通の言葉ですよね」

 「いいえ、大変な経験をして、さらに記憶をなくしている方に“頑張れ”等といった言葉をかけるのは、負担でしかなかったのではと……」

 「へえっ?」
 
 全く気にしていなかったので、寝耳に水で変な声が出てしまった。
 
 「運び込まれてきた時に身体の不調を訴えずに我慢する姿に自分の言葉が如何に良くない発言だったか身に沁みました」

 おおーっとお??俺のただの笑いによる筋肉痛でリアン先生が自分を責めてしまっている!?
 なんてことだ!俺の腹筋が不甲斐ないばかりに精神的ダメージを人に与えてしまうなんて!

 お茶を噴き出しそうになるのをなんとか口内に押し留めた。

 「あの……リアン先生、この間のは本当に頑張ってるとかそういったことでなくて……だからそのリアン先生が気に病むことは全くもってないと言いますか……凄く大丈夫なので本当に気にしないでいただきたいんですけど」
 
 本当に。本当に。本当に。
 大事なことなので三回思いました。

 「あなたはお優しいですね。保健医として私はまだまだだったと我が身を省みることができたので、私にとってとても重要な出来事でした。なので感謝しています」

 あんれ~?なんか腹筋がえらいことになってるう?
 もう絶対に笑いによる筋肉痛なんて言えない。
 蓋をしよう。筋肉痛などなかったのだと。あれは腹痛だったと。

 「お茶会は私も保健医として待機してますので何か困ったことがありましたら何なりとお申し付けくださいね」
 
 いい感じにまとめてもらったところで俺も深く頷いておいた。

 「お茶会に保健医も必要なんですか?」
 
 俺の発言に再びカップを持ち上げお茶を啜り、ふうとため息をついた。

 「学校のお茶会は上位貴族に慣れない生徒も参加する為、緊張のあまり倒れたり、飲み過ぎや食べ過ぎで体調を崩したり、席を外すタイミングを逃して体調を崩す方も毎年何名かおられるので。一応、学校は家格を表立って出さない、利用しない事にはなっていますがね。学校生活だからといって今後の関係に響かないわけではないですから、やはり皆さん気を遣いますよね」

 思ったよりヘビーな内容だった。
 華やかなお茶会イメージが体育会系?なイメージになりそう。俺は体育会系を体感したことはないけど。
 
 要はトイレ行くのを我慢しちゃう子もいるわけだ。

 「それは体に良くないな……」

 「ふふふ……そうですね。なのであなたも我慢はしないでくださいね」
 
 朗らかな笑顔で言われる。
 
 「あ、はい」

 「と言っても、弟君とトマス・アレクサンダー様がおられるから大丈夫そうですね」

 「ええ?」

 「私よりもあなたの機微に聡いですよ」

 「確かに……二人共デキる男ですよね。皆頼りたくなるだろうし、俺なんかよりルーファスの方が色々上手くやれるのに」

 「……あなたがいるから出来るんですよ」

 
 あ……また、あの目だ。
 
 兄より弟の出来が良い。身体も頭も。それを気にしていると思われて憐れんでいるように思えた。
 これは俺の発言がこの目をさせてしまったんだ。

 「すみません。リアン先生に気を遣わせてしまいました」

 「…………」

 「世間から見た話をしただけといいますか……。俺も良く分かってますし。えーと?無理もしてないですし、とにかく二人かっこいいですから、モテそうですよね!」
 
 何言ってんだか分からなくなってきた。
 もうその目で見ないでほしい。
 
 たまらずリアン先生の目から逃げるように最後のお茶を流し込む。
 
 何も言葉を発さない空気感に耐えられない。

 「でもルーファスのあの過保護な行動は今後、結婚する相手にとっては嬉しいことなのかなぁ」
 
 俺にとってルーファスのあの行動が過保護なのか、兄弟なら普通なのかはこの世界でも前の世界でも基準は分からないけれど。自分でも“過保護では?”と気になっていたし、心配性とか言われてるんだから、やっぱり度が過ぎているところはあるんだろうな。
 
 言葉を発さず俺を見ていたリアン先生の目が丸くなり、口を開いては閉じてを繰り返した。

 「リアン先生?」

 「あっ、えー……二人は婚約したのではないのですか?」

 「婚約はしてないです。婚約者候補にはなってますが」

 「ああそうでしたね、トマス・アレクサンダー様も婚約者候補ですね」

 「?はい。リアン先生もご存知なんですね」

 「ああ、はい。公爵家の事はみんな気にしているので耳が早いといいますか、すぐに情報が回りますので……」

 噂話が回るのが早い……。
 このスマホもネットもない世界で。

 「その……あなたは……」

 「レイで良いですよ」

 「すみません、ありがとうございます。なんとなく、家名で呼ばれるのがお嫌なのではないかと……」

 「リアン先生は先生なんだから気にしなくて良いんじゃないですか?」

 「表向きはそうですね」
 
 困ったように笑うリアン先生には失礼ながら、やっぱり貴族って面倒だな。と思ってしまった。

 「あの……差し出がましいことをお聞きしますが、レイ様は弟君のルーファス様と結婚されるとは考えていないのですか?」

 「俺がルーファスと?」
 
 思わず小首を傾げてしまった俺を見てリアン先生の顔にも “?”が浮かんでいる。

 婚約者候補って確かに、“婚約”が“結婚を約束する”ことだから……結婚を考えていません、というのはおかしなことか?考えていないではなくて、考えられない。そこまで俺の中で重要な案件にまで至っていないだけなんだけど。
 あっ!待てよ。ここでルーファスや、トマスとの結婚は考えてません。と言ったら婚約者候補の話は聖女や第二王子殿下との諍いを起こさない為のただの張りぼてだと気付かれてしまって、噂が回るのが早いというならばここで下手なことを言ってはいけないのではないか!?

 「か……考えてます。結婚、ちゃんと考えてます」

 「レイ様?」

 「まだルーファスかトマス様か決まっていないだけで、決して婚約者候補ではないということではありません」
 
 背中を変な汗が伝っていく。
 
 やっぱり俺は下手に口を開かない方が良かったかもしれない。
 この世の父上……ごめんなさい。

 「レイ様、大丈夫です。私は他言しません」
 
 わざわざ、立ち上がって俺を宥めようとしてくるリアン先生の行動に俺は察した。

 ほらやっぱりダメってことじゃん!!

 これ以上、何か言って墓穴を掘っても困るので心の中で口にバツをする。さながら俺はムッフィーだ……。俺はムッフィー。

 「レイ様……私の前では取り繕わなくて大丈夫ですよ。さっき言った通り他言はしませんし。あなたの不利になるようなことは絶対にしません。安心してください。ここは学校で私は保健医です。生徒を守るのも私の役目ですよ」

 “ね”と座っている俺に目線を合わせて首を傾ける。
 まるで小さな子を諭すみたいに。あの目をして。

 「俺はそんなに可哀想に見えますか?」

 自分でも思ってもいなかった言葉が口から出てきてリアン先生の驚いた顔と同じ顔をしていたように思う。
 また胸に妙な感覚がした。

 リアン先生が口を開こうとした時に予鈴が鳴り、我に返った。

 「ごめんなさい!今のは忘れてください!」
 
 荷物を取って一目散に駆け出し、ドアを開きふと立ち止まる。

 「お茶、ごちそうさまでした!」
 
 リアン先生の顔を見る余裕もないまま教室へと急ぎ足で向かった。
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