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第4章 Side 小泉
第7話 料理の特訓 前編
しおりを挟む朝の5時過ぎ。キッチンでフライパンを振っていたら、彼女がリビングに入って来た。
「おはよう!」
「よう、随分と早いじゃねぇか……っ?!」
言いかけて思わず息を飲んだ。いつもと違う雰囲気の彼女に不意に胸の高鳴りを覚えてしまったのだ。艶やかな髪は綺麗に整えられ、化粧もしっかりしている。春らしいパステルピンクの薄いニットに黒いレザーのミニスカートをはいている。ふんわりとしたワンピースの影響なのか昨日までは色気の中にもまだ柔らかく優しい雰囲気があったが、今日は少し辛口な雰囲気が漂っている。
何より気になるのはニットが薄い所為か体のラインがはっきりと見えることだ。ただでさえ大きい胸がより目立つ。レザーのミニスカートはタイトでヒップラインがくっきりと見えるし、色白な両腿には程よく肉が付いているが健康的で柔らかそうだった。男なら「触ってみたい」と誰もが思うに違いない。何ともいえない色気に俺は彼女を直視できず、思わず目を逸らしてしまった。
「どうしたの?」
「い、いや……何でもねえ」
「あ~さては……アタシのこと『いつもと違うな』って思った?」
彼女は目を細め、わざとらしく妖艶な表情を浮かべると俺に自身の体を擦り寄せた。ふんわりと花の香りが漂う。電車やバスなど公共の場でよく強烈な匂いを放っている女がいるが、俺はそういう奴が大嫌いだ。香水は別に嫌いではないが、付けすぎにも程がある。飲食店で匂いを撒き散らしている奴は特に嫌いだ。料理が不味く感じる。だが、彼女は違った。決して強烈ではない、かと言って全く感じない訳ではない。まさに絶妙なのだ。
(こういうところも母親譲りなのか……って、俺は何故こんなに動揺してる?!たかが小娘の色仕掛けだろ?!)
俺は彼女から離れると平静を装って言った。
「つーか、起きるの早すぎないか?教えるのは夜からでもいいんだぞ」
「いいの!アタシは決めたら即行動するタイプなんだから!で?何すればいいの?」
彼女は興味深そうな顔でフライパンの中を覗き込むと、目を丸くして声を上げた。
「小泉さん!卵!焦げちゃってる!」
「えっ?!」
慌ててフライパンの中を覗き込んで愕然とした。巻いていたオムレツが丸焦げになっていた。俺は火を止めて大きなため息を吐いた。
(俺としたことが……こいつにペースを乱された。料理で失敗したのは子供の時以来か……)
「ったく、お前の所為で……!」
思わず声を荒げた瞬間、彼女の表情がまた変わった。眉を下げ、潤んだ瞳で俺を見上げる。
(しまった……昨日と同じ手に乗せられちまう)
「ご、ごめんね。アタシが余計なことしたから……料理の邪魔してホントにごめん」
彼女は素直な口調でそう言うと俺に頭を下げた。てっきりまたあざとい手を使ってくるとばかり思っていた。まさか素直な反応を見せるとは。予想外の反応に俺は慌てた。
「い、いや。別に怒ってる訳じゃない。そ、そうしたら……お前はサラダ作ってくれるか?野菜ぐらいは切れるよな?」
「もちろん!」
「ああ、まずその前にエプロンしろ。俺の使っていいから。あと料理する時は髪を束ねろ」
棚から予備のエプロンを出して渡すと、彼女は「はーい」と返事をして何の変哲もない無地の黒いエプロンを付けた。いかにも男性用のデザインで大きめに作られているからか、彼女にはアンバランスだった。
(帰りに女用のエプロン買って来てやるか……)
髪を束ねるのは想定内だったようで、彼女は肩に落ちていた長い髪をかきあげると腕にはめてあった白いシュシュで後ろに束ねた。その仕草は自然でさりげないものだったが、微かな色気があって俺はまた柄にもなく動揺してしまった。
「れ、冷蔵庫に……レタス、きゅうり、トマトが入ってるから切って皿に盛り付けてみろ。お前が普段食べてるサラダと同じ大きさでいい」
「はーい!」
彼女は俺の言った通りに野菜を次々に切っていった。包丁を持つ手は少し危なっかしいが、意外と筋は良いようだ。
「サイズが少し大きい気もするが、思ったほど悪くはないな」
「ホント?!」
「ああ。次は卵を溶いてくれ。オムレツ作れるか?」
「たぶん無理」
「……分かった」
シンプルなプレーンオムレツなら簡単だからすぐに覚えられるだろう。彼女は俺の指示通りに調味料を入れて卵を溶くと、フライパンに注ぎ入れた。
「卵に気泡ができてきたら巻いてくぞ」
「え?!巻くってどうやって?!」
彼女が困惑し焦り出したので俺は無意識に彼女の後ろに立った。が、一瞬躊躇した。
(いや、待てよ……両手を添えたらセクハラになるか?でも巻き方はこうした方が手っ取り早く覚えられる。俺もばあちゃんにそうやって教わったし……)
「小泉さん?どうすればいいの?また卵焦げちゃう」
「……両手、触っても構わないか?」
「えっ?!大丈夫だよ!」
彼女は少しだけ目を丸くしたが、その表情には嫌悪感などは見られなかった。安心しながら俺はそっと彼女の両手に触れた。淡いクリーム色のネイルが施されたその手は暖かく滑らかだった。
なるべく手以外は触れないようにしているつもりだったが、どうしても体が密着してしまう。俺の両腿の辺りに彼女の尻が当たっている。スカート越しでも分かるその柔らかさに俺はまた体が熱くなるのを感じた。
(うっ……決して下心があってこんなことしてる訳じゃ……ないんだからな……)
なるべく意識しないように何とか気を逸らすと、フライパンをゆっくり動かしながら彼女に優しく指示をした。
「いいか?こうやって……振るんだ。ほら、綺麗に巻けただろ?」
「う、うん……」
彼女の様子がおかしい。不思議に思って後ろからそっと横顔に目をやって驚いた。耳まで真っ赤になっていた。
(やっぱりやり過ぎたか……)
「わ、悪い。もし嫌な気分にさせたのなら謝る」
急いで体を離すと、彼女は咄嗟に振り向き慌てて言った。
「ち、違うから!」
頬を真っ赤に染め、明らかに動揺している。が、一瞬の沈黙の後、彼女は目を細め、妖艶な笑みを浮かべながら言った。
「小泉さんに触れられるの、全然嫌じゃないよ?むしろ……もっとして欲しいな……って」
「ま、またお前は!大人をからかうんじゃねえっていつも言ってんだろ!」
「ふふっ小泉さんてばホントかわいいんだから!で?次は何すればいいの?」
「あ、ああ……オムレツをもうひとつ作ってくれ。次は手伝わないから試しに自分でやってみろ」
「はーい!」
彼女はフライパンに残っているオムレツを皿に移すと、残りの卵を流し込んだ。しばらくして卵に気泡が出来たので、フライパンを揺りながら巻き始めた……が。始めから上手くできるはずもなく、卵は思い切り崩れて見るも無惨な姿になっていた。
「あーあ……失敗しちゃった。何コレ?オムレツじゃないよね」
彼女はフライパンの中を指差して苦笑いした。
「最初から上手くできる奴なんていない。俺も綺麗に巻けるようになるまで時間がかかったからな。まだ固まり切ってない……なら、こうすればいい」
菜箸で一気に掻き回すと、彼女が驚いて声を上げた。
「ちょ!ちょっと!何してんの?!せっかく作ったのに!」
「慌てんな。お前の作った料理をめちゃくちゃにしたい訳じゃない。ほら、スクランブルエッグだ。ケチャップをつけて食べると美味いだろ?」
彼女は目を丸くし、拍手をした。
「すごーい!小泉さん、マジ天才じゃん!」
「……別に。誰でも出来る。これは俺が食うからお前はさっきのオムレツ食っていいぞ」
「えっいいの?」
「ああ」
「ありがとう!」
その後、近所のパン屋(俺の馴染みの店だ)で買った食パンを切って焼き、彼女にはココアを、俺はコーヒーを淹れた。彼女が作り、俺が修正したスクランブルエッグは普通に美味かった。
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