アンドロイドの歪な恋 〜番外編と制作ノート〜

松本ダリア

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番外編

真夜中の攻防 前編 *

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遊び疲れて眠ってしまったシリウスをベッドに寝かせ、雄飛はリビングに戻った。

「ようやくゆっくりできる……」

大きく息を吐きながらソファに座り込むと、片付けを終えたイオが花柄のエプロンを外しながら言った。

「シリウス、雄飛のことずっと待ってたんだもん。仕方ないわよ」

「イオは?君も俺のこと待ってたんでしょ?」

うん、待ってた。そう言って頬を赤らめ、彼女が自分に体を寄せて来ることを雄飛は予想していた。しかし、彼女が雄飛に取った行動は実に意外なものだった。

「……別に、待ってないもん」

目を逸らしながらそう言うと、イオは外したエプロンを置こうとキッチンカウンターに引き返そうとした。

(ん?なんか様子が変だな)

雄飛は咄嗟に立ち上がり、その腕を掴んだ。振り向いたイオの表情は心なしか険しく、雄飛は眉をひそめた。

「え?なに?もしかしてまだ怒ってんの?」

「怒ってない。さっき言ったでしょ、ごめんって」

イオは微笑みながらそう言ったが、無理に作られたその笑顔は引きつっており、言葉には少し棘があった。彼女が雄飛に対してそんな態度を取るのは初めてのことだった。

(考えてみれば、イオが俺に歯向かったり怒りを露にしたことってない気がする……。言いたいことがあっても言えなくて、我慢していたのかもしれない。自覚はなかったけど俺がそうさせていたのか?)

雄飛の脳裏にある考えが閃いた。

(そうだ……それならいっそのこと思い切り怒らせてみるのもいいかもしれない)

彼女に対する優しさだったが、それだけではなかった。愛する彼女が本気で怒った顔を見てみたい、違う一面を見てみたい、というアンドロイドの研究者としての興味はもちろん、ある種のマゾヒズム的な欲求もあった。それは、彼の好むSMプレイという性的嗜好せいてきしこうにおいて、自分はいつもS側だが、M側も体験したら面白いかもしれない。そんな好奇心もあったのである。

「怒ってない?よく言うよ。君が奥底にしまい込んでる感情が顔に滲み出てる。いつも一緒にいるから俺には分かる。これからずっと、そんな気持ちの悪い笑顔で俺の隣にいる気なのか?本心を隠してさ。冗談じゃない。あるんだろ?俺に言いたい事が。はっきり言ったらどうなんだよ」

イオは驚いて目を丸くした。ブルーの瞳が揺れている。笑顔を消し、真顔でそう言う彼に戸惑っているのだ。雄飛は掴んでいるイオの腕を上げると言った。

「ほら、俺を思い切り殴れよ。この手で」

イオの手が、体が震える。今まで押し殺していた怒りと、雄飛に対して手を上げることへの恐怖がせめぎ合っているのだ。彼女の複雑な感情が雄飛には手に取るように分かった。

(あともう少しだな……)

彼女の完全なる本性を引き出すため、雄飛はトドメを刺すが如く、わざと呆れたような口調でこう言い放った。

「……なんだ、殴る勇気もないのかよ。はいはいって何でもかんでも俺の……男の言いなりになって。自分の言いたいことも言えないそんな臆病な子だったのか、君は。ハレーの一件からちっとも成長してないじゃないか。見損なったよ」

その瞬間、イオは雄飛の頬に平手打ちを食らわした。予想以上の鋭い音と刺激に雄飛は内心、驚きを隠せなかった。

(いってえええ!イオの奴、本気でやりやがった……いや、殴るように挑発したのは俺だけどさ!)

雄飛はヒリヒリと痛む頬を押さえながら、イオの顔をじっと見つめた。彼女の表情からは先程までの作り笑いは消え去っていた。思い切り眉間に皺を寄せて、鋭い眼差しで雄飛を睨みつけている。いつもは穏やかな海のようなブルーの瞳の奥に、激しい荒波のような感情が湧いているのを察して、雄飛は微かに口元を緩めた。

「……馬鹿にしないで。アタシはもう男の言いなりになんてならない。それが例え、雄飛でもハレーでも、他の人であっても」

「……へえ。なかなか言うね。でも、それだけじゃないだろ?ほら、もっと言えよ」

勢いづいたイオは雄飛の言葉に乗せられ、彼にグッと体を寄せると顎を上げ、鋭い眼差しで彼を見上げながら言った。

「あなたがいない間……アタシとシリウスがどれだけ寂しい思いをしたか分かる?それなのに、あなたはチームの女の子と仲良くやって……結果的にそれは浮気じゃなかったけど、無神経なあなたの所為でアタシがどれだけ傷ついたか!」

本性を露にするイオの姿を目の当たりにした雄飛は、嬉しさのあまり何度も口元が緩みそうになったが必死に堪えた。イオはその後も、雄飛がいない間にどれだけ寂しい思いをして雄飛を信じたい気持ちと葛藤していたかを事細かに、また感情的に畳みかけてきた。雄飛は口を挟むことなく彼女の言葉に耳を傾け、その怒りを全て受け止めようとした。イオはひと通り吐き出すと、ふうと大きく息を吐いた。雄飛はさりげなくスラックスのポケットに手を突っ込んだ。

(……今日は試しに交代してみるか)

手錠を取り出すと彼女に向かって差し出した。

「まだ物足りないだろ?じゃあ、今日は君がやるんだ」

「……えっ」

「なにを戸惑ってる?早くこれで俺の自由を奪え。それで俺を翻弄ほんろうしてみろよ。いつも俺が君にやってるみたいに」

イオは目の前に差し出された手錠をじっと見つめた。やがて、意を決したような顔をして受け取ると、雄飛をソファの上に押し倒した。そして、彼の体の上に馬乗りになるとその両手を頭の上に上げ、手錠を掛けた。その間、彼女は無言だった。また、表情も一切変わらなかった。依然として笑顔は消え、怒りに満ちた激しい瞳で雄飛のことを見下ろしていた。

(イオがまさかこんな顔するなんて……って、まさか俺、興奮してる?俺は絶対Sだと思ってたけど、まさかMに目覚めたのか?)

いつものおっとりした柔らかな姿からは想像できないあまりにも感情的で激しい彼女の姿に、雄飛は徐々に気分が高揚するのを感じた。また、そんな自分の新たな一面に気づき、戸惑いを隠せなかった。イオは濃紺のセーターを脱ぐと、下着姿になった。久しぶりに目にしたイオのふくよかな胸や谷間に雄飛の胸が高鳴る。

「アタシね、ベネラ姉さんと色んな話をするの。子育ての話とか家事の話とか……それに夫婦のセックスの話もね」

イオはそう言うと微笑んだ。しかし、その目は全く笑っていなかった。雄飛に対する怒りとこれまで我慢していた性欲が激しく混ざり合い複雑な色を湛えていた。雄飛は思わず息を飲んだ。

「知ってる?ベネラ姉さんは基本的にハレーに主導権を握らせないんだって。不思議よね。あのハレーがベネラ姉さんの言いなりになるのよ?それ聞いた時にね、アタシも一度やってみたいなぁって思ってたの」

イオは雄飛の唇に自身の唇を重ねると、彼の舌先を激しく絡め取った。そして、そのまま雄飛のシャツの前ボタンを器用に開けて逞しい肉体に指先を滑らせた。

「んんっ……!」

今まで感じたことのない感覚が込み上げ、雄飛は思わず声を漏らした。イオは雄飛の反応を楽しそうに眺めると言った。

「ああ、ようやく、アタシにもチャンスが巡ってきた。でも、それよりも……」

そして、耳元に唇を寄せて囁いた。

「アタシを傷つけた罰、受けてもらうわ」

「イ、イオ……」

吐息交じりの甘い囁き声に、雄飛は体を震わせた。イオは胸元の下着をゆっくりと取ると雄飛の首筋や胸、腹筋を唇や指先で優しく、時にいやらしく愛撫した。時折イオの金色の髪やふくよかな胸、その先にある突起が肌に触れ、雄飛はその度に自身の欲望が硬くなっていくのを感じた。

(ううっ……なんだこれ、体がゾクゾクする……両手が塞がってる状態でされるってこんなに刺激的なのか……?)

雄飛は漏れそうになる声を必死に押し殺して堪えた。そんな彼を見て、イオはうっとりした表情を浮かべた。

「雄飛もそんな顔をするんだ……ふふっ、じゃあ声出させてあげようかな」

イオは雄飛のスラックスと下着を脱がせると、硬くなったそれを優しく握った。そして、上下に動かし始めた。徐々に込み上げる快感に雄飛は思わず吐息を漏らした。

「うあっ、んんっ……っ」

(や、やばい。ずっとしてなかったからちょっとの刺激でもう……っ!)

「雄飛?どうしたの?声、我慢しなくていいんだよ」

「い、いや……俺は死んでも、声なんか出さない」

雄飛は首を横に振りながらそう言った。

(イオの怒りを解放するために立場を交代したのに……俺、いつの間にか本気になってる……)

「何でそんなにムキになるの?アタシの言いなりになるのがイヤ?」

イオはそう言いながら手の動きを早めた。雄飛は言葉を返す余裕もなく、イオに体を委ねるしかなかった。

「ああっ、イキそう……っ」

雄飛は悶えながら体を震わせた。しかし、イオは寸前で突然動きを止めてしまった。雄飛は驚いてイオを見上げた。イオが微笑みながら、雄飛の顔を見下ろしている。

「ふふっ、雄飛。なんで?って顔してる」

「そ、そりゃあ……そうだろ。なんで途中でやめるんだよ」

「さっき言ったでしょ?アタシを傷つけた罰だって。あなたの思い通りになると思ったら大間違い。欲しいなら言って?」

雄飛が黙り込んでいると、イオは硬くなったままの雄飛自身を指先で優しく撫で回しながら甘い声で囁いた。

「ほら……早く」

「んあっ……」

(ダ、ダメだ。変な意地張ってる場合じゃない……っ!)

「分かった、分かった。言えばいいんだろ……イカせてくれ、お願いだ……」

切羽詰まった雄飛の言葉にイオはうっとりした表情を浮かべると、一旦雄飛自身から手を離した。そして、ふくよかな二つの膨らみの間に挟み込んで、思い切り上下に動かした。柔らかく大きな膨らみに挟み込まれ、雄飛は欲望が一気にはち切れそうになるのを感じた。

(う、うそだろ……っまさかイオがこんなことするなんて……っはあっ、や、やばい)

吐息を漏らし、目を瞑る雄飛の顔を見てイオはうっとりしながら言った。

「ねえ、雄飛……気持ちいい?」

「ああっ、きもちいい……イオ、俺もうイきそう」

「分かった、イカせてあげる」

イオが動きを早めた途端、一気に快感が押し寄せ、雄飛は思い切り果てた。

「うあああ……っ!」

自分の胸元に大量に飛び散った白くて甘い蜜を指ですくうと、イオはぺろりと舐めた。雄飛は肩で息をしながら彼女の姿を見つめた。今まで抑えていた彼女に対するサディスティックな気持ちが自分の中で溢れ出すのを感じた。

(はぁ、やっぱり俺……イオをいじめたい)

そう思うと、ぽつりと呟いた。

「……これで満足しただろ?」

突然の彼の言葉にイオはハッとして雄飛の顔を見た。彼は腹筋に思い切り力を入れ、上半身を起こした。そして、手錠で塞がったままの両手をイオの頭を通して首に回すと、ニヤリと笑ったのだった。
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