その悪魔、優しいけれど、恋を知りません

第19話 天使は居候になりました

「ん、んん……」

「あ、ちゃんと起きましたか……」

　千夏は青年の顔を見る。
千夏の作りおいたカツを使って丼を作り、提供すると、青年は無心で貪るように食べた。
天使って箸が使えるんだという驚きを凌駕するほど、ばくばくと口にカツを放り込む。
そして、食べ追わると箸を握ったまま、ぶっ倒れたのだ。
　二時間後ようやく目を覚ました彼に、千夏は心から安堵した。

「あれ、ここは……」

「ああ、えーと家です……」

　恋人の家だといえばいいのに、なぜかソレだけの単語に照れてしまい、千夏は説明がなってない説明をした。
青年は首をかしげる。同時に茶金の髪が揺れる。彼は千夏を不思議そうに見た。明るい緑の色の目をしていた。

「あれ、俺……なんでこの場所に」

　疑問を隠せない顔の男に心配になってくる。
千夏はおずおずと聞いた。

「覚えてないんですか……あの、紫紋さんはあなたが人間じゃないって言ってました……白い翼がさっき見えて」

「ああ、はい、俺、天使のアルベルトと言います……いやぁ、ハズカシー、すぐに」

　そこでアルベルトと名乗った青年は、目を大きく見開いた。

「あれ？　俺、どこへ連絡すれば……つーか、あれ？　あれ？」

「千夏さん、彼、目覚めましたか？」

　水を片手に持った紫紋に、千夏は戸惑いながら頷く。

「はい、起きたんですけど……」

　それがと千夏は不安げにアルベルトを見る。
アルベルトは呆然としていた。動揺を隠せない顔をしている。
　そして困り果てたことを隠せずに呟いた。

「俺って何だ……」


　紫紋は一人用のソファに腰掛け、小さく頷いた。

「なるほど……なるほど、自分が誰かわからない……」

「記憶喪失なんですか、紫紋さん」

　千夏の言葉に、うーんと紫紋は声を出す。

「どうなんでしょうね……何もかも記憶を失ったと思えません……私には一部の記憶だけ忘れてるんじゃないかって思うんです。さっき箸をつかって、カツ丼食べてましたし……少なくとも日常生活の動作は問題ないと考えると、本当にごく一部というか」

「あ、あんた、なんなんだ……人間じゃないけど、人間に近い感じがする」

　動揺したアルベルトは紫紋を指差す。

「人を指差すなんて感心しませんね、しつけした人のお里がしれますよ……私は悪魔です、偉大なる悪魔の第一の弟子シモン

　ぎょっとしたようにアルベルトは両手をあげた。

「おいおい、どんなところにいるんだ俺……」

　そう言ってあわあわしだすアルベルトに、千夏はなだめた。

「だ、大丈夫ですよ。紫紋さん、とても優しい悪魔なんです、ちょっと天使にあたりが強いみたいですけど……」

「……別に普通です」

「普通って顔してねーぞ、アンタ……」

　アルベルトの顔は微妙に引きつっている。
いつものとおり穏やかな顔をしているのに、緊張感を覚えさせる雰囲気を漂わせているんだからしかたがない。
　こほんと紫紋は咳払いした。

「で、どうしますか……これから」

「どうすりゃ、いいんだろうな……」

　千夏は手をあげた。

「アルベルトさんを放置しちゃいけないとおもいますっ」

　少なくとも人間じゃないし、宛もないふらふら天使を放置するものではないと千夏は思った。
アルベルトは驚いたように目を見開く。そして嬉しそうに目を輝かせた。

「あんたっ……！」

「千夏さんの言うとおりだと思います……ちょっと色々分かるまでは、見ておいたほうがいいでしょう」

「じゃあ、俺は……」

　紫紋は深く頷いた。

「うちにいて、いいです……幸いこの家広いので」

　必要なものは今日のウチに通販などで取り寄せませしょう。
紫紋の決断は素早く、アルベルトは大喜びした。

「ありがとうー！！！　あんた悪魔のわりにいいやつだな！！　っていうか、ねーちゃんも悪魔のそばによく居られるな？　契約してるのか？」

「け、契約？」

　恋人になったが契約した記憶はない……ハウスキーパーの契約のことを指してると思えないし……
はてなマークを浮かべるしかない千夏を見ながら紫紋は言った。

「彼女は恋人です……契約とかそういうもので繋がってはいません。それより、さっき行き倒れてたでしょ、お風呂はどうです？」

　アルベルトは目をぎゅっとつむって、声をあげた。

「入りますー！！！　服は汚れてないけど、もう肩腰バキバキ！」

「じゃ、タオルとか貸しますから、こっちに……」

　紫紋はアルベルトを連れて部屋を出ていった。
　なんとも言えないかすかな違和感があったが、紫紋がいなくなってしまったので、考えを保留にする。
　そして千夏はふと思い出した。
ハウスキーパーの仕事はまだ続けてるし、家に泊まることの多い。
　言ってみればこれからこの家は三人で同居……

……ま、まあ、大丈夫よねと千夏はどうなるかわからない未来に不安を感じつつも、前向きでい来たいと思った。
　さてとと動き出す、風呂へ案内したら帰ってくるだろう紫紋のために、ハーブティーを用意し始めた。