その悪魔、優しいけれど、恋を知りません

雨宮澪

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第23話 心温まる一口を

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  記憶もないどころか、自分が堕天使だった……と、想像外の事実を知る。
それはどれだけ不安に陥らせることだろうと、千夏は思った。
大根の茹でながら、雪平鍋で、大根にかける餡かけをつくる。
くつくつと煮てゆるくとろみをつけて……昔のことを思い出した。

 目かくして、友達の声を頼りに、相手を捕まえに行くというゲーム。
どうしてそんな遊びが流行ったのかわからないが、千夏の学校で大流行し、千夏もやったこともあった。
ある回の時、いたずらごころを出した友達たちが、一切声を出さないことがあった。
目隠しは、誰かを捕まえない限り外せない……今考えればそんなこと守らなくてもいいのに遵守していた千夏は
どうすればいいか分からず、泣きそうになった。声出してよ!と叫んでも、返ってくるのは風の音だけで。
 心細くて、暗闇の中で、置いてけぼりにされたようだった。
 千夏の場合は、その時間はあまりに短かったが、アルベルトはこの家の前で倒れていた頃から、ずっと感じているのだろう。

「よし、できた」

 千夏はアルベルトがおすすめしてくれた大根でつくった、フロフキを持って、アルベルトの部屋に向かった。

「アル君、はいるよ」

 返答はなかったが、構わず入ってしまう。
静かに入った部屋のなかで、アルベルトはどこかおぼつかない視線を天井にむけていた。
 突然入ってきた千夏に、アルベルトは驚く様子もなくぼんやりと見る。

「千夏さん……」

「気分、どうかな……アル君」

 アルベルトはから笑いする。

「うーん、最悪かも……いろいろいきなり過ぎて、わかんないし……」

 堕天使って……白い羽持ってたのに、それって、めちゃくちゃすぎない?

 アルベルトは困ったように眉を寄せる。

「まあ、そうだよね……ところで、いきなりだけど、アルベルト君、お腹すいてる?」

「お腹……全然わかんない、空いてる気分じゃないし」

 大根のふろふきをちらりと見て、アルベルトは目を伏せた。

「うーん、せっかく作ったし、一口だけでも……このまま食べないのも体に悪いよ」

「堕天使に空腹なんてあるのかな」

「今までだって食べてたじゃない、大丈夫だよ」

 千夏はくすくすと笑い、持ってきた箸で、円形の大根に箸をいれた。
扇のように切り分けるとすくい上げる。

「ね、せめて一口。アル君がおすすめしてくれたものだし」

 伺うように見る千夏を見て、さすがに思うところもあったのか。
アルベルトは、おずおずと口をあけた。
 滑り落すように千夏は大根を口の中に差し入れた。

「へへ、ありがとう……」

「……いいんっすか、千夏さん、紫紋さんと付き合ってるんでしょ。他の人にこんなことして」

「まあ、たしかに……」

 いわゆる「あーん」というやつだったかもしれない。
 そう気づくと、千夏は急にちょっととんでもないことをしたのかと、目を丸くした。
紫紋の家でこの現場を見られてないかとオロオロしだすと、アルベルトは吹き出した。

「すっごい、ワケわかんないよ、千夏さん」

 喉の奥を鳴らして、アルベルトが笑い出した。

「あ、アル君?」

 千夏がアルベルトの状況をつかめずにいると、アルベルトは千夏から皿を取った。

「ホント、シリアスな気分がどっか行っちゃったよ。あーもっと食べたい、でも大根だけじゃ足りないかなー、肉が良いなぁ」

 アルベルトの気持ちが少し切り替わったのを感じ、千夏の表情は明るくなった。

「お肉ね、まかせて、ええとどれくらいあったかなぁ……」

「いっぱい食べるからね、そうじゃないと俺の気分あがらないし……」

「ええと……紫紋さんちの食費が大変にさせないでね……!」

 千夏がそういうと、アルベルトはニヤリと笑う、どうかなという態度だ。
千夏はもう……!と言いながら、それでもアルベルトが少しでも元気になったことが嬉しかった。
 頑張って料理して良かったと胸の奥がぎゅっとした。
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