その悪魔、優しいけれど、恋を知りません

雨宮澪

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第25話 君の首筋に噛み付いた

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「……」

 映画が終わり、二人がキスをする。
けれど二人は気づかなかった。
 その密かな逢瀬に耳をそばたてるひとがいたのに……

「アルベルト君、どうしたの。なんだか表情が冴えないけど」

 大学終わりに、紫紋の家に寄ってまる太の世話をしていると、仕事が休みでだらだらしているアルベルトに会った。
アルベルトは頭をかきながら、ふわわとあくびをする。
だらしない仕草だが、普段はわりときっちりとしているアルベルトだと思うと、どこか新鮮さを覚えた。

「なんか、夢を見てて……」

「夢?」

 千夏はまる太の遊び相手をしているので、アルベルトの方を向かないで話を聞く。
ぼんやりとした声で、アルベルトは言った。

「千夏さんと紫紋さんがキスしてるところを、見ちゃった夢。この間の映画見たじゃない、それの終わり際だったかな」

 ドキリとした。
アルベルトはとてもよく寝入っていたし、紫紋とキスはしたがそれほど長くはなかったはずだ。
気づいてないけど、気づいている……?
なんともいえない状況だったが、千夏は苦笑した。

「すっごい夢……そんな夢を見るなんて、困っちゃうでしょ」

 アルベルトはんーと言いながら、ぼそっと呟く。

「困ってるのかな……?」

「え?」

「どっちかというと、なんかモヤった……いや、二人がキスしても当たり前なんだけど」

「それは……フシギだね……」

 千夏は小首をかしげる。
何故、彼はもやもやしたのだろう。近くでいちゃつくなってことだろうか。
いや、そうね、そうだわ…‥慎太郎もよく場所をわきまえずラブラブしてるカップル嫌いだったし。
 千夏は実際にしてたという事実は言えず、気分転換しようとアルベルトの方を向いた。
 アルベルトはしょんぼりした犬のようだった。

「もうーそんなに凹んで、おいしいものでもつくる?」

「俺、そんな子供じゃないよ、多分……」

 あははと千夏はから笑いする……。

「そうだね、私もお母さんみたいだった」

「そうだよ、お母さんみたいだよ、ちなつおかーさん」

 青年というくらいの年の外見の男に言われるとシュール……なはずなのに
アルベルトが言うと妙に説得力があった。寄る辺のない子供の心細さのようなものを感じたのかもしれない。
アルベルトの見た目と中身は相当違ったり……?

 千夏はぐるぐるとしそうな思考があまりよくない方向にすすんでいる気配に気づき、ふるふると頭を横に振った。

「ちょっと、ご飯食べよ、何も食べてないでしょ、我ながら……またお母さんみたいなこと言ってるけど」

 千夏はキッチンの方へと向かう。その時だ、がくと膝から力が抜けた。
さすがにいきなりのことで、姿勢がとれない。底なしの穴に落ちるような感覚をおぼえて、床に膝を強く打つかと思った。
 しかしそうならなかった。アルベルトが背中から抱きとめて、そのまま尻もちをついたのだ。

 こういうことは以前もあった。その時、千夏は紫紋に対してあきらかな恋心を自覚したのだ。
けれどアノ時は慌てすぎて転びかけたが、今は違う。明らかに膝の力が不意に抜けた。
 ドキドキする……アルベルトとこんなに近くなったことはなかった。

「千夏さん、大丈夫? いきなり転ぶから驚いたよ」

「ん、うん、びっくりした……こんなことってあるんだね」

 アルベルトが抱きとめた腕に力をこめた。
耳元で囁いてくる。

「千夏さん、もしかして少し痩せたんじゃない?」

「え、なんでそれを」

 千夏はびっくりして目を丸くした。
確かに最近痩せ傾向で、一生懸命食べてるのだ……。

「魂の力、ちょっと、ちょっとだけ弱くなってるんだ。だから体の力、抜けちゃったと思う」

 それはどういう……と思うと同時に、急に自分の体の状態を自覚したのか頭が意識がぐらぐらとする。

「俺の力を少しわけるよ……一気に弱くなってるから、ごめんね、強引で」

 首筋に歯がたてられ、鈍い痛みが走った、

「っつ、あぁ……」

 何かが流し込まれたような感覚。胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
何も考えられず、頭と体の感覚は快感と痛みがないまぜになった。
 やがてふっと臨界点を迎えたのか、意識が途切れる、その寸前。

 こんな言葉が聞こえた。

「千夏さん、きっとこのままじゃ、いられないよ……」
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