その悪魔、優しいけれど、恋を知りません

雨宮澪

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第26話 俺を、選んで?

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  自分の体に何が起きているか、そんなことを言われても、千夏はわからないよとしか言えない。
 アルベルトは魂の力が弱くなっていると言った。どうして弱くなっているのか、アルベルトは語らなかった。
 何も考えないほうがいいとわかっている。
 でも千夏は考えてしまって、その結果、自分の体が弱まった原因に紫紋が関係してないと思えないのだ。

 紫紋は悪魔で、普段はまるで悪魔のような素振りは見せないが、人間とは違う。
彼は一度告白した際、苦渋の顔で、記憶を消そうとしてきた。それが千夏への思慕で出来なかったとも。
あの行為の裏にはなにか、事情があったのでは……と考えてしまう。

 もやもやと考えても意味がないかもしれないのに。ただ聞く勇気も持てなくて、千夏は深く息をついた。

 紫紋が今日から仕事の研究会のため遠出することになっていた。
朝ゆっくり目に立つと言っていたので、朝食後のお茶まで共にすることが出来た。
 紫紋はいつもと様子が変わらず、紅茶を飲んでいる。メガネをかけて新聞を読んでいるので、千夏が紫紋をちらりと見ても気づく様子がなかった。

 千夏は言った。

「紫紋さんって、誘われて今日の研究会に出席するんですよね」

「ああ、そうですね……十年来の友人がいまして、毎度会う度に若作りといわれてしまうんですが」

「紫紋さんに年はあんまり関係ないところはあるでしょうね、悪魔だから……」

「ですね、まあ、今更魔界に帰っても、人間臭いといわれるような始末でしょうが」

「ホント、紫紋さんはずっと、人間界にいるんですもんね、二百年も……」

 紫紋は頷き、微笑みを浮かべる。その顔が本当に幸せそうだった。
悪魔の片鱗も見えない。

「たまーに本当に、紫紋さんが悪魔なのかって思っちゃいますよ。こんなに優しくて、人間と繋がっている悪魔なんていないでしょう」

 紫紋は千夏の言葉に、少し物憂げに目を伏せた。

「ですね……私思うんです……ずっとこのまま、千夏さん、アルべルド君、町のみんなと、一緒にいたいって」

「紫紋さん……」

「人間だったら、良かったですね」

 なんと返せばいいのか分からなかったし
 紫紋はソレ以上、何も言わなかった。
 時計の針の音が妙に部屋に響いていた。

 庭の植物の剪定をする。冬の初めで元気な植物が減ってきて片付けることが増えてきた。
それでも、陽の光を少しでも浴びよう葉や枝を伸ばす植物を丁寧に世話をする。
アルベルトはそれを眺めていた。

「ちーなつさん、表情さえないよ」

 アルベルトが声を掛けてくる。

「ごめんごめん、ちょっとボーとしちゃって」

「大丈夫? そういやごめんね、首筋に噛んじゃって……」

 千夏は苦笑いした。

「ああ、まあ、あれは仕方ない……のかな。でもおかげでちょっと元気になった気がする」

 実際減少しがちな食欲が戻って、体重も落ち着いてきたのだ。
アルベルトの行為のおかげかもしれない。

「……俺は、ちょっとドキドキしてたよ、正直」

「ええ……あんなことしたのに?」

「だ、だって、もう千夏さんの体から、紫紋さんの力がめっちゃ感じて……なんだろ染め上げられているっていうのかな、そういう人に触れるって、いろいろやばかったよ」

 千夏は息を飲んだ。
もう何度も丁寧にキスされてるし抱かれてるし、日々を一緒に過ごしてきたのだ。
それが年月で考えると短い時間でも、濃い日々だった。
 顔がとてもとても熱くなる。千夏は自然と黙々とした動きになった。

「あのさ、千夏さんって紫紋さんのことが好き?」

「え、なに急に」

 感情をこらえようとしていたので、思わず素っ頓狂な声をあげる。
そんなの聞くの野暮な、いやでもアルベルトは素直に聞いてきたのだろうと想像がつく。
千夏は小声で言った。

「好きだよ……すごく、私恋愛失敗しがちだったけど、でも紫紋さんなら信じられる……」

「でも千夏さんの魂の力の弱まりは、多分割と長く続いてるよ。きっと俺と出会う前から……」

 千夏は唇をぎゅっと噛む。
何も考えたくないし、何も言いたくない。
現実なんて知りたくない。

「そっか、本当に好きなんだね」

「うん……」

 千夏は小さなジョウロを置く。
急に寒気を感じて身を縮こませた。
冬の寒気が心にしみる。家に帰って、飲み物でも飲もうかとおもった瞬間。
アルベルトに腕を引かれ、抱きしめられた。

「ア、アル君……?」

「……俺、紫紋さんが結構好きだよ、すげー良い悪魔だよ、三人でこうして何でもない生活だって続けたい。でもね、その紫紋さんより、俺……」

 アルベルト、声を震わせた。

「千夏さんがどうかしちゃったら嫌なんだ……本当に……好きだから。ひどいこと言ってるとおもう、無茶苦茶だと思う……でも、俺を、えらんで? 俺だったら千夏さんの魂を弱らせないから、ずっと愛してるから……!」

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