姉ちゃんは悪役令嬢

ぽてち

文字の大きさ
9 / 10

9、武闘派な使用人たちだな

しおりを挟む
「学園では二年間、学ぶことになるけど、成績優秀な者は騎士団や王宮に推薦されるのよ。赤の騎士団は団員三名以上の推薦が必要だけど、それがなくても」
「ね…姉上、俺騎士団の推薦を狙えるように頑張るよ!」
「本当に!!」
 俺の宣言に姉ちゃんはものすごく食いついてきた。
 がしっと手を握り、爛々と目を光らせている。まるで捕食者の目だった。


「わたくし! 全力で応援してよ!」
 うん、分かったから、鼻息荒くしてぐふーぐふー言うのだけは止めてください。
 俺の冷めた眼差しに気付いたのか、ちょっと冷静になった姉ちゃんは俺の手を放して居ずまいを正す。

「コホン……、貴方も頑張ってちょうだい」
「はい」
「それと貴方はエッフェンベルクを継ぐのよ。使用人たちにもそのつもりで振る舞いなさい」
「へ? う~ん、でも」
「マルガとセバスティアンと料理長は例外だけど、上に立つ者が威厳を失うと下の者は自然と緩んでしまうのよ。わたくしだとていつまでもここに居ないし、お母様はちょっと優し過ぎるのよね」

 姉ちゃんが一生この家にいる可能性は結構高いと思うんだけど。
 それにしても、この家での父ちゃんの立場が分かる発言だな。完全にいない者扱いだよ。

「分かりました。彼らに舐められないようにするよ」
「ちなみに料理長は元アサシンだから」
 
 さらっと姉ちゃんがとんでもない発言をした。

「は? あの背後霊みたいな人が!」
「あの存在感のなさを利用して、暗殺を受け負っていたみたいね。かなりの凄腕だったみたいよ、怒らせないように気を付けてね」
「……もしかして、マルガやセバスティアンも」
「お祖父さまの直属の部下だったようね。二人とも怪我が理由で引退して屋敷の中の仕事をするようになったのよ。お父様は昔相当扱かれたみたいよ」

 ……父ちゃんの色狂いはあの二人に原因があるんじゃなかろうか? 厳しく育てられすぎて、はっちゃけたとか。




「なるほど、フェリックス様は名実ともにこの家の当主になるおつもりですね」
 セバスティアンの張り付けたような笑みがすうっと消えた。
 やり過ぎたかと背中を冷や汗がつうっと流れて行ったけど。
 きゅっと歯を食いしばって、二人を見返した。

 塵と泥にまみれた裏路地から見上げた煌びやかな赤の騎士団の隊列。
 その先頭を帝都の市民の尊敬と賛美の視線を一身に受けても、奢ることも無く穏やかな笑みを浮かべて、駆け抜けていく銀狼の獣人。
 深紅のマントの纏う背中に揺れる陽光を受けて燦然と輝く銀髪も、春の海の様な紺碧の瞳も、長身で男らしい美貌も、皇家の血を引く尊い血筋も、歴代最強と言われた武勇も眩しいくらい憧れていた。

 憧れていることを口にすれば、馬鹿にされ、嘲笑われた。
 いや、まだそのほうがマシだった。
 一人憐れむような目で見てくる者がいた。隣の爺さんだった。

 気の毒そうに、可哀想な者を見る目で見て、慰められた。
 落ちぶれた、卑しい老人にさえ憐れまれるほどの人生なのかと惨めだった。

 それに比べたら――。


「そのつもりだ」
「承知致しました。フェリックス様がエッフェンベルク家当主に相応しい御方になれるよう、このセバスティアン最善を尽くしましょうぞ」
「……よろしく頼む」
 
 口角を釣り上げて笑うセバスティアンに一瞬後悔しかけたけど、まあ死ぬことはないだろう!……多分だけど。




「……坊ちゃま」
「……」
「フェリックス坊ちゃま」
「……」
「うう…う……しくしく」
「うわぁ! 吃驚した!……あれ? ハインツどうしたんだ」
 
 自分の部屋のソファーの上にうつぶせになって倒れているところをハインツに声を掛けられた。
 朝からセバスティアン指導の下に剣術の稽古、朝食という名のマナーレッスン、読み書きは一通りできると言うことで家庭教師がついて語学と歴史と貴族に必要な一般教養の勉強が終わり、今は小休憩と言ったところでソファーに倒れ込んでいる。

「お疲れかと…思いまして、シュネーバルをお持ちしました」
 そう言って差し出してきたのは、丸い揚げ菓子だった。
 細い生地を丸めて油で揚げ、粉砂糖、ヘーゼルナッツやチョコレートがかかった拳大ほどのドーナツのようなお菓子だ。
「ありがとう」
 礼を言って、口に入れる。

 美味い! 疲れ切った体に染み渡る甘味にほっこりとなる。
 添えられているお茶もハーブティーのようでこれもほんのりと爽やかな甘みがあり、とても美味しい。

 はあ~と口から疲れが抜けていくようだ。
「よ、喜ん…で頂き……こここ光栄にござ……いま…はあ、ふう」
「うん、落ち着いて」
 相変わらず存在感の薄い笑顔でこちらに微笑みかけてくる。
 携帯のバイブレーションの如く、カタカタと震えている。何故だろう。

「ハインツも忙しいだろうに悪いな」
 厨房には下働きの者もいるだろうに。
「さ、ささ最初は侍女のヒルダさんに頼もうかと思った…のですが、聞こえなかったようで……う、しくしく」

 両手で顔を覆って泣きだしたハインツ。
 マルガに鍛えられた侍女が話しかけられて、無視するとは思えないから、ほんっとうに存在感がないんだろうな。
 あ…うん、ハインツも自分で言ってて傷つくなよ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜

具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです 転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!? 肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!? その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。 そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。 前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、 「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。 「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」 己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、 結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──! 「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」 でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……! アホの子が無自覚に世界を救う、 価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

甘い匂いの人間は、極上獰猛な獣たちに奪われる 〜居場所を求めた少女の転移譚〜

具なっしー
恋愛
「誰かを、全力で愛してみたい」 居場所のない、17歳の少女・鳴宮 桃(なるみや もも)。 幼い頃に両親を亡くし、叔父の家で家政婦のような日々を送る彼女は、誰にも言えない孤独を抱えていた。そんな桃が、願いをかけた神社の光に包まれ目覚めたのは、獣人たちが支配する異世界。 そこは、男女比50:1という極端な世界。女性は複数の夫に囲われて贅沢を享受するのが常識だった。 しかし、桃は異世界の女性が持つ傲慢さとは無縁で、控えめなまま。 そして彼女の身体から放たれる**"甘いフェロモン"は、野生の獣人たちにとって極上の獲物**でしかない。 盗賊に囚われかけたところを、美形で無口なホワイトタイガー獣人・ベンに救われた桃。孤独だった少女は、その純粋さゆえに、強く、一途で、そして獰猛な獣人たちに囲われていく――。 ※表紙はAIです

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

処理中です...