どうしても、あなたの犬になりたい! 美貌の王子が溺愛したのは、内気な落ちこぼれ令嬢でした。

湖宮つばめ

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第四章

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 木々の生い茂る森のなかは、日中であっても薄暗い。
 オルコットの裏手にある森は、邸の裏という立地上それなりに人の手が入っているのだが、それでもなお自然の趣は残っている。
 綺麗に整地されているわけではないから、誰かを抱えたまま歩くような場所ではないのだ。
「グレイ様! お、降ろしてください。自分で歩けます」
 エスメのことを軽々と抱きあげて、グレイは森のなかを歩く。
「本当に? 歩けないくらい疲れているだろう」
「……~~っ、だって、グレイ様が」
「そうだな、俺の責任だ。だが、あなたは許してくれるだろう? 可愛い灰色さんが、ほんの少しだけおいたをしただけのこと」
「灰色さんのこと、どうして」
「あなたが言ったのだろう? 私の可愛い灰色さん、と。ああ言ってもらったときから、ずっと、あなたの犬になれた、と喜んでいたのだが、ぬか喜びだったか?」
「ま、待ってください。え? 灰色さん。誰が?」
「俺が、あなたの灰色さんだ。やはり話していなかったのだな? あなたの婿となれたことで浮かれてしまっていたらしい」
「は、話してなかったです。グレイ様は、だって、人間で」
「隣国の悪い魔女に呪われて、時折、犬になっている」
 エスメは目を見開く。
「呪われ、て」
 そんな話は、あの乙女ゲームで、一度も出てきたことはなかった。
 グレイは、ヒーローの中でも人気が高かった。
 あのゲームの公式では、メインのヒーローが誰なのか、という宣言はされなかった。
 だが、ブレイヤーの間では、オープニングでフレアを迎えにくるグレイこそが、メインヒーローなのだ、という声が大きかった。
 そんなヒーローが、犬になる呪いをかけられている。
 そうだとしたら、ぜったいにストーリーに絡んでいたはずだ。
 それなのに、エスメの記憶には、グレイが呪われているなんて情報はなかった。
(私には乙女ゲームの知識がある。だから、ゲームになかったことは起きない、ゲームでは起きていなかった不可思議な現象はあり得ない、そんな風に思っていました。……もうすでに、物語は、私の知らないものになっているのに)
 まるで知らない道を辿っていると分かっていながら、エスメは無意識のうちに、グレイたちゲームの登場人物について、ゲームの知識ありき考えていたのかもしれない。
 だから、グレイの呪いも、彼と灰色さんを結びつけることもできなかった。
 グレイは森を進んでいく。
(ここは、私が灰色さんを拾ったあたりです)
 グレイは足を止めて、エスメを抱きかかえたまま、近くにある大樹に身体を預けるように腰を下ろした。エスメは、グレイの膝上にぴったりと乗るような体勢が落ちつかず、思わず身じろぎしてしまう。
「あなたと出逢ったのは、このあたりだったな。まずは、何から話をするべきか。あなたを不安にさせたことを思えば、フレア嬢と出かけていた話からか? 申し訳なかった。俺の身勝手で、あなたを不安にさせてしまったのだな。――本当は、あなたの夜会用のドレスが仕立て終わったときに渡すつもりだったのだが」
「や、夜会用のドレス?」
「王都にある工房に頼んでいる。秋の社交シーズンになったら、あなたをパートナーに、と思っていたから」
(た、たしかに。そういえば、私、領地のことばかりで、すっかりそういったことは忘れていましたけど。お父様がそうだったように、秋になったら王都の社交界にも顔を出さないと)
 グレイが気を回して、そのあたりの準備をしてくれたらしい。
「その、ドレスのことは分かりました。ありがとうございます。それで、私に渡すつもりだった、というのは?」
 グレイは懐から小さな箱を取り出して、エスメの前で開いてみせる。
 淡く可憐な白い花――かすみ草の花をモチーフにした髪飾りであった。
 グレイは髪飾りを取り出すと、そっと、エスメの髪に飾った。
「思っていたとおりだ。よく似合っている」
 グレイは優しいまなざしで、エスメを見つめた。
 彼の瞳に映っている自分の姿に、エスメは驚いた。
 自分でも驚くほど、その髪飾りは、エスメに似合っていた。いつも鏡で見ていた冴えない地味な女ではなく、花の飾りが似合う娘の姿が、そこにはあった。
 グレイの目には、エスメはこんな風に映っていたのだろうか。
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