【本編完結】【R18】体から始まる恋、始めました

四葉るり猫

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二章

宝飾店での攻防

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 二日前の夜に恋人同士になったばかりの男の言葉に、花耶が固まったのは言うまでもなかった。やっとお付き合いというスタート地点に立ったのに、幾らなんでも早すぎるだろう。

「こ、婚約…指輪って…」
「前に買うって言ってただろう?」
「…それは…でも…婚約指輪だなんて…そんな事…」
「やっと花耶が俺の気持ちに応えてくれたんだ。変な横槍が入る前に贈ってしまいたいんだ」
「よ、横槍って…」
「伊東みたいなのが出てこないとも限らないだろう?」
「え?」

 伊東の名が出てきて驚いたのは花耶だった。横槍と言うから花耶はてっきり奥野に想いを寄せる人が出てくる可能性を考えての事かと思っていただけに、まさか自分の方だとは思わなかった。

「何で驚くんだ?」
「え…だって…私になんて…」
「一人居たって事は百人いてもおかしくないだろう?」

 それはGの定義じゃないですか…?と言いたかったが、さすがにこんなところでアレの名を口に出すのは憚れた。花耶はGが大の苦手だったからだ。それに、その定義で言えば奥野に想いを寄せる女性の方が圧倒的に多いだろう。

「で、でも…急に言われても…」

 好きだと言ったし、これからお付き合いを始めるのはやぶさかではないが、いきなり婚約と言われて花耶は怖気づいてしまった。熊谷や麻友には言われてはいたし、気持ちは嬉しいのだけれど、まだそこまでの覚悟は出来ていないし、もう少し待って欲しいと思う。

「…そうか…。じゃ、ペアの指輪はどうだ?」
「ペアの指輪、ですか?」
「ああ。カップルリングとも言うらしいな。将来を誓った相手がいると周りへのけん制になるだろう?花耶に変な虫がつかないための予防策だ」
「……」

 どこまでも本気な奥野に、花耶は指輪を買う事は避けられないと感じた。だがそこには以前感じていたような戸惑いはなく、不思議な安堵感を花耶にもたらしていた。自分に自信のない花耶にとっては、これまで憂いの元だった強引さが逆に安心感に繋がったのだ。自分の気持ちを自覚してからは、同じ事をされても全く違う感情が生まれて、花耶は事ある毎にこそばゆく感じていた。

「ペアの指輪…ですか?」
「花耶?」

 さすがに婚約指輪までは思い切れなかったが、ペアのリングくらいならいいのではないだろうか。それは花耶にとってはきっと大きな安心材料になるだろうし、奥野も同じなら嬉しいと思う。

「婚約指輪は…正直、使う事がないって聞きますし…欲しいと思わないんですが…ペアなら…」
「それならいいか?」
「はい。勿論です」

 花耶の表情を窺うように覗き込む奥野に、花耶は初めて素直に奥野からの贈り物を受け取る気になり、笑みを向けた。奥野は一瞬驚いた表情を見せたが直ぐに破顔するのを見て、花耶は本当に心が通じ合った事を改めて感じた。



 その後、お揃いの指輪を買った二人は、夕暮れになるとイルミネーションが綺麗だと話題のスポットに来ていた。クリスマス直前のせいかたくさんの人が行き交っているが、カップルが多いように感じるのは自分もそうだからだろうか。中には深いキスを交わすカップルまでいて、まだまだ免疫のない花耶は目のやりどころに困っていた。

「あの指輪でよかったのか?」

 不意に奥野からそんな風に問われて、花耶は奥野を見上げた。その表情には僅かだが不満が見てとれた。それは、花耶が選んだのが奥野が想定していた価格帯の半分くらいの値段だったからだ。

「はい、あれで十分です」

 未だ不本意そうな奥野を見て、花耶はくすぐったい気分になった。どこまでも甘やかしたがるこの年上の恋人は、中々にロマンチストなんだなと思う。
 花耶が選んだ指輪は、確かにそれほど高い物ではなかったが、花耶にとっては十分だった。奥野の予算設定が高かっただけで、別に安物ではないだろうと思う。現に同じような値段の商品を選んでいるカップルは他にもいたのだ。

 ただ花耶は、今回買ったペアの指輪を使う時期はあまり長くないような気がしたのだ。多分、そう遠くない先に、今日買った物よりもずっと高くて、一生使う指輪に変わるのだろう。そうなれば今回買った指輪はお役御免になるのだ。それを思うと、そこそこの値段の物でいいのではないかと思ったのだ。
 サイズ合わせなどで手元に来るのは来週になると言う。来週はクリスマスに最も近い週だ。また一歩二人の関係が進むのだと思うと、こそばゆい感じがしたがそれも嬉しかった。

「来週が楽しみです」

 それは、花耶から自然に出てきた前向きな言葉だった。

「ありがとう。…すまないな…」
「え?」

 急に謝られた事に驚いて花耶が奥野を見上げると、奥野は弱弱しい笑みを浮かべていた。お礼にしても言うなら花耶の方だし、謝られる理由などなにもない筈だ。

「どう、したんですか?」

 幸せな気分だった花耶は、奥野の変化に戸惑いを隠せなかった。何か問題があっただろうかとこれまでの事を思い返すが、奥野が謝るような事など何も思い出せなかった。

「花耶の気持ちを聞かずに指輪を買ってしまった。これからは勝手な事はしない、花耶の意見も聞くと約束したのに…」
「あ…」

 そう告げる奥野に、花耶はようやく奥野の態度の理由を理解した。確かに奥野は、もう勝手な事はしない、今度からは花耶の気持ちを確認すると約束してくれた。その約束を思えば、今回の事は確かにルール違反かもしれない。

「どうしても…不安になるんだ…」
「不安…?」
「…自分がした事が消える訳じゃないからな…花耶にはもっと優しくて年が近い奴の方が合ってるんじゃないか…そんな奴が現れたら離れて行ってしまうんじゃないかと…考えてしまう」
「そんな…」
「その方が幸せになれるかもしれない…俺がいない方が、花耶にはいいんじゃないかと…」
「え?」
「だから…指輪でもなんでもいい、花耶を繋ぎとめるものが欲しくなるんだ。いっそ花耶を閉じ込めて誰の目にも触れさせたくないとまで思ってしまう」

 呟くように自嘲を滲ませてそう告げる奥野は、花耶が今まで見た奥野の中でも最も弱々しく見えた。そんな風に思っていたのかとの驚きもあったが、『今』に対しての自分との温度差への驚きの方が大きかった。花耶の中では以前の事はもう過ぎた事とあらかた消化されていて、想いを告げてからは初めての恋に浮かれていたからだ。
 それなのに奥野は今でも罪悪感を背負っていて、それは花耶が思うよりも深いものに思えた。勿論、花耶の気持ちを無視しないとの約束は忘れないで欲しいが、そんな風に苦しんで欲しいわけではない。

「ああ…ダメだな…こんな気持ちは花耶に話すべきじゃないのに…余計な事まで話さなくていいと言われたのに…」
「透夜さん」

 段々表情も声のトーンも暗くなっていくのを感じた花耶は、更に言葉を続けようとした奥野を遮るように名を呼んだ。

「もしかしたら…他の人との方がうまくいくのかもしれません。でも、それって、その…透夜さんも…同じ、ですよね。私じゃない方が…」
「そんな事はない。俺は花耶以外の女に興味はない」
「じゃ、私も一緒です。私も…透夜さんだけ…です」

 さすがに外でこんな事を言うのは恥ずかしくて、花耶の声が段々小さくなっていったが、奥野にはちゃんと届いていたらしい。その美麗な表情に驚きをのせて花耶を見ていた。

「前の事は…同じ事しないでくれたら、それでいいんです。私にも問題はあったし…それに、そういうのがあった上でも、その…好き…ですし…」

 周りに人がいる場所で何て事を言っているのかと恥ずかしさに悶えながらも、花耶はちゃんと言葉に出来なかった過去の自分を振り切るように今の思いを告げた。こんな事の積み重ねが、自分達には足りなかったのだから…

「花耶、ありがとう。愛してる」

 顔をほころばせた奥野が花耶を腕の中に収めて、耳元でそう囁いた。奥野の体温がコート越しに伝わってきて、花耶の心まで温めてくれるようだった。ネックレスを買った時とは天と地ほどの差を感じ、こうしてこの温もりに包まれている事が泣きたいくらいに幸せに感じた。多分、自分達には言葉が足りないのだろう。花耶は自分の気持ちを出すのが苦手だし、奥野も仕事では口がよく回るが、花耶に対しては何故か言葉足りずになってしまうらしい。それでも、こうやって一つ一つ、思った事を伝え合っていけば同じ間違いは犯さない筈だ。それは今の二人なら難しくないと花耶は感じた。

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