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二章

新しい絆の証※

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「で?上手く行ったわけね?」

 月曜日のランチでそう麻友に問われた花耶は、顔を赤くして麻友の予想を肯定する事になった。散々心配をかけた事もあり、花耶は麻友には自分の気持ちを話せた事、これから普通にお付き合いする事を差しさわりのない程度に話した。

「ふ~ん、で?婚約指輪は買って貰ったの?」
「え…ええっ?何で…」
「だってあいつの事だから、OK貰ったら即結婚しそうな勢いじゃない?花耶の気が変わらないうちに婚約指輪渡して、逃げられないようにするくらいはやりそうじゃない?」

 そう言われた花耶は、あまりな言い様だが外れていないその予想に、返す言葉がなかった。実際に直ぐ婚約指輪を買いに行こうとしたし、両親にも結婚すると宣言したと言っていたのだ。

「婚約指輪は…断ったよ。さすがに急すぎるし。それに、あんまり使わないって言うから買わなくてもいいかなぁ…って」
「まぁ、最近は買わない人も多いらしいからね。普段使うには向かないし、結婚式くらいにしか付けていく用もないって言うし」
「うん…」
「ま、花耶の事だからそんなお金があるなら貯金にでも…って思ったんでしょ?」
「うん…だって、どうせ結婚指輪は買うんだし…」
「まぁ、花耶がそれでいいならいいんじゃない?で、結婚指輪買ったわけ?」
「そんな、まだ買わないって。だってやっとお付き合いが始まったばかりなんだよ?」
「そりゃあそうなんだけどさ…でも、あいつが何もしないとも思えないしねぇ…」
「…う…」

 相変わらず奥野への麻友の点は辛いと言うか、厳しかった。自分が奥野との事を相談していたせいなのだが、いざ両想いになると今度は奥野に対して申し訳ない気分になった。

「じゃ、変わりのもの買ったんだ?」
「…ペアの…指輪を…」
「ふ~ん、やっぱりそこは譲らないんだ」
「そう、かな…」
「ま、花耶のためにもいいかもね。あいつの女除けも必要だし」

 麻友には散々揶揄われたが、その週花耶はこれまでとは比較にならないほどに満たされた気分で過ごした。やはり奥野との関係がはっきりしたのが大きかっただろう。一時はもう駄目だと思って悲観していたのに、それがひっくり返ったせいで喜びも一層大きく感じられた。いつも無表情で過ごしていたのに、あれからは気を抜くと奥野との事を思い出して自ずと顔がにやけてしまい、自分を律するのに苦労するほどだった。



 金曜日の夕方、就業前に花耶は奥野からメッセージを受け取った。今日は車で来ているから一緒に帰ろうと言うもので、自分も残業せずに定時で上がる、終わったら近くのパーキングで待っていて欲しいと言うものだった。メッセージにはパーキングの地図も一緒に送られてきて、花耶は珍しい事があるなと思いながらも、一緒の時間が早く訪れる事を嬉しく感じた。

 会社を出てパーキングへ向かったが、奥野はまだ来ていないようだった。さすがに役職持ちだし直ぐには帰れないか…と思っていると、会社とは逆方向から奥野が現れて驚いた。
 花耶の想い人は、ただロングコートを纏って歩いているだけなのに、周りの女性の視線を集めていた。背が高いし勿論容姿も際立っているのだが、姿勢がいいせいで一層堂々と見えて絵になった。それは熊谷と並んで歩いている時に感じた事だった。
 奥野は花耶の姿に気が付くと表情を緩め、側に来た時には誰にも見せた事にないような笑顔を向けてきて、それが花耶の心を満たした。以前は無表情なところが怖いと思っていたが、今はあの笑顔が自分だけに向けられているのだと思うと逆に嬉しく感じる自分がいた。

「会社…じゃなかったんですか?」
「ああ、今日は昼から取引先を回ってたから、帰る時間が読めなかったんだが…思ったより早く終わったから、一緒に帰ろうと思って連絡した」

 そういうと奥野は、花耶の背に手を添えて促し、車に乗り込んだ。こんな風に車で帰るのは初めてで、凄く新鮮な気分になった。


「腹は減ってないか?もし大丈夫なら寄りたいところがあるんだが…」
「え?あ、大丈夫です」
「そうか。じゃ、先に寄らせてくれ」
「はい」

 実際、まだ六時半を少し過ぎた頃だったので、お腹が空いているわけではなかった。それよりもどこに行くのだろうと気になって尋ねたが、奥野は行ってからのお楽しみだと嬉しそうにはぐらかすばかりだった。これは教える気はないんだな、と察した花耶は、諦めて流される事にした。奥野の事だ、花耶が嫌がるようなことはないだろう。

 暫く車を走らせて着いた先は、先週行ったばかりのショッピングモールだった。

「ここって…もしかして…」
「ああ、そうだ。頼んだ指輪が出来上がったと、昨日連絡があったんだ」

 柔らかい笑みと共にそう告げると、奥野は花耶の手を取って歩き出した。恥ずかしさに戸惑う花耶に奥野は、こんな広いところではぐれると大変だからと言って譲らなかった。夕方とあってそこそこの人混みだったが、週末ほどではなく、わざわざ手を繋ぐ必要はないのではないかと思う。思うのだが、こういう時の奥野は絶対にやりたいように行動するし、譲る気はないのは明白だった。周囲の目が気になったが、幸いここで知り合いに会う可能性は低いだろう…と花耶は諦めた。

 目当ての宝飾店に行くと直ぐに店員が対応し、サイズ変更を依頼していた指輪を二人の前に広げた。指輪はプラチナ製の一見シンプルなものだが、裏側に二人の名前と記念日、そして二人分の小さな誕生石が組み込まれていた。ちなみに記念日とは、先週の金曜日、二人の気持ちがようやく重なった日だ。ネックレスとは違う新しい絆の証は、一見しただけでもお揃いに見えて、これからの二人の関係を予感させた。

 お付けしていかれますか?との店員の声に、奥野はもちろんと答え、さっさと自身の指にはめてしまった。それからもう一つを手に取り、花耶の左手を取ると、丁寧に薬指に指輪をはめていった。指輪がはめられた指をほんの数秒だがじっと見つめると、最後に軽いキスを落とし、花耶だけでなく対応してくれた女性店員まで赤面させてしまった。イケメンなだけに、そんな動作すらも絵になってしまうのが反則だと思うと共に、相手が自分なのが申し訳なく感じた。今は会社帰りのため、伊達眼鏡とひっつめの髪という最大限に地味な装いなのだ。

 すっかり上機嫌で花耶しか見えていないという態度を隠そうともしない奥野は、食事にしようと花耶の手を取ったまま店を去った。恥ずかしいからやめて欲しいと思うが、それを気にする奥野ではない。かなりの高確率でわざとやっているのだろうと思われたため、もう何も言わなかった。

 食事は、ショッピングモールの中にある和食の店だった。落ち着いた佇まいでショッピングモールの中にあるとは思えないほど店内は静かだった。メニューは一般的なもので、それがかえって花耶には安心感をもたらした。未だに高級な店には慣れていないからだ。
 そんな花耶に奥野は、明日はデートをしようと提案してきた。既に行き先も考えてあるのだと楽しそうに言われてしまうと、それは提案ではないのでは…とも思ったが、否やと言える筈もなかった。既にディナーも予約してあるのだと告げられてしまい、最初から断る選択肢など花耶にはなかったのだ。でもそんな風に考えてくれている事が嬉しく、花耶は楽しみです、と告げると奥野は一層甘い笑顔で花耶を赤面させた。

 明日はデートと言われたため、今日は自分のアパートに帰れるだろうかと思っていた花耶だったが、その考えは甘かった。当たり前のように奥野のマンションに連れてこられてしまえば、その先の事など自ずと分かり切っていた。



「ちょ…まっ…あ、え…っ…」
「ああ、花耶…一週間長かった…」
「え…あ、やっ…ま…っ…あ…ぁ…ふか…っ…」

 当然のように連れてこられた奥野の家で、当然のようにお風呂を勧められて入ってしまい、当然のように晩酌の相手をした花耶は、当然のように押し倒された。ネックレスと指輪で自身を花耶に縛り付けた男は、それらのみを身に着けた花耶をうっとりと眺めると、この日は胡坐をかいた自分の上に花耶を座らせて、下から花耶を貫いた。花耶の手を取ると自身の首に回させ、細い腰を掴んで下から花耶の中を擦り上げた。

「ぁあ…んっ…んっ…や…っ…」
「ああ、花耶…やっと…」

 奥を強く穿たれると痛みを感じる花耶を気遣って、奥野はこれまでよりも緩やかに花耶を揺さぶったが、その感覚は想像以上に花耶を快楽の海に投げ込んだ。痛みがない交わりには悦しかなく、すっかり行為に慣らされた身体はあっという間に高まった。先週、奥野は行為中に何度も、快楽は自分の愛の証だと花耶に言い聞かせていた。花耶は快楽に溺れる事をはしたないと思っていたが、そう言われた事で快楽を厭う気持ちが薄れ、以前よりも素直に奥野の与える刺激を受け入れるようになり、それは花耶にこれまでにない程の快楽をもたらしていた。

「…っあ、ぁ…ん、んんっ…」

 淫らに喘ぐ声までも自分のものにするかのように、奥野が深く口づけてきた。逃がすまいとするかのように執拗に舌を絡められると、花耶は一層ゾクゾクしたモノが背中を駆け上がる。きゅうきゅうと自身を苛む雄を締め上げ、それがより一層の快楽をもたらした。余りの気持ちよさに、花耶の中に残っていた理性までもが溶けてしまいそうだった。
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