【本編完結】【R18】体から始まる恋、始めました

四葉るり猫

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二章

聖夜の約束

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 奥野の母親と従妹に会った後、花耶は奥野が考えていたデートプランを楽しんだ。奥野が予約した店でランチを食べ、その後カップルに人気だと言う水族館で人生初のクリスマスイベントを楽しんだ。日が暮れてからはイルミネーションが綺麗な人気スポットをゆっくりと散策し、その後は奥野が予約した店でディナーとなった。どんな店に連れていかれるのかと不安を募らせていた花耶だったが、そこは人気だが思っていたよりもカジュアルな店で、花耶はこっそりと安堵のため息を漏らした。元から食が細く、病み上がりの花耶を気遣っての店選びだったのは明白だった。

 その後二人は、イルミネーションとプロジェクションマッピングが素晴らしいと話題のスポットに行ってみた。それは花耶がこれまで見た事のない素晴らしいもので、花耶はただただ鮮やかな映像と溢れる光に圧倒された。奥野と二人でクリスマスを過ごす未来など想像出来なかったな…と思うと、何とも表現のしようのない気持ちになった。それは嬉しさや幸福感に彩られたもので、その事実に花耶は何だか泣きたくなってしまい、無意識にその手に力を込めていた。

「花耶?」

 ずっと鮮やかな光の演出に気を取られていた恋人の変化を感じ取った奥野が、花耶の名を呼んだ。

「え?あ、はい?どうかしました?」
「え?いや、手を握られたから…どうしたのかと思って」
「あ…いえ、な、何でも…ないです…」

 自分がした事を指摘された花耶は、急に恥ずかしくなって顔に熱が集まるのを感じた。そう、こんな風に些細な変化でも気が付いて貰える事は、なんて幸せなのだろうと思う。これまで母にも祖母にも気にかけて貰った事がなかった花耶にとって、奥野の細やかな気遣いは自分で思う以上に心を満たしてくれた。

「…そろそろか…」
「え?」

 奥野が腕時計に視線を向けてそう呟くのが聞こえて、花耶が奥野を見上げた。何かあるのだろうか…と思っている間に、奥野の向こうが急に明るくなり、その後で大きな音が響いた。

「花火…?」

 華やかな光で彩られた世界にもう一つの花が添えられて、会場内は多くの歓声が響いた。奥野が気にしていたのは、この花火の事だったらしい。奥野は花耶の肩に手を回すと、花耶が見やすいように身体の位置をずらした。急に身体がくっ付いて花耶は心臓が跳ねるのを感じたが、次の花火が上がる頃にはそれも気にならなくなっていた。地元の花火大会すらまともに行った事がない花耶にとって、光の共演は目に痛いほどの眩しさと華やかさに溢れていて、多分一人だったら居心地の悪さを感じたものだっただろうと感じた。

 花火自体は五分ほどの短いものだったが、花耶は最後まで声も出せずにただ魅入るしか出来なかった。花火に合わせて色が変わるイルミネーションもプロジェクトマッピングも、花耶の想像を超えるもので、花火が終わった後もその余韻でぼうっと花火が上がっていた空を眺めていたくらいだった。

「花耶」

 不意に奥野に呼ばれて、花耶はようやく現実に戻った気がした。まだ花火の興奮が残り夢見心地の花耶に、奥野が正面から向き合った。逆光になっているせいで、奥野の表情がはっきり見えないが、纏う雰囲気から柔らかさが抜けて真剣なもののように感じ、花耶の背筋が自然と伸びた。

「お願いがあるんだ」
「え?あ、はい?」

 改まってお願いと言われた花耶は、どういう事だろうかとわずかに身構えた。奥野の事だから無茶な事は言わないとは思うが、時々突拍子もない事を言う事もあるからだ。奥野の表情は見えないが、言い難そうにしている事は伝わってきた。

「その…花耶にプロポーズしたいと思っている。だが、花耶の気持ちを無視してやりたくないんだ。だから…花耶がいいと思った時には教えてくれないだろうか?」
「プ、ロポーズ…ですか?」
「ああ」

 まさかプロポーズの許可を求められるとは思わなかった花耶は、暫くその意味を飲み込むのに時間がかかった。こういうものは許可が必要なのだろうか…

「今まで、俺は自分がいいと思ったようにやって、それが花耶を傷つけていた。だから、情けない事に、わからないんだ…」

 そう告げる奥野の表情はわからなかったが、声には苦々しい想いが現れていて、奥野が本気でそう思っているのだと告げていた。仕事では相手の心理を見抜いて商談をまとめるのが巧いと言われているのに、花耶に対してはそれが発揮できないらしい。それは多分、二人の始まりに起因しているのだろう。

 しかし…いいと思った時と言われてもどうなのだろう…と花耶は返事に困った。プロポーズとは、お付き合いをして結婚してもいいなと思ったら、男性側がサプライズ的にやるものだと思っていたからだ。その気になったら教えて欲しいと言われても困るような気がした。
 現実問題、いいと思ったとして、どう伝えればいいのか。もうプロポーズしてもいいですよ、と言えばいいのだろうか…それから奥野が準備をして…とリアルな情況が浮かんだが、何だか違う気がした。
 そもそも、既にペアリングを受け取っているし、奥野は両親や親戚にも既に結婚すると宣言しているのだ。何というか、色々と順番が間違っている気がする…いや、それを言ったら、最初っから色々間違えていたな、とこれまでの事を思い出して、花耶は何だかおかしくて自然と笑みがこぼれた。

「花耶?」

 花耶が笑った事に、奥野が動揺を含んだ声で名を呼んだ。最初はあんなに強引だったくせに、どうして今になって弱気になっているのだろう…と思う。自信満々で怖かったイメージはいつの間にか崩れ、最近では不安や戸惑いの表情ばかり見ている気がする。そんなところが可愛いと思ってしまうと同時に、自分と同じなんだと以前よりもより親しみを感じている自分がいた。

「プロポーズと言っても…ご両親や親戚には結婚するって仰ってるんですよね?」
「あ…ああ」
「何か…順番、逆じゃないですか?」
「それは…すまない…」

 すっかりしょげた子犬のような奥野に、花耶は益々おかしくなってきた。それも花耶の気持ちを考えてくれたからなのだと思うと、心の中がじんわりと温かくなるのを感じた。

「いいですよ」
「…え?」
「いつでも、いいです」
「だが…」
「だって、指輪も受け取っちゃったし。お母様にも挨拶しちゃったじゃないですか」

 そう言って花耶は、奥野に笑顔を向けた。そうなのだ。既に婚約指輪の代わりにペアリングをしているし、奥野の母にも結婚相手として挨拶してしまったではないか。これでプロポーズがまだだなんて、それでは公認の仲と言われながら付き合っていなかった以前の自分達と変わらない。そして、そういう曖昧な状態が余計なトラブルを招いたのだ。

「…ありがとう、花耶」

 暫くの間、花耶の真意を探ろうとしてか、じっと自分を見ていたらしい奥野が、纏う空気を和らげて優しく花耶を包み込んだ。恥ずかしさがこみ上げたが、花耶はおずおずと奥野の背に手を回した。奥野の身体が一瞬強張ったが、より一層深くに抱き込まれた。
 暫くその間そうしていたが、奥野が抱きしめる手を緩めて花耶に向き合った。先ほどまで逆光で見えなかった表情が、イルミネーションの変化で見えるようになった。いつもの怖いほどの鋭い目つきが柔らかい光を湛えて花耶を見下ろしていて、花耶は予感した。奥野はそっと自分の正面に揃えるように花耶の手を取った。

「三原花耶さん、貴女を心から愛しています。私の人生をかけて貴女を幸せにするから、どうか私と結婚してください」

 何を言われるかは予想がついたのに、実際に奥野の声で告げられた言葉は、花耶が思っていた以上の重みと温かさをもって花耶の中に収まっていった。先週、ペアリングを買った時から、この人と結婚するんだと漠然と感じてはいた。でも、それがはっきりとした形になって告げられるのは、全く別物だった。

「はい。私…でよければ喜んで」

 一瞬、私なんかで…と言いそうになって、花耶はその言葉を飲み込んだ。そんな言い方は、奥野に対して失礼ではないかと咄嗟に思ったからだ。

「ありがとう。必ず…幸せにする」

 ふわりと包み込むように抱きしめられた花耶は、今度は直ぐに奥野の背に手を回した。大きくて温かい身体に包み込まれて、自ずと安堵から息をついた。もうこの人は私のものとの思いが胸いっぱいに広がって、それが花耶の心を満たした。絡まってこじれまくった二人の関係が、これでようやくあるべき形になるのだろうとの安心感も。

「今、凄く幸せです」
「それなら…よかった…」
「だから…私からも…お願いがあるんです」
「お願い?」

 滅多に自分の希望を言わない、たった今婚約者になった年若い恋人のお願いに、奥野が僅かな戸惑いをみせた。

「希望があるなら何でも言ってくれ。俺は花耶の気持ちを察するのが苦手なんだ。良かれと思ってやっても嫌な気にさせてしまう…」

 奥野の言葉は、花耶には意外にしか思えなかった。確かに最初は一方的ではあったが、最近の奥野は驚くほど花耶の気持ちを敏感に察してくれていたからだ。時々そこまでしなくてもいいのではないか…と思う事もあるが嫌ではないし、むしろ嬉しくも好ましくも思っていた。

「じゃ、あんまり気を使い過ぎないでください」
「花耶?」
「嫌なら…ちゃんと嫌って言いますから。だから、その…無理して欲しくないかな…と」
「だが…」
「腫物みたいにされる方が…息苦しくて辛いです…」
「……」
「…強引なところも、その…好き、ですよ?約束は忘れないで欲しいですけど…」
「…ありがとう、花耶…」

 抱き合っているために表情はわからないが、花耶は奥野の中で何かが解れていくのを感じた。こうしてお互いにわだかまりを解し合っていけば、あるべき関係はすぐそこにあるように思えた。
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