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二章

地元の幼馴染

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 翌日、花耶は奥野と一緒に朝早くに奥野の父方の実家に向かった。奥野家は毎年、年明けの二日は父方の実家に集まるのが習慣になっているので、そこで先に奥野の婚約者として花耶を紹介し、奥野と久美の結婚を祝うパーティーを止めるのだと言った。祖父母と父親の兄妹には既に電話で連絡をして話をつけてあり、全員花耶との結婚を祝福してくれたからもう大丈夫だと言われて、花耶は少しだけ気が楽になった。

 それにしても…花耶としては両想いになったばかりで、プロポーズすらも展開が早すぎると思っていたし、やっとこれまでの事を消化しかけていたところだったので、この展開は驚きと戸惑いしかなかった。暫くはゆっくり恋人同士の時間を…と思っていただけになおさらだった。
 そんな花耶に奥野は、申し訳なさそうに、でも母親も久美も諦めていなかった事から、先に花耶と結婚するとはっきり示したいと告げた。放っておけば余計なトラブルになり兼ねないし、それで花耶に嫌な思いをさせたくないんだと言われれば、拒否する事は出来なかった。花耶ももう、奥野を他の誰かに渡すなど考えられなかったからだ。

 冷たい日差しを受けながら、花耶は奥野の車で父方の実家へと向かった。空気は冷たいが、車の中は日差しを受けて暖かくて心地よかった。見慣れぬ車窓とたわいのない会話が、花耶の緊張をほぐしてくれた。



「花耶、着いたぞ」

 聞き慣れた艶のある声に呼ばれて、花耶は目を覚ました。いつの間にか眠っていたらしい。最初はたわいもない会話を楽しんでいたが、心地よい揺れから花耶は知らぬ間に夢の世界に旅立っていた。最も、その原因の一つは隣に座る人物にもあり、昨夜は姫はじめだと言って散々あられもない声をあげさせられたせいなのだが…

「え?ここ…?」

 まだ覚醒しきらぬ頭を回転させて車外の景色を見た花耶は、その場所が想像していた場所と違って不審に思った。どう見てもここは一般の家ではなかったからだ。奥野が指したのは洒落た感じのカフェだった。奥野の父方の実家が飲食業を営んでいるとは聞いていなかった。

「ああ、まだ約束の時間には間があるからな。少し休んでいこう。ここは俺の連れの親がやってる店で、昔よく通ってたんだ」

 そう言って笑顔を向けられた花耶は、奥野に手を取られて店のドアをくぐった。ドアにはまだ準備中とあったため花耶はぎょっとしたが、奥野は構わずに店の中に進んでいった。

「…いらっしゃいませ。すみませーん、まだ準備中なん…って、おい!透夜かよ!」

 店の奥から髪を茶色く染めた男性が出て、奥野を見るや驚きの声を上げた。奥野より少し背が低めだが人懐っこい笑顔と親しみやすい雰囲気で、店名が入ったエプロンをしているから店員なのだろう。奥野を見て恰好を崩した事から、親しい関係のように見えた。

「おう誠司、久しぶり」
「なぁんだよ、帰ってくるなら一言言ってくれりゃあよかったのに」
「ああ、すまん。今回は連れがいるんでな」

 そう言った奥野は花耶の腰を抱き寄せてきた。急な事に花耶はバランスを崩しそうになったが、それも奥野にやんわりと吸収された。今のはわざとではないだろうか…恥ずかしいので人前でくっ付くのはやめて欲しいと思うが、奥野にはためらいがなかった。むしろ見せつけているようにもみえる。

「な…女連れ?透夜が?」
「ああ、俺の婚約者の三原花耶さん。花耶、こいつは幼馴染の松沢誠司。この店の息子だ」

 何気に「俺の」の部分に力が入っているように感じた花耶だったが、さすがにそれを言う訳にもいかず、軽く会釈をして挨拶をした。相手は驚きの表情で固まっていたが、花耶に声をかけられると慌てて我に返った。

「あ、ああ…相沢です。よろしく…」

 思った以上に驚きが大きかったらしい奥野の幼馴染は、しどろもどろになりながら挨拶を返したが、しかし…と言うと暫く花耶をじっと見てきて、花耶は居心地の悪さを感じた。

「おい、必要以上に見るな」
「なんだよ、減るもんじゃなし…」
「減る」

 花耶を隠す様により一層抱き寄せてはっきり言い切った奥野に、誠司は相変わらず驚きの表情が抜けなかった。だが、暫くすると悪戯っぽい表情を浮かべて、なんだよ、余裕ねえなぁ…と笑った。



「しっかし、婚約者って…お前がねぇ…」

 準備中とは言え、既に開店準備が終わっている店で、花耶は奥野と共に一番日当たりがいい席に通された。温かい日差しが心地いい。誠司は慣れた手つきで奥野はコーヒーを、花耶には甘めのカフェオレを出してくれた。甘い香りが花耶の緊張した心を少しだけ解した。

「なんだ?もういい歳なんだし、おかしくはないだろう?」

 誠司にしみじみとそう言われて、奥野は何を言っているんだと言いたげに誠司を見上げた。

「まぁ、そりゃそうなんだけど。でもお前が結婚かぁ~泣く子いっぱいいそうだな」
「そんな事まで知るか。俺は花耶さえいればいい」
「うわ、お前からそんな台詞聞く日が来るとは思わなかったわ」

 誠司は最初から驚きを繰り返していたが、そこから回復してからは打てば響くように返事を返してきた。話ぶりからしても、かなり親しくて気安い間柄らしい。奥野の乱暴にも感じられる砕けた口調を初めて目にした花耶は、それに妙な男らしさを感じてしまい、奥野の初めて見る一面に密かにドキドキしていた。

「しっかし、随分若いんじゃない?幾つ?」
「お前…女性に年聞くもんじゃないだろう…」
「だってさぁ~俺だって基本聞かないけど…すげ~若いから。未成年って言われても驚かないぞ。お前ロリコンだった?」
「失礼な。花耶はこれでもちゃんと成人している」
「じゃあ幾つだよ」
「…二十三だ」
「はぁ?二十三?…お前…犯罪じゃね?」

 失礼な奴と言いながらも、奥野はロリコンと言われたのが気に入らなかったのだろう。何だかんだで花耶の年を言ってしまった。花耶としては別に隠す気はなかったのでどうという事はないが、犯罪とまで言われるとそんなに子供っぽいのかと気になってしまう。

「犯罪とは何だ?ちゃんと成人しているんだから問題ないだろう」
「でも十も下って…どうやってたぶらかしたんだ?まさか襲ったりしてないよな?」
「んな事するか」

 忌々し気に即答した奥野だったが、花耶は思わず口にしたカフェオレを吹き出しそうになった。図星を刺されて焦ったのは、もしかすると花耶の方だったかもしれない。

「でも彼女…動揺してるけど?」
「花耶は初心で免疫がないんだよ。変な事言うな。俺が嫌われる」

 ニヤニヤしながら花耶の様子を面白がっている誠司に、そう言い切った奥野はさすがと言うべきなのか、何食わぬ顔をして言い返していた。花耶の方が動揺してしまい、本当の事だと気付かれないかと冷や冷やしていた。 

「ふ~ん…で、どこで知り合ったんだ?」
「…会社だ」
「はぁ?会社って…部下に手を出したのかよ?」
「部下とは言っても、部署も違うし接点はない」
「ふ~ん、で?お前から告ったわけ?」
「そうだ。中々いい返事がもらえなかったが、先月やっと返事を貰ったんだ」
「え?それでもう婚約?」
「変な虫がついたら面倒だろうが。花耶は可愛いからな」

 きっぱり言い切った奥野に誠司は面食らったようで、目を大きく見開いて暫くポカンとしていた。一方、可愛いと言われた花耶の心情は複雑だった。周りがイケメンと認める奥野に可愛いと言われても、褒め殺しのような気がしてしまうからだ。可愛いと言われるほどの容姿でない事は、花耶自身が一番わかっていた。もっと厄介なのは、奥野が本気でそう思っている事なのだが…

「…お前…そういうキャラだったっけ?」

 暫く驚きに固まっていた誠司だったが、そこから立ち直ると酷く脱力した笑みを浮かべていた。その笑みには呆れがかなりの量含まれているのは明白だった。

「さぁ?周りがどう見ているかなんて知るかよ」
「はぁ…完全に色ボケしてるな…でもまぁ、いいんじゃね?そこまで好きな相手に出会えたんなら」
「俺もそう思う」

 いっそ清々しいほどに潔く惚気けているとしか思えない奥野に、花耶の方が不安になった。もしかして、親戚の家に行ってまでこの調子なのだろうか…と。花耶は奥野に、気を使い過ぎずに奥野らしくいて欲しいとは言ったが、人前でいちゃついたり惚気る事までは想定していなかった。

「で、今から実家行くんだろ?こんなところで油売ってていいのかよ?」
「今日行くのはじいちゃん家だ」
「え?実家じゃないのか?」
「実家は…母親が面倒な事を計画しているんでな…」
「あ~お前のあの母ちゃんか…」

 既に苦々し気に眉間のシワを深める奥野に対し、誠司も思い当たる事があったのだろう、困ったような表情を浮かべた。

「今度は何?見合いでも準備してるとか?」
「それならまだいいんだが…久美と結婚させようとしている」
「はぁ?久美?結婚?」

 久美の名前が出て、誠司が驚きの声を上げた。よほど意外だったのだろう、今日は会った時から驚きの表情を現していたが、今のリアクションが一番大きかった。
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