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二章

祖父母の家にて※

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 金切声と共に現れたのは母親で、その後ろには久美の姿もあった。母親は背を向けている弁護士達を通り越して花耶の姿を見つけると、一層目を釣り上げて花耶を睨んだ。

「この…!何勝手に人様の家に上がり込んでいるのよ!」
「父さんの許可は貰っているが?」
「な…!あなた、勝手なことしないで!」
「いい加減にしなさい、絹代。透夜や三原さんに迷惑をかけたお前が何を言っているんだ。それよりも久美、お前にお客様だぞ」

 苛立ちを隠そうともしない母親に、父親は淡々と返した後、久美に声をかけた。その声に反応して二人の客人がドアの方を振り返り、母親と久美はようやく自分達に背を向けていた客人の存在に気が付いた。久美は名指しされた事に驚きの表情を浮かべ、え?なに?誰?と困惑しながら二人に視線を向けた。

「あ、あの…この方々は?」
「こちらのお二人は、弁護士さんとその依頼人の方だ。久美、お前と連絡が取れないからと、婚約者だと会社の人に聞いたとかで、透夜を訪ねてこられたのだ」
「な…何を…」
「詳しい事は、そこの弁護士さんが詳しく教えてくれるだろう」
「え…?」

 父親がそう告げて弁護士のほうに視線を向けると、弁護士も心得たと言うように軽く会釈を返し、真っすぐ久美に向き合った。

「あなたが西川久美さんですか?私、弁護士の牧瀬と申します。何度ご連絡しても連絡がつかなかったので、婚約者だと会社の皆さんから伺ったこちらに伺いました。最も、婚約者という話も嘘だったようですが…」
「え…あ、あの…」
「西川久美さん、初めまして。私、富田隆弘の妻です。夫が色々と…そう、色々とお世話になったそうで…」

 いっそ空恐ろしいくらいの笑顔を浮かべて挨拶する依頼人の姿に、久美の顔からは目に見えて血の気が引いていった。



「花耶、さぁ」

 奥野に手渡された甘めのカフェオレを一口飲んだ花耶は、ほうっと息を吐いた。父親への挨拶のための訪問はお昼までに終わる予定だったが、時計は既に一時半を指していた。

 あの後、久美と弁護士達との話し合いは、そのまま奥野の家で行われた。自分達はいない方がいいのではないかと花耶は思ったが、奥野は久美がありもしない事を言う可能性があると言い、また弁護士らも、花耶達が既に巻き込まれている事、久美が信用できないので嘘を言っている場合は指摘して欲しいなどと言い出したため、同席する羽目になったのだ。

 最初は知らない、自分は関係ないと言い張っていた久美だったが、弁護士からそれなら裁判を起こす、こちらの証拠は揃っているのでどちらでもお好きなように、と言われると、それ以上突っぱねる事が出来なかった。弁護士を雇う余裕もなく、また雇ったところで勝ち目はないと察したのだろう。数枚の同意書へのサインと、慰謝料の分割支払いに同意するしかなかった。話し合いが終わると、花耶達は母親が騒ぎ出す前に家を辞して、祖父母の家に戻ってきたのだ。

「疲れただろう?すまなかったな、久美の事まで巻き込んで…」

 後ろから奥野が抱きしめてきて、花耶を膝の中に閉じ込めた。抱きしめられる腕の中はとても柔らかく感じられ、花耶は抗う事なくその腕に身を預けた。途端に奥野の抱きしめる力が強まり、包み込まれる感じが花耶を一層安心させた。

「大丈夫です…さすがに…びっくりしましたけど…」
「全くだ…弁護士までとは俺も想定外だった」

 その言葉に嘘はなく、久美の事はさすがに予想の範囲を大きく飛び越えていた。不倫していたのに会社で奥野と婚約していると言っていたのも意外だったが、自分が久美と間違えられるのも想像をはるかに超えていた。一カ月もの間、相手からの連絡を無視し続ける神経も理解できなかったが、あれでは相手が怒りを募らせても仕方ないと思った。

「でもまぁ、母さん以外に挨拶は出来たし、今回はこれで十分だ。さすがに母さんも不倫して慰謝料の請求されたのを目の前で見れば、久美との事は諦めるだろうし。少し休んだら帰ろう」

 確かに父親達の久美を見る目は酷く冷めていて、侮蔑の色すらも浮かんでいるように見えた。会社で不倫をした上、相手からの連絡を一か月以上無視していたのは誠意の欠片もなく、反省していないとみられても仕方ないだろう。だが、久美との結婚をこれ以上ごり押しする事はないだろう。

 そろそろ帰ると祖父母たちに伝えようかと言っている間に、階段を上る足音が聞こえてきた。何だろうと思っていると、外から控えめに祖母が「透君、ちょっといい?」と声をかけてきた。

「祖母ちゃん?どうかしたか?」
「それが…高速でちょっと大きな事故があったらしくて…」

 祖母は、花耶達が通る予定だった高速道路でスリップ事故が起きて、上下線とも不通になったのだと言った。何台もの車が巻き込まれたようで、復旧には時間がかかるらしいというもので、しかも途中の山には雪の予報も出ているという。

「こんな状況だし、仕事でないのなら今夜も泊まっていかない?今日はもうお客様も来ないからゆっくりできるし」

 祖母の返事に奥野は即答せず、花耶に視線を向けてきた。花耶は自分への気遣いから即答せずにいるのだろうと直ぐに理解したため、表情を緩めて小さく頷いた。

「すまない、祖母ちゃん。いいだろうか?」
「もちろんよ。久しぶりに帰ってきたのだもの、ゆっくりして行って欲しいわ」

 祖母が嬉しそうに奥野を見上げたが、その言葉は本心からのものなのだろう。奥野は母親の事もあって滅多に帰らなかったと言っていたが、祖母たちはそんな奥野を心配していたのだという事は明らかだった。母親には困ったものだったが、そんな奥野を大切に思っている人たちがいる事に花耶の心がじんわりと温かくなるのを感じた。



 祖父母たちと四人の穏やかな夕食を楽しみ、お風呂も終えた二人は二階の部屋でくつろいでいた。祖父母はすぐ近くにある祖父の弟の家で宴会をしているとかで、ちょっと顔を出してくるわね、と言って出かけてしまった。家主がいない事に花耶は僅かに不安を感じたが、誰もいないことで緊張感が薄れたせいか、花耶は何だか気が抜けたように感じた。どうやら思っていた以上に気を張り詰めていたらしい。
 そうこうしている間に、奥野は花耶の唇に自分のそれをそっと重ねてきた。最初は啄むようなそれは段々深くなっていき、最初は戸惑っていた花耶も、次第に奥野の熱に飲み込まれようとしていた

「…あ、あの…」

 深く口づけされていた花耶はそのまま布団の上に押し倒された。奥野の手がするりとパジャマの上着の下へと滑り込んで、花耶のたわわな二つのふくらみへと辿り着いた。

「ちょ…待ってください」

 さすがに祖父母の家で事に及ぶのはどうかと思い、花耶は慌てて奥野の手を上から押さえこんだ。外出中とはいえ行き先は近所で、いつ帰ってくるかわからないのだ。だが奥野は、今は誰もいないから大丈夫だ、帰ってきても部屋が遠いから聞こえない、と耳もとで囁いて花耶の抵抗をやんわりと抑えた。

「愛してる、花耶…」

 掠れ気味で囁くような声は、溢れ出る欲のせいだろうか。奥野の欲を押さえた声は逆にその熱の深さと重さを物語っている様で、花耶は身体の奥が疼くのを感じた。

「…ああ、俺のだ…俺だけの…」
「…ん…っ…」

 花耶の服の中に手を伸ばしながら、奥野は深く口づけて花耶の吐息までも漏らさないかのように貪り始めた。息苦しさを感じながらも、深く執拗に口内を暴かれる感覚に花耶は酔いしれた。こんなところで…と思うのだが、逆に背徳感のあるこの状況に熱がいつもよりも早く溜まっていくのを感じた。いつもならさっさと服を脱がしてしまう奥野だったが、今日はさすがに遠慮したのか、服を上に押しやるだけだった。だが、そんないつもとは違う状況すらも花耶を高ぶらせるスパイスのように感じられた。

「んんっ…!」

 いつもよりも急性に滾る雄に貫かれて、花耶は両手で必死に口を押えた。いつもより慣らしが少なかったせいか挿入時には痛みもあったが、それ以上に背を走る甘い痺れの方が勝った。室温が低いせいなのか、奥野の雄の熱と存在感がいつもよりも増している気がする。きついな…と奥野の消え入りそうな呟きが耳に届いたが、花耶自身もいつも以上に奥野を締め付けているのを自覚していた。それが動き出した時にどうなってしまうのだろうと思い至った時、身体の奥がきゅっとなるのを感じ、同時に奥野が息を詰めたのを感じた。
 花耶の余裕のなさを感じたのか、奥野は軽いキスを額や頬に振らせたが、その内口を押さえている両手をゆっくり外すと、自分の手を重ねて指を絡めた。

「…まっ…ん…」

 声を抑えるための手を持っていかれた花耶は慌てて抗議の声を上げようとしたが、それは奥野の唇によって塞がれた。ねっとりと奥野の舌が花耶のそれに絡みついて来て、それと共に奥野がゆっくりと浅く動き始め、花耶の嬌声までもが奥野に奪われた。

「ん…んん…っ…」

 次第に激しくなる動きに、花耶は息苦しさと腰が砕けそうな快楽に流されていった。必死に声を押さえなければと思うのに、そう思うほどに奥野の動きはいつも以上の悦を生み出し、花耶を押し上げようとしているように感じた。覆いかぶさっている身体は熱く、大きく、逃げを許さないそれは自分を閉じ込める檻のようにすら感じられた。捕食者に食べられる獲物になったような感覚をまた感じながらも、花耶は奥野の的確過ぎる責めにあっという間に翻弄された。

「んんんっー…!」

 唇を奪われたままの絶頂に花耶は大きく背をしならせると、奥野は絡めていた手を外して花耶の背に手をまわして強く抱きしめた。しっとりと熱を帯びた肌がぴったりと重なるのを感じると同時に唇も解放され、花耶は酸素を求めて荒い息を繰り返した。奥野はそんな花耶を気遣いながらも尚も抱きしめながら花耶の中に留まっていた。いつも奥野がすぐに離れてしまう事を寂しく感じていた花耶は、抱きしめられたままいる事に安堵すると、溜まっていた疲れが限界に達したのか意識が遠ざかるのを感じた。

「ありがとう花耶…後は俺に任せて休んでくれ」

 柔らかい声色で奥野にそう言われた花耶は抗えなかった。奥野に熱く抱かれた事で、積もっていた不安が嘘のように霧散しているのを感じ、花耶は安堵を覚えながらそっと目を閉じて意識を手放した。
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