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魔法陣と黒い存在
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理緒たちが傷の治療のためにと入った薄暗く粗末な小屋の中は、今や白と金色の光で目が開けられないほどの眩い光に満ちていた。辺境伯が傷の治療を始めようとした途端、それはいきなり小屋の中を埋め尽くした。白と金の光が、次々と織りなすように浮かび上がり、理緒の目にはいつか駅前で見たプロジェクションマッピングのようにも見えた。
理緒の隣では、辺境伯が忙しなく次々と現れる光の渦を読み取る様に見つけていた。理緒には何が何だかわからないが、彼の様子からはこれが初めての経験ではない事が伺えたが、表情はいつも以上に険しかった。
「…これは…まさかっ?!」
ある程度白と金の共演が終わった頃、辺境伯が焦ったような声を上げた。目の前で起きた事が何なのか、彼には分かったのだろう。理緒が辺境伯を見上げると、その表情は驚きが色濃く表れていて、この事態が彼の想像の範囲を超えているのだと感じた。
小屋の中を満たしていた光は、床に残光だけを残し空気中に溶け込むように消えていった。
「さすがはファレル辺境伯アルバート卿。剣だけでなく魔術にも造詣が深いという噂は本当だったのですね」
急に穏やかな声が差し込んできて、理緒は声の元に視線を向けると、小屋の入り口には黒に包まれた何かが佇んでいた。光の共演が終わった小屋の中は再び薄暗く、その黒い物は逆光でよく見えない。先ほどの光が強すぎたのもあってか、小屋の暗さにまだ目が慣れなかった。
「…何者だ?」
目の前の黒い存在の僅かに楽し気な空気を含んだ声とは真逆の、喉の奥から漏れ出てきた唸るような低い声の主は辺境伯だった。声は大きくはないが、相手への威圧感はこれまでに感じた事がない程で、理緒までもが動けなくなった。
「名乗るほどの者ではございません」
「……」
「そう警戒なさらずとも、今危害を加えるつもりはありませんからご心配なく」
「…そんな言葉を信じろと?」
それもそうだろうと思ったのは理緒もで、こんな状況で相手のいう事を鵜呑みにする気にはなれなかった。顔すらも隠している存在を無条件で信じるなど、あの平和な日本ですら無理だろうに、ここはもっと物騒な世界なのだ。
「目的は何だ?」
「おやおや、アルバート卿はせっかちでいらっしゃる」
「先ほどの襲撃もお前の仕業か?」
「ふふっ。甥御殿が気になりますか?ご心配なく。彼らは既に街に辿りついているでしょう。彼らは囮ですし、今回は彼らに危害を加えるつもりはありません」
「…なんだと?」
「私の目的は、アルバート卿、あなたです。ああ、ご心配なく。命まで取れとは依頼されていませんので」
どうやら目の前の人物の目的はルイではなかったらしい。その言葉を信じる事は出来ないが、それでも理緒の心には僅かな安堵がよぎった。
「あの魔法陣はどういうつもりだ?」
「ああ、お気づきになりましたか。さすがはアルバート卿だ。あれはあなた様にご用意したものです」
「何だと?」
先ほどのあの光は魔法陣だったのか…映画や漫画の描写は案外馬鹿に出来ないものだな、と理緒は変なところで感心してしまった。とは言え、あれは辺境伯に向けたものとなれば話は別だ。どんな効果があるかが理緒には全くわからなかったため、別の不安が零したインクのように心に広がった。
「あなた様が王女殿下と契約されると困る方がいらっしゃるのですよ」
「私が望んだ事ではない」
「あなた様が望まれなくとも、王女殿下や国王陛下が望まれているのです」
「…」
「ですので、あなた様には別の方と契約をして頂きます」
「それは王命に反する。反逆罪とも受け取れるぞ。そんな勝手を私が許すとでも…」
「あなたの許しは必要ありません。私は依頼を全うするだけです。あなた様にはここで契約を結んでいただきます。相手もご用意したのですが…ああ、ちょうどいい、お連れの方がいらっしゃるのでしたら、その方にお願いしましょう」
「断る。そもそもその者は関係無い。領民を巻き込むな」
「そう言われると益々無関係には見えませんね。それに面白いじゃありませんか、アルバート卿の契約相手が少年だなんて。王都の噂に添うのも一興というもの」
「下らんことを言うな」
「ああ、ご心配なく。世の中には男性同士というのもあるそうです」
「この私が言いなりになるとでも?」
「そちらもご心配なく。ちゃんとご用意しております。さぁ、お受け取り下さい」
黒い存在がそう告げると、小屋の中で空気が強く舞った。何事かと思った理緒は次の瞬間、その風に爽やかな香りを感じた。その香りはスッとしたミントの様な香りで、この空気のこもった部屋ではむしろ好ましい香りだった。
「こ、この香りは…」
「アルバート卿もご存じでしたか。そう、これはクカの花粉です」
「貴様っ!リオ、吸い込むな!」
「は?え?」
いきなり名を呼ばれて吸い込むなと言われて理緒は戸惑った。だが…
急にドクン…と心臓が跳ねたのを感じた理緒だったが、それと共に急に息苦しさを感じて戸惑った。
「…え…?」
呼吸するごとに気持ち悪く、背筋が冷えていくのを感じて理緒は戸惑った。咄嗟に服で口元を覆ったが、不快感は増すばかりだった。
「おやおや、お連れの方にはもう効果が出始めているようですね。アルバート卿、ご心配なく。邪魔が入らないよう、この小屋は外からは視認出来ないようにしておきます。半日もすれば内から開けられるようにしておきますので、どうぞごゆっくり」
「待て!」
黒い存在と辺境伯の会話の意味を、理緒は全くと言っていいほどわからなかった。何をしたいのか、さっきの魔法陣や何かの花粉が何を意味するのか、理緒は何一つ知る事も察する事も出来ずにいた。それに気持ち悪さは呼吸するたびに増すばかりで、段々と意識が薄れていくのを感じた。必死で意識を留めようとするが、灰色の闇は急速に理緒の世界を包んだ。
隣のいたはずの辺境伯の声が、遠くで聞こえる気がした。
理緒の隣では、辺境伯が忙しなく次々と現れる光の渦を読み取る様に見つけていた。理緒には何が何だかわからないが、彼の様子からはこれが初めての経験ではない事が伺えたが、表情はいつも以上に険しかった。
「…これは…まさかっ?!」
ある程度白と金の共演が終わった頃、辺境伯が焦ったような声を上げた。目の前で起きた事が何なのか、彼には分かったのだろう。理緒が辺境伯を見上げると、その表情は驚きが色濃く表れていて、この事態が彼の想像の範囲を超えているのだと感じた。
小屋の中を満たしていた光は、床に残光だけを残し空気中に溶け込むように消えていった。
「さすがはファレル辺境伯アルバート卿。剣だけでなく魔術にも造詣が深いという噂は本当だったのですね」
急に穏やかな声が差し込んできて、理緒は声の元に視線を向けると、小屋の入り口には黒に包まれた何かが佇んでいた。光の共演が終わった小屋の中は再び薄暗く、その黒い物は逆光でよく見えない。先ほどの光が強すぎたのもあってか、小屋の暗さにまだ目が慣れなかった。
「…何者だ?」
目の前の黒い存在の僅かに楽し気な空気を含んだ声とは真逆の、喉の奥から漏れ出てきた唸るような低い声の主は辺境伯だった。声は大きくはないが、相手への威圧感はこれまでに感じた事がない程で、理緒までもが動けなくなった。
「名乗るほどの者ではございません」
「……」
「そう警戒なさらずとも、今危害を加えるつもりはありませんからご心配なく」
「…そんな言葉を信じろと?」
それもそうだろうと思ったのは理緒もで、こんな状況で相手のいう事を鵜呑みにする気にはなれなかった。顔すらも隠している存在を無条件で信じるなど、あの平和な日本ですら無理だろうに、ここはもっと物騒な世界なのだ。
「目的は何だ?」
「おやおや、アルバート卿はせっかちでいらっしゃる」
「先ほどの襲撃もお前の仕業か?」
「ふふっ。甥御殿が気になりますか?ご心配なく。彼らは既に街に辿りついているでしょう。彼らは囮ですし、今回は彼らに危害を加えるつもりはありません」
「…なんだと?」
「私の目的は、アルバート卿、あなたです。ああ、ご心配なく。命まで取れとは依頼されていませんので」
どうやら目の前の人物の目的はルイではなかったらしい。その言葉を信じる事は出来ないが、それでも理緒の心には僅かな安堵がよぎった。
「あの魔法陣はどういうつもりだ?」
「ああ、お気づきになりましたか。さすがはアルバート卿だ。あれはあなた様にご用意したものです」
「何だと?」
先ほどのあの光は魔法陣だったのか…映画や漫画の描写は案外馬鹿に出来ないものだな、と理緒は変なところで感心してしまった。とは言え、あれは辺境伯に向けたものとなれば話は別だ。どんな効果があるかが理緒には全くわからなかったため、別の不安が零したインクのように心に広がった。
「あなた様が王女殿下と契約されると困る方がいらっしゃるのですよ」
「私が望んだ事ではない」
「あなた様が望まれなくとも、王女殿下や国王陛下が望まれているのです」
「…」
「ですので、あなた様には別の方と契約をして頂きます」
「それは王命に反する。反逆罪とも受け取れるぞ。そんな勝手を私が許すとでも…」
「あなたの許しは必要ありません。私は依頼を全うするだけです。あなた様にはここで契約を結んでいただきます。相手もご用意したのですが…ああ、ちょうどいい、お連れの方がいらっしゃるのでしたら、その方にお願いしましょう」
「断る。そもそもその者は関係無い。領民を巻き込むな」
「そう言われると益々無関係には見えませんね。それに面白いじゃありませんか、アルバート卿の契約相手が少年だなんて。王都の噂に添うのも一興というもの」
「下らんことを言うな」
「ああ、ご心配なく。世の中には男性同士というのもあるそうです」
「この私が言いなりになるとでも?」
「そちらもご心配なく。ちゃんとご用意しております。さぁ、お受け取り下さい」
黒い存在がそう告げると、小屋の中で空気が強く舞った。何事かと思った理緒は次の瞬間、その風に爽やかな香りを感じた。その香りはスッとしたミントの様な香りで、この空気のこもった部屋ではむしろ好ましい香りだった。
「こ、この香りは…」
「アルバート卿もご存じでしたか。そう、これはクカの花粉です」
「貴様っ!リオ、吸い込むな!」
「は?え?」
いきなり名を呼ばれて吸い込むなと言われて理緒は戸惑った。だが…
急にドクン…と心臓が跳ねたのを感じた理緒だったが、それと共に急に息苦しさを感じて戸惑った。
「…え…?」
呼吸するごとに気持ち悪く、背筋が冷えていくのを感じて理緒は戸惑った。咄嗟に服で口元を覆ったが、不快感は増すばかりだった。
「おやおや、お連れの方にはもう効果が出始めているようですね。アルバート卿、ご心配なく。邪魔が入らないよう、この小屋は外からは視認出来ないようにしておきます。半日もすれば内から開けられるようにしておきますので、どうぞごゆっくり」
「待て!」
黒い存在と辺境伯の会話の意味を、理緒は全くと言っていいほどわからなかった。何をしたいのか、さっきの魔法陣や何かの花粉が何を意味するのか、理緒は何一つ知る事も察する事も出来ずにいた。それに気持ち悪さは呼吸するたびに増すばかりで、段々と意識が薄れていくのを感じた。必死で意識を留めようとするが、灰色の闇は急速に理緒の世界を包んだ。
隣のいたはずの辺境伯の声が、遠くで聞こえる気がした。
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