子守を引き受けただけなのに、その保護者から不審者扱いされています

四葉るり猫

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目覚め

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(…気持ち…わる…ぅ…)

 浮かび上がってきて最初に感じたのは、表現のしようのない気持ち悪さだった。吐きそうで吐けないようなもどかしさと、全身を覆う鉛の様な重苦しさで、目を開けるのすらも億劫に感じた。頭もズキンズキンと痛み、生きているのかと思うほどの不調さだった。
 それでも…暫くの間、泥の様な苦しさを我慢しても何も変わらないと理解した理緒は、ゆるゆると瞼を上げた。瞼ってこんなに重かったんだ…と感じるほどに目を開けるのも難儀したが、目の前に広がったのはまたしても見知らぬ場所だった。
 ざわりと心が嫌な音をたてたが、今は前と違って飛び起きるほどの力がなかった。瞼ですらも重く感じるのだ。起き上がるなど出来ようもなかった。声を出そうにも唇すらも石膏で固められたように動かなかった…

 重い瞼を必死に留めた理緒は、自分がいる空間を渾身の力で認識した。そこは明るくて、今が昼間なのだと主張していた。天井は淡い若草色を貴重とした立派そうな壁紙に見え、どこだろうと思うのだが、身体の怠さに思考がついてこなかった。

「リオ!目が覚めたのね!」

 目の前にいたのは、ネリーだった。いつもは冷静沈着で表情を変えないのがトレードマークだったが、今は何だか泣きそうな表情に見えた。ネリーがいるならここはいつもの屋敷なんだな…と理緒はようやく今いる場所を自覚した。

「…ネ、…ー、さ…」

 出てきた声は掠れていて、喉がろくに役目をはたしていないのは明白だった。口の中も乾ききって痛いし、顔の筋肉すらも重く感じた。

「ああ、リオ、喋らないで。喉を傷めるわ。まずは水を飲みましょう?」

 そう言ってネリーは理緒の身体をゆっくりと起こすと、口元に急須の様なものを持ってきた。病院でも見た事があるこれは、水を飲むためのものだろうか…緩い角度で差し出されたそれのせいで、水はゆっくりと理緒の口と喉を潤していた。起き上がったせいか身体の怠さは増したが、水を飲んだ分だけ楽になったような気もした。何度か繰り返して、理緒はようやく気が済んだ気がした。

「…ネリー…さん、ここ…は…」
「ここは辺境伯様のお屋敷よ」
「へ、ん…きょ…様?…」

 どうしてそんなところにいるのだろう…理緒は自分がどうしてここにいるか以前に、どうしてこうなっているのかがわからずに戸惑った。そう言えば、自分は何をしていたのだろう…水を飲んだせいか、ようやくゆるゆると頭が回り始めた

「目が覚めたと聞いたが?」

 ようやく動き出した思考を止めたのは、男性の声だった。誰だっけ…マシューさんじゃないし…とちっとも回ろうとしない頭は、それでも人の声には反応した。あ~まだ一応は大丈夫らしい…と、こんな状況にも関わらず理緒は自分の頭が人の声を認識できたことに安堵した。
 入って来たのは辺境伯だった。意外だ、なんで辺境伯が…と八を数えた頃になってようやく不思議に思った。これまでも極力接点を持たないようにしていたし、未だって苦虫を潰したような難しい顔をしていた。寝起きに見たいものじゃないな…と思ったのは内緒だ。

「……」
「……」

 枕元まで来た辺境伯だったが、何かを言いかけたが、直ぐに眉をひそめて憮然とした表情になった。何なんだ、何か文句でも言いに来たのだろうかと思った理緒だったが、まだ思考が泥のように動かず、返す言葉が見つからなかった。

「…具合はどうだ?」
「…さ、い…あく…です…」
「…痛みは?」
「…動け…ない、ので…わかりません…でも、…頭と…喉、は、痛い‥です…」

 息切れしながらも、何とかそれだけを絞り出すように告げたが、これだけ言うのでも重労働だった。言い終えてほっと息を吐く。こんなんで元の生活に戻れるのだろうか…と不安が増した。

「肩は?」
「か、た…?」
「矢が…刺さっただろう…」
「や…?あ…」

 急に肩という特定の場所が出て理緒は訝しく感じたが、その後の言葉で理緒はようやくこうなる前の事を思い出した。そうだ、確か破落戸に襲われて…それで…

「ル、ルイ…様は…」

 そうだ、どうして思い出さなかったのだろう…あの時理緒たちは破落戸の襲撃に遭ったのだ。黒い奴がルイ達には手を出さないとは言っていたが、あの後どうなったのか…理緒は急にせり上がってきた不安に吐き気を感じたが、今はそれどころではなかった。

「…ルイ達は無事だ」
「……」
「あの後、無事に街に着いた。誰も傷一つ負っていない。今はすぐ側の別邸に…」 
「…そう、ですか…」

 無事だと聞かされて、ようやく理緒の心に安堵が広がり、吐き気も急速に引いていくような気がした。ああ、よかった…と心から思う。だったらいいや…と思ったら、急に眠くなった。ほぅ…と息を吐くと同時にそのまま理緒の意識は暗くなった。
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