子守を引き受けただけなのに、その保護者から不審者扱いされています

四葉るり猫

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新しい生活

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「お~い、サラ、エールもう一杯!」
「俺は咆哮ヤギのステーキ、二枚追加な!」
「あ、俺は三枚よろしく!」
「はい、はい、はーい!」

 まだ日も高い昼食時間にも関わらず、その食堂は酒と料理の香りに満たされていた。その中を小柄な茶髪の少女がくるくると行き交い、注文の品をてきぱきと届けていた。

 ここはエッガー子爵領とファレル辺境伯領の境にある宿場町バラクで、理緒はこの街のこの店で、名と姿を変えて住み込みで働いていた。

 あれから理緒は、無事に暗闇に紛れて辺境伯の屋敷を抜け出した。そのまま元居た街に戻ろうかとも思ったがそこは辺境伯のお膝元でもあり、いなくなったと分かれば直ぐに調べられると踏んだ理緒は、その街には向かわなかった。これまでの貴族教育でこの辺の地理をある程度理解した理緒は、辺境伯領にいるのは危険だと感じ、そこから離れて隣のエッガー子爵の領地まで逃げてきたのだ。
 一時は隣国にわたる事も考えたが、国境を超えるには身元保証書が必要で、それがない理緒には難しいと思われた。そもそも辺境伯が向かったのが国境だ。下手に国境を越えようとすれば、かえって目立つかもしれない。
 そこで隣の領地まで来たのだが、王都に向かう街道沿いは辺境伯が上京する際に通る可能性もあり危険な気がした。そこで、王都ではなく、別の領地に向かう街道沿いの街に向かう事にしたのだ。
 ここバルクの街は、ファレル辺境伯領から王都に向かう街道から逸れ、エッガー子爵領へと続く街道沿いにあったが、その先には別の隣国と繋がっていて人の往来も多く、また髪や目、肌の色が多様な街でもあった。木は森に隠せとも言うし、隠れるなら人の動きがあって見た目も多様な方がいい。
一月掛けてこの街に辿り着いた理緒は、ここに来るまでに寄った街で買ったかつらや女の子用の服などで変装し、ただの村娘サラとして生活していた。




「は~今日も繁盛繁盛!サラ、お疲れ~」
「エステルさんもお疲れ様です。今日も大繁盛でしたね」

 人の波が去った店内は、まだ皿やグラスがテーブルに乗ったままだったが、そんな店内を眺めて理緒―ここではサラ―に声をかけたのは、この店の店主のエステルだった。

「は~サラのお陰で何とかなったわ~今日は特に忙しかったし」
「咆哮ヤギのいいのが入ったからでしょう。エステルさんのステーキ、とっても美味しいですから」
「サラに褒められると嬉しいねぇ。さ、こっちもお昼にしよう」

 エルテルは理緒の母親よりも少し年上に見える、この店を営む肝っ玉母さんと言った風の女性だ。夫は冒険者だったが、魔獣に襲われた仲間を庇って亡くなり、それからは女手一つでこの店を切り盛りしながら二人の息子を育ててきたという。息子は既に成人し、エッガー子爵領の中心街に出て、騎士と商人見習いとして働いているらしい。給仕の女性が腰を痛めて辞めてしまい、一人でてんてこ舞いだったところに、食事に寄った理緒が居合わせて手伝った縁で、ここで働かせてもらう事になったのだ。住むところもないという理緒にエステルは、息子たちが出て行って部屋が余っているからここに住めばいい、と住むところまで提供してくれたのだ。

「う~ん、エステルさんの咆哮ヤギの煮込みシチューも最高!」
「そうかい?」
「はい!これ、お昼のメニューでも十分いけるんじゃないですか?」
「そうかなぁ?シチューはあんまり人気がないけど…」
「そうですか?でも、野菜も一緒に摂れるし、身体にもいいと思うんですけどねぇ…あ、小さめの固パンを入れたらどうでしょう?」
「固パンを?」
「ええ、あれって固すぎるし味気ないでしょ?でも、シチューに浸ければ柔らかくなるし、味が染みて美味しいと思うんですよね」
「なるほどねぇ…それは思いつかなかったわ」
「ほら、こんな感じです!」

 そういうと理緒は、キッチンの奥にあった固パンを取り出して、エステルのシチューに放り込んだ。

「…どうです?」
「…!う、美味い!うん、これならいけるかも!サラ、あんた凄いねぇ!」
「たまたまですよ~古くなった固パンどうしようかと思ってた時に思いついたんです」
「そっか!でもいいアイデアだね。明日から早速やってみようか!」
「はい!」

 賄いをたべながら、理緒はこの日も無事に過ごせている事に感謝した。逃げた直後はどうなるかと不安が大きかったが、ここに雇われて既に一月が経ち、その生活はこの世界に来てから一番充実していた。
 あれから辺境伯の追手が来るのでは…と理緒は落ち着きのない日を過ごしていたが、領地にはそれぞれに領主がいて、よその領地への手出しは厳禁だという。幸いにも追手らしき姿も見られず、理緒は完全にこの街に溶け込んでいた。これまでは治安の問題もあって男の子の姿で過ごしていたが、ここでは元の世界にいた時のように普通の女の子として過ごせているのも理緒の気持ちを楽にしてくれていた。
 エステルは訳ありと知った上で、言いたくなったら言えばいい、でも無理には聞かないと言って置いてくれている。顔見知りの客とも世間話に花を咲かせるほどには馴染み、理緒はここでの生活が長く続く事を祈っていた。
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