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プロポーズの返事って…
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ちゃんとプロポーズすると言ってくれた直後にやっぱり無理と言われて、美緒は混乱の中にいた。外堀を埋めまくっていながら、言葉では何も言わなかっただけにずっともやもやしていたから、ちゃんと言葉にして貰ったのは嬉しかったのだ。なのに、間髪入れず前言撤回され、美緒はその落差に手先の血が引いていくのを感じた。
「…ない…」
「ぇ?」
美緒の頭に顔を埋めた小林の呟きは、くぐもっていて美緒は何と言ったか捉える事が出来なかった。聞こえたのは「ない」と言う部分だけだ。ないとはどういう意味なのか…美緒は益々気が沈むのを感じた。その後も何やらブツブツ言っている小林に、美緒はもやもやしながらも言葉を待った。
「…ねぇ…聞こえないんだけど?」
不明瞭な言葉を一人繰り返す小林に、焦れた美緒は少し苛立ちを滲ませて言葉を返した。
「美緒、結婚するって言って」
「…は?」
言われた内容に、美緒は呆気に取れるばかりだった。今しがたちゃんとプロポーズするって言ったのではなかったか?それなのに、それもなしで結婚すると言えとはどういう事だ…言っている事に理解が及ばず、頭が痛くなりそうだ…
「今すぐ、うんって言って?」
「…はぁあ?」
「助けてくれるんだろう?」
「…」
「でないと…おかしくなる…」
「…」
ちゃんとプロポーズしてくれると言ったのに、嬉しかったのに、こんなやり方はないだろう…返事だけ先ってどういう事だ…美緒は急に腹立たしく感じた。しかも助けてとか、あざとくないか?顔は見えないが、きっと捨てられた子犬の様な表情をしているのだろう…これは絶対に振り返ってはいけない案件だ…
「…そんな言い方…狡い…」
「うん」
「…意味もわかんないし…」
「うん」
「わかっててやってるのも、性質悪い…」
「うん」
「…」
「…」
あまりにも意味不明な言動に、雑に扱われた気がした美緒の機嫌は谷底まで落ちた。別にロマンティックなものを期待していたわけじゃない。いや、小林なら何かするだろうと思わなくもなかったが…だが、さすがにこれはないんじゃないだろうか…
「ねぇ…」
「何?」
「ちょっとは…否定したら?」
「いや…その通りだし…自覚あるから」
「…」
「でも、結婚して欲しいのは本当だから…」
「…」
「もう一度、ちゃんとプロポーズするから…」
「…」
「だから、返事だけ先に欲しい…」
「…」
返事だけ先にって…何かが違わないだろうか…いや、違うだろう…違うはずだ…こんな言い方をされると、天邪鬼な美緒は反射的に嫌だと言ってしまいそうだった。多分、本調子だったら即答しただろう、絶対に嫌だと。
「…嫌って…言ったら…どうするのよ?」
「…自重はする」
「…」
「けど…どこまで我慢できるか…自信は、ない、かな…」
「…」
「…」
「…勝手、過ぎる…」
「…」
「そういうの、脅迫って言うんだよ…」
「…うん」
わかっているなら何とかして欲しい…特別な事など望んでいないと思う。美緒はサプライズの類は苦手で、恥ずかしいから遠慮したい派だ。普通にして欲しいだけなのに、これはどういう事だ…しかもいう事が何気に物騒だ。
「意味、分かんない…」
「…ごめん…」
「…あんたのせいで、あんな事になって…」
「…」
「…凄く…痛かったし…」
「…うん」
「…怖かったし…」
「うん」
「なのに…連絡してこないし…」
「…」
「放ったらかしで…」
「…」
「もう、要らないんだって思ってた…」
「それはない!」
小林が鋭く否定して、その声の大きさに、美緒はしまったと思った。こんな、恨み節のような事を言うつもりはなかったのだ。あの事件は小林のせいじゃないし、連絡がなかったのも美緒を庇って大怪我をしたせいだ。狙われていたのは自分で、相手は小林に好意を寄せていたのだから、小林が傷つく必要がなかったのは明白だった。その後の連絡だって、美緒の事を気遣っての事なのだ。そりゃあ、その後の流れはどうかと思うけれど…事件の事を責めるのはお門違いだった。でも…
「…もう、わけ、わかんない…」
美緒は小林を振り払うように膝を抱えてその上に顔を埋めた。どうしてこの男は物事を順序立てて進められないのだろう…仕事では理路騒然と物事を進めていくくせに…これまでだって気持ちの整理も出来ないまま一方的に話を進められて、何とか消化しようとしたのにこれだ。小林家のマイルールを、一般人の自分に押しつけないで欲しい…
「ごめん…」
「…謝ればいいってもんじゃない…」
「うん。でも…好きだから」
「…」
「誰にも渡したくない」
「…」
「でも、無理強いも…本当はしたくない…」
「…」
嘘つけ…と言いたい美緒だったが小林の声は苦々しく、それが本心なのは疑いようがなかった。…ただ、我慢がきかないだけなのだろう。でも、それもどうかと思うし、少しはこっちの事も考えて欲しいと思う。嫌なのは勝手に話を進めていく強引さと無神経さであって、小林自体が嫌なわけじゃないのだ。
「…好きになって…ごめん…」
絞り出す様に紡がれた声は、酷く苦し気で、微かに震えているようだった。これじゃ自分が苛めているみたいじゃないか…謝るくらいならやらなきゃいいのに…
「…ずるい…」
全く、本当に、自分勝手であざとくて強引なくせに、変なところで気弱になって簡単に謝るのは卑怯だろう…
「…もう一回…」
「え?」
「もう一回、ちゃんと…言いなさいよ…」
「いや、でも…」
「…今すぐ言わないなら…断る」
「…っ…」
後ろで小林が息を飲むのを感じたが、美緒も引く気にはなれなかった。主導したかったわけじゃないし、出来ればもう少しムードのある時にそれなりにやって欲しかったが、返事だけ先にしてプロポーズは後なんていうのは勘弁して欲しかった。既にメンタル的にも限界だ。疲れたし、眠いし、考えるのが嫌になってきている。出来ればこの話はまた後にして欲しい…
でも、あっちが今すぐ返事をと言っているし、返事をしないと物騒な事になると言ってくるし、だったら今ここでちゃんとしておかないといけない気がした。もう考えるのも面倒臭いし、どうせ小林の気持ちも自分の気持ちも決まっているのだ。だったらさっさと片付けてしまえばいいじゃないか…
一人やさぐれていると、後ろからゆっくり温かい体が覆いかぶさってきて、包み込むように抱きしめられた。ああ、こうされるの、好きだな…とこんな場面なのにそう思ってしまう自分がいた。でも、酷く安心する…
「美緒、俺の人生全部お前にやる。だから、結婚してくれ」
人生全部って重すぎるし、既に色々重過ぎてドン引きなんだけど、仕方ない。犯罪に走られても困るし、監禁とかマジで勘弁して欲しいから…
「…いいよ、仕方ないから貰ってあげる。犯罪とか、ごめんだし…」
「ありがとう」
どんな返事だよ…こんなの人には絶対に話せないじゃないか…と自分で突っ込んでいると、ぎゅっと抱きしめられた。端から見たら微笑ましい光景だろうか…でも、言っている内容が物騒過ぎるし普通じゃない…美緒は釈然としなかったが、一先ずこれで良しとする事にした。もう、どう誤魔化したってこの男がおかしいのと、逃がす気がないのは間違いないのだから…どっと疲れを感じた美緒は、背中から感じる温もりに、一気に睡魔が迫るのを感じた。色々いっぱいいっぱいで、今の美緒のキャパを完全に超えていた。
「…も、疲れた…」
「…え?」
「寝る…」
「は?あ、おい?み、美緒?」
うるさいなぁ…あんたのせいで疲れたし眠いんだってば…そう思いながら、美緒は背中に感じる温もりの心地よさに身を委ねて、意識を手放すことにした。ちゃんと返事したのだから、文句ないだろう…
美緒が目覚めてからの小林は、過保護度が増していた。それまでもマメな奴だと思っていたが、今は病人扱いでトイレすらも手伝うと言い出しかねず、美緒は逆の意味で疲れを感じるほどだった。
ちなみに寝落ちした美緒を目の当たりにした小林は、自分が精神的な負担をかけていたと気が付いたらしく、平謝りしてきた。ただ、言動の節々に嬉しさが隠し切れないのは明らかで、美緒は冷たい視線を向けてしまった。掌の上で転がされた気分になった美緒だったが、まぁいいかと思えるくらいには絆され、あんなに振れが激しかった気分も落ち着いているように感じた。
「…五年以上も拗らせた男の執念、甘くみるなよ…」
「…は?」
「美緒がこうなったのも、俺のせいだし…」
「…それは…」
「だから、死ぬまで責任もって面倒見る」
「はぁ…?」
「前の美緒も、今の美緒も、これからの美緒も、全部俺の物」
「は?ちょ…」
ぎゅうっと抱きしめられて、美緒は戸惑った。何その独占欲…と思ったが、ああ、こいつはこういう奴だったっけ…と改めて思い出した。あんな事があったけど、やっぱり中身は変わってないんだな…と思ったら何だかおかしくなった。
こんな風に過ごしていたら、あっという間に小林が帰る日になった。明日から出勤だから、今日は昼一にはここを発たなければならない。まだ本調子じゃないし、体力もないからな…と小林は自嘲気味に笑った。
それでも美緒は、小林の元に戻るとは言えなかった。まだ不安が残るし、やっぱりあのマンションに戻れる自信が持てなかったからだ。過呼吸の苦しい記憶は、恐怖としてまだ根強く残っていて、想像するだけでも不安がこみ上げて来るのを止められなかった。
そんな美緒に小林は、引っ越して新しい生活を始めようと提案してきた。もし美緒が望むなら自分も会社を辞めてもいい、贅沢しなければどこに行っても暮らせるからと言われたが、美緒は即答できなかった。小林が実家の家業を大切に思っている事も、社長や鋭がそれを望んでいる事も知っていただけに、簡単に辞める選択肢を選ばせられなかったのだ。
「…ない…」
「ぇ?」
美緒の頭に顔を埋めた小林の呟きは、くぐもっていて美緒は何と言ったか捉える事が出来なかった。聞こえたのは「ない」と言う部分だけだ。ないとはどういう意味なのか…美緒は益々気が沈むのを感じた。その後も何やらブツブツ言っている小林に、美緒はもやもやしながらも言葉を待った。
「…ねぇ…聞こえないんだけど?」
不明瞭な言葉を一人繰り返す小林に、焦れた美緒は少し苛立ちを滲ませて言葉を返した。
「美緒、結婚するって言って」
「…は?」
言われた内容に、美緒は呆気に取れるばかりだった。今しがたちゃんとプロポーズするって言ったのではなかったか?それなのに、それもなしで結婚すると言えとはどういう事だ…言っている事に理解が及ばず、頭が痛くなりそうだ…
「今すぐ、うんって言って?」
「…はぁあ?」
「助けてくれるんだろう?」
「…」
「でないと…おかしくなる…」
「…」
ちゃんとプロポーズしてくれると言ったのに、嬉しかったのに、こんなやり方はないだろう…返事だけ先ってどういう事だ…美緒は急に腹立たしく感じた。しかも助けてとか、あざとくないか?顔は見えないが、きっと捨てられた子犬の様な表情をしているのだろう…これは絶対に振り返ってはいけない案件だ…
「…そんな言い方…狡い…」
「うん」
「…意味もわかんないし…」
「うん」
「わかっててやってるのも、性質悪い…」
「うん」
「…」
「…」
あまりにも意味不明な言動に、雑に扱われた気がした美緒の機嫌は谷底まで落ちた。別にロマンティックなものを期待していたわけじゃない。いや、小林なら何かするだろうと思わなくもなかったが…だが、さすがにこれはないんじゃないだろうか…
「ねぇ…」
「何?」
「ちょっとは…否定したら?」
「いや…その通りだし…自覚あるから」
「…」
「でも、結婚して欲しいのは本当だから…」
「…」
「もう一度、ちゃんとプロポーズするから…」
「…」
「だから、返事だけ先に欲しい…」
「…」
返事だけ先にって…何かが違わないだろうか…いや、違うだろう…違うはずだ…こんな言い方をされると、天邪鬼な美緒は反射的に嫌だと言ってしまいそうだった。多分、本調子だったら即答しただろう、絶対に嫌だと。
「…嫌って…言ったら…どうするのよ?」
「…自重はする」
「…」
「けど…どこまで我慢できるか…自信は、ない、かな…」
「…」
「…」
「…勝手、過ぎる…」
「…」
「そういうの、脅迫って言うんだよ…」
「…うん」
わかっているなら何とかして欲しい…特別な事など望んでいないと思う。美緒はサプライズの類は苦手で、恥ずかしいから遠慮したい派だ。普通にして欲しいだけなのに、これはどういう事だ…しかもいう事が何気に物騒だ。
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「…ごめん…」
「…あんたのせいで、あんな事になって…」
「…」
「…凄く…痛かったし…」
「…うん」
「…怖かったし…」
「うん」
「なのに…連絡してこないし…」
「…」
「放ったらかしで…」
「…」
「もう、要らないんだって思ってた…」
「それはない!」
小林が鋭く否定して、その声の大きさに、美緒はしまったと思った。こんな、恨み節のような事を言うつもりはなかったのだ。あの事件は小林のせいじゃないし、連絡がなかったのも美緒を庇って大怪我をしたせいだ。狙われていたのは自分で、相手は小林に好意を寄せていたのだから、小林が傷つく必要がなかったのは明白だった。その後の連絡だって、美緒の事を気遣っての事なのだ。そりゃあ、その後の流れはどうかと思うけれど…事件の事を責めるのはお門違いだった。でも…
「…もう、わけ、わかんない…」
美緒は小林を振り払うように膝を抱えてその上に顔を埋めた。どうしてこの男は物事を順序立てて進められないのだろう…仕事では理路騒然と物事を進めていくくせに…これまでだって気持ちの整理も出来ないまま一方的に話を進められて、何とか消化しようとしたのにこれだ。小林家のマイルールを、一般人の自分に押しつけないで欲しい…
「ごめん…」
「…謝ればいいってもんじゃない…」
「うん。でも…好きだから」
「…」
「誰にも渡したくない」
「…」
「でも、無理強いも…本当はしたくない…」
「…」
嘘つけ…と言いたい美緒だったが小林の声は苦々しく、それが本心なのは疑いようがなかった。…ただ、我慢がきかないだけなのだろう。でも、それもどうかと思うし、少しはこっちの事も考えて欲しいと思う。嫌なのは勝手に話を進めていく強引さと無神経さであって、小林自体が嫌なわけじゃないのだ。
「…好きになって…ごめん…」
絞り出す様に紡がれた声は、酷く苦し気で、微かに震えているようだった。これじゃ自分が苛めているみたいじゃないか…謝るくらいならやらなきゃいいのに…
「…ずるい…」
全く、本当に、自分勝手であざとくて強引なくせに、変なところで気弱になって簡単に謝るのは卑怯だろう…
「…もう一回…」
「え?」
「もう一回、ちゃんと…言いなさいよ…」
「いや、でも…」
「…今すぐ言わないなら…断る」
「…っ…」
後ろで小林が息を飲むのを感じたが、美緒も引く気にはなれなかった。主導したかったわけじゃないし、出来ればもう少しムードのある時にそれなりにやって欲しかったが、返事だけ先にしてプロポーズは後なんていうのは勘弁して欲しかった。既にメンタル的にも限界だ。疲れたし、眠いし、考えるのが嫌になってきている。出来ればこの話はまた後にして欲しい…
でも、あっちが今すぐ返事をと言っているし、返事をしないと物騒な事になると言ってくるし、だったら今ここでちゃんとしておかないといけない気がした。もう考えるのも面倒臭いし、どうせ小林の気持ちも自分の気持ちも決まっているのだ。だったらさっさと片付けてしまえばいいじゃないか…
一人やさぐれていると、後ろからゆっくり温かい体が覆いかぶさってきて、包み込むように抱きしめられた。ああ、こうされるの、好きだな…とこんな場面なのにそう思ってしまう自分がいた。でも、酷く安心する…
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「…も、疲れた…」
「…え?」
「寝る…」
「は?あ、おい?み、美緒?」
うるさいなぁ…あんたのせいで疲れたし眠いんだってば…そう思いながら、美緒は背中に感じる温もりの心地よさに身を委ねて、意識を手放すことにした。ちゃんと返事したのだから、文句ないだろう…
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「…は?」
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「…それは…」
「だから、死ぬまで責任もって面倒見る」
「はぁ…?」
「前の美緒も、今の美緒も、これからの美緒も、全部俺の物」
「は?ちょ…」
ぎゅうっと抱きしめられて、美緒は戸惑った。何その独占欲…と思ったが、ああ、こいつはこういう奴だったっけ…と改めて思い出した。あんな事があったけど、やっぱり中身は変わってないんだな…と思ったら何だかおかしくなった。
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それでも美緒は、小林の元に戻るとは言えなかった。まだ不安が残るし、やっぱりあのマンションに戻れる自信が持てなかったからだ。過呼吸の苦しい記憶は、恐怖としてまだ根強く残っていて、想像するだけでも不安がこみ上げて来るのを止められなかった。
そんな美緒に小林は、引っ越して新しい生活を始めようと提案してきた。もし美緒が望むなら自分も会社を辞めてもいい、贅沢しなければどこに行っても暮らせるからと言われたが、美緒は即答できなかった。小林が実家の家業を大切に思っている事も、社長や鋭がそれを望んでいる事も知っていただけに、簡単に辞める選択肢を選ばせられなかったのだ。
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