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5、北の大地と黒歴史編
22、腐男子先生と聖書の新刊
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この北の土地には冬から夏にかけて薄い本の生産量が増加傾向にある。何故か――冬の寒さの中でインドア活動が促進されるとでもいうのだろうか。
薄い本の絵を見ると、露出も少ない。何故か――まさか作者が本能的に寒さを嫌って服を脱がせたがらないなんて可能性があるというのか――?
田園風景を背景にくすんだ緑の髪をそよ風に遊ばせながら、エイヴンは新刊という名の薄い聖書をめくり、知的探究心を満たしていた。
王都にある学院の新米歴史教師であるエイヴンは、決して暇なわけではない。ただ少し、この地でしか入手できない本があるだけだ。学院も休みだし、同僚でもある魔術師のヴァルターが休み中北方で小遣い稼ぎをするというので、手伝いという名の便乗で一緒に馬車に乗って来たのだ。
さて、薄い聖書の中では実在の人物たちが濃いような薄いような人間関係を魅せている。作者は『匿名の聖女』という名前で、聖女を語る大胆さと王城のイケメンたちを扱った作品の人物解像度の高さで知られている。
聖女本人ではないかと疑う声も聞かれるが、真偽のほどは定かでない……。
◇◇◇
『フィニックス、今夜もシリル殿下に呼ばれているのか』
赤毛の痩身騎士フィニックスの腕を掴むのは、大柄なオーガスト。オブシディアンの瞳に宿るのは、歪な執着心と独占欲。
そんな大男に不快げに冷たく言い放つフィニックス。
『何を勘違いしている? 私は夜間警備を命じられただけだ』
離せ、と腕を振り解こうとして忌々しげに相手を見上げる瞳に屈辱の怒りが溢れている。
『この筋肉馬鹿め、……ッ何をする!? 離せ』
鎖骨周辺を隠すように整然と留められたシャツの襟に手が伸ばされて、隠されていた鬱血痕が明らかに――
『なら、これはなんだよ』
――俺以外の奴にこんな痕をつけられるなんて、と呟いてオーガストがフィニックスの首元に口を寄せ――『無礼な!』フィニックスの身体が危機に超反応して嫌悪感を露わに呪術で筋力を補い、オーガストを床に投げ飛ばして二人の立場が逆転し、大きな体を押し倒す形で見下ろすフィニックスが『鮮血の騎士』と呼ばれる戦場での猛将スイッチが入ったようなサディスティックな顔で艶やかに笑い、『しつけのなっていない野獣め。私が礼儀というものを教えてやろうか』――
◇◇◇
「エイヴン、何をしている」
「うぉおおおおぅ!?」
前触れなく現実世界で友人に声をかけられ、飛び上がるエイヴン。
「お前、読んでる部分と同じセリフはやめろよ、びびるだろ……あー、びっくりした」
「意味がわからん」
見ているだけで陰鬱な気分になってしまうようなじとーっとした雰囲気のある黒髪を揺らし、この世の全てを逆恨みして呪ってそうな険のある眼で同僚を見下ろすヴァルターは、学院では魔術を教える教師兼魔術師である。
「あ、その見下ろすのも今やめて。すげぇ嫌だ」
エイヴンはゾゾっと背筋を悪寒を走らせて立ち上がった。楽しかった妄想世界が現実に汚されるような気がしたのだ。
「今日の仕事は終わりだ。明日は伯爵家に行く」
ヴァルターは同僚を理解するという無駄な努力を放棄して必要最低限を伝えた。
「へえ。俺も行こうかな」
「貴様は元々我輩の手伝いに来たはずじゃないか。今のところ何もしてないぞ」
ラーフルトン伯爵の嫡男ヒューバートは2人にとって生徒にあたる。最近色々話題の少女ネネツィカはエイヴンの腐仲間にも分類されている。
(あのちびっ子お嬢様は『匿名の聖女』の新刊読んだかな?)
腐トークを楽しみにへらへら笑うエイヴン。
「邪魔はするなよ」
「それはこちらのセリフなのだが……」
ヴァルターは気味の悪い物を見る目でじとりとエイヴンを見て、距離を取った。
――それにしても薄い聖書だ。エイヴンが信心深いとは知らなかったが、『宝』と呼ぶあの薄い中身に一体何があるというのだ。
同僚が移動中から楽しみにしていた『聖書』とやらをチラリと見て、危険な世界に繋がる好奇心を抱きながら。
薄い本の絵を見ると、露出も少ない。何故か――まさか作者が本能的に寒さを嫌って服を脱がせたがらないなんて可能性があるというのか――?
田園風景を背景にくすんだ緑の髪をそよ風に遊ばせながら、エイヴンは新刊という名の薄い聖書をめくり、知的探究心を満たしていた。
王都にある学院の新米歴史教師であるエイヴンは、決して暇なわけではない。ただ少し、この地でしか入手できない本があるだけだ。学院も休みだし、同僚でもある魔術師のヴァルターが休み中北方で小遣い稼ぎをするというので、手伝いという名の便乗で一緒に馬車に乗って来たのだ。
さて、薄い聖書の中では実在の人物たちが濃いような薄いような人間関係を魅せている。作者は『匿名の聖女』という名前で、聖女を語る大胆さと王城のイケメンたちを扱った作品の人物解像度の高さで知られている。
聖女本人ではないかと疑う声も聞かれるが、真偽のほどは定かでない……。
◇◇◇
『フィニックス、今夜もシリル殿下に呼ばれているのか』
赤毛の痩身騎士フィニックスの腕を掴むのは、大柄なオーガスト。オブシディアンの瞳に宿るのは、歪な執着心と独占欲。
そんな大男に不快げに冷たく言い放つフィニックス。
『何を勘違いしている? 私は夜間警備を命じられただけだ』
離せ、と腕を振り解こうとして忌々しげに相手を見上げる瞳に屈辱の怒りが溢れている。
『この筋肉馬鹿め、……ッ何をする!? 離せ』
鎖骨周辺を隠すように整然と留められたシャツの襟に手が伸ばされて、隠されていた鬱血痕が明らかに――
『なら、これはなんだよ』
――俺以外の奴にこんな痕をつけられるなんて、と呟いてオーガストがフィニックスの首元に口を寄せ――『無礼な!』フィニックスの身体が危機に超反応して嫌悪感を露わに呪術で筋力を補い、オーガストを床に投げ飛ばして二人の立場が逆転し、大きな体を押し倒す形で見下ろすフィニックスが『鮮血の騎士』と呼ばれる戦場での猛将スイッチが入ったようなサディスティックな顔で艶やかに笑い、『しつけのなっていない野獣め。私が礼儀というものを教えてやろうか』――
◇◇◇
「エイヴン、何をしている」
「うぉおおおおぅ!?」
前触れなく現実世界で友人に声をかけられ、飛び上がるエイヴン。
「お前、読んでる部分と同じセリフはやめろよ、びびるだろ……あー、びっくりした」
「意味がわからん」
見ているだけで陰鬱な気分になってしまうようなじとーっとした雰囲気のある黒髪を揺らし、この世の全てを逆恨みして呪ってそうな険のある眼で同僚を見下ろすヴァルターは、学院では魔術を教える教師兼魔術師である。
「あ、その見下ろすのも今やめて。すげぇ嫌だ」
エイヴンはゾゾっと背筋を悪寒を走らせて立ち上がった。楽しかった妄想世界が現実に汚されるような気がしたのだ。
「今日の仕事は終わりだ。明日は伯爵家に行く」
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「へえ。俺も行こうかな」
「貴様は元々我輩の手伝いに来たはずじゃないか。今のところ何もしてないぞ」
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「邪魔はするなよ」
「それはこちらのセリフなのだが……」
ヴァルターは気味の悪い物を見る目でじとりとエイヴンを見て、距離を取った。
――それにしても薄い聖書だ。エイヴンが信心深いとは知らなかったが、『宝』と呼ぶあの薄い中身に一体何があるというのだ。
同僚が移動中から楽しみにしていた『聖書』とやらをチラリと見て、危険な世界に繋がる好奇心を抱きながら。
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