32 / 260
5、北の大地と黒歴史編
24、未だ先生じゃない先生のお話
しおりを挟む
「あれ、ここは外――」
ネネツィカを釣る事に成功したエイヴンは目を瞬かせた。庭園で薄い本談義といくつもりだったのだが、庭園を通り越して門の外に出てしまったではないか。しかも、馬車もある。
「すぐに出発できるように馬車を準備しておきましたの」
ネネツィカはドヤ顔で言って馬車にエイヴンを押し込み、出発させた。
「これからの淑女はアウトドアですの! おーほほほ!」
薄い本もゲットして、ネネツィカはご機嫌だった。
揺れる視界で薄い本をひらき、めくるめく世界に想像の翼を羽ばたかせれば、リバーシブルの音がする――、
『体躯に恵まれた筋肉莫迦を屈服させる瞬間は快いな。特にお前のような勘違いした輩は格別だ』
フィニックスが攻めに転じてネネツィカは「リバってますわね」と呟いた。リバーシブルーー受けが攻めに、攻めが受けになる現象だ。
「アタクシの印象だとフィニックス様は精神的にリバる事はあっても肉体的にはやはり右を譲りませんの」
「まあ待て。その後に進むんだ」
馬車の中で執事の隣に座り、ネネツィカと向かい合うエイヴンが訳知り顔で含み笑いをする。ネネツィカはページを捲った。
『楽しそうじゃないか。私も混ぜておくれ』
「大変! シリル殿下が参戦しましたわ」
「そうなんだよ」
楽し気に語り合う二人。執事ティミオスは空気のように気配を消して、靜かな笑顔で主が『きゃっ、取り合いですわ、牽制してますわ』『鬼畜な雄みがありますわ』とはしゃぐ声を聞き流した。
「アタクシ、解せませんわ」
目的の農地に到着して馬車から降りつつ、ネネツィカは呟いた。
「何がだい」
エイヴンが問いかける声は、耳にやわらかい響きがある。子どもに向けられる大人特有の温かさみたいなものを感じて、少女の声色が素直に洩らす。
「どうして1人の相手を2人で取り合う事になるのかが、わかりませんの」
「ふうん?」
――変な事を言うんだな、と首をかしげて、エイヴンは大人の先生らしさのある眼を見せた。見上げたその眼差しは意外なほど落ち着いた深い色合いを見せていて、ネネツィカは「夕焼けの色だわ」と思った。
何かを頑張って、いつの間にか日が暮れる時間の移ろいに気づく時。そんな空の色だ。
「薄い本に関しては、楽しいからじゃないかな。君も読んでいて楽しそうだったじゃないか」
「薄い本は、そうですわね……」
「魅力的だと思うから推すんだろ、好きなキャラをさ」
「ええ、その通りですわ」
「自分が魅力的だと思ってるキャラが他人に魅力的だと思われるのって、――『そうそう、そうなんだよ』ってならない?」
「それが楽しいの元なのかしら」
ネネツィカは広々とした農地を見渡し、農民のおじさんを見つけるとゴーレムのゴレ男くんを呼び出した。
「おじさーん! このゴレ男くんが力仕事を手伝いますわー!!」
地面を揺らしながらゴレ男くんがおじさんに近づき、ペコリと折り目正しく頭を下げた。
「おぉ。そのゴーレムを見るのは二度目だな」
エイヴンは眩しそうな目でゴレ男くんに手を振った。
「さっきのお話の続きですけれど」
ゴレ男くんが風よけの板を運んでいる。
「現実の場合は……」
ネネツィカはもじもじした。ネネツィカは思ったのである。
誰かを恋愛で好きになるのは、強い感情だ。
好きになった相手が自分を好きになってくれたら、それはとても幸せで嬉しいだろう。
けれど、相手が別の人を好きで、自分の一方通行な恋愛だったら――それが薄い本なら「切ない」とか「そんなキャラが健気で可愛くて愛しい」と萌える場合もあるけれど、現実はどうだろう。
「同じ人を好きになったら、自分が選ばれても選ばれなくてもなんだか……皆んなが幸せになれませんの」
「先生?」
返事がないから、ネネツィカはそっと呼んでみた。
「俺はまだ君の先生じゃないよ」
エイヴンはそよ風のような声で呟いて、微笑んだ。
「ネネツィカ。動物は強いオスがメスを勝ち取って子孫を残す権利を得るんだ」
くすんだ緑の髪が日差しに明るくて、風が名も知らぬ花と緑の匂いを届けてくれる。
「弱い個体は子孫を残せず死ぬけれど、競争で磨かれた強さを継いで、全体の種は続いていく」
ゴレ男くんはイキイキと動いていた。ネネツィカは元気に動くゴレ男くんをみながら、神妙な面持ちで頷いた。
「獅子は生まれたての仔を崖から落として這い上がってきた仔のみを育てる。自力で立ち上がり乳を得られない弱い子馬は生存権を得られない」
農家のおじさんが笑顔で二人に手を振った。
「これからキタ芋の芽かきをするけんど~嬢ちゃんたちもするけぇのお~」
芽かきってなんだろう、と思いながらネネツィカは手を振りかえした。
「ティミオス。それにせ……エイヴン? アタクシ、メカキをしますの」
「お嬢様、それは一般的に貴族の令嬢がなさる事では……」
「いいね、一緒に挑戦しようか」
執事は少し困り顔だったが、3人はおじさんの手伝いをすることにした。
「結局さ、人も同じだよ。種の中の一個体、全体の一部として君たちはたまたま、短い今を生きている」
たくさん出た芽の中から良い芽を選び、そうでない芽を抜き取る作業をしながら、エイヴンは笑ったのだった。
ネネツィカを釣る事に成功したエイヴンは目を瞬かせた。庭園で薄い本談義といくつもりだったのだが、庭園を通り越して門の外に出てしまったではないか。しかも、馬車もある。
「すぐに出発できるように馬車を準備しておきましたの」
ネネツィカはドヤ顔で言って馬車にエイヴンを押し込み、出発させた。
「これからの淑女はアウトドアですの! おーほほほ!」
薄い本もゲットして、ネネツィカはご機嫌だった。
揺れる視界で薄い本をひらき、めくるめく世界に想像の翼を羽ばたかせれば、リバーシブルの音がする――、
『体躯に恵まれた筋肉莫迦を屈服させる瞬間は快いな。特にお前のような勘違いした輩は格別だ』
フィニックスが攻めに転じてネネツィカは「リバってますわね」と呟いた。リバーシブルーー受けが攻めに、攻めが受けになる現象だ。
「アタクシの印象だとフィニックス様は精神的にリバる事はあっても肉体的にはやはり右を譲りませんの」
「まあ待て。その後に進むんだ」
馬車の中で執事の隣に座り、ネネツィカと向かい合うエイヴンが訳知り顔で含み笑いをする。ネネツィカはページを捲った。
『楽しそうじゃないか。私も混ぜておくれ』
「大変! シリル殿下が参戦しましたわ」
「そうなんだよ」
楽し気に語り合う二人。執事ティミオスは空気のように気配を消して、靜かな笑顔で主が『きゃっ、取り合いですわ、牽制してますわ』『鬼畜な雄みがありますわ』とはしゃぐ声を聞き流した。
「アタクシ、解せませんわ」
目的の農地に到着して馬車から降りつつ、ネネツィカは呟いた。
「何がだい」
エイヴンが問いかける声は、耳にやわらかい響きがある。子どもに向けられる大人特有の温かさみたいなものを感じて、少女の声色が素直に洩らす。
「どうして1人の相手を2人で取り合う事になるのかが、わかりませんの」
「ふうん?」
――変な事を言うんだな、と首をかしげて、エイヴンは大人の先生らしさのある眼を見せた。見上げたその眼差しは意外なほど落ち着いた深い色合いを見せていて、ネネツィカは「夕焼けの色だわ」と思った。
何かを頑張って、いつの間にか日が暮れる時間の移ろいに気づく時。そんな空の色だ。
「薄い本に関しては、楽しいからじゃないかな。君も読んでいて楽しそうだったじゃないか」
「薄い本は、そうですわね……」
「魅力的だと思うから推すんだろ、好きなキャラをさ」
「ええ、その通りですわ」
「自分が魅力的だと思ってるキャラが他人に魅力的だと思われるのって、――『そうそう、そうなんだよ』ってならない?」
「それが楽しいの元なのかしら」
ネネツィカは広々とした農地を見渡し、農民のおじさんを見つけるとゴーレムのゴレ男くんを呼び出した。
「おじさーん! このゴレ男くんが力仕事を手伝いますわー!!」
地面を揺らしながらゴレ男くんがおじさんに近づき、ペコリと折り目正しく頭を下げた。
「おぉ。そのゴーレムを見るのは二度目だな」
エイヴンは眩しそうな目でゴレ男くんに手を振った。
「さっきのお話の続きですけれど」
ゴレ男くんが風よけの板を運んでいる。
「現実の場合は……」
ネネツィカはもじもじした。ネネツィカは思ったのである。
誰かを恋愛で好きになるのは、強い感情だ。
好きになった相手が自分を好きになってくれたら、それはとても幸せで嬉しいだろう。
けれど、相手が別の人を好きで、自分の一方通行な恋愛だったら――それが薄い本なら「切ない」とか「そんなキャラが健気で可愛くて愛しい」と萌える場合もあるけれど、現実はどうだろう。
「同じ人を好きになったら、自分が選ばれても選ばれなくてもなんだか……皆んなが幸せになれませんの」
「先生?」
返事がないから、ネネツィカはそっと呼んでみた。
「俺はまだ君の先生じゃないよ」
エイヴンはそよ風のような声で呟いて、微笑んだ。
「ネネツィカ。動物は強いオスがメスを勝ち取って子孫を残す権利を得るんだ」
くすんだ緑の髪が日差しに明るくて、風が名も知らぬ花と緑の匂いを届けてくれる。
「弱い個体は子孫を残せず死ぬけれど、競争で磨かれた強さを継いで、全体の種は続いていく」
ゴレ男くんはイキイキと動いていた。ネネツィカは元気に動くゴレ男くんをみながら、神妙な面持ちで頷いた。
「獅子は生まれたての仔を崖から落として這い上がってきた仔のみを育てる。自力で立ち上がり乳を得られない弱い子馬は生存権を得られない」
農家のおじさんが笑顔で二人に手を振った。
「これからキタ芋の芽かきをするけんど~嬢ちゃんたちもするけぇのお~」
芽かきってなんだろう、と思いながらネネツィカは手を振りかえした。
「ティミオス。それにせ……エイヴン? アタクシ、メカキをしますの」
「お嬢様、それは一般的に貴族の令嬢がなさる事では……」
「いいね、一緒に挑戦しようか」
執事は少し困り顔だったが、3人はおじさんの手伝いをすることにした。
「結局さ、人も同じだよ。種の中の一個体、全体の一部として君たちはたまたま、短い今を生きている」
たくさん出た芽の中から良い芽を選び、そうでない芽を抜き取る作業をしながら、エイヴンは笑ったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい
夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れています。ニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが……
◆いつもハート、エール、しおりをありがとうございます。冒頭暗いのに耐えて読んでくれてありがとうございました。いつもながら感謝です。
◆お友達の花々緒さんが、表紙絵描いて下さりました。可愛いニャリスと、悩ましげなラクロア様。
◆これもいつか続きを書きたいです、猫の日にちょっとだけ続きを書いたのだけど、また直して投稿します。
限界オタクだった俺が異世界に転生して王様になったら、何故か聖剣を抜いて勇者にクラスチェンジした元近衛騎士に娶られました。
篠崎笙
BL
限界ヲタクだった来栖翔太はトラックに撥ねられ、肌色の本を撒き散らして無惨に死んだ。だが、異世界で美少年のクリスティアン王子として転生する。ヲタクな自分を捨て、立派な王様になるべく努力した王子だったが。近衛騎士のアルベルトが勇者にクラスチェンジし、竜を退治した褒美として結婚するように脅され……。
この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!
ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。
ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。
これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。
ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!?
ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19)
公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年の乙女ゲー転生BLです。
異世界に勇者として召喚された俺、ラスボスの魔王に敗北したら城に囚われ執着と独占欲まみれの甘い生活が始まりました
水凪しおん
BL
ごく普通の日本人だった俺、ハルキは、事故であっけなく死んだ――と思ったら、剣と魔法の異世界で『勇者』として目覚めた。
世界の命運を背負い、魔王討伐へと向かった俺を待っていたのは、圧倒的な力を持つ美しき魔王ゼノン。
「見つけた、俺の運命」
敗北した俺に彼が告げたのは、死の宣告ではなく、甘い所有宣言だった。
冷徹なはずの魔王は、俺を城に囚え、身も心も蕩けるほどに溺愛し始める。
食事も、着替えも、眠る時でさえ彼の腕の中。
その執着と独占欲に戸惑いながらも、時折見せる彼の孤独な瞳に、俺の心は抗いがたく惹かれていく。
敵同士から始まる、歪で甘い主従関係。
世界を敵に回しても手に入れたい、唯一の愛の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる