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5、北の大地と黒歴史編
26、薄い本がピンチな話
しおりを挟む「服だって汚れていませんもの。
――だから、アタクシは『嘘をついてもハリセンボンは許してあげますわ』と付け足して指を離したのです」
ネネツィカが朗々と語る。スプラサヌ草がすり潰されるゴリゴリという音をBGMに。
「なんで俺の部屋に来るかなあ……」
くすんだ緑の髪を枕に押し付けて、休日の朝にしか満喫できない二度寝に耽ろうとしていたエイヴンが嘆く。
「アタクシたち、同志ではありませんの」
ネネツィカはベッドから這いずり出る大人をジッと見つめて、新鮮そうに呟きを加えた。
「スケッチブックを持ってくれば良かったですわ」
「書くな、書くな」
こけら石を砕いた粉をぱらぱらと追加して、濁ったキノコ汁を鍋に加えて小鍋を魔法で熱すると、紫色の湯気がほわりと上がってキノコと草の匂いが部屋に漂う。どちらか言えば自然な香りは不快ではないが。
「なんで俺の部屋で作るかなぁ」
エイヴンはしみじみと呟いて、窓とドアを開けた。
「換気の意識を持とう。そして、淑女は客の男の部屋に1人で訪ねてこないように」
ぐいぐいと背中を押して部屋から追い出そうとするエイヴンは、ふと思いついたように付け足した。
「王子に手紙書いたらいいんじゃないか、『夢に殿下が出てきましたの』なんて書いたら喜ぶかもしれんぞ」
「まあ、お手紙を? そういえばお手紙の返事をサボってましたわ」
「サボらないであげて」
部屋から追い出した後は、何故か小鍋を運ぶ羽目になっている。
「こういうのは執事が普段してるんだろうな」
「正解ですわ」
「それで金貰ってるんだから、執事の仕事は執事に返そうな」
曲がり角を曲がると、朝一で姿を消した令嬢を探していたらしき執事が安堵の表情で二人を見つけて、深々とお辞儀をした。
「お嬢様は、今まで何を――」
控えめに問いかける声に、二人分の話し声が重なって三人は口をつぐんだ。場所は、会議室か。扉が僅かに開いて、隙間から声が――
「先生、いけません!」
「何がいけないと言うのだ」
ネネツィカの兄であるヒューバートと、学院では兄の担任でもあるヴァルターが揉めている様子で、ネネツィカはときめいた。その耳には腐ィルター(腐ったものの見方をしていまう腐特有の魔眼。中二病を併発していると、たまに疼く事もある。聞こえた会話が腐って聞こえる魔耳とセットで単調な日常生活を楽しく歪に楽しませてくれる)を介して、やりとりが腐って変換されている。
『僕たちは生徒と先生の関係なのに! こんな……、いけません……っ』
『いけない事などあるものか。先生が学院では教えられないコトを教えてやろう……』
「あらあぁ……お兄様ったら、先生といつの間にそんな関係に」
……アタクシ、応援しますわ。
そんな涎を垂らさんばかりの小声をバッチリ耳にして、エイヴンは微妙な顔をした。
「身近な同僚と生徒で妄想するのは、なぁ」
「あら! 嫉妬ですの?」
「君はその思考回路を現実と切り離す訓練が必要かな」
ティミオスはそんな二人に「お静かに」と囁き、扉の隙間を覗く二人を止めようとして肩に手を乗せる。
「あ。あれ俺の薄い本だわ」
エイヴンが真実に気づいたのはちょうどその時だった。
「置き忘れたんだな」
ヴァルターとヒューバートは一冊の薄い本の上と下を掴み、取り合うような姿勢で睨み合っていた。
「我輩が持ち主である同僚に返そうと言っているのだ」
「その本は、妹のものだと思うのです」
「同僚の本だ、間違いない――まずは手を離せ」
「先生は中身を見るつもりでもあるのでしょう? それはいけません……」
「何故だ? この聖書に何があるというのだ」
「先生! これは先生のお目に触れるには、あまりに……あまりにも……」
「あまりにもなんだ!? こうなったら何がなんでも中身を改めさせてもらうぞ」
三人は顔を見合わせた。……状況は、とても拗れていた!!
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