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5、北の大地と黒歴史編
28、『普通の格上貴族令息』、或いはお姫さま
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ネネツィカが王子に手紙を出し、返事を待つ間に伯爵家は農地改革を進めていた。伯爵は資産を惜しみなく注ぎ込んだ。困窮した民に炊き出しをすると同時に集まった民に公の事業として『素材採取部門』『魔法薬調合部門』『土木工事部門』『対農地専門の魔術部門』の労働者を募集する旨を告知して労働力を確保すると同時に、既存の魔術師組合や土木業者、商人連盟にも仕事を依頼する。
「領地内で金を回せれば1番良いのだが」
そう言いつつも父は交流ある家門にも手紙を出していた様子で、伯爵家には賓客が訪れた。
――完全に格上の、公爵家。ネネツィカと縁のあるコルトリッセン家の支援使節団。ネネツィカを呪った聖女ユージェニーの実家である。
以前揉めた事をあちら側も気にしていて、公爵令嬢としても聖女としてもあるまじき失態をしたと謝罪をしてきたのがきっかけだったのだという。
「物が庭を埋め尽くす勢いですわ……」
使節団に感嘆しつつ、ネネツィカは家族と共に感謝と歓迎の挨拶をした。黒い衣装の団長が畏まって長い口上をあげ、背の低い少年を紹介する。
「クレイです」
ネネツィカと同い歳という少年は、見た目は年下めいていて、小さく幼く、可愛らしい。ユージェニーとよく似た細くサラサラした茶髪に、ユージェニーとは異なる紫の瞳をしていた。同じ年に生まれた異母兄なのだと父が事前に教えてくれた。
少年の母君は歌劇にも出てくるような有名な今は亡き王妹ラーシャなのだという。なるほどと思い出されるのが伝記でも読んだことのある、王族の一部が『竜の加護』を持つとかいうお話。
エリック王子の『ティーリー』という名の部分が加護の有る王族のみに許された『有名な竜の名』。その竜と並ぶもう一柱が『アスライト』。
それではこの王甥も殿下と呼ぶのかというと、降嫁した王妹の御子であり、降嫁先が公爵家であり、珍しい加護を持つ、さらに他にも色々複雑な大人のあれこれがあって……と、とても微妙な立場なのだとか。
具体的に言うと、現アーサー王の継承争いの時に妹ラーシャ姫を慕い玉座につかせようとした派閥があり、けれどアーサー王はラーシャ姫を忠臣家系の正妻を迎えたてだったコルトリッセン家の当主アクセルに無理やり嫁がせてしまった。
政争に敗北した派閥貴族らはハートモア侯爵やメルギン伯、ルフォーク伯といった風流名士や富豪大貴族、文人系が多く、そういった『ラーシャの信奉者』は影であれこれを糸を引いて、ラーシャをヒロインにした歌劇まで広めてしまったらしい。
『ラーシャの御子』に関しても、それはもう熱心に王族扱いして持ち上げていて、過激な者になると「次の玉座はクレイ殿下に」などと囁く者もいるらしい。一方で忠臣家系のコルトリッセン家側は「いえいえクレイは臣下ですよ王族じゃないですよ。第二王子の臣下ですよ」と野心を否定していると、そんな状態らしい。
「『殿下』とお呼びすると玉座を勧める者と混同され野心を疑われるゆえ、お呼びするなら『殿下』とは呼ばぬように。普通の格上貴族令息として接しなさい」
父は心配そうに言い含めたものだ。公爵家の時点で普通ではないのですが、お父様? と思いつつ聖女と殴り合った娘は神妙に頷いたものだ。
クレイは紡ぐ言葉も柔らかく、顔立ちもどことなくユージェニーに似ていて、中性的だ。ユージェニーも可愛かったけど、淑やかな空気感がある分ユージェニーよりも『お姫さま』という呼び名が似合うかも、とネネツィカは思った。
「妹が大変ご迷惑をおかけしました」
そう言って伏せるように目元に影を作る少年のまつげが繊細で、ネネツィカは思わず見惚れてしまう。なんとなく、薄幸という表現をしたくなる。守ってあげたくなるような、庇護欲をそそるような、そんな気配は――複雑で微妙な身分のせいかしら?
父と母は同じ年頃のネネツィカの背を押して、仲良くなりなさいという期待の籠った目をしていた。
格上で権力の強い家とは、良い関係でありたいと望むのは当たり前だ。妹と仲が悪い分、せめて兄と友好的に、ということらしい。
「アタクシ、ハウスを案内しますわ!」
ネネツィカはにっこりと微笑んだ。クレイがほわほわと微笑んで頷き、後ろにいた護衛たちに何かを囁く。すると、騎士風の護衛や黒フードで顔が隠れた魔術師風の護衛がついてきた。ラーフルトン伯爵家は呪術師より魔術師といった家柄だけれど、コルトリッセン公爵家は呪術師の優秀さで有名らしいので、これは呪術師だろうとネネツィカは思った。伯爵家の敷地内を執事や護衛をぞろぞろ連れて歩く中、クレイは「そうそう」と懐から手紙を取り出した。
「友人から預かっていたんだ。忘れる前に渡さないとね」
渡された手紙を見て、ネネツィカは「あっ」と声をあげた。それは、エリック王子からの手紙だった。
「お二人はご友人なのですね」
「うん、そうだよ」
クレイはおっとりと微笑み、エリック王子が最近ワイルドスパダリとやらを目指してわざと乱暴に振る舞ったり、「僕」と言っていた一人称を「オレ」に変えたり、騎士の目を盗んでお忍びで出かける事が増えたりしているのだと教えてくれた。
「まぁ。殿下にそんな変化が……?」
ネネツィカは眉を寄せ、(アタクシのせいじゃありませんわよね?)と内心で汗をかいた。
「恋は人を変える……君子、女色に溺れる、というやつ……? 彼は、変わってしまったよ……ぼくは悲しい」
クレイはネネツィカを見て言葉を探すような目を見せた。冗談のような、本気のような、そんな危うい口ぶりを見せて。嘆くようにそっと目を伏せる仕草をすれば、なにやら手を差し伸べたくなる雰囲気が纏われた。
「坊ちゃん、『女色に溺れる』はよい言葉ではありませんよ、いけません」
御付きの呪術師が窘めている。
「溺れてると言う表現は、ぼく好み。エリックにもぴったりだと思うのだよ?」
クレイはちょっと不思議そうに言って、あとで辞書をひいてみようと呟くのだった。
「領地内で金を回せれば1番良いのだが」
そう言いつつも父は交流ある家門にも手紙を出していた様子で、伯爵家には賓客が訪れた。
――完全に格上の、公爵家。ネネツィカと縁のあるコルトリッセン家の支援使節団。ネネツィカを呪った聖女ユージェニーの実家である。
以前揉めた事をあちら側も気にしていて、公爵令嬢としても聖女としてもあるまじき失態をしたと謝罪をしてきたのがきっかけだったのだという。
「物が庭を埋め尽くす勢いですわ……」
使節団に感嘆しつつ、ネネツィカは家族と共に感謝と歓迎の挨拶をした。黒い衣装の団長が畏まって長い口上をあげ、背の低い少年を紹介する。
「クレイです」
ネネツィカと同い歳という少年は、見た目は年下めいていて、小さく幼く、可愛らしい。ユージェニーとよく似た細くサラサラした茶髪に、ユージェニーとは異なる紫の瞳をしていた。同じ年に生まれた異母兄なのだと父が事前に教えてくれた。
少年の母君は歌劇にも出てくるような有名な今は亡き王妹ラーシャなのだという。なるほどと思い出されるのが伝記でも読んだことのある、王族の一部が『竜の加護』を持つとかいうお話。
エリック王子の『ティーリー』という名の部分が加護の有る王族のみに許された『有名な竜の名』。その竜と並ぶもう一柱が『アスライト』。
それではこの王甥も殿下と呼ぶのかというと、降嫁した王妹の御子であり、降嫁先が公爵家であり、珍しい加護を持つ、さらに他にも色々複雑な大人のあれこれがあって……と、とても微妙な立場なのだとか。
具体的に言うと、現アーサー王の継承争いの時に妹ラーシャ姫を慕い玉座につかせようとした派閥があり、けれどアーサー王はラーシャ姫を忠臣家系の正妻を迎えたてだったコルトリッセン家の当主アクセルに無理やり嫁がせてしまった。
政争に敗北した派閥貴族らはハートモア侯爵やメルギン伯、ルフォーク伯といった風流名士や富豪大貴族、文人系が多く、そういった『ラーシャの信奉者』は影であれこれを糸を引いて、ラーシャをヒロインにした歌劇まで広めてしまったらしい。
『ラーシャの御子』に関しても、それはもう熱心に王族扱いして持ち上げていて、過激な者になると「次の玉座はクレイ殿下に」などと囁く者もいるらしい。一方で忠臣家系のコルトリッセン家側は「いえいえクレイは臣下ですよ王族じゃないですよ。第二王子の臣下ですよ」と野心を否定していると、そんな状態らしい。
「『殿下』とお呼びすると玉座を勧める者と混同され野心を疑われるゆえ、お呼びするなら『殿下』とは呼ばぬように。普通の格上貴族令息として接しなさい」
父は心配そうに言い含めたものだ。公爵家の時点で普通ではないのですが、お父様? と思いつつ聖女と殴り合った娘は神妙に頷いたものだ。
クレイは紡ぐ言葉も柔らかく、顔立ちもどことなくユージェニーに似ていて、中性的だ。ユージェニーも可愛かったけど、淑やかな空気感がある分ユージェニーよりも『お姫さま』という呼び名が似合うかも、とネネツィカは思った。
「妹が大変ご迷惑をおかけしました」
そう言って伏せるように目元に影を作る少年のまつげが繊細で、ネネツィカは思わず見惚れてしまう。なんとなく、薄幸という表現をしたくなる。守ってあげたくなるような、庇護欲をそそるような、そんな気配は――複雑で微妙な身分のせいかしら?
父と母は同じ年頃のネネツィカの背を押して、仲良くなりなさいという期待の籠った目をしていた。
格上で権力の強い家とは、良い関係でありたいと望むのは当たり前だ。妹と仲が悪い分、せめて兄と友好的に、ということらしい。
「アタクシ、ハウスを案内しますわ!」
ネネツィカはにっこりと微笑んだ。クレイがほわほわと微笑んで頷き、後ろにいた護衛たちに何かを囁く。すると、騎士風の護衛や黒フードで顔が隠れた魔術師風の護衛がついてきた。ラーフルトン伯爵家は呪術師より魔術師といった家柄だけれど、コルトリッセン公爵家は呪術師の優秀さで有名らしいので、これは呪術師だろうとネネツィカは思った。伯爵家の敷地内を執事や護衛をぞろぞろ連れて歩く中、クレイは「そうそう」と懐から手紙を取り出した。
「友人から預かっていたんだ。忘れる前に渡さないとね」
渡された手紙を見て、ネネツィカは「あっ」と声をあげた。それは、エリック王子からの手紙だった。
「お二人はご友人なのですね」
「うん、そうだよ」
クレイはおっとりと微笑み、エリック王子が最近ワイルドスパダリとやらを目指してわざと乱暴に振る舞ったり、「僕」と言っていた一人称を「オレ」に変えたり、騎士の目を盗んでお忍びで出かける事が増えたりしているのだと教えてくれた。
「まぁ。殿下にそんな変化が……?」
ネネツィカは眉を寄せ、(アタクシのせいじゃありませんわよね?)と内心で汗をかいた。
「恋は人を変える……君子、女色に溺れる、というやつ……? 彼は、変わってしまったよ……ぼくは悲しい」
クレイはネネツィカを見て言葉を探すような目を見せた。冗談のような、本気のような、そんな危うい口ぶりを見せて。嘆くようにそっと目を伏せる仕草をすれば、なにやら手を差し伸べたくなる雰囲気が纏われた。
「坊ちゃん、『女色に溺れる』はよい言葉ではありませんよ、いけません」
御付きの呪術師が窘めている。
「溺れてると言う表現は、ぼく好み。エリックにもぴったりだと思うのだよ?」
クレイはちょっと不思議そうに言って、あとで辞書をひいてみようと呟くのだった。
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