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5、北の大地と黒歴史編
30、ティミオスとバカとハサミのお話
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冬うさぎは耳をひょこりぴょこりと揺らして、けれどじっと座ってネネツィカに撫でられている。
ティミオスはホットミルクをマグカップに注いでくれる。冬うさぎが鼻をふんふんさせるから、ネネツィカはスプーンにミルクをすくって差し出してみた。ふわふわとした温かな湯気とミルクの匂いに、小動物の可愛い動きが相まって身も心も癒されていくようだった。
「冬うさぎは、通常は雪解けの頃に一斉に大地から撤収するのでございますが、その者はうっかり長居してしまい、妖精界に戻れなくなった様子でございました」
「まあ、そうでしたのね」
冬うさぎは小さく顎を引いて、人間がそうするみたいに頷いた。ネネツィカにすっかり懐いたこの冬うさぎは、こっそりと周辺をうろうろしていたのだが、あの森で偶然妖精界に繋がる『うさぎの穴』を見つけたので、妖精界に帰る事ができたのだという。
「ネネツィカお嬢様は元から魔法の才に恵まれていらっしゃいますが、最近は『異世界人』の影響も受けていらっしゃり、守護竜の加護を有する第二王子からの特別なご好意などもあり――『わたくしが以前おつかえしてきたお嬢様方』と似た性質を強めていらっしゃるご様子」
執事いわく、そのお嬢様方の性質が強くなると、妖精や竜種に好かれやすくなったり、事件に巻き込まれたり、幸運や不運を惹きつけやすくなるのだという。
「異世界人……ティミオスが以前つかえてたお嬢様方……突然いろんな事を教えてくださるのですわね?」
ホットミルクは安らぎの象徴みたいな香りを部屋に浸していた。ネネツィカはエリック王子の手紙を開いた。あの味わい深い文章が一瞬心を和ませてくれる。
「しかし、ご安心ください。お嬢様には稀なる特性もございますから、件の性質を薄める事も可能なようです」
何が『しかし』なのかしら――ネネツィカは思った。
安心しろと言うのだから、その『わたくしが以前おつかえしてきたお嬢様方』の性質はあまり良いものではない、とティミオスは感じているのだ。ネネツィカはエリック王子の手紙を指で摘んでひらひらさせた。
「アタクシが殿下に見初められたのは、その『お嬢様方の性質』が原因なの?」
それはなんだか、とても残念な事実のようにネネツィカには思われた。上手に描けたと思っていた絵が、時間が経って見てみるとそうでもなくて、先生や周りの大人たちは伯爵家令嬢の肩書きを見て誉めてくれていただけだった――例えるなら、そんな感じ。
「それで、うぅん。アタクシの希なる特性というのは?」
「お嬢様は恐れながら――腐女子でいらっしゃる」
ネネツィカはまじまじと執事を見た。
「それが、『お嬢様方の性質』を薄めるとおっしゃるの?」
「ケースバイケースでございます。必ずしもそうではございません。ですが、『バカとハサミは使いよう』」
「貴方、今アタクシの腐女子属性をバカと仰った……?」
ネネツィカは呆然と執事を見つめた。執事は失言を悔やむような口をつぐみ、微妙な沈黙の後でペコリと頭を下げた。そして、窓の外をちらりと見て「ああ、お嬢様。バカとハサミがあちらに」と不思議な事を言う。
「バカとハサミ?」
カーテンをそっと開けてみてみれば、なるほどエリック王子とクレイの二人が夜の庭をふらふらと散歩しているではないか。
「ティミオス……、ハサミはまだしも、バカは不敬罪よ」
少年二人は棒きれを手に冒険ごっこでもしているのか、ラーフルトン家の庭の茂みをがさがさ揺らしている。
執事が軽く窓をあけて口元に指をあてれば、風に運ばれて少しだけ声がきこえた。
「あの暗がりなんて妖精が潜んでいそうだぞ! 狂暴なのが出てきても、オレが退治してやるから安心しろよ」
「ぼくは羽が綺麗なやつがほしい……この籠に入れて連れて帰るんだ」
ネネツィカはカーテンの影に隠れて微笑ましくそれを見守った。
「王都には連れて帰れないぞ。小さいのなんて、死んでしまうって」
「レネンが死なないようにしてくれるよ」
「呪術は万能じゃないよ。守護竜の加護で妖精が立ち入り禁止なのは、人間の呪術なんかじゃどうにもならない」
「レネンは万能だよ。なんでもできるよ」
「できないったら、できない」
「……じゃあ、他国に別荘つくってそこで飼うかな……?」
兄弟のように言葉を交わす二人の後ろに、こっそりこっそりと空気のような存在感で呪術師のレネンが付き従っていた。
「お前、竜の国の王族が他国で妖精飼うとか言うなよ」
「ぼくは、王族じゃない……」
「あのお二人は、とても仲が良いのね、ふふ」
にこにこと見守るネネツィカに、ティミオスは心配そうにうなずいた。
「そのようでございますね……お嬢様はあまり関わりにならず、いっそのこと二人ともに揃って嫌われておいたほうが無難かとは存じますが」
「今日は暴言が過ぎるわね、ティミオス……?」
一体どうしたと言うのだろう――ネネツィカはちょっとだけびっくりして、しげしげと執事を見つめたのだった。
ティミオスはホットミルクをマグカップに注いでくれる。冬うさぎが鼻をふんふんさせるから、ネネツィカはスプーンにミルクをすくって差し出してみた。ふわふわとした温かな湯気とミルクの匂いに、小動物の可愛い動きが相まって身も心も癒されていくようだった。
「冬うさぎは、通常は雪解けの頃に一斉に大地から撤収するのでございますが、その者はうっかり長居してしまい、妖精界に戻れなくなった様子でございました」
「まあ、そうでしたのね」
冬うさぎは小さく顎を引いて、人間がそうするみたいに頷いた。ネネツィカにすっかり懐いたこの冬うさぎは、こっそりと周辺をうろうろしていたのだが、あの森で偶然妖精界に繋がる『うさぎの穴』を見つけたので、妖精界に帰る事ができたのだという。
「ネネツィカお嬢様は元から魔法の才に恵まれていらっしゃいますが、最近は『異世界人』の影響も受けていらっしゃり、守護竜の加護を有する第二王子からの特別なご好意などもあり――『わたくしが以前おつかえしてきたお嬢様方』と似た性質を強めていらっしゃるご様子」
執事いわく、そのお嬢様方の性質が強くなると、妖精や竜種に好かれやすくなったり、事件に巻き込まれたり、幸運や不運を惹きつけやすくなるのだという。
「異世界人……ティミオスが以前つかえてたお嬢様方……突然いろんな事を教えてくださるのですわね?」
ホットミルクは安らぎの象徴みたいな香りを部屋に浸していた。ネネツィカはエリック王子の手紙を開いた。あの味わい深い文章が一瞬心を和ませてくれる。
「しかし、ご安心ください。お嬢様には稀なる特性もございますから、件の性質を薄める事も可能なようです」
何が『しかし』なのかしら――ネネツィカは思った。
安心しろと言うのだから、その『わたくしが以前おつかえしてきたお嬢様方』の性質はあまり良いものではない、とティミオスは感じているのだ。ネネツィカはエリック王子の手紙を指で摘んでひらひらさせた。
「アタクシが殿下に見初められたのは、その『お嬢様方の性質』が原因なの?」
それはなんだか、とても残念な事実のようにネネツィカには思われた。上手に描けたと思っていた絵が、時間が経って見てみるとそうでもなくて、先生や周りの大人たちは伯爵家令嬢の肩書きを見て誉めてくれていただけだった――例えるなら、そんな感じ。
「それで、うぅん。アタクシの希なる特性というのは?」
「お嬢様は恐れながら――腐女子でいらっしゃる」
ネネツィカはまじまじと執事を見た。
「それが、『お嬢様方の性質』を薄めるとおっしゃるの?」
「ケースバイケースでございます。必ずしもそうではございません。ですが、『バカとハサミは使いよう』」
「貴方、今アタクシの腐女子属性をバカと仰った……?」
ネネツィカは呆然と執事を見つめた。執事は失言を悔やむような口をつぐみ、微妙な沈黙の後でペコリと頭を下げた。そして、窓の外をちらりと見て「ああ、お嬢様。バカとハサミがあちらに」と不思議な事を言う。
「バカとハサミ?」
カーテンをそっと開けてみてみれば、なるほどエリック王子とクレイの二人が夜の庭をふらふらと散歩しているではないか。
「ティミオス……、ハサミはまだしも、バカは不敬罪よ」
少年二人は棒きれを手に冒険ごっこでもしているのか、ラーフルトン家の庭の茂みをがさがさ揺らしている。
執事が軽く窓をあけて口元に指をあてれば、風に運ばれて少しだけ声がきこえた。
「あの暗がりなんて妖精が潜んでいそうだぞ! 狂暴なのが出てきても、オレが退治してやるから安心しろよ」
「ぼくは羽が綺麗なやつがほしい……この籠に入れて連れて帰るんだ」
ネネツィカはカーテンの影に隠れて微笑ましくそれを見守った。
「王都には連れて帰れないぞ。小さいのなんて、死んでしまうって」
「レネンが死なないようにしてくれるよ」
「呪術は万能じゃないよ。守護竜の加護で妖精が立ち入り禁止なのは、人間の呪術なんかじゃどうにもならない」
「レネンは万能だよ。なんでもできるよ」
「できないったら、できない」
「……じゃあ、他国に別荘つくってそこで飼うかな……?」
兄弟のように言葉を交わす二人の後ろに、こっそりこっそりと空気のような存在感で呪術師のレネンが付き従っていた。
「お前、竜の国の王族が他国で妖精飼うとか言うなよ」
「ぼくは、王族じゃない……」
「あのお二人は、とても仲が良いのね、ふふ」
にこにこと見守るネネツィカに、ティミオスは心配そうにうなずいた。
「そのようでございますね……お嬢様はあまり関わりにならず、いっそのこと二人ともに揃って嫌われておいたほうが無難かとは存じますが」
「今日は暴言が過ぎるわね、ティミオス……?」
一体どうしたと言うのだろう――ネネツィカはちょっとだけびっくりして、しげしげと執事を見つめたのだった。
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