竜と王冠のサクリファイス~乙女ゲームの攻略キャラたちがお互いを攻略して王都炎上?

浅草ゆうひ

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6、ゲームのスタート

55、紅薔薇の『夜』は鐵を送るの。

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 すやすやと寝息を立てて、クロが眠っている。
 ネネツィカはクロを起こさないようにしながら2人の薄い本が並ぶ本棚の前に座り、事のあらましをヘレナに話した。

「薄い本と腐った妄想……それがカギと見ましたの。アタクシたちがゲームではない、普通の学院生活を満喫するための武器ですの」
 ネネツィカの目は真剣そのものだ。ヘレナは薄い本を一冊取り、不思議そうにそれを見ている。
「これがどうして……?」
 『夕鈴のサクリファイス』には、腐女子プレイヤーもいたのだ。腐女子だからプレイヤー適正が低くなるというのは、いかにも不自然で失礼な話に聞こえた。
「理由は、よくわかりませんわ……」
 ネネツィカはヘレナの手にある薄い本を見た。どこかで見た事のある少年が2人――「これ、読んだことない本ですわね」――新作だ……! ハッとしてマジマジと見つめていると、ヘレナが「読む?」と本を差し出してくれたので、ネネツィカは両手でありがたく本を受け取った。

 初めて読むリアクションが気になるのか、ヘレナはニマニマしながらネネツィカの隣で一緒に本を鑑賞する姿勢である。

「これ、クレイとオスカーがモデルですのね?」
「そう。オスカーはコルトリッセン公爵家の派閥のユンク伯爵家の子息で、ゲームでも兄妹に寄ってきてたんだけど、私達の世界でも早速取り巻き状態なのよ」
 ヘレナは幸せそうに語ってくれた。
「アタクシ、そういえばその辺りの方々に最近あまり出くわさないですわね」
 ネネツィカはふとそれに気づいた。
「推しがリアルに鑑賞できる生活、私結構今楽しいかも……」
「よかったですわね、ヘレナ……」
 ネネツィカは少しだけジト目になってヘレナを見た。胸にほんのわずかに湧いた感情に気づいて、溜める前に口に出す。
「アタクシも、ちょっとだけ楽しいかもしれませんわ」

『きみの下心なんてお見通しなんだけど?』
 本の中のクレイがオスカーを見下している。
「クレイ攻め本ですのね」
「ふふ」
 膝をついて頭を下げていたオスカーが恐ろしい速度で立ち上がり、何故かそこから壁ドンシーンに!
『それはどんな下心だと思われますか?』
「あっ、逆転しましたわ」
「むふふ」
 くっころ(くっ殺せ)的な屈辱に震える目が下からオスカーを睨んで、そんな少年をねぶるような眼差しが絡む。
『どうせあんたは、俺がくだらない加護を見たがってるとでも思ってんだろ』
『……ちがうのか』
 加護それをくだらないと吐き捨てたことが、クレイを驚かせる。
『そんなものよりも俺が欲しいのは――』

「ひどい本だ……」
 小さな声がした。2人が視線を向けると、ふかふかクッションの上で毛繕いしながら、クロが不満そうにしている。
「ボク、そういうの……よくないと思うよ」
 あどけない子供の声でこぼすから、2人はちょっぴり反省した。
「うん……前世の異世界でも、こういうのは結構繊細なものだったかな。特にナマモノとか、公式が禁止したりとか――」
 同じ趣味の人達が水面下でこそこそと楽しむ。始まりは、そんな文化だったのだとヘレナは語る。
「ホームページとかの時代だと、同じジャンルだけが登録できる同盟サイトがあったり、ヒントを出したりした暗号パスワード認証でしか中を見れなかったり。SNSが当たり前になっても、専用タグをつけたり鍵垢でやったり、プロフィールや作品の説明で前置きしたり……ファンアートや二次漫画がSNSで拡散される宣伝効果があるとか、公式が二次創作を歓迎したり、逆輸入したり――」
「ヘレナ、ちょっとわからないですわ……」
「あっ、うん。ごめんね」
 ヘレナは謝ってから首を傾げた。
「あ……そういえば『夕鈴のサクリファイス』って、二次創作ガイドラインは厳しかったかも? それでも隠れて活動するファンはいたし、なんなら堂々と活動するファンも多かったけど」
 ヘレナが言うには、薄い本は認められていなくて、けれど、創作は多く公開されていたという。
「禁止しても違反者が野放しになってたら、禁止してないのと同じってお気持ち表明や学級会があったのを覚えているよ」
「よくわからないような、わかるような……うん。わかるかもですわ」

 ネネツィカはトコトコと近寄ってきたクロの喉を撫でて、考えた。
「同じ趣味を持つ人だけの図書室をつくる、とかどうですの?」
 ヘレナは面白そうな顔をした。
「ミス・ミネルヴァにお部屋を借りれないか相談してみる?」
 ミス・ミネルヴァは、この寮で女学生の相談役をしている齢60になる上品な婦人だ。優しくおっとりしていて、どんな話も親身に聞いてくれて、共感してくれたり励ましてくれる。女学生にとっては話しやすい相談役なのだ。

 2人がミス・ミネルヴァを頼る事を決めたその時。
 コンコン、と控えめにドアがノックされた。

「はーい」
 ドアを開けると、そこにはデミルとエリック王子とが並んで立っていた。

 ついでに言うと、部屋の隅には執事も湧いた。

◇◇◇

 紅薔薇ハートモアの侯爵邸に中央貴族たちが集まっている。
 この日、珍しく集会に混ざりし16歳の地方男爵令息カルロ・エクノは父ビディヤに言われた通りに大人たちのやり取りに耳をそばだてつつ、そろそろと王甥クレイの傍に控えていた。
 カルロの家、エクノ家は地方貴族だがビディヤがクレイの祖父ブノワの配下であり、その手配で紅薔薇ハートモアに派閥の仲間として潜り込めているのだ。

「我が息子にきいた話によると、第二王子は我らの殿下を冷遇しているというではないか」

 噂話がカルロの耳に飛び込んでくる。
 カルロはちらちらと『我らの殿下クレイ』の反応を窺った。

 クレイは大人しく椅子におさまり、人形のように穏やかな微笑みを貼りつかせている。
 学院でも友人オスカーと一緒になって取り巻きに混ざって様子を見ているが、カルロの見た限りこの王甥は事を荒立てるのはあまり好まないようで、無視されるならされるで仕方ないとばかりに大人しく靜かに日々を過ごすようだった。

「あの王子にはくろがねをお贈りして夜の尊さを報せねばならぬやもしれん」
「しかり、しかり」

(やや、暗殺を仕掛けようと話し始めているぞ。これはいかんのでは)
 物騒な話が囁かれる段になってカルロが父に報告する内容に暗殺計画を加えていると、意外にもクレイがふわふわとあどけなく口を挟んだので、カルロは少し驚いた。

「卿らの『夜』はくろがねを送るの。ぼくは、驚いた」

 その声は学院できくよりも若干幼く響いていて、言葉使いもすこし『雅』を意識されている。集会にいる中央貴族らには、それが響くのだと理解した上での発言なのは間違いなかった。

「ぼくの夜は、叡智という。ぼくの夜は、知恵を貴ぶ。ぼくの夜は、平穏にして無事である。それなのに、卿らはぼくの夜を騒がせる。その格をおとしめるという……」

 劇のセリフめいて、謡うような言葉が室内に響く。
 大人たちはそれを何処か恍惚とした風情できいていた。

「無力なぼくに何ができるであろうか。ぼくは、哀しい。爺、爺、ぼくを助けよ。この者たちの猛るくろがねとやらを、いかんせん」
 呼ばれたメルギン伯が懸命にクレイを慰めている。
「なんということか。この爺にお任せあれ。くろがねが夜を騒がせることなどありませぬ」
 
(ひえっ。なんだこれは。この集会とやらは、毎回こんなことをやってるのか)
 この集会の全員が、カルロには歪で気味悪く思えた。
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